ようこそ禁止区域出身の男がいる教室へ   作:白崎くろね

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第1話 ようこそ、普通の学び舎へ

 

 教室に入り、オレの席を探す。

 窓際のド真ん中。主人公の席である窓際の一番後ろではないのが残念だ。

 そんなんでイケメンのオレが主人公ではないという理由にはならないが。

 

 大人しく席に座っている他の生徒に倣って、オレも同じように席に腰を下ろす。

 机に置かれているのは高校の資料。読んでいる生徒もいるようだったが、入学前に散々読んできたので読む気にはなれず、まだ読み切っていない『ホニョペニョコの大冒険』を読むことにした。

 最後の巻なのだから読まないで残しておくという選択肢もあったが、人は好奇心には勝てない生き物だ。迷わずに記憶していたページを開く。

 

 それから時間が経ち、読み終えたタイミングでチャイムが鳴った。

 何というタイミングか。どうやら世界はオレを中心にして回っているらしい。

 そして、そんなオレに合わせるようにして教室に大人っぽいスーツ姿の女が入ってきた。

 パリッとしたスーツが何とも似合っている。ポニーテールも可愛さよりかは年上的魅力を引き出しているように感じられる。どっかで見たことある人に似てるな。気の所為か。オレの知り合いなんて数が知れてるしな……。

 

 ……なんか考えてて悲しくなってきたな。

 

「新入生諸君。私はDクラスを担当する茶柱(ちゃばしら)佐枝(さえ)だ。担当科目は日本史ということになっている。知っている者もいるかもしれないが、この学校にクラス替えなどというものは存在しない。最短で卒業出来る三年間は私と共に学んでいくことになるだろう」

 

 最初から最後まで担任が固定の方が効率なのだろう。

 特に疑問の余地はない。

 

「これから一時間後に入学式が行われるが、その前に簡単ながらも学校について説明しておいてやろう。詳しくは机の上に置かれている資料を参考にし、話を聞けばわかる。もっとも入学案内に封入していたから読んでいるだろうがな」

 

 明らかな挑発的発言を聞き、涼しげな顔でパラパラと資料を開く生徒たち。その中には当然として慌てながら資料に目を通していく生徒もいた。どうせ読む必要はないだろうと優雅に足を組んで後ろに手を回している金髪チャラ男もいる。

 

 簡単にこの学校のことを説明するならば、全寮制で外部との連絡の類を一切禁じられた無人島のような場所だ。元から連絡する場所などないオレにとってはどうでもいいことだった。

 詳しくは知らないのだが、この学校にはSシステムと呼ばれる特殊システムが存在している。聞いた話では実力を平等に評価するものだとか。

 

「今から配るのは学生証端末だ。これは学校の敷地内にある様々な施設を利用したり、物品を購入することが出来るようになっている。要はこの学校専用のクレジットカードのようなものだな。ただし、お金の代わりであるポイントを消費するので注意が必要だ。だがポイントで買えないものは何もない。つまり何でも購入可能だ」

 

 学生証カードといっても最新鋭のスマートフォンのような形態をしている。携帯なだけに形態ってな。

 それにしても、何でも買えるねぇ……。

 

 ……ポイントは学校側が定期的に支給されるため、本当に自由に使えるのだろう。実際にいくらのポイントが入ってくるかは不明ではあるが、学校の規模から考えて数千円の価値しかないポイントということはないだろう。

 

「詳しくは学生証端末にもあるから確認してみろ。ここからが重要な話だが、お前たち全員には10万ポイントが支給されているはずだ。1ポイントにつき1円の資産価値がある」

 

 所持金10万円という事実に教室中が沸いた。

 無一文のオレにとって、まさに湯水のごとく湧いて出た金だ。いやポイントか。

 

「支給額が多いことに驚いたか? この学校では実力で学生を測る。無事に入学を果たしたお前たちに対する正当な評価によるものだ。ただし、ポイントは卒業時に学校側が回収することになっている。現金化なんてのは出来ないから、無駄に貯め込んでも得はないぞ。だがまあ、ポイントをどう使うかはお前たちの自由だ好きに使ってくれ。仮に自分では使えないと思ったら譲渡しても構わない。だが無理やりだけは看過しないからな?」

 

 実に耳の痛い話だ。

 茶柱先生は実力で入学した生徒に対する正当な評価だと言っていたが、オレは正規の手段で入学した生徒ではない。他のヤツらに対して罪悪感がなくはないが、天運もまた実力だろうからな。

 まあ、現金化が出来ないなら好きなように使うだけのことだな。

 

「どうやら質問はないようだな。では良い学生ライフを送ってくれ」

 

 伝えること全て伝えたと言わんばかりの態度で、茶柱は教室を後にした。

 正確には、10万ポイントという大きすぎる金額をクラスメイトの多くが飲み込めていないだけとも言える。

 まさかそれを狙っての発言か? 何か質問されたくないような穴でもあるって言うのか?

 

「まっ、どうでもいいか」

 

 退屈さえしなけりゃそれでいいさ。

 

「皆、ちょっと話をいいかな?」

 

 さっそく訪れていた退屈な時間をどう過ごそうかと考えていた時、爽やかフェイスの優男が立ち上がりながらいった。

 優等生というのは、こういうヤツのことを指すんだろうな。それも頭の固い優等生タイプではなく、融通の効くタイプのようにも見える。こういうヤツはモテるだろう。

 

「僕らは今日から同じクラスメイトだ。だから今から軽くでいいんだけど自己紹介でも行って、一日でも早くみんなが友達になれたらって思うんだ。肝心の入学式までは時間があるしね。どうかな?」

 

 人心掌握術、とまでは行かないがクラスにいる人間の大半が彼の言葉に賛同しているように見えるのだからすごいもんだ。

 

「さんせー! 私たちお互いの名前とか全然知らないし!」

 

 物語の中でしか見たことのなかった人種、ギャルのような女子が賛成の声を上げる。それに続くようにして他の女子たちも賛成の声を上げていく。こういうのも全体の心を掴む上で重要なファクターか。

 例えるならば、最初に質問するのは中々に難易度が高いが……次の質問はぐっと難易度が下がるものなのだ。それと同じ理屈だろう。

 

「僕の名前は平田(ひらた)洋介(ようすけ)。中学では普通に洋介って呼ばれることが多かったから、気軽に下の名前で呼んでほしい。趣味はスポーツ全般だけど、特にサッカーが好きで高校でもサッカーをするつもりだ。よろしく」

 

 サッカーか。

 1チーム11人で行われる球技だったか。

 またはアソシエーション式フットボールとも呼ばれるらしい。

 実際にやったことはないが、やってやれないこともないだろう。機会があったらやってみるか。

 

「じゃあよかったら端の方から自己紹介して貰いたいんだけど……大丈夫かな?」

 

 次に自己紹介の任を受けたのは、洋介とは対照的に大人しそうな女子だった。

 こういう機会でもなければクラスで埋没し、誰にも気付かれることがないような存在感。

 だからといって顔が悪いわけではない。というかクラス全体を見渡しても全員が整った顔をしているのがわかる。最も優れているのはオレに違いないが。

 

 …………………。

 

「わ、わっ……わた、しは……っ、井の頭、ここ、こ……っ」

 

 井の頭と名乗った少女は噛みに噛みまくっていた。

 今までこういう場面で緊張なんてする人間を見たことはないから新鮮だな。

 

「がんばってー!」

「落ち着いて、ゆっくりでいいんだよ~」

「そうそう。緊張くらい誰でもするよ! 頑張って!」

 

 優しさからガヤが騒ぎ立てる。

 それが全くもっての逆効果なのか、数秒の沈黙が生まれた。

 失笑、声援、陰口などの声がプレッシャーとなって彼女を襲う。

 

 それを一瞬で黙らせるのは――

 

「ゆっくりでいいよ。慌てないで」

 

 その落ち着いた言葉は、この空間に置いては絶対的な力を持っていた。

 周囲から上がる声と同じ性質を持つ言葉でありながら、実際には大きく異なる。

 頑張れや大丈夫などという無責任な言葉とは違って、ゆっくりと慌てないでという彼の言葉には彼女に同調する意味合いが大きかった。

 井の頭と名乗った少女は深呼吸をし、暫くしてから口をゆっくりと開いていく。

 

「私は、井の頭……心と言います。えと趣味は裁縫とか編み物が得意、です。よ、よろしくおねがいしますっ」

 

 ホッとしたような息を吐いて、席に座る。

 自己紹介は続いていく。

 

「俺は山内(やまうち)春樹(はるき)。小学生の時は卓球で全国に! 中学時代は野球部でエースで背番号4番! だけどインターハイで怪我して今はリハビリ中だ。よろしくぅ!」

「ちゅ、中学生でインターハイに出場だとォ!? 嘘じゃねえか!」

 

 おっと、驚きのあまり声が出てしまいそうだったぜ……って出てるじゃねえか!

 オレに全員の視線が集まる。

 これでオレも洋介と同じく発言力のある男だな。

 

 本当に理解出来てないヤツのため言っておくと、インターハイは高校でやるスポーツ大会のことだからな?

 中学生じゃどうあがいても不可能だ。いや、あいつこそが不可能を可能にする男、か?

 話す機会があれば「不可能を可能にする男」とでも呼んでやろう。

 

 ってオレは誰に説明してるんだろうな?

 

「……小粋なジョークに反応する観客だ」

 

 そう言ってから、席に座る。

 

「……じゃあ順番的には私だねっ」

 

 オレの方を軽く見てから、元気の良い少女は立ち上がる。

 何だよ文句でもあるのか?

 あ……? って何か見覚えがあるな……。

 そういえば、OLに続いて老婆を助けようとしていた少女と似ている気がする。

 

「私は櫛田(くしだ)桔梗(ききょう)と言います。中学からの友達は来ていないので1人ぼっちです。だから早くみんなの名前を憶えて、早く友達になりたいって思ってます」

 

 さらに続けて、

 

「私の最初の目標として、ここにいるみんなと仲良くなりたいです。自己紹介の時間が終わったら、私と連絡先を交換してください」

 

 明るく元気で、可愛い少女がみんなと仲良くなりたいと言うもんだから、クラスのヤツらの興奮したような大きな声が響き渡る。当然と言えば当然のことで、そのほとんどが男子生徒によるものだ。

 

 それを黙らせるようにして、櫛田桔梗と名乗った少女は言葉を続けていく。

 

「放課後や休日は色々遊んで、思い出を作っていきたいので、どんどん遊びに誘ってください。私の自己紹介だけ長くなってごめんね? これで自己紹介を終わりますっ」

 

 これが完璧な自己紹介ってやつか。

 このオレが参考にしてやろう。

 後で見てろよ? 完璧で完全な自己紹介ってやつを披露してやる。

 

「じゃあ次の人は――」

「あ? オレたちゃガキかよ。自己紹介なんて必要ねぇよ。やりたきゃやりたいヤツで勝手にやってろ」

 

 高身長の赤髪が噛み付かんばかりの眼光を洋介に送っていた。

 

「……僕に強制する権限はない。だから不快にしたのなら謝ろう。すまない」

「平田くんが謝る必要はないよー」

「自己紹介すらまともに出来ない方がガキだって」

「そうよそうよ」

 

 謝る平田に続いて、有象無象の女子たちが赤髪に非難の言葉を発する。

 

「うるせェ! 仲良しごっこをするならテメェらだけでやれ。俺らはワイワイキャイキャイやるために入ったわけじゃねぇよ」

 

 机の上に乗せた足で大きな音を響かせ、威圧するようにして怒りを露わにする赤髪短髪。

 おー、怖い怖い。どこにでもいるもんだなヤンキーってのは。

 

 その発言に引かれるようにして、自己紹介に興味のない連中は教室から出ていった。

 しかし、当の赤髪は席に座ったままだ。どうやら自己紹介をする気はないが聞く気はあるみたいだ。もしかしたら教室の外に出てもすることがないからかもしれないが。

 

「俺の名前は(いけ)寛治(かんじ)。大好きなものは女の子で、嫌いなものはイケメンだ。彼女は絶賛募集中だから気軽に声掛けてくれよ! よろしく! もちろん可愛い子か美人限定!」

 

 サムズアップし、自己紹介を終えるイケメン嫌いの池寛治という男。

 自己紹介をする前から嫌われてしまった。まったく世知辛い世の中だ。

 

「池くんかっこいー」

「きゃー、寛治くん素敵ー!」

「そ、そうかっ? やっぱり? へへっ、照れるな」

 

 限りなく棒読みな声で囃し立てる女子たち。

 それに照れたような笑みを浮かべて喜ぶ寛治。

 

「みんな可愛いなあ。ほんと彼女はいつでも募集中だからな!」

 

 とてつもなくお調子者という印象がオレの脳内に刻まれた。

 その次に自己紹介するのは、バスで優先席にふんぞり返っていた男。

 手鏡で顔をチェックしながら、頭髪を黄金のクシで整えている。

 

「あの……自己紹介をお願いできるかな?」

「ふっ、いいだろう」

 

 十中八九断るだろうと予想していたが、意外や意外に自己紹介を引き受けている。

 しかし、その体勢はおおよそ自己紹介をする時のものではなかった。

 赤髪同様に両足を机の上に乗せ、頭の後ろで手を組みながら自己紹介を始める。

 

「私の名前は高円寺(こうえんじ)六助(ろくすけ)。高円寺コンチェルンの一人息子にして、この世界を背負って立つ人間である男だ。以後お見知りおき頼む。小さなレディーたちよ」

 

 男のことは視界には入っていないようだった。

 バスで同席していた女子たちは六助に不快の目を向けている。

 顔がいくらハンサムでイケメンでも性格が悪ければ台無しという例だろう。

 

「それから私が不快だと思う行為を行った者には、女子供だろうと容赦なく制裁を加えていくことになるだろう。十分に注意をしたまえよ」

「言葉通りの意味だよ少年。一つだけ挙げるとすれば、私は醜いものが嫌いだ。ふふっ、いったいどうなってしまうのだろうね」

「お、教えてくれてありがとう。十分気を付けることにするよ」

 

 どうやら、この学校には一癖も二癖もあるような人間が沢山いるようだ。

 今は本性を隠している生徒もいるだろうが、高校生活を送っているうちに明らかになっていくだろう。

 明るく誰とでも仲良くなれそうな桔梗もオレと同じようにドス黒い過去を持っていたりするかもしれない。

 

 ……なんてな。

 

 そうして自己紹介は続いていく。

 

「次は――君の番だね」

 

 オレの番がやってきてしまった。

 すっと立ち上がり、あーあー、と声の調子を整える。

 

「オレは朝霧(あさぎり)海斗(かいと)。特技はピッキングだ」

 

 名前を言い終える。

 その続きを今か今かと待っているクラスメイトたち。

 しかし、その続きがやってくることはない。

 何故ならばこれで自己紹介は終わりだからだ。以上。

 

「よ、よろしくね朝霧くん。これからよろしく」

 

 洋介は爽やかな笑みを引き攣らせながら、そう言ったのだった。

 これがザ・完璧な自己紹介ってやつだ。

 

 

 

 

 

 

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