ようこそ禁止区域出身の男がいる教室へ   作:白崎くろね

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第20話 明日から本気出すわ

 

 

「今日はお前たちに知らせなければいけないことがある」

 

「なんですかー?」

 

「先日、学校のとある場所で生徒同士によるいざこざが起きた。その当事者は訴え出た生徒によれば、そこで罰が悪そうに座っている須藤と素知らぬ顔の朝霧だそうだ。その二人がCクラスの複数人と揉めたようだ。ま、端的に言ってしまえば暴力事件だな」

 

 翌朝HRで告げられたのは、当事者であるオレにとって記憶に新しい事件のことだった。

 そう、遅かったのだ。オレたちから先に話すという目論見は見事に潰えたと言える。

 後でいい、後で大丈夫の考えがそうさせた。

 

 7月に入り、今月からようやくポイントが支給されるというタイミングで暴力事件の詳細を聞かされ、教室の中が騒がしくなる。

 他の無関係な生徒たちの突き刺すような視線がオレらに向く。オレは大して気にならないが、健はそう思わなかったらしく焦ったように顔を伏せている。特に健は暴力的な生徒として有名であるためか、オレよりも視線が集まっている。

 

 その中で、オレが気になったのは……どちらにも視線を合わせず、須藤のように顔を伏せる生徒の姿だった。彼女はオレたちに非難の目を向けることはなく、オレにはむしろ罪悪感のようなものを抱いているように見えた。

 

 気の所為かもしれないが、もしかしたら――

 

 そんなことにオレが意識を向けている間にも、事件の詳細が茶柱先生によって語られる。それに対する処遇、それに合わせてクラスポイントが削減される旨。そのすべてが明らかとなる。

 もちろん客観的なものであるため、どちらが一方的に悪いかなどについては触れられていない。

 

 しかし、この三ヶ月を共に過ごしてきたDクラスの生徒には、健がいかに不良な生徒であるかはよくわかっているだろう。そうなれば話の詳細を聞かされたことで、オレたちが一方的に悪いのではないかと思ってしまっても何ら不思議なことじゃない。

 

「質問よろしいでしょうか?」

 

「なんだ?」

 

「その……結論が未だに出ていないのは、何か情状酌量があるということでしょうか?

 

「ふっ、いい質問だな平田」

 

 Dクラスの男子リーダー的な存在である洋介が、至極当然の疑問を投げかける。

 

「最初にこのことを訴え出たのは、Cクラスの生徒だ。彼らが言うには一方的に殴られ、抵抗すらさせてくれなかったと言っている。が、しかし……朝霧や須藤にも話を伺ってみたところ、実際には先に殴ってきたのはCクラスの生徒で、殴ったことは殴ったが一方的なものではなかったと主張している。この食い違いから学校側は一週間の猶予を持たせることで、お互いに真実を証明できるだけの時間を与えたというわけだ」

 

「ああ、俺は悪くねえ! 正当防衛だ正当防衛!」

 

 健はバンッ、と机を叩きながら立ち上がって声を荒げて無実を主張する。

 

 しかし、その威圧的な態度が却って信憑性をなくしていた。

 

「いいから座れ、須藤」

 

「で、でもよぉ……!」

 

「いくら主張したところで今は何も証拠がない。違うか?」

 

「証拠、証拠、証拠って何だよ! あいつらには証拠があるってのかよ!」

 

「少なくともCクラスの生徒には怪我がある。そうだろう?」

 

 オレたちにも怪我の一つでもあればよかったのだが、幸か不幸か生憎とオレたちは無傷だ。

 今からオレと健で殴り合って怪我の一つでも作ってみるか?

 ……まあ、それをするにはもう遅いな。もっと早くに手を打っていれば、今とは真逆の立場になっていたかもしれない。それに相手側の生徒は相応に喧嘩慣れしてそうな雰囲気だったからってもあるが。

 少なくとも我らが男子リーダー様のような温厚な生徒だって可能性はなさそうだ。

 

「つまり、現状では暴力事件が存在していたという事実しかない。だからこその一週間だ。どちらかの主張を裏付けられるような何かがあれば処遇も大きく変わってくるだろう」

 

「くそっ、無実以外は認めらねぇよこんなの」

 

「と、本人は言っているわけだが、信憑性に欠けると言わざるを得ない。これが目撃者でもいたのならば、もっと話は大きく変わってくるはずなのだがな。どうだ、喧嘩を目撃したという生徒がいるなら挙手または職員室まで来てもらえないか」

 

 残念ながら、挙手する生徒の姿はどこにも見当たらない。

 しかし、やはり――彼女はどこか様子が変だ。

 挙手を呼びかけられた際、ほんの僅かではあるが肩をビクっと震わせていた。

 

「残念なことにこのクラスには目撃者はいないようだ」

「……そうみてぇだな」

 

 目撃者がDクラスにいないとなれば、仮に存在していたとしても協力してもらうのは難しいだろうな。

 

「朝霧はどうだ。何か言いたいことはないか?」

 

 これまで黙って話に耳を傾けていたら、お前は何かないのかと聞いてきた。

 

「……そうだな。オレが何か言えるんだとすれば――」

 

 特に言いたいことはない。が、何も言わなければ疑念を残すことになるだろう。

 だったら何か当たり障りのないことを言っておくべきか。

 

「一発は一発だ」

 

 これ以外は特に思いつかなかった。

 意外とカッコいいセリフなんじゃないか?

 そう思って、周囲を見渡してみるが……そこにはどこか白けたような視線しかなかった。

 

「あれ? オレ何かやっちゃいました?」

 

「……一発は一発だってなんだよ」

 

 後ろの席に座っている清隆が小声でそんなことを言ってくる。

 

「『オレは無実だ』なんて言うのは誰にだって言えるだろ?」

 

 オレ的には素晴らしいセリフだと思ったんだが、周りはそうは思わなかったらしい。

 

「朝霧の独特な発言はこの際聞かなかったことにするとして、学校側がこの目撃者を探すために各学年や各クラスの担任が確認を取っているはずだ。いるのなら直に見つかるだろう」

 

「なっ……! それってみんな知ってるってことかよ!」

 

「そうなるな」

 

「ちっ……」

 

 極力は隠し通したかった須藤にとって、その事実は気に入らないのだろう。

 だが昨日の夜に言った通り、いつまでも隠し通せるようなことではないからな。

 

「とにかく話は以上だ。この件の最終判断は来週の火曜日には下されることとなるだろう。もしも、朝霧や須藤を救いたいと思う者がいるのであれば言ってくれ。ではホームルームを終了する」

 

 茶柱先生はそのまま何も言わずに教室を出る。

 それに続くようにして、健もまた教室を後にするのだった。

 当然の対応っちゃ当然か。先生という抑止力がなくなったことで、この教室で広がるのはオレや須藤に対する文句の嵐だろうからな。

 短気なあいつにとって、そういう言葉をスルーするのは難しいはず。だから自分から教室を去ったのだ。

 

 さて、オレはどうしたもんか――――

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

 結局のところ、当事者であるオレに何か出来るようなことはなく――ただ、いつも通りに過ごす以外の選択肢はなかった。

 清隆や桔梗は放課後に集まり、何やら事件の証拠集めをしているらしいがオレには関係ない。誰にもオレを縛ることはできないのだ。好きな時に好きなことをする。それが人生のモットーだ。

 

 そうして、訪れたのは学校から少し歩いたところにある図書館だ。

 前に勉強会で一度訪れて以来行っていなかったので、再度訪れてみようと思ってのことだった。

 図書館が学校内の一部分なのに対して、図書館の規模は建物全体に及ぶ。もちろん一部がカフェエリアや休憩スペースとなっているものの、その大半が本棚と本で占められているのだから蔵書の数だって圧倒的だ。

 図書室では見慣れた背表紙であっても、配置や視点が変わるだけで大きく違って見えるだろう。

 

 新鮮な空気を吸い、新鮮な場所を歩き、新鮮な人の群れを眺めながら、まるで散歩でもするかのように館内をぐるりと一周する。その間に何十冊か気になる本をかピックアップし、最初に訪れた図書室の時のように大量の本を抱えながら空いた席を探す。

 

 そんな時、見覚えのある女子生徒の姿が目に入った。それもあの時と全く同じ感じで、届くか届かないといった高さの本を取ろうとして身体を弾ませている姿だ。

 

「……何やってんだ、あいつ」

 

 それが見ず知らずの他人であれば、見なかったことにしたかもしれない。

 しかし、三ヶ月とはいえ本読み仲間として交流を図ってきたのだ。

 無視する理由がなかった。

 

「台使えよ、台」

 

 そう言って、わざわざ台を持ってきたオレ。

 なんて優しすぎる男なんだ……。

 内心で自己評価を上げつつ、そいつに話しかける。

 

「こんにちは、朝霧くん。図書館でこうして会うのは初めてですね」

 

「ここに来るのはこれが二回目だからな」

 

「そうでしたか。では学校にある図書室との差に驚きませんでしたか?」

 

「まあ、そうだな」

 

 こうして話してて思うが、こいつ本当にマイペースだな。

 こんなんで大丈夫なんだろうか。何が大丈夫かは知らないが。

 オレの持ってきた踏み台を受け取り、ひよりは本を手に取った。

 

「遠くから見た時は取れると思ったんですけど、実際に手を伸ばしてみたら意外と高かったので助かりました」

 

「少しでも高いと思ったら利用するべきじゃねえか?」

 

「次からはそうします」

 

 そう言ってもまた似たような光景に出くわしそうだな。

 特に気にした風には見えないが、ひょっとしたら身長にコンプレックスでもあるのかもしれない、と邪推してみる。

 お互いにそこから移動し、空いた席に腰を下ろす。

 

「海斗くんは相変わらず読む本に規則性がありませんね。それ、格闘技の本ですよね」

 

 オレが抱えていた本の一つ、少林拳の方を指して言う。

 その他にも、八極拳や太極拳などといった中国大陸に起源を持つ武術の本が揃っている。

 俗に中国拳法と呼ばれる武術は幅が広く、名称こそ拳法入っているものの徒手空拳ではないものも中に含まれているのが中国拳法の面白いところだ。

 

「新刊コーナーの棚に混じってたから気になってな」

 

「そうだったんですね。でも、やっぱり朝霧くんが小説を読んでないのは珍しいです」

 

「それにカッコいい、だろ?」

 

「カッコいい……ですか?」

 

 八極拳を完全に使いこなしたら気功波的なのが出せるんだろ? 

 オラワックワクしてきたぞ! 

 

 まあ、カッコいいかカッコよくないかは男女によって差があるんだろうなぁ……。

 その感覚を共有出来ないのが残念だ。

 

「読んだだけで使いこせたら苦労しないけどな」

 

「では実践するつもりがあるのですか?」

 

「……あるのか?」

 

 普通に日常生活を送っていれば、そんな機会に遭遇することは早々ないだろう。歩く先々で不良に遭遇するような治安の悪い高校ならありえたかもしれないが、こここの学校においてそれはありえない。

 

「まあ、そうですよね。そんな機会はない方がいいかもしれませんね」

 

 それに、だ。

 実践ならとうの昔に文字通り死ぬほどやったからな。

 こうして読んでるのは、技を直接見て覚えるのではなく文字として一度読んでみたかったからだ。

 

 しかし、やっぱこういう技は文字で見るよりも実際に受けた方が早く覚えれそうだ。

 

「……それで話は変わるんですけど、海斗くんが石崎くんを殴ったっていうのは本当ですか?」

 

「石崎?」

 

「石崎くんは龍園くんのお友達の一人で、私たちクラスの間で発生した事件の当事者の一人です」

 

「龍園ってのはアレか。あの何だ? 蹴りを挨拶にしてる女の彼氏だったか?」

 

「……伊吹さんのことですね、たぶん。そういう関係ではありませんよ?」

 

「そうなのか?」

 

「はい」

 

 てっきりオレに噛み付いてきたのは、龍園ってヤツに対して適当な態度だったから怒ってきたとばかり思ってたんだが違ったのか。

 

「オレが殴ったのが誰かまでは覚えてないが、少なくとも殴ったのは事実だな。オレとしては殴ったつもりはまるでなかったが」

 

 あの時、攻撃を黙ってみているつもりだった。しかし、それを面白くねェなって思ってしまったオレは、相手の勢いだけを利用してバレずに自然な完全で反撃を喰らわせるはずだったのだが……思ったより目立った感じで拳が顎下にめり込んじまった。

 石崎だかって男は殴られたと自覚する暇もなく気絶しちまったわけだ。だから本人的には殴られた記憶はないはずなんだが……それを取り巻きが見てたってわけだな。

 

 これ、オレが悪いんか? 悪くないよな? 殴ってきた方が悪いよな?

 でもオレは無駄なことは言わない主義なので、特に主張したりすることはしない。

 言ったところで何も変わらないのは目に見えてるからだ。

 

「何にせよ、そいつのせいでオレは停学ってのになるらしい」

 

「それにしては落ち着いてますね……」

 

「別に停学って言っても退学じゃないだろ? だったら一日中自由に過ごしてみるのも悪くないかと思ってな。朝からこうして図書室に来ることだって出来るしな」

 

 クラスポイントが減少することに目を瞑れば、割とアリなんじゃねえの?

 

「……外出禁止だと思いますよ」

 

「にゃにぃ?」

 

「たぶん、自宅謹慎扱いになると思います。自宅ではなくて寮待機ですけど」

 

「…………嘘だろ? 一日中――いや、一週間も家の中?」

 

「はい」

 

 おいおい……停学なんて訓練校時代はなかったから、やったぜ初めての停学だひゃっほーい! なんて考えてたら思ってるよりもキツい処罰じゃねえか! ここまでする必要はあるのか?

 停学やめだやめ! 冗談じゃねぞ! 停学反対だ!

 

「……なんとか停学回避する方法とかないか?」

 

「それ、Cクラスの私に聞くんですね」

 

「今、目の前にいるのはお前だけだからな」

 

「そうですね……やはり、何か無実を証明できるような証拠を探すとかではないですか?」

 

「証拠って?」

 

「聞いた話では特別棟には監視カメラがなかったそうですので、目撃者を探すのが早いかもしれませんね」

 

「目撃者か……」

 

 心当たりはあるっちゃあるんだが、それで覆るとは思えねえんだよな。

 さて、どうしたもんかか。

 

 っていうか監視カメラ?

 もしも、あの場に監視カメラがあったとすれば……どうなる?

 

 もしも、目撃者なんて見つけだすこともなく……事実を事実としてCクラスの連中に認めさせることが出来たとしたら……。

 そのための方法を探す方が早いんじゃないだろうか。

 人はショートカットできるならしようとする生き物だから。

 

「よし、決めたぜ」

 

 今まで読んでいた本をパタリと閉じる。

 

「何をするんですか?」

 

「明日から本気出す」

 

「……はい?」

 

 オレが本気を出せば解決できない事件なんてないってことを証明してやろう。

 

 いや、まあ……適当にやるさ。適当にな。

 

 




次回からは大きく進展があると思います。
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