ようこそ禁止区域出身の男がいる教室へ   作:白崎くろね

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第22話 白の少女

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 オレが黙っていると、目の前の少女……いや、オレのことをよく知っているであろう少女がぺたぺたと近づいてくる。

 普段なら身構えるんだろうが、何となしに黙って見ていた。

 至近距離まで近づくとオレの手を握り、何かを確かめるようにニギニギと触ってから手を離す。

 

「…………」

 

 身長差的に少女が上を見上げ、上目遣いがちにこっちを見てくる。

 まるで子供だ。昔に見た時よりも幼く見えるのはいったいどういうことだろうか。

 

「…………かいと」

 

「よお、久しぶりだな」

 

「…………」

 

 こくり、と小さく頷く。

 ……昔はもっと饒舌でうざいくらいに喋っていた気がするんだがな。

 何というか別人かそっくりな双子でも見ているような気すらしてきた。

 だが目の前のこいつは間違いなくオレの知り合いだ。

 

「それにしても、お前どこから部屋に入ってきたんだ?」

 

 カードキーはオレが持っていたし、窓はきちんと施錠されている。窓ガラスに穴でも空いているとかもない。

 特にこれといって気にするほどのことじゃないが、一度気になってしまったものは仕方がない。

 

「…………」

 

 少女は上に指を向けた。

 

「上……?」

 

 上を見るが特に侵入出来そうな場所は……いや、そういうことか。

 

「お前、オレがここに来た時からずっと天井裏にいたんだな?」

 

 今度は大きく頷いた。

 

『あなたを守るのが、私の役目』

 

 あの日、あの時――オレが親父を殺すことを決めた日。

 オレに向かって、こいつはそう言った。

 あの時の口約束を律儀にも守ろうとしているのだ。だから、ここにいるのだろう。

 

 もっと早くに気がつくんだったな。

 一年以上も姿を見ていなかったことで、どこかで死んだのかと勝手に思っていた。こいつが早々死ぬようなタマじゃないことは知っているが、あの世界ではいつ人が死んでもおかしくはないからな。

 まあ、こいつの気配を消す能力は親父並……それ以上かもしれないのだ。気が付かないのも無理はないか。

 

 では、なぜ今回はばったりと遭遇してしまったのか。

 

「なあ、もしかして何か困ってるのか?」

 

「…………ううん」

 

「じゃあなんでオレと遭遇するなんてヘマしたんだよ」

 

 そこがわからない。こいつほどの実力ならオレが部屋に踏み込む前に気配を察知することだって出来たはずだ。普通の人間には不可能に近い芸当だが、オレたち禁止区域側の人間にとっては必須スキルだからな。

 

「……ただ、おなかがすいただけ」

 

「…………ったく」

 

 そういうことはもっと早く言えよな。

 オレは冷蔵庫を開け、中から適当に食べれそうなものを取り出す。

 どれもスーパーやコンビニなどで提供されている無料のものだ。

 

「ほら、好きに食えよ」

 

「……いいの?」

 

 オレの提案に不思議そうな顔をする少女。

 

「食え食え」

 

「…………わかった」

 

 何というか、アレだな。昔のオレが見たら卒倒する場面かもしれん。

 禁止区域で自分が手に入れたモノを人に上げる行為はあいつを除けばほとんどしてこなかった。それが今では何の抵抗も感じずに食料を提供している。

 やはり、人という生き物は余裕が生まれると変わるもんなのね。

 

「水も置いとくからな」

 

「………………」

 

 余程腹が減っていたのか、何度か頷きながら物凄い勢いで食べていた。それでいて綺麗に食べている。

 それもそうか。オレから隠れていたってことは自由に動き回れないだろうし、勝手に物を食べれば気付かれる危険性すらあるしな。

 訓練校は普通の鍵だったから自由に出入りも可能だったが、こっちは完全に電子錠だから入るのは難しいだろう。カードキーでもあれば別だろうが。

 

 いや、待てよ……? こいつはどうやって部屋に入ってきたんだ……?

 カードキーがないと入れない。しかし、そのカードキーはオレが持っている。

 

 …………いや、深くは考えないようにしよう。

 

「よし、オレはシャワーでも浴びてくるわ」

 

 本日二度目のシャワーを浴び、清潔感を保つ。

 それが出来る男の秘訣だ。

 ……秘訣ってほどでもねーな。普通のことだな。

 

 シャワーを浴びてから、部屋に戻ってくると少女はおとなしく椅子に座っていた。

 どうやら、もう隠れるつもりはないらしい。

 オレが何もする様子がなかったからだろう。

 

「お前もシャワーを浴びたらどうだ?」

 

「わかった」

 

「あとその服はやめて、こっちのを着た方がいいな」

 

 そう言って、オレは朝に脱ぎ捨てた服を拾って渡す。

 新品の服はもう開けちゃったし、今のところ余っているのはこれぐらいだ。

 まあ、ブカブカだろうがボロ臭い布切れみたいな服よりはマシだろう。

 

「……これ、臭い?」

 

「今のお前よりは臭くねぇよっ!?」

 

 オレの服をくんくんと匂いを嗅いで、そんなことを言う。

 何て失礼なヤツだ……。

 

 臭く、ないよな……?

 

 すれ違いざまに服の匂いを嗅いでみる。

 

「………………」

 

 ちょっと臭かった……。

 今日の放課後にでも小さめの服を買ってやろうか。

 オレはそう心の中で思った。

 

 ………………。

 

 ……………。

 

 ……。

 

 お互いに身なりを整え、テーブルを挟んで顔を合わせていた。

 

「なあ、これからどうするつもりなんだ?」

 

「あなたの邪魔はしないつもり。かいとが出ていけと言うのなら私は出ていくだけ」

 

「出ていくってアテはあるのかよ」

 

「……ない。でも私は外でも生きていけるから」

 

「まあ、そうだろうな」

 

 ……だが、ここで放っておくのは薄情すぎる気がした。

 そもそもこいつがここにいるのは、オレのせいなんだし。

 それに出ていくって言ったがどうせオレの近くにいるのは変わらないだろうからなぁ……。

 

「別にここにいてもいいぞ」

 

「……いいの?」

 

「ああ。だが面倒ごとは起こすなよ?」

 

「わかった」

 

 こいつなら特に心配はいらないだろう。

 

「……で、だ。問題が一つある」

 

 そう、すごく大きな問題がな。

 

「お前、名前なんて言うんだ?」

 

 これから共に生活していく上で、名前がないのは色々と不便だろう。いつまでも「こいつ」と呼ぶのは変だし、心の中で「少女」と呼ぶのも違和感だしな。

 あと単純にどんな名前なのかが気になる。

 

「……おぼえてない」

 

「覚えていない?」

 

「うん」

 

 そういえば、昔……いつだったか会った時に言っていた気がする。

 とある何らかの病気にかかっており、記憶がゆっくりと薄れていくのだと。そのせいで外見が変わらず、いつまでも少女のままなのかもしれない。

 

『私は永遠の少女なの』

 

 あの時は乙女的な心情のアレなのだとばかり思っていたが、今こうして見ていればわかる。

 あれはそういう意味の言葉だったのだと。

 

 しかし、オレのそばで見守るという約束は忘れていないらしい。

 理由がわからなくなり、自分の存在している理由がなくなった時……こいつはどうなるんだろうか。

 ふと、そんなことを考えていた。

 

「じゃあオレが名前をつけてやろう」

 

「かいとが?」

 

「ああ、オレは小説を読むのが好きだからな。名前をつけるのも得意中の得意というわけだ」

 

「……それはちがうと思うけど」

 

「いいからいいから」

 

 と、言ったものの……特にこれといった名前は思いつかなかった。

 名は体を表すというし、せっかくならしっかりとした名前をつけてやりたいと思うのが親心というものだろう。

 まあ、親ではないが……少なくともオレがつけた名前をこいつが今後名乗ることを考えて慎重に考えよう。

 

 ……名が体を表すのなら、体が名を表してもいいんじゃないか?

 

「よし、決めたぞ……!」

 

「……………」

 

 心なしか、ワクワクしている様子の少女。

 

「今日からお前の名前はエタニティ=ガールだ!」

 

「………………」

 

「………………」

 

 心なしか、失望した目をしている気がする。

 

「…………センス、ゼロ?」

 

「冗談だ。冗談に決まってるだろ?」

 

「……そう」

 

 割と本気だった。

 しかし、困ったな……他のも似たような名前だ。

 エイブリーやシャーロットにポリーヌという名前を考えたのだが……。

 ちなみにどれも小さいという意味を内包する名前になる。

 

 こうなったら、シンプルにいこう。

 王道は王道だからいいんだ。

 

「……白。ハクでどうだ?」

 

「わかった」

 

「ほっ……」

 

 どうやら、気に入ってくれた様子。

 見た目が真っ白だからハクだなんて我ながら安直だとは思うが、やはり本人が最も納得する名前がいいだろうな。

 ……別にオレが言葉の意味から考え抜いた名前がセンスゼロだと言われて落ち込んでいるとかではない。

 

「……海斗、ありがとう。この名前は私の記憶が薄れても忘れない」

 

「おう」

 

 ……どうしてだろうな。

 こんなにも心が安らぐのは。まるで本当の父親にでもなったような気分だ。

 さすがに子供がいるような歳じゃないが、それでも感じ入るものがあった。

 

 まあ、実際はハクの方がオレよりも年上だ。

 むしろ、逆の立場なまである。見た目が全然違うがな。

 

「さて、そろそろ時間か……」

 

 時計を見ると、朝の7時半すぎを指している。

 今日は朝早くから起きていたはずなのに、何というか濃厚の時間だった。

 実に文字数にして1万字程度、ページ数にして二十数ページの時間を過ごした気がした。

 

「オレは学校に行ってくるがおとなしくしてろよ。あと冷蔵庫に入ってるもんは適当に食べていいからな。でも本だけは汚すなよ? 絶対だからな? 汚したら追い出すからな!?」

 

「わかった」

 

「よし、ならいいんだ」

 

「いってらっしゃい」

 

 幼女に近い女の子に見送られ、寮を後にする。

 オレの心は一気に老けた気さえしてきた。

 

 たまには懐かしい気分に浸るのも悪くない

 しかし、まあ……悪くはない朝の始まりだった。

 

 




原作、暁の護衛では柏でしたが本作では「ハク」になりました。
本当はシロにでもして、「薄汚れた感じが捨て犬っぽいだろ」みたいな展開も用意していたのですが……まあ、夢でしたね。
単純に原作では彩が命名していたので、海斗が命名した場合はちょっと違う名前になるかな~でも大きく名前違うのはな~って思ってたので表記違いに落ち着いたって話ですね。

……これぞ完全ご都合主義ってヤツですかね。



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