ようこそ禁止区域出身の男がいる教室へ   作:白崎くろね

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第24話 内気な少女

 

 

 翌日の放課後。

 目撃者探しのグループ内で最も話し掛けやすく、それでいて警戒されずに心を開いてくれそうな桔梗が目撃者第一候補である佐倉愛里なる生徒に話し掛ける様子を……いつでも逃げられるように教室から脱出していたオレは廊下から見ていた。

 

「佐倉さんっ」

 

「……っ! な、なに……?」

 

 なるべく気配を断ち、誰にも話し掛けられないようにフィードアウトしようとしていたところに声を掛けられ、ビクっと肩を震わせながらも恐る恐るといった感じで佐倉は振り返った。

 完全に影の薄い陰気な生徒が、クラスでトップクラスに陽気な女子に話し掛けられれば慌てもするだろう。

 

「ちょっと例の事件のことで佐倉さんに聞きたいことがあるんだけど……」

 

「ご、ごめんなさい……! こ、この後すぐ予定があるので」

 

 顔を伏せ、言葉は噛みまくり、小さな声でもごもごと口を開いた佐倉は明らかに人と喋りなれてはいなかった。それもそうだろう。この3ヶ月間の間に佐倉が話している場面をオレは一度も見たことはない。

 その見た目と雰囲気から彼女が非常に内気な性格なのだろうということがよくわかる。

 

「時間はあまり取らせないよ……? ほんの数分だけでいいの。何なら一つだけ答えてくれるだけでも。須藤くんと朝霧くんを助けると思って、ね?」

 

 ストレートな交渉は無理だと悟ったのか、下手に出ながらオレや健を引き合いに出すことで最低限の譲歩をしつつも感情に訴える作戦に出たようだ。まずは佐倉を会話に応じさせるためのテクニックだ。後は巧みな話術次第で1個以上の答えを引き出すことが出来るというわけだ。人は一度踏み入れられると抵抗感というのが薄れていくものだから。1個ぐらい答えたんだし、もう一個ぐらい……となるって寸法だ

 要は詐欺師がよく使う常套手段だ。何て女だ櫛田桔梗。ある意味さすがだ。

 

「し、知らないです……! 本当に何も知らないんです!」

 

 しかし、佐倉の内気具合も筋金入りだ。弱々しく小さな言葉だったが、そこには明確な拒絶の意思があった。

 まさに鉄壁の要塞。会話にすら乗ってこない。

 これには然しもの桔梗も何も出来ないだろう。

 

 なんたって相手が会話という土俵にすら乗ってこないのだ!

 詐欺師だって言葉一つで相手をコントロール出来る催眠術師などではないのだから!

 内心でオレは変な実況風味で語りつつ、二人の様子を見守っていた。

 

 こうして見ているのにはワケがある。

 といっても複雑な事情ではなく、単純に佐倉がどの程度の情報を握っているのかを確かめているだけに過ぎない。

 オレから話し掛けても会話が成立するとは思えない。だから今が絶好の機会というわけだな。

 

「もう……いいですか。私、帰っても……」

 

 佐倉は目を何度か左右に動かし、逃げ出す機会を伺っていた。

 

「やっぱり、時間を取ってもらえないかな? 今じゃなくてもいいの」

 

 だが桔梗は逃がす気はないのか、逃げ道を塞ぐような感じで近寄りながらも言葉を続ける。

 

「ど、どうして……私、本当に何も知らないのに……」

 

 両者共にまったく引かず、隙という隙を狙う。

 そこには女同士の苛烈な争いがあった。

 

「……無駄、ね」

 

 鈴音が小さくつぶやく。

 桔梗が聞き出せないのなら、他にいったい誰が聞き出せるというのか。

 鈴音は性格からしてまず無理だし、健やオレといった当事者では無駄に怖がらせるだけになるだろう。最悪の場合は二度と聞き出すチャンスを得ることが出来なくかもしれない。

 最後に残された可能性とすれば、男子筆頭の洋介ぐらいか。それでも望みが薄いように思えるが……。

 

「さ、さよなら……っ!」

 

 これ以上にないほどの隙を狙って、佐倉は桔梗の脇を通り抜けるようにして教室を飛び出した。

 しかし、歩きながら携帯を片手に廊下から教室に入ろうとしていた見知らぬ男子生徒と肩を激しく激突してしまう。男子と女子では明確な体格差があり、なおかつ身長174センチほどの男子と身長153センチほどの女子がぶつかれば当然のように女子の方がバランスを崩す結果となるのは火を見るよりも明らかだ。

 その際に慌てて飛び出したせいでバッグが開いており、中から色々な物が飛び出していく。さらにはその先に他生徒の姿もあった。このまま放っておけば色んな人が連鎖的に被害を受けるだろうこと間違いなしだ。

 

「ば、ばかやろう! だから歩きスマホはダメ言うたやん!」 ←言ってません

 

 そんなことを口走りながら、オレの身体は自然に動いていた。

 たとえ、目の前に荷物を持った婆さんがいたとしても蹴っ飛ばし、優先席があろうとも関係なしに腰を下ろし、犬猫が瀕死で転がっていようが関係なしなオレが動いていた。

 別に何も他意はなく、本当になんとなくの気持ちである。本当だ。

 

 まずは佐倉の方を片腕で倒れないように支えつつ、バッグから溢れ出る中身をもう片方の手で掴み取りながら小指に引っ掛けたバッグの中に再度放り込んでいく。

 筆記用具、教科書、弁当箱、紙紐に化粧ポーチ……は飛んでいっても大丈夫か。

 

「ふ――」

 

 そう、安心しかけたタイミングで最後に掴んだ謎の袋の中身が爽快なまでにすっ飛んでいった。

 中身は良さげなデジカメだった。

 それが無残にも床に叩きつけられてしまう。

 

「あーあ……」

 

 やっちまったZE☆

 そして、当のぶつかってきた男子生徒は惨状を眺めることもなく軽く頭を下げて去っていった。

 

「嘘……」

 

 オレが腕を離すと佐倉は一目散にカメラへと駆け寄っていた。

 何度も電源ボタンを押すが電源が入らないらしく、聞こえないほどに小さな声で何かを呟いている。

 オレにデジカメの正確な価値はわからないが、少なくともなけなしのプライベートポイントを叩いて買ったであろうことは枯渇しているクラスポイントのことを考えればいかにショックな出来事なのかがよくわかる。

 

 今、佐倉は数万ポイント分を一気に失ってしまったのと変わらないだろう。

 

「ご、ごめん……わ、私が無理に話を聞こうとしたから……」

 

「違います……私が不注意で飛び出したのが悪いんです。……さよなら、ごめんなさい」

 

 さすがにこの光景を見てしまってもなお、聞き出そうとすることはいくら桔梗でも出来ないだろう。

 それほどまでにショッキングな出来事だった。

 

「それにしても海斗くんすごい動きだったね?」

 

「すごいって何がだ?」

 

「佐倉さんだけじゃなくて、他の人に被害がいかないようにしっかり守ってたし」

 

「別に偶然だろ。それに結局はカメラを落としちまったしな」

 

「それでもだよっ。ああいうのは誰にでも出来ることじゃないと思うの」

 

「まー、廊下で黙って突っ立ってたヤツじゃなけりゃ不可能だったわな」

 

「そういうつもりじゃないってわかってて言ってるよね?」

 

「さあな」

 

 何を言われてもオレから言えることは特にない。

 それだけ言うと満足したのか、頬を膨らませながら教室に戻っていった。

 

「はー、ついてねぇな。何だってあの根暗女が俺たちの目撃者なんだよ。本当に見てたのかよ、アレ」

 

 教室で足を組んで座っている健が言う。

 

「……きっと何か事情があるんだよ。それに本当はまだ見たとは言ってないんだから佐倉さんに凸しちゃダメだよ?」

 

「わーってるよ。そんくらいはな。俺は大人だからな、それくらいは自制できる」

 

 本当に自制出来るんだろうか?

 そんな感じの視線が健に突き刺さるが、本人は気づいていない。

 

「かえって良かったかもしれないわね」

 

「あ? どーいう意味だよ」

 

「どういう意味も何も彼女はあなたのために発言してくれるようなタイプの人間じゃないわ。この事件はあなたたちが起こした身勝手極まりないない暴力事件として処理されるでしょう。でもそれが今みたいなポイントが少ないタイミングでよかったと思うわ。あなたなら今じゃなくてもいつかきっと事件を起こしていたでしょうし、早ければ早いほどよかったということよ」

 

「喧嘩うってんのか? 俺たちは悪くねぇって言ってんだ。殴ったのもあいつらから何だからな」

 

「正当防衛というのはそんなに甘いものじゃないわ」

 

 そう、きっぱりと言い捨てる。

 ……さて、険悪な雰囲気になってきたしオレも立ち去るとするか。

 悪霊退散。悪霊退散。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

 ひよりから『カラマーゾフの兄弟』を借り、ついでにオススメの本数冊を受け取って寮に帰ってきた。

 同居人のハクとお惣菜メシを済ませ、シャワーを浴びてスッキリシャッキリとした状態で本を開く。この本を開いた時にする古本のような匂いがオレはたまらなく好きだった。

 すでに一度読んだことのある本だが、初めて読む本のようにワクワクとした気持ちでページを捲っていく。次第に意識が物語の中に吸い寄せられていき、まるで本の世界で傍観している人の気分で話を追っていく。

 

 物語は後半に差し掛かり、何やかんやがあったことで犯人の謎に迫っていく……。

 

「………………」

 

「………………」

 

 この本は上下2巻構成となっており、続きを読むためには下巻を手に入れるしかない。

 もしも、この本をリアルタイムで読んでいる時に下巻が発売されていなかったら作者の元にまで突撃していたかもしれなかった。

 本を閉じると、いつの間にかハクが隣に座っていた。

 

「どうかしたか?」

 

「何をよんでるの?」

 

「これか? 世界的にも有名なミステリー小説みたいなもんだ」

 

「そうなんだ」

 

「お前も読んでみるか?」

 

 読書仲間を増やすつもりで、オレはそう言う。

 

「ううん」

 

「……そうか」

 

 ちょっぴり残念だった。

 というか普通に残念だった。

 こいつなら頭も悪くないだろうし、同じ屋根の下で暮らしているならお互いに感想を言い合えるだろうと思ってのことだったが断れるとは……。

 昔、禁止区域で本を読んでいた時はあいつ――杏子にも本を勧めたんだが読んではくれなかった。というかあいつは普通に脳筋だから文字を正確に理解出来てるかどうか怪しいレベルだ。

 

 あいつ、何してんだろうな。

 

「ところで杏子のことは知ってるか?」

 

「もちろんしってるわ。わたしにとって杏子は娘みたいなものだから」

 

「娘って……。じゃあ何かオレは息子か?」

 

「似たようなものかもしれないわ」

 

 確かにこいつは年上で、昔からオレのことを見てきている。

 オレに母親の記憶はほとんどないが、ハクがそうじゃないってことはわかる。

 ただ、守ってきた存在として考えるなら母親というのもあながち間違いではないのかもしれない。

 

「まあ、それにしては小さすぎるけどな」

 

 仮にハクがオレの本当の母親だったとしても誰も信じる者はいないだろう。

 

「それで杏子が今どうしてるかってのはわかったりするのか?」

 

「そうね。杏子はあなたをとても恨んでいたわ。勝手に置いていかれたってね」

 

「そりゃそうだ」

 

「そして、あなたのことを諦められずにこっち側にきたわ」

 

「マジかよ……」

 

 よくこっち側にこれたなあいつ。

 ……オレと同じように佐竹のようなヤツとでも出会ったんだろうか。

 だとしてもあいつがこの世界に馴染めるとは到底思えないが……。

 

「でもさすがにここに来てからのことはわからないわ」

 

「そうか」

 

 元気でやってるなら特に何も言うことはない。

 仮に死んでいたとしても……あの場所に置いてきたオレには関係のない話だ。

 

「かいとは……もう、もどらない?」

 

「戻るって禁止区域にか?」

 

「うん」

 

「さあ……」

 

 こっちの世界に来てからかれこれ一年半近くの時が経っている。

 今更あっちに戻ろうという気はしない。だがこっち側が自分の肌に合っているかと言われれば……どうなんだろうな。

 

「少なくとも3年間はこっちにいるさ」

 

「3年?」

 

「ハクは知らないかもしれないが今オレがいる場所は3年間出れないんだ」

 

「……そう」

 

 まあ、出ようと思えば出られないこともないとは思うがな。

 

「オレは本の続きを読むから静かにしててくれよ」

 

「わかった」

 

 ハクは布団の中が落ち着くのか、こっちをじっと見つめながら寝っ転がり始めた。

 見られてると落ち着かない……ってことがオレにあるわけもなく、そのまま気にせずに読書を始めた。

 

 

 

 

 




ようやくまともに佐倉さんが登場しましたね。
長かった……でも本当はもっと登場させたい人たちがいるんですよね。

次回の話は割と蛇足気味なので、早めに更新したいです。
佐倉さんのメイン回は次々回ですかね。

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