ようこそ禁止区域出身の男がいる教室へ   作:白崎くろね

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日間2位になりました(2018/10/08 21:00)

これも皆様方のおかげです。
ありがとうございます。


第5話 本が繋ぐ出会い

 

 

 4月も中旬に差し掛かり、人と人との関係性も固まってきた頃。

 

 本日最後の授業が終わり、オレは図書室に向かって歩いていた。

 つい先日、部屋の本棚が限界を迎えてしまい、本屋で新しい本を買うのが難しくなったのだ。普通に新しい本棚を買えばいいだけの話だが、図書室自体に興味もあったのでちょうどいい。

 入学案内の資料によれば、この学校の図書室では数十万冊もの蔵書があるらしく、オレは少しばかりワクワクしながら図書室の扉を開けた。

 

 まず、最初に感じたのは本屋よりも濃厚な本の匂い。どこか埃っぽいような、染み付いたインクのような匂いがオレの心を落ち着かせる。人によっては苦手に感じるのかもしれないが、少なくともオレにはそう感じられたのだ。

 まあ、これはオレが本を愛して止まない男だからこその感覚かもしれないが。

 

 そして、オレは驚いた。

 

 目の前に広がる圧倒的な本の数に、だ。数十万冊という数字から想像は出来てはいたが、見聞きした情報よりも実際に目にするのとでは何もかもが違った。これだけ本があれば一生飽きないだろう。そんな小さな感想を抱くことしか出来ない程度には驚いていた。

 

「こりゃすげえ」

 

 今すぐにでも走り出してみたい欲求に耐えながら、適当に歩いていく。

 これだけ広ければどこに何があるのかがわからないが、別に読みたい本があるわけじゃないから問題はなかった。

 オレは基本的に雑食で、硬派な推理小説やガチなSF小説から著名人が書いたエッセイや自己啓発本まで何でも構わない。

 

 何故なら本とは知識だ。それを読み込むことで自分の頭の中に知識が吸収される。それを実際に活かすことだって出来るだろう。事実としてオレは本の中からほとんどのことを学んだからだ。知っているのとそうでないのとでは何から何まで違う。

 

 あの世界では、知識はある種の武器でもあった。どうして空は青いのか? なぜ夜は暗いのか? そんな何故なにをあそこの連中は教えてなどはくれない。全て自分で知る必要があった。もちろん、ただ読んでいるだけでは意味などない。それを実践し、自分のモノにしなければならない。

 

 気になる本を十冊ほど抱え、席に着こうとしていた時。

 ぴょんぴょんと軽く身体を弾ませながら、上の方にある本を取ろうとしている女子生徒が視界に入った。

 図書室の随所に置かれている台を使えば簡単なのに使わないのは、背が小さいということを気にしているからか、それとも微妙に届きそうな距離だからなのか。それはオレにはわからないことだ。

 

「仕方がねぇな……」

 

 別に無視すれば済むだけの話なのだが、視界に入ってしまったからには気になってしょうがない。

 これは平和で静かな読書時間のためだ。オレは本を読書スペースに置き、見知らぬ女子生徒にゆっくりと近づいていった。

 

 しかし、ただ本を取ってやるだけというのは面白みに欠けるな。

 そう思ったオレは、未だに上の本に意識を取られて気付く様子のない女子生徒の腰に両手を伸ばし、目的の本に目線を合わせるようにして持ち上げてやった。これで自分の手で本を取ることが出来るだろう。

 

「わっ……」

 

 小さな驚きの声が上がり、軽く困惑するような視線を向けてきた。

 想像していた反応とは少しばかり違って、逆にオレの方が驚かされてしまった。

 こう、何というか……普通はもっと慌てると思うんだが。きゃー、痴漢ー! みたいな感じで顔面に肘打ちされたって不思議じゃない。むしろそれが普通なんじゃねえのか?

 

「………………」

「………………」

 

 何故か見つめ合うこと数秒。

 

「おい」

 

「はい?」

 

「いつまで固まってんだ。早く本を取れよ」

 

「……そう、でしたね。すいません、ありがとうございます」

 

 そう言って、女子生徒はミステリー小説の超名作『占星術殺人事件』を手に取った。

 何とも調子の狂う女だが、本の趣味は悪くはないようだった。ほんのちょっとだけ興味が沸く。

 

「目的の本も取れましたので、下ろしてくれませんか?」

 

「せっかくだから読書スペースまで運んでやるよ」

 

「……ではお願いします?」

 

「冗談に決まってんだろ」

 

 ぱっと手を離し、地面に下ろしてやった。

 これ以上は周りの視線が痛いからな。

 

「ところであなたはいったい誰でしょうか?」

 

「そういうお前は誰だよ」

 

「……これは失礼しました。私の名前は椎名ひよりです」

 

 椎名ひより、か。

 当然ながら聞いたことはなかった。

 ということは同級生ではない、はずだ。クラスメイト全員の名前を把握してるとは言い難いが、少なくとも入学してから一度も見たことはない。

 だとすれば別のクラスか上級生ということになるだろう。別に何だっていいけどな。

 

「それであなたの名前は何でしょうか?」

 

「だが断る。お前の名前を聞いてはみたが、オレが名前を言うとは言ってない」

 

「……それは、そうですね」

 

「んじゃオレは読書スペースに行くぜ」

 

 踵を返し、後ろにひらひらと手を振って立ち去る。

 そのはずだったのだが……。

 

「……どうしてついてくるんだ」

 

「ところで、その本は『探偵ガリレオ』ですよね。それに『モルグ街の殺人』や『しあわせの理由』に『大いなる眠り』も……。どれも古い作品ですが名作ですよね?」

 

「あ、ああ……」

 

 何故だかわからないが、ひよりの目に怪しげな光が宿ったような気がした。

 当然ながら気の所為だ。人の目に光が宿ったりするはずがないからな。目の錯覚というやつだ。

 

「もしかして、本が好きなのですか?」

 

「自慢じゃないがオレの唯一と言ってもいい趣味だな」

 

「それは良い趣味をお持ちですね。こう見えて私も読書が趣味の一つでして、よかったら少しお話しませんか?」

 

「なんなんだお前は」

 

 何がこいつを駆り立てるのかは知らんが、オレは今から読書タイムを満喫する予定なんだ。邪魔しないでほしい。

 変な気を回してしまったのがそもそもの間違いだったのかもしれない。

 

「すいません。久しぶりに同好の士を見つけたものですから、少しばかり先走ってしまいました」

「……ったく」

 

 先程までの勢いはどこへやら、落ち込んだ様子を見せるひよりに舌打ちした。

 

「仕方ねえな。付き合ってやるよ」

 

「ほんとですかっ」

 

「ああ……だから落ち着けって」

 

「申し訳ありません……」

 

 本当に調子の狂うヤツだな……。

 しかし、オレもまた同じで読書好きを見つけたことで内心興奮しているのも事実だった。

 憐桜学園の寮では本を読むヤツはごく少数だったし、薫や尊も読むことは読むが本の内容で熱心に会話できるほどに読み込んではいなかったからな。

 こいつとは本の趣味も合いそうだからな。

 

「ちなみにお前は図書室に来るのは初めてか?」

 

「いえ、入学した時から利用してます」

 

「じゃあまずは本の借り方を教えてくれ」

 

「まずはあそこの受付で――」

 

 ひよりが図書室の利用方法を懇切丁寧に教えてくれたおかげで、スムーズに数十冊もの本を借りることが出来た。これも先人の知恵ってやつかね。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

 どこかふわっとした見た目からは非常にわかりにくいが、何やらご機嫌な様子のひよりに連れられ、女子に大人気なことで有名なカフェ『パレット』に来ていた。

 まだ放課後になってから少ししか経っていないが、席はほとんど埋まっているように見える。これはさっさと注文を済ませないと埋まっちまうな。

 

「見ろ! 人がゴミのようだ!」

 

「ふふっ、それはムスカのセリフですか?」

 

 人生で一度は言ってみたかったセリフの一つだったんだが、伝わったみたいだ。

 

「いらっしゃいませ。2名様でしょうか?」

 

「はい、そうです」

 

「ご注文は何になさいますか?」

 

 店員に差し出されたメニューを受け取る。

 

「えっと、色々ありますね。こう多いと何を注文したらいいのか悩んでしまいます」

 

「確かにな。だが悩まずに決める方法がある」

 

「……そんな方法があるんですか?」

 

「このメニューに載ってるヤツを全部頼めば悩む必要はない。そうだろ?」

 

「それは確かにそうですが……絶対食べきれませんね。間違いないです」

 

「……まあな」

 

 ちょっとした冗談だったんだが、普通に受け取られてしまった。

 

「まあこういう時はアレだ。店のイチオシメニューを頼んでおけばいい」

 

「当店のイチオシはオレンジケーキとなります」

 

「それでいいか?」

 

「私は初めて来たので、あなたにお任せすることにしますね」

 

 いやオレだって普通に初めてなんだが……。

 まあ何でもいいか。

 

「飲み物の方は何になさいますか?」

 

「あー……」

 

「私はダージリンティーでお願いします」

 

「じゃあオレはブラックで」

 

「4点で1240円になります」

 

 制服の内ポケットから学生証端末を取り出し、手早く会計を済ませた。

 

「あの……」

 

「あ?」

 

「私の分のポイントをお支払いしますので、連絡先を交換してくれませんか?」

 

「これぐらい問題ねえよ」

 

「いえ、そういうわけにはいきません」

 

「わかったわかった。連絡先を交換してやる」

 

 このままでは埒が明かなさそうだったので、素直に連絡先を交換することに。

 やれやれ、困ったヤツだ。

 店員から2つ分のトレーを受け取り、二人掛けのテーブルに腰を下ろす。

 

「わざわざ持ってくれてありがとうございます」

 

「ああ」

 

 普段あまり感謝なんてされることなんてないから変な気分だ。

 この後、ひよりに呪われたりしないだろうな? 

 

「朝霧くんは、同学年だったんですね」

 

「そうなるな」

 

「ちょっと雰囲気が大人っぽかったので、てっきり先輩なのかと思っていたのですが……」

 

 だから丁寧な喋り方なのか。

 そう思ったが、同学年という事実を知ってもなお変わらないということは、これが素ということか。

 

「えっと、本の話に戻るんですけど……こちらの本は既にご存知でしょうか?」

 

 ひよりが鞄から4冊の本を取り出し、テーブルの上にゴトっと置いた。

 ウィリアム・アイリッシュの『幻の女』、エラリー・クイーンの『ローマ帽子の謎』、ローレンス・ブロックの『泥棒は選べない』、アイザック・アシモフの『ABAの殺人』……。

 そのどれもがオレでさえ知っているような有名作家のミステリー小説たちだ。

 

 最初に感じた通り、目の前のひよりという少女とは本の趣味が似通っているようだ。

 

「ふむ……」

 

「わかりますか?」

 

「こう見えてミステリーは好きだからな。知らないとは言えねえな」

 

「ほ、ほんとですかっ」

 

 ひよりは今までで一番の笑顔を見せている。

 

「残念ながらどれも読んだことあるけどな。特に『泥棒は選べない』は何度も読んだ」

 

 これは『泥棒バーニイ・シリーズ』と呼ばれるシリーズの第1作品目で、主人公であるプロの泥棒が仕事先で殺人事件に遭遇してしまい、更には殺人の容疑を掛けられてしまう。泥棒として活動していくためにも容疑を晴らし、なおかつ怪しまれないように事件を解決へと導いていくことになる。

 とにかく軽快なリズムの文体で、すらすらと読める。それに長くも短くもないといった絶妙のバランスを保っているため途中でだれることがないのだ。

 

 ぺらぺらと本を捲りながら、まだ記憶に新しい本の内容を思い出していた。

 

「他にもありますよ」

 

「……どれどれ」

 

 どこにそんなに本が入っているのか。

 鞄から次々と本が出てくる。

 

「密室殺人ゲーム王手飛車とり……?」

 

 聞いたことのないタイトルだ。

 ミステリー小説を読むと言っても、読むのは大体が海の向こう側で出版された本が多い。

 だから日本産の本はあまり知らなかったりもする。

 

「気になりますか?」

 

「……ちょっとな」

 

「良かったらお貸ししますよ。それ、全部私物なので。いつか同じ趣味を持った人に貸そうと思って持ち歩いているんです。入学してこんなに早く見つかるとは思いませんでしたけど」

 

「じゃあ遠慮なく」

 

 本を受け取り、図書室で借りてきた本の上に重ねる。

 

「他にも興味のある本があれば是非」

 

 そう言われては断る理由もなく、興味の引く本を数冊借りることにした。

 まさかこんなところで本好きのヤツと知り合いになれるとは。それも趣味の合うヤツと。

 これだけでもこの学校に入学した甲斐があったってもんだ。

 

 それからしばらくの間、オレたちは今まで読んできた本の感想を言い合ったり、おすすめの本を紹介し合ったりなどしながら穏やかで心地の良い時間を過ごした。

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