茶柱先生に真実を告げられ、絶望の真っ只中にいるDクラス。
そんなクラスをまとめ上げるのは、女子に人気があり男子の中でも一定の地位にいる洋介だ。全員があいつに従うわけもなく、健のヤツなんかは全力で反発していたが。
そして、女子は須藤がいたからクラスポイントを大幅に減ったのだと考えている様子で、小声ながらも不満の数々を口にしている。それに対して須藤がキレるという以下無限ループ的な感じで教室が落ち着きを見せる様子はなかった。
それから何やかんやあって、時間を置いてから話そうという結論に至った。
そして、放課後。
教室の中には健、鈴音を除いた全員が集まっていた。
オレも教室を出ようと思っていたのだが、洋介に君はいてほしいと釘を刺されてしまった。
テストの点数が0点ということもあり、とてもじゃないが突っぱねられるような雰囲気ではない。
話し合いに参加するとしよう。
「か、海斗ぉ~~~~!」
「うわっ何奴っ!」
机の下からぬるっと飛び出てきたのは、ちょっと目が据わっている感じの春樹。
まるで官能小説やエロ漫画などのシチュエーションで、ちょっとエッチな女の子が主人公である男の子をおフェラしちゃうような構図にドン引き。思わず足で顎を蹴り飛ばしてしまった。
その衝撃で頭を机に打ち付け、机を跳ね上がらせながら痛みで悶ている。
今のは綺麗に顎に入ったな。
「な、何するんだよ。俺に恨みでもあるのか!」
「別に恨みはないが……」
「だったら蹴る必要はないだろ!」
「うるせえ」
うるさかったので頭にチョップを入れておいた。
「で、何なんだよ」
「これを20,000ポイントで買い取ってくれ!」
「人にゴミを売りつけようとするな。ゴミはゴミ箱にいれろ」
「ゴミじゃねえよ。前に言ってたゲーム機だ! なっ、いいだろ? 頼れるのはお前だけなんだよぉ!」
春樹の手元には、前に買ったことを自慢していたPSVIVAの箱。
オレはゲームには詳しくはないが、こいつが言うには最新の機種らしい。
それがたったの2万で手に入る……? 秀雄が買っていたノートパソコンぐらいはしそうなもんだ。どうにかしてでもポイントが欲しいのだろう。実はいい買い物なんじゃないか? 興味が出た時にはポイントがなくなっていて、買おうにも買うことが出来ないかもしれないしな。
それにこいつは0ポイント……。
自業自得だから同情の余地はないが、それでも多少は可哀想に見えるってもんだ。
しかし、やっぱりゲーム機なんていらねぇな。それだけのポイントがあれば本がどれだけ買えることか。
「今なら20,000ポイントのところを15,000ポイントで売ってやる! どうだ!?」
「いらん。つかお前チャットで20,000ポイントだったとか言ってなかったか?」
「ぎくっ」
それを思い出して指摘すると、目を逸らしながら別のターゲットに向かっていった。
なんてヤツだ。危うくもう少しで騙されるところだった。
「綾小路ぃ~~~~! 俺たち友達だよな?」
どうやら次のターゲットは清隆らしい。
「何だか大変そうだね、ポイントのない人たち」
「そういうお前はどうなんだよ」
「私? 私は……まあ、今のところはって感じかな? でも節約はしなきゃだね」
……節約か。
そういうのは苦手だった。
そもそもまとまったお金を持ったことがないのだから、節約ということをしたことがない。
禁止区域では必要最低限のモノをその都度手に入れていたからな。
腹が減れば虫や鳥を食べ、喉が渇けば泥水や雨水を啜ったもんだ。
そう考えれば、仮にポイントが0になったとしても困ることはないのかもしれない。
本が買えなくなるのは残念だが、その時はひよりに貸してもらおう。
それから桔梗と少しだけ話をして、教壇に立っている洋介の話を欠伸混じりに聞いていた。
どうやら、勉強会を行うらしい。
参加は任意だそうだが、教室の様子を見るにほとんどの生徒が参加することになるだろうな。
オレは、どうするかだが……。
§ § §
「Dクラスの話を聞きました。大変なんですね」
「そうみたいだな」
「朝霧くんは大変そうには見えませんね」
「別に大変じゃねえからな」
あれから一週間近くが経っていた。
Dクラスの連中は大変だ何だと騒いでこそいるが、オレには何が大変なのかがいまいちわからないでいた。ポイントがなくなったからといって、何も生活が出来なくなるわけじゃないのだ。この学校にはコンビニの無料物品やスーパーの無料惣菜に自炊用の材料が格安で売っている。他にも学食では山菜定食やご飯と味噌汁だけのセットといった無料のモノが提供されているのだから困りようがない。
本にしたって図書室や本屋で立ち読みをすれば無料だ。
「あぁ、そういえばこれ。予想以上に面白かった。あんなにバカな展開だったとは」
「本当ですかっ」
「ああ。本当なら微妙な出来なのかもしれないが、むしろ一周回って面白いな。これが三つの棺を書いているディクスン・カーだって言うんだから驚きだ」
「そうですね。彼の作品は密室を用いたトリックで有名ですが、その過程の描写が素晴らしいからことでも有名なんですよ。時にはこういうマイナー系をせめて行くのもいいと思いませんか?」
「その後に蝋人形館の殺人なんて読んだら感動しまくるだろうな」
オレが借りていたのは、魔女が笑う夜。
先にディクスン・カーと聞いていたので、すごく拍子抜けしたものだ。
それでも展開が展開だけにすらすらと読み進められるのだからすごい。密室ミステリーの巨匠と言われるだけのことはあるな。
「それで何ですけど……アガサ・クリスティってご存知ですか?」
「ミステリーの女王を知らないヤツがいるわけないだろ」
「それがそうでもないんですよ。少なくとも私のクラスではあまり知らないみたいですね」
「……マジかよ」
あのミステリーの女王とまで言われたアガサ・クリスティを知らない?
そんなことがありえてもいいのか? いやあり得るはずがない。
……と、言いつつもオレはアガサ・クリスティの作品をほとんど読んだことがなかった。
彼女の作品はあまりに有名すぎるため、後回しにしていたからだ。
それでも代表作に数えられている『そして誰もいなくなった』くらいは読んだことはある。
「ではABC殺人事件の方は読んだことはありますか?」
「あ、あるに決まってるだろ?」
「……本当ですか? 目が泳いでますね」
「…………」
「正直に言ってくれたら、お貸ししますよ?」
「……読んだことない」
どうやら本の前では朝霧海斗も嘘を吐けないらしい。
「オススメしてくるからには面白いんだろうな?」
「もちろんです」
「なら読ませてもらうか」
本を受け取り、テーブルの上に置いた。
この本が読み終わったら読むことにしよう。
ちなみに今の読んでいるのは、モーリス・ルブランの『カリオストロ伯爵夫人』だ。
これは有名なアルセーヌ・リュパンシリーズの最初期の物語で、それも怪盗リュパンとして名を馳せるよりも前のものだから、要は前日譚だな。
「そういえば」
「なんですか?」
「ひよりのクラスはどうなんだ?」
「……どう、と言われましても。AクラスやBクラスには劣ってしまいますが、Dクラスほど厳しいというわけでもありませんし」
「お前はCクラスだったか。確かクラスポイントは490ポイントだから個人ポイントは49,000か」
「そうですね。それくらいであれば先月の分と今月の分で十分足ります」
「そりゃそうか」
オレと同じでひよりも本以外のもので出費することが少ないのだろう。
だから他の連中とは違って、こんなふうに図書室でオレと本を読みながら駄弁ってられる余裕があるんだな。
そこでピピピっと端末が鳴った。
「……っと電話だ」
「図書室は通話は厳禁ですからね」
「ああ、わかってる」
ディスプレイには『綾小路清隆』と表示されている。
あいつが電話を掛けてくるなんて珍しいな。
前に朝の4時半にいたずら電話をしたのがバレたのだろうか?
「……しもしも」
『綾小路だ』
「んなことは見ればわかる。いったい何の用だ?」
オレが図書室内でそのまま電話を始める。
ひよりがジトっとした目を向けてくるが、無視だ無視。
『今度の中間テストの話だが……』
「あ? 中間テスト?」
『……流石に本番で0点を取るわけにはいかないだろ』
「大丈夫だ。次は満点を取る自信がある」
『根拠のない自信ならやめてくれ』
「根拠? 根拠ならあるに決まってんだろ」
『…………』
清隆のヤツはオレを信じていないらしいな。
仕方がない。オレのような天才は理解するのも難しいのだ。
「で、それがどうしたんだよ」
『あっ、普通に話進めるのな……』
「用がないなら電話を切るぞ。3、2……」
『待て待てっ。勉強会をやるんだが一緒にやらないか? というか来てくれ』
「行かないって答えた方が面白いことになりそうだな……」
『おかしくないか? そんな理由で断られそうになったのは初めてだ』
「初めての体験は貴重だからな感謝してくれ」
『ありがとう朝霧……って違う! 頼むから本気で答えてくれ!』
「やれやれだな」
勉強会、か……。
あまりそういったことをしたことがないので、多少の興味はあった。
しかし、勉強自体をわざわざするというのは気乗りしないな。
「どこでやるんだよ」
『え? そ、それはまだだ』
「じゃあ決まったら教えろ」
そう言って電話を切った。
これ以上はひよりのヤツがが怒り出しかねないからな。
現にこっちを睨んでいた。
「全然わかってないじゃないですか……」
「でもお前とこうして話してるのと大差ないだろ」
「ルールは守られるためにあるんです」
「だがルールは破られるためにもある。これはかの偉大なダン・ケネディがだな」
雁字搦めのルールなんてクソ喰らえだ。
人間とは自由な生き物でなければならない。
「そうですか。私は悲しいです」
「落ち込んでも無駄だ」
「朝霧くんにはもう本は貸しません」
「ルールは守るものだな。うん」
オレはあまりに無力だった……。
それからしばらくして、清隆から勉強会の具体的な日付と時間が送られてきた。
洋介には清隆たちの方の勉強会に参加するとメールを送っておく。
これで問題はないはずだ。
後は、オレが素直に向かうかだが――
いったいこの作品のメインヒロインは誰なのでしょうか。
どうでもいい話ですが、第8話のサブタイトルは執筆時間よりも悩んだ気がします。次回のタイトルは概ね決まってるので安心。