ポケットモンスター虹 ― Where is Justice ― 作:入江末吉
これを見ずして「アストン・ハーレィ」は語れない(たぶん)(そこまで深い話はない)
――――ポケット・ガーディアンズ。
それは正義の威を示す者の名。
人々は言うだろう。彼らこそ正義の代弁者であり、この
だからこそ、この盾を背負う覚悟がなければならない。決して権力に驕ってはならない、我々は正義の化身なのだから。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
署内の廊下をブーツの底が弾く。着慣れた訓練校の制服ではなく、晴れてPG――ポケット・ガーディアンズの制服に身を包んだ若い男子が一人、その隣を歩く似たデザインの制服を纏った少女が一人。
少し古びたドアを目の前にして二人の新人がネクタイを引き締めた。
「いよいよだな」
少女――アシュリー・ホプキンスが呟くと、隣の青年――アストン・ハーレィがコクリと頷いた。警察学校で培った経験が告げている、この扉の先に数人いる。まずは生きのいい挨拶で自分たちをアピールしよう。そう思って意を決してアストンがドアノブを捻った。
「失礼します! 本日付で刑事課に着任致しました。アストン・ハーレィです。よろしくお願い致します!」
「同じく、本日付で刑事課に着任致しましたアシュリー・ホプキンスです。よろしくお願い致します!」
入るなり大声で自己アピール、そして嫌という程警察学校で叩き込まれたPG式の敬礼を行う二人。署内の空気がピリピリと震えた。しかし、二人の気合いが入った挨拶に対する返答は変わったものだった。
「……ん? あぁ、新入りか。よく来たな、そうだコーヒーを淹れてたんだがお前たちもどうだ?」
中年太り一歩手前の風貌をした男性が迎え入れてくれた。あまりのフランクさに、返って自分たちの真面目な挨拶が滑稽に思えてしまうところであった。
「い、いえ自分は……」
「私も結構です……」
「そうか、俺のコーヒーは署内では絶賛されるほどなんだが……ん? ハハハ、今日のはまずいな、よしお前たちは飲むんじゃないぞ」
途中でひと啜りしたコーヒーは彼の気に召さないようだった。朗らかに笑う彼の姿を見ると、改めて自分たちの堅苦しさが痛々しい。
「おおっと、名乗り忘れてたな。俺は"ギリアム・カーディ"、階級はご覧のとおりだ」
そう言ってコーヒーの男――ギリアムは胸の階級章をちらりと見せた。PGの階級章は各モンスターボールと"ほしのかけら"の数で決められている。ギリアムの階級章は『スーパーボール☆2』つまり階級は警部を意味していた。ちなみにアストンとアシュリーはPG警察学校を主席と準主席で卒業しているため、新米ながら既に『スーパーボール☆1』、つまり警部補の階級を与えられている。
「あ、その顔はこんなに老いぼれてるくせに警部止まりだとか思ったな?」
「いえ、そんなことは決して」
「いいんだいいんだ、俺くらいのおじさんはここでコーヒー啜ってるくらいが平和ってことなのさ」
ギリアムは自嘲気味に笑ってコーヒーを啜ったが、本当に今日のコーヒーは美味しくないらしい。飲むたびに顔を顰めている。彼のペースを掴みかねているアシュリーとアストンだった。
二人が話題の切り出し方に困っていると再びドアが開いた。
「失礼しま――どぉぉぅわぁぁ!?」
アストンとアシュリー以上に威勢よく飛び込んできたは良いが、逆に威勢が良すぎて前のめりに突っ転んでしまい闖入者はギリアムの腹部に頭突きするように入室した。
刹那、黒い飛沫がアーチを描きながら居室の中を舞う。アストンとアシュリーはその飛沫一つ一つを卓越した身のこなしで避ける。コーヒーの全てが床にぶちまけられ、ギリアムが尻もちをついたところで居室を静寂が支配した。
「すみませんすみません! 私鈍くさくてドジでちょっぴり間抜けで」
ちょっぴりなのか、とアシュリーは思ったがギリアムはなんとそんな失態すら笑い飛ばした。
「ハッハッハ! 元気が良いな新入りその三! お前、なんていう?」
ギリアムが快活に尋ねると、闖入者のともすれば署内全体に響き渡りそうな自己紹介が始まった。
「はっ、はい!
残念なことに思いっきり、噛んでいた。PG式敬礼のポーズで固まっていた。ギリアムだけは絶えず笑い続けていた(もちろん馬鹿にする意図はない)がアストンとアシュリーも苦笑いを浮かべていた。
ちらりと、エイミーの階級章を見てみるが『モンスターボール☆1』、一般的な巡査クラスだった。自分たちとかなり差の開いたランクの同僚の存在に二人は戸惑った。
「元気がいいな。結構結構、お前たち二人も新人同士仲良くしとけよ? 言っとくが俺から言わせればお前たち二人はまだペーペーもいいトコだ。あんまり階級章を見せつけてイジメるんじゃないぞ」
「それはもちろん」
アストンがすかさず返事をするが、次の瞬間にはもうギリアムは零したコーヒーの後始末をしていた。残念がる感じは全く出していない、これはエイミーに気を使ってるとかではなく本当に美味しくないコーヒーを飲む以外で始末をつけられるからだろう。
二人はエイミーと自己紹介をし合う。エイミーは二人のことを知っていたようだ。それもそうだろう、同期ということは訓練学校でも同じ場所にいた。それにアストンとアシュリーは少々学校で目立っていた、悪い意味で。
成績優秀なアストン・ハーレィとアシュリー・ホプキンスだったが、彼らの家系は代々PGに務める、いわば組織古参だ。アストンの父、"フレックス・ハーレィ"は今警視監としてPGの中枢に位置する場所におり、アシュリーの父もまた同じく組織中枢の存在だ。周囲からは「教官が二人の成績を水増ししている」だの「お上に胡麻を擂っとかねえとな」などの謂れのない悪口を吹聴されてきたのだ。エイミーもそれを知っていたのだろう。
「それでギリアム警部、私達って最初に何をすればいいんでしょうか?」
「そうだなぁ、ひとまずコーヒーを淹れ直すからそれを飲むのはどうか……ああいや待て待て、そうだお前たちに話しておくことがあったんだ」
ギリアムが手を打つと三人は首を傾げた。ギリアムは恰幅のいい身体を壁際に寄せて言った。
「今後俺のことをギリアム警部と呼ぶのは禁止だ」
「ではなんとお呼びすればいいのでしょうか?」
「うちの課の連中は、ギリアムさんとか中には"おやっさん"なんて呼び方をする、長いことこの署勤めだからな。みんな俺の顔だけは知ってるんだ」
大きな声で笑うギリアム、アストンはそんな彼を父から聞いた通りの人だと思った。そう、現在警視監である"フレックス・ハーレィ"は若い頃、このギリアムの元で活動していたのだ。
階級だとか礼儀だとか、そういうもの全て取っ払って組織という凝り固まった思想に捕らわれない。アストンが幼少の頃、フレックスがギリアムの話をするとき、いつも困ったような顔をしていたのを思い出した。そんなギリアムの主義を反映しているのか、この部屋は警察署内にあるのにどこかまったりとした、まるで家のリビングのような暖かさを持っていたのだ。
「わかりました、おやっさん!」
「早速か! お前は出世するぞコールソン、ハハハ!」
ギリアムのお墨付きだ、本当にエイミーは出世するかもしれない。なにせフレックスも彼をおやっさんと呼ぶ人間の一人だからだ。快活に笑っていたギリアムだったがアストン、アシュリー、エイミーの三人が入室してきたときとは違う感覚で部屋の扉が開かれた瞬間、顔がスッと変わった。
「おやっさん! K地区で強盗事件発生です! ホシは現在、大量のわざマシンを盗んで逃走! 今警邏中のPCが追ってますが……」
言葉尻が窄んでいく様を見て、ギリアムが自身の顎を撫でた。「ふむ」と一頻り考えた後に椅子に掛けてあったコートを取った。
「早速だな、お前らもついてこい。現場ってものを教えてやる」
「はい! おやっさん!」
「「了解!」」
ペガスの屯署から一台の覆面PCが出る。運転手はギリアム、助手席にアシュリー。アストンとエイミーは後部座席に座っていた。ギリアムは外付けパトランプを車の上につけるとサイレンを鳴らしながら車を飛ばす。
「さっきの、ヤマちゃんから聞いた話だがホシは複数いて、最低でも確認できてるのは二人だ。というわけで、今のうちにチームを二つに分けておくぞ。アストン、お前はコールソンと組め。ホプキンス、お前は俺とだ」
「よろしくお願いします! アストンさん!」
「あぁ、お互い初の現場仕事だ。慎重に行こう」
後部座席で既に出来上がってるチームを見ながら、助手席のアシュリーが面白くなさそうな顔をした。しかしそんなことは運転しながらでも、ギリアムにはお見通しであった。後ろが盛り上がってる間に、ギリアムが言った。
「まぁ、お前さんと組んだのには訳がある。後で話すさ」
「……はい」
不服そうでありながらも上司の決定だ、逆らうわけにはいかない。警部補にも、警部に意見を言う権利は存在する。だが、いきなりここでアストンと組みたいと言うのは後々を考えてもとても利口なこととは思えなかったからだ。上司が決めたのならたとえ不満があっても従う、アシュリーの考えるPGという組織はそういうものだった。
しばらくして、町外れにある廃工場へとやってきた。かつてモンスターボールの生産をしていたはずのこの工場は既に稼動を停止して十数年が経過している。というのも、工場の持ち主が別の会社に買収され、工場の位置をラフエル一の工業街"ユオンシティ"へと移したからだ。今となっては野生のポケモンの住処や、悪党の隠れ家としてうってつけのポケモンになっているわけだ。
「念の為セーフティは外しておけよ」
ギリアムはそう言って拳銃のセーフティを示した。だが恐らく拳銃を使う機会は無いだろう。そのために、彼らには"相棒"がいるのだから。
廃工場の周囲は既に警邏中だったパトカーがいくつも止まっており、状況的には包囲されたようなものだ。待っていればそのうち機動部が来るだろうが、手柄を持っていかれたのでは面白くない。というわけでギリアムは初めての現場仕事でいきなりこの三人に手柄を取らせようとしているのだった。
ふと、アストンは隣を見た。モンスターボールの中の相棒とじっと見つめ合いながら、小さく震えているバディがいた。アストンはそっと、両手でモンスターボールを抱えるエイミーの手を包み込んだ。
「大丈夫だよエイミー、ボクもいる」
「アストンさん……そうですよね、私頑張ります!」
警察学校でもそうだったが、一人だと異様に不安になる生徒がいる。そういった存在をアストンもアシュリーもたくさん見てきた。
アストンに励まされ、エイミーはホッとしたように笑みを浮かべた。ギリアムが合図したのはほぼ同時だった。
「突入するぞ」
静かに、だが厳かに呟いたギリアムに全員が頷いて行った。廃工場の中は真っ暗で埃っぽく、アストンは慎重に進みその後ろをエイミーが追いかける。反対側の通路へギリアムとアシュリーが向かったため、既に二人きりだ。少し進んだ辺りで、アストンは足場が異様に柔らかい事に気づいた。ライトを下に向けてみると、そこがまるで砂場であるかのように砂が敷き詰められていた。
工場の中で砂場などありえない、であるならこれは――
「【きんぞくおん】!」
アストンはすぐさまモンスターボールをリリース、呼び出したポケモンに指示を出した。直後、黒板を爪でひっかくような生理的嫌悪を催す音を工場内に反響させる。すると暗闇の中から声が上がった。
「うひぃ!? なにすんだテメェ!」
「ポケット・ガーディアンズです。無駄な抵抗はやめて、投降を!」
「誰がするかァ!」
暗闇の中から現れたのは"ナックラー"だった。ポケモンではなく、アストンを狙った攻撃。アストンはそれを回避しようとするが、足が砂に埋まっていることに気づいた。
「へっ、ナックラーの特性は"ありじごく"! てめぇも、てめぇのポケモンも噛みちぎってやらぁ!」
「それはどうかな!」
直後、暗闇の中を銀光が翔けた。アストンを襲おうとしたナックラーを吹き飛ばし、その後で犯人の短い悲鳴が上がった。短い攻防、何が起きたのかすらわからなかった犯人とエイミー。慌てて、相棒である"プラスル"を呼び出し【フラッシュ】で部屋の中を照らさせた。
「え、"エアームド"だと……なんで、俺の位置が」
「最初に放った【きんぞくおん】です。あの時、既にボクにはあなたとナックラーの位置がわかっていた」
さらりと言ってのけたアストンだったが、エイミーにはさっぱりわからなかった。そして部屋を見直して、あっと声を挙げた。
「そっか、反響音! 【きんぞくおん】が反響した場所で犯人の場所を割り出したんだ!」
「そんな芸当が出来るやつがPGにいるなんて……! てめぇはぁ……」
「アストン・ハーレィ。今日からペガス署配属になった新米ですが、公務執行妨害並びに強盗の疑いで、あなたを逮捕します」
カチャリ、と犯人に手錠を掛けるアストン。エイミーが犯人からモンスターボールを押収し、反撃を防ぐ。外で待機していたPCと何人かのPG職員に犯人の身柄を引き渡すと、すぐさま引き返した。
「エイミー、ボクはギリアムさんの援護に向かう。君はどうする?」
「わ、私も行きます! バディですから!」
「わかった、まだ油断は出来ない。それからこの建物、全体的に明かりが点いていない。野生のポケモンが飛び出してくる可能性もある、プラスルに【フラッシュ】を任せてもいいかな?」
エイミーとプラスルが力強く頷くと、アストンたちは再び廃工場の中へと飛び込んでいった。薄暗い廊下、先行するエアームドに乗ったプラスルが廊下を照らし続ける。
幸い、まだ銃声が聞こえていない。発泡するような状況には至ってないということだろう。
その時だ、大きな音が鳴り響く。発砲音ではなく、金属類が転がるような音だ。見れば、後ろを走っていたエイミーがどうやら一斗缶で躓いたようだった。今の音はその一斗缶が崩れて出した音だろう。
「大丈夫かい? エイミー」
「平気です! 私タフですから!」
そう言って埃を払ったエイミーだったが、一斗缶の音が反響する廊下で別の音をアストンの耳が捉えた。それはバサバサと大きく、どんどん音を重ねて――
「エイミー、伏せて!」
「へあぁっ!?」
アストンがそう叫ぶと、エアームドとプラスルを謎の大群が襲った。鳥のように翼を持ったポケモンだが、数が多く輪郭が見分けづらい。プラスルが慌てて迎撃を始めるが、数の多さに撃退しきれていなかった。
加えて、エアームドはどちらかと言えば犯人制圧等、単体を相手に訓練されたポケモンだ。このように大量の何かを相手するのには向いていない。
「【いわなだれ】は崩落を起こす可能性がある、むやみに使うわけには……!」
「な、なんなんですかー! ポケモンなんですか~!?」
十中八九ポケモンだ、キーキー言う鳴き声からアストンは既に正体を掴んでいるが、やはり反撃の手を決めあぐねていた。
「四の五のは言ってられないか……! "ギャロップ"、【かえんほうしゃ】!」
新たに出したポケモン、ギャロップは出てくるなり全身に纏う炎を放射状に噴き出した。廊下を一瞬で進んでいく炎に焼かれる何かの大群。それが戦闘不能になり、ぱたぱたと地面へと落下する。
「"ズバット"の群れ……けど、どうして?」
「彼らには目がない。恐らく、さっきの一斗缶の山が崩れる音を聞いて、パニックになってしまったんだろう。可哀想だけど、今は任務中だ。あまり騒ぎを起こすわけにはいかないからね」
アストンとしてはそれで終わりだったのだが、エイミーはしゅんとしてしまった。自分の鈍臭さが及ぼした事故と言うなの障害で、アストンに迷惑をかけたことを気にしているのだ。
「やっぱり私、向いてないんでしょうか? さっきも何も出来なかったし……」
先を急ぎながら、エイミーが言った。しかしアストンは振り返らず走る速度も落とさないまま返した。
「向いてなかったら、エイミーは卒業出来なかったさ。あの卒業試験をクリアしたんだから、エイミーはすごいよ」
「アストンさんはもっとすごいじゃないですか、主席で卒業なんて……私は後少しでも評価を落としてたならきっと……」
「だから、エイミーはその評価を落とさなかったんでしょ? 落とした人たちが山のようにいる中で。もっと自信を持っていいと思う。だからギリアムさんはエイミーも現場に連れてきたんだ」
刑事事件の現場に新入りを連れてくるなど、普通なら考えられない。アストンやアシュリーのように突出した能力の持ち主ならともかく、卒業単位をギリギリ取得したようなエイミーですらも危険な現場に連れてきたのは、彼がエイミーもきちんと評価しているからだ。そのうえで、不慮の事故が起きた際にフォローをアストンに任せるべく、彼と組ませたのだ。
「わかったら、早くギリアムさんのフォローに行こう」
「……はい!」
背中越しの返事はとても威勢のいいものだった。まるで、自己紹介の時と同じように。アストンとエイミーが直後突入した部屋の中ではコートを深く着込み、タバコに火をつけたギリアムと、煙を吸わないように少し離れた場所にいるアシュリー。そして下半身をまるごと凍らされ、青い顔で震えている犯人の姿があった。
「アストン、お前とんでもない奴と同期だな」
「可愛い女の子なんですよ、あれで」
「聞こえてますよ、ギリアムさん」
どうやら犯人を制圧したのはアシュリーらしかった。ギリアムはこっそりとアストンに耳打ちするが、アシュリーには筒抜けだった。
この日を堺に、刑務所を含む犯人の収容施設のみならず署内で"
登場人物のキャラシは読了数によって決めます。
奮って読了くださいませ。