ポケットモンスター虹 ― Where is Justice ― 作:入江末吉
ギリアムと赤鬼──"テンヨウ"が交戦を始めて間もなく、エイミーは車に設置されている無線を震える手で操作していた。
いつもなら、いつもの暴走車両に対しての警告なら、こんなに焦ったりしない。無線のスイッチを入れるのに、手間など取らない。
だが、今日は違った。今まさに、ギリアムが死の淵で踊っている。その事実がエイミーの動きを阻害させる。
「こ、こちらギリアム班! 現在、ペガスシティC地区にて、おやっさんが赤鬼と交戦中! 至急、応援を寄越してください! おやっさんを助けてください!」
決まりの用語も忘れて、ペガス中のパトカーや支部に内線で助けを求めるエイミー。無線機を掛けるのも忘れ、ブルーシートへ飛び込んだ。
すると着物姿の鬼が、ギリアム目掛けてその流麗な得物──刀を繰り出した。下から登るような切り上げだった。
「ちぃっ……!」
「御歳の割に、よく動ける!」
しかしギリアムもテンヨウの間合いをきちんと把握し、繰り出される斬撃を見事に避け続ける。そして反撃の隙あらばオートマチックの弾丸を浴びせてやる。
だが、どういうわけか弾丸は全てテンヨウに当たらずコンクリートに歪な弾痕を残すに留まった。
タァン、と空気が破裂する音が一度響いた。だがギリアムは、本来ならばその音を二度は響かせたかった。
とどのつまり、
閃く刀身、横薙ぎに振るわれた刀がガラ空きのギリアムの横腹を切り裂いた────
「なに……?」
はずだった。ギリアムの脇腹にテンヨウの刀は確実に命中していた。だが、どういうわけか刃が侵入していかない。
そこでテンヨウは刀の侵入を阻む存在に気がついた。縦長の、手のひらに収まりそうな金属片だ。
「間一髪だったな」
じわりと汗を零しながら、ギリアムが呟いた。テンヨウの刀を防いだのはたった今手の中の銃から零れ落ちた、
如何にテンヨウが化け物じみていようと、如何に得物の切れ味が鋭かろうと、分厚い金属で構成される銃の弾倉までを切り裂くことは出来なかったのだ。
「──でやあっ!」
「ぐっ!」
刹那、ギリアムは拳銃のグリップをテンヨウの頭蓋目掛けて叩き下ろした。苦痛に思わずテンヨウが呻いた瞬間ギリアムは素早く替えのマガジンを装填、スライドを戻すことで初弾が装填される。
そのままマガジンを入れた手を補助とし、長年の訓練によって鍛えられた精密な射撃を可能とする。
バン、バン、バンと弾丸が大盤振る舞いされる。それらは二発がテンヨウの左腿へ、残りの一発が右腿へと吸い込まれ、穿たれた穴からびゅるりと血の噴水が巻き起こる。
「脳天狙ってやっても良かったが、手前はどうやら良いモン被ってるみてぇだからな」
推測を立てたのは今しがた、銃把でテンヨウの頭部を殴った時だ。叩いた感触から、生半可な仮面ではない。恐らくは特注品、それもエスパータイプのポケモンによって認識阻害効果を付与された厄介な代物。
だからこそギリアムはまずテンヨウの超人じみた動きを封じるべく、脚を狙ったのだ。見事に三発とも左右の同じ部位へ突き刺さり、血を吐き出させることに成功した。
「っつー……いいね、命のやり取りしてる最中に相手を殺す以外の手段を取ろうと思えるその胆力」
「勘違いすんな、その面さえなきゃ今の三発でド
テンヨウの動きを鈍らせてなおその瞳は拳銃の照門を添えて、鬼の上体に向けられている。なにか動きがあれば、即座に弾丸を叩き込めるだろう。
「その脚じゃあもう得意の居合も、踏み込みも出来ねえだろ。諦めて武器を捨てな」
「御冗談を、俺を知っているのなら知っているはずだ。俺は何百という強者達と鎬を削り合い、命を吸い合ってきた。この程度のダメージは、かすり傷のようなもの!」
それは苦し紛れの強がりでも、酔狂でもなかった。テンヨウが強く地を踏みしめた瞬間、当然ながら撃たれた箇所から血が吹き出す。だがその痛みなど無視しているか、端から感じていないかのようにテンヨウは飛び出し先程と遜色ない勢いでギリアムへ切りかかった。
「ッ、おやっさん!!」
思わずエイミーが叫んだ。その瞬間、テンヨウの太刀筋が
「がふっ……!? なんだ、今の手品はァ……!」
「ジョウトには"一念天に通ず"、という言葉があってね。俺は
自分で言うのもなんだけど、とテンヨウは薄く笑っていた。だがギリアムはそれどころではない、浅く切り裂かれた両脇腹から血が吹き出す。殺人鬼相手では軽傷だろうが、それでも出血するほどの傷だ。さらに銃で脚を貫かれても機動力の衰えなかったテンヨウに対し、ギリアムは痛みを無視できそうにない。
「数多の血を吸ってきた、我が暗殺剣。此奴はグルメでね、強者の血しか受け付けないと来ている。そしてこの血において強者とは、主に
テンヨウの刀、その刀身をギリアムの血が垂れ落ちる。下に向けられた切っ先からポタポタと血の雫が滴り落ち、コンクリートに新しい染みを作っていく。
鬼の自分語りに合わせて、苦し紛れの発砲。残った弾も全て撃ち尽くすが、テンヨウは全て正面から弾丸を斬り飛ばした。
カラカラと音を立てる、六つの残骸。スライドが展開したままの拳銃はもう弾を吐き出せないという言外の証明。
舌打ちをして、ギリアムはポケットを弄る。だが予備の弾倉は残り一つ、ざっと十五発の弾丸でこの鬼を黙らせる事ができるだろうか。
そう考えた時、手の中のオートマチックが非常に頼りない武器に思えた。相手が普通ならばこれ以上無い殺傷武器のはずだが、こと赤鬼テンヨウに対してはあまりにも脆弱な武器だと言える。
だからこそ次の行動はテンヨウの目を爛々と輝かせた。
ギリアムは拳銃を投げ捨て、代わりに特殊警棒を取り出したのだ。カシュッ、と音を立てて伸びる警棒が内部電池によって電流を発生させる。つまりは、スタンガンと同じ機能を備えた警棒である。
それはテンヨウの持つ刀に対し、近接戦で応じるということに他ならない。拳銃という距離の利を捨てても、ギリアムはこちらが正解であると判断したのだ。
「まだまだ、楽しませてくれそうだな──!!」
仮面の奥で、鬼の目が輝いた。脚の傷を物ともせず、テンヨウが再び踏み込んだ。大上段から振り下ろされる刀に対し、ギリアムは警棒を打ち付ける。
刹那、激しいスパークが周囲に拡散する。刀身から柄へ、柄からテンヨウの身体を電撃が襲うが、やはり脚の傷同様この程度で怯むことなどない。
「思った通り、手前の刀ぁ相当な上物だが、お前さんほど常識ハズレってこたぁなさそうだな……!」
「おや、バレてたか! 慧眼をお持ちのようだ!」
空の弾倉で斬撃を受け止めた時にギリアムは確信したのだ、剣技は凄まじいものを感じさせるテンヨウだがこと得物に関しては何の細工もない刀だと。
それならば警棒でも十分応戦は可能である。ギリアムは順手に持ち直した警棒を正面に構え、攻勢に備えた。
「……! アンタも剣を?」
「ただの警察基準だと舐め腐るなよ若造」
「では、口だけの
そう言いながらテンヨウが繰り出すのは先程の三連撃。一瞬遅れて次の斬撃が襲ってくる、最初の一撃が今度は右からギリアムに迫る。
「──そらぁッ!」
しかしそれよりも、一瞬ギリアムが速かった。テンヨウの身体が左向きに傾いた瞬間、スナップの捻りを最大限に活用した素早い打撃がテンヨウの前腕を叩き、次いで退きながらの頭頂部への打撃。だがそれは先の鬼面が欠片と引き換えに防ぐ。
直後、打撃により微かにブレた斬撃がギリアムの軌跡を切り裂き、空振った。次いでギリアムが繰り出したのは特殊警棒の先端を着物特有のガラ空きになった喉元へと突き出した。
「ひゅっ────!?」
「手前、篭手なんか巻いてやがるな。そういうのは先に言えってんだよ」
小手打で前腕を叩いた瞬間、ガツンと手応えを
「楽しいなぁ、アンタとの
「気持ち悪ぃこと言ってんなよ、俺はちっとも楽しくないぞ」
「つれないことを言う!」
一撃必殺の三連撃から切り替え、再び猛攻撃でギリアムへと襲いかかるテンヨウ。反撃したいところではあったが、ギリアムは両脇腹に走るズキズキとした痛みが響いて防戦を強いられていた。
激しい火花とスパークが路地裏をチカチカと照らし出す中、今までの攻防を見守っていたエイミーは震える手でホルスターの中に収まってる自身の拳銃を引き抜いた。
「弾倉、よし……セーフティ、解除……撃鉄を、起こして……っ」
震える手で動作確認を行うエイミー。だがやってこなくていいチェック終了の時間は必ず訪れてしまう。それは拳銃が、相手を殺せるようになった合図。
手を拱いていればギリアムはいずれやられてしまうかもしれない。
だったら、それならば、戦わなければならない。
エイミーは覚悟と共に、ズシリと両手にのしかかる殺意の重圧を跳ね除けてテンヨウ目掛けて銃口を突きつけた。
だが次の問題に直面する。
それは狙いだ、エイミーの持つ拳銃は未だに震えで大きく狙いがズレている。今なお激しく、人外のように飛び回るテンヨウに弾丸を当てるのは至難の業だ。
当てられないだけならまだいい、エイミーの放った弾丸がギリアムを傷つけることすらありえるのだ。
味方に弾の当たらない、生易しいゲームとは違うのだ。そう思った時、セーフティが外れているのにも関わらず指が引き金を引ききることは無かった。
故障を疑った、だが違う。点検は完璧に行われている、発砲までのプロセスも確認した。
エイミーには、この引き金を引いて銃口の先にいるものを殺すという覚悟が無かったのだ。
たとえそれが凶悪な殺人鬼であっても。たとえ敬愛する上司が殺されかかっていても。
「──取った!」
だが、エイミーが発砲できないことはギリアムにとっても想定内だった。だからこその奮戦。
ギリアムが突進しテンヨウの身体を跳ね飛ばすと、グラついたテンヨウ目掛けて上段から繰り出す肩を狙った一撃が──
「今のは、危なかった」
ストン、と空を切った。肩を殴りつけるために繰り出した特殊警棒はギリアムの持つ柄の部分から少し先でスッパリと切り裂かれていたからだ。
テンヨウの刀であっても、特殊警棒には傷をつけるだけで精一杯だったはずだ。だが、どういうわけか振り下ろす瞬間に警棒は既に切断されていた。
「おやっさんッッ!!」
本能がそうさせたのか、エイミーが遂に一発目を発射した。その一発はギリアムの耳の裏を通り抜け、テンヨウの鬼の面へと直撃する。幸いノックバックが発生し、テンヨウの追撃がギリアムを襲うことは無かった。
だが、やはり解せない。今、テンヨウにはそもそも攻撃する暇がなかった。ギリアムの警棒を、柄からスッパリと切断することなど出来ないはずだ。
「んー、んー、どうしたもんか」
相変わらず面に弾丸が直撃しようと対して面食らわないテンヨウ。耳の穴に小指を突っ込んで心底面倒くさそうな声を出す。
「女子供には手を出さないのが、俺のポリシーなんだよね。でもお嬢さんもPGの職員みたいだし……」
刀の切っ先を向け、どちらにしようかなと品定めするテンヨウ。ギリアムはゾッとした、一番恐れていたのは狙いが自分からエイミーに逸れることだった。
頼むから、よそ見をしてくれるなよと思うもののギリアムにはもう得物がない。気を逸らす芸当は出来ない反面、今テンヨウに対し脅威となりえるのは明らかにエイミーの方であった。
「いいか、デザートってことでここは一つ」
ギリアムの願いも虚しく、テンヨウはエイミーに向かって一瞬で距離を詰めた。エイミーが二発目を発砲する前にテンヨウはエイミーの命を刈り取るべく刀を奔らせた。
その瞳が命を奪う銀光を宿した瞬間だった。
「【てっぺき】!」
同じく、銀光が横からブルーシートを突き破りテンヨウが繰り出した斬撃を防いだ。激しい火花が再び散り、三者が三様に目を点にする。
直後、ブルーシートを突き破ってきた闖入者はエイミーの手から拳銃をサッと掠め取るとテンヨウ目掛けて弾丸を四発、遠慮なくぶっ放した。
「おっ、とォ!!」
放たれた弾丸に対応するべくテンヨウは踏ん張りを利かせてバックステップ、迫る弾丸を今までと同じように切り裂こうとした。
だが刃が弾丸を切り裂く寸前、
くの字に曲がった弾道、空間で跳弾した四発の弾丸がテンヨウの四肢を貫いた。ぴっと飛び出す血液がダメージを与えた証左。
「ぁ────」
掠れた声を出すのはエイミーだった。安心から脚から力が抜けてぐったりとその場にへたり込んでしまった。
「すみません、遅くなりました」
「アストン……お前よくここが分かったな」
「以前ギリアムさんが捜査中にいなくなった時、こっそり尾行していたんです。その時既に
エイミーの拳銃をテンヨウへ向けたまま、アストンが柔和な笑みで微笑んだ。勘弁しろよと、苦笑いを浮かべるギリアム。
アストンとアシュリーの入署当時、二人が騎士候を持っているという話をギリアムは思い出した。視線を下げ、腰に帯剣している
「へ、へ……なんだい、今の手品は」
先程ギリアムが放ったのと同じ文言をテンヨウは口にする。テンヨウの刀を弾いたものと、アストンの放った弾丸を跳ねさせたのはどちらも空気だった。
普通ではない。人間の仕業ではない。人外の感性を持つテンヨウはそれを見抜いた。
「ボクが犯人のあなたに、手の内を明かすと思いますか」
「思わないねぇ、だが俺もそういうのは自分で突き止める方が好きでネ!」
相変わらず、四肢に風穴が空いていようがテンヨウの超人的な機動力は落ちない。アストンは躊躇いなく、残弾をありったけテンヨウ目掛けて撃ち尽くす。
放たれた十発を全て退け、テンヨウがアストンへ迫った。
「気をつけろアストン! そいつはなんかやばいモン隠し持ってるぞ!」
「そのよう、ですね!」
テンヨウの攻撃を避けながらアストンが呟く。足元には無残に切り裂かれたギリアムの特殊警棒が転がっている。
その攻撃のタネさえ分かればいいのだが、わからないうちから抜刀するわけにはいかない。己が身を守る得物をむざむざ失うことは避けたかったのだ。
「ですが過去の事件の調書を見て、そして実際に赤鬼と対面してみて分かったことがあります」
アストンはエイミーの銃を使ってテンヨウの斬撃を防ぐ。薬莢を排出する
「今まで赤鬼によって殺された警官たち、その中で何人かの傷口が今赤鬼が持つ
その時、ヒュッと短く風が吹いた。かと思えば、空気の流れが刃を形成しアストンへ襲いかかった。すかさず割って入り、その斬撃を受け止めるはエース"エアームド"。
まさに過去の警官たちは
「──
言いながらアストンが路地裏の闇を指した。そこへエアームドが凄まじい速度で突進を行った。回転力を加えた突進攻撃【ドリルくちばし】が
薄暗闇の中から、耳障りな羽音が響き出した。エアームドの鎧が跳ね返す光が襲撃者の艶のある緑の甲殻を照らし出した。
「蟷螂ポケモン、"ストライク"! これが特殊警棒すら鮮やかに切断する透明な刃の正体だ」
「御名答! すごいなキミ! 警察やめても探偵で生きていけるんじゃないか?」
「悪いが、ボクにとってPG以外の道はありえない! 故にあなたを逮捕する!」
手の内が分かれば、もはや怖いものはない。アストンは拳銃を放り捨て、腰の細剣を抜刀した。型に則った剣技がテンヨウへと襲いかかる。
だがテンヨウも、相手が「ギリアムよりもやれる」と判断した瞬間、脳内のアドレナリンは過剰に分泌され身体は痛覚を無視出来るようになる。
「エアームド、【はがねのつばさ】!」
同じくして、少し上空ではエアームドとストライクが戦闘を始めた。鎧鳥は鈍色に輝く翼をストライク目掛けて繰り出し、ストライクもまた両手の大鎌で斬撃を放った。
ガチンとかち合う両者の刃が空中で激しく爆ぜる。旋回するエアームド目掛け、ストライクは再び空気の刃を繰り出した。だが先程までと違い、淡い燐光のようなものを斬撃が帯びていた。
「(恐らく、今ストライクが繰り出した技は【しんくうは】! だが恐るべきは──)」
切り結びながら、アストンは歯噛みした。自分とテンヨウの些細な、それでいて決定的な違いがあった。それは、
「(指示も出さずにこれほど的確に相手を狙った攻撃が出来るということだ)」
ずばり言って、トレーナーを必要とするかどうかであった。エアームドも相当な訓練を積んできたポケモンであるが、アストンの指示のもとで100%の力を発揮出来る。それに対しストライクはテンヨウの指示がなくとも100%、もしくは120%の力を出しているように見える。これはテンヨウがストライクを手持ちのポケモンというよりは、同好の士と捉えている部分が大きい。
それはストライクもまた、度を越した血を求める戦闘狂ということだ。
「そらそら、ふんわり考え事をしていては終わってしまうよ!」
「ぐっ……!」
ビッ、とアストンの二の腕から血が吹き出す。それでようやく、浅い傷をつけられたのだと分かった。
その時、エアームドもまたストライクに組み付かれ路地裏に落下してきた。抜け出そうと藻掻くがストライクの拘束は想像以上にしつこいものだった。
「だったら、エアームド! こっちへ!」
鍔迫り合いながらアストンが叫んだ。即座に目の輝きを取り戻したエアームドがストライクに組み付かれたままアストンたちの下へと一直線に飛んでくる。
このままであればテンヨウの背中にエアームドがぶつかる未来がやってくる。アストンの狙いを察したテンヨウは舌打ちの代わりに口角を大きく持ち上げて応えた。
テンヨウはアストンの手首を掴み、さらに刀で細剣を抑え込みながら身体をぐるりと入れ替えた。これでエアームドに突進されるのはアストンの方になる、エアームドも今更軌道を変えることなど出来ない。
「アストンさんっ!」
「今だ、【ボディパージ】!」
アストンはその場に倒れ込むようにして指示を出す。直後、自身の纏う鎧を凄まじい勢いで放出し、組み付いたストライクを弾き飛ばすエアームド。
弾かれた装甲や抜け落ちた何枚かのハネが路地裏の至るところへと突き刺さった。アストンが身を屈めたことで、その破片の幾つかがテンヨウ目掛けて飛来する。
「うおっ!」
すかさずテンヨウが持つ刀で飛んできた弾丸が如きエアームドの装甲を防ぐ。だが装甲の砲弾はテンヨウの上体をグラつかせるほどの衝撃を与えた。
その隙をアストンは見逃さなかった。立ち上がりながら、高速で突き攻撃を繰り出す。細剣とは元来、そういった刺突に特化させた武器だ。刺突は、線状になる斬撃と違い点状で行われるために回避が難しく、生半可な防御なら突き崩すことが出来る。その点に、アストンは賭けたのだ。
「──取った!」
アストンが狙ったのは、テンヨウの右肩。所謂肩の腱だ。テンヨウが如何に超人的な耐久力で痛みを堪えることが出来ても、繋がっていない筋肉を動かすことは出来ない。
「ところが、どっこいィ!!」
だが、それはテンヨウに読まれていた。アストンの放った細剣による刺突は見事にテンヨウの右肩を深々と貫いた。だが、その時既にテンヨウの右手から刀は消えていた。
瞬間アストンは本能で細剣から手を離した。そうでなければ、この左手に移動していた刀に右腕を持っていかれるところだったからだ。
「あぁ、いってぇ……超痛ぇ……けど、ォッ!」
テンヨウは語気を強めながら左手で刀を振るい、肩に刺さった細剣を根本から叩き切った。カランカランと音を立てて落ちる装飾華美な柄が、血を吸い赤黒く変色した下駄によって踏み砕かれた。
歯噛みしながらもアストンは自身の拳銃を素早く引き抜く。が、
「一瞬、遅い!」
セーフティを外して撃鉄を起こし、甘めに狙いをつけ引き金を引く。その動作をアストンが行うのに、二秒掛かった。放たれた弾丸はテンヨウの腋の下を掠め、彼の背後──即ち路地裏の入り口でへたり込んでいたギリアムとエイミーに迫る。が、弾丸はまたしても空気に弾かれるようにして何処かへ消え去った。
下から、ドラゴンの如く駆け上がる剣閃がアストンの拳銃を下から弾き飛ばした。クルクルと回転しながら飛んでいく拳銃を確認する必要なし、と判断したテンヨウはそのまま刀を引き絞ってアストンの身体へと狙いをつけた。
「ッ、エアーム────」
ズブリ。
嫌な音が路地裏に響いた。それこそ、防御ががくっと下がりそうなほど、耳障りな音だった。
エイミーが悲鳴を上げた。テンヨウの刀はアストンの左腰部を貫いていたからだ。アストンがかつてない苦痛に歯を食いしばり、眉すら寄せた。
「ぁ、アストンさん!! アストンさんッ!!」
「楽しかった……あのおじさんも良かったけれど俺の手品を生きてる間に見破ったのはキミが初めてだったし、こうしてキミとの殺し合いが終わってしまうことを俺はとても残念に思う」
刀を深く突き刺したまま、まるで抱擁を交わすようにアストンの耳元で囁くテンヨウ。ぐりぐり、と突き刺さったままの刀を九十度に二回、三回と捻る。
「ぐっ、ああああああああああああああッ……!!」
「おっと、耳元で叫ばないでくれ。デリケートなんだよ鼓膜は」
まいった、とまるで殺し合いの後とは思えないような態度でテンヨウが言った。アストンの口の端から一筋、血が流れ出した。その雫がぽたり、ぽたりとコンクリートに垂れる音を聞いてテンヨウは違和感に気づいた。
その違和感に気づいた瞬間、アストンが弱々しく浮かべる不敵な笑みの正体に気がついた。
「まさか……ッ!?」
「えぇ、そのまさか、です……っ」
テンヨウが振り向いた。そこには、先程テンヨウによって弾き上げられたアストンの拳銃をキャッチしていたギリアムが底冷えするような視線でテンヨウの心臓目掛けて狙いをつけていた。
避けねば、とテンヨウが慌てて横へズレようとして
「今です……ッ!」
アストンの脚から力が抜けた瞬間、ギリアムは弾倉に詰め込まれた弾丸を全て撃ち尽くすまで砲火を放つ。路地裏を照らしあげるマズルフラッシュが十四回の後、静寂を以て終わりとした。
結論から言ってギリアムの放った弾丸は全てテンヨウの身体、それも胴の中心へと突き刺さった。
「────やっちまえ、アストン!!」
だが、それすらもブラフ。どうせこれを食らってもテンヨウは生きているんだろうとその場の誰もが思った。だから、
アストンは壁に突き刺さった
「エアームドの、ハネだと……! まさか、さっきの【ボディパージ】はこのために……!」
「その通り……ボディパージはエアームドの素早さを引き上げるためではなく、いざという時の武器を配置するため……!」
エアームドというポケモンのハネは抜け落ちたものを刀匠が鍛え刀剣にするということで有名である。故にアストンはエアームドに常にハネの手入れを行い、切れ味を最高潮に高めていた。
さらにアストンが上げた苦悶の叫び声、あれは拳銃が落下する時の音で落ちた位置を悟られないため、わざと上げたものだ。後はテンヨウの死角からハンドサインで「撃て」とギリアムに伝えるだけでいい。
「思えば、途中からエアームドに指示を出さなかったのも、ストライクを釘付けにするためか……!」
アストンは、テンヨウの遠距離斬撃の正体がストライクだと気づいた後、エアームドにストライクを引きつけるように予め指示を出していたのだ。
まさかエアームドが自分でピンチを演出し、攻め時だと思わせていたなどストライクも気づかなかっただろう。
「あと一つ気になってることがある、あるんだが……答えは得た。俺を戒めているのは"リフレクター"で構成された透明な壁、つまりキミの手持ちにいるんだろう? "バリヤード"が」
テンヨウの問いに沈黙という是が返る。アストンが最初に乱入した時、テンヨウの刀を弾き弾丸を跳弾させたのはこのバリヤードが作り出した空気の壁だったのだ。アストンの腰部、下げられたモンスターボールの中から空気を固めて透明の壁を作って戦闘を支援していた。
「それさえ分かれば、いいんだ。スッキリした……」
諦めたかのようにテンヨウが呟くと、アストンが腹部の傷を抑えながら手錠を取り出した。そしてテンヨウの手首にその手錠をかけようとして、
「──【かわらわり】」
響き渡る、ガラスが割れるような儚い音。見ればエアームドとの戦闘を放棄し、ストライクがその大鎌でテンヨウを取り囲むリフレクターを破壊した。
「ま、待てッ!」
アストンが手を伸ばすが、テンヨウはその腕を足場に跳躍。路地裏のさらに奥へと走り去っていく。
それを見てギリアムが立ち上がり、車の無線を引ったくるようにして声を荒らげた。
「こちらギリアム班……! C地区にて赤鬼、テンヨウが逃亡した。現場近くの警官は至急応援を頼む……それと本部、救急車を手配してくれ。赤鬼にアストンがやられた、こっちは大至急だ、いいな!」
大声で捲し立てるとギリアムは無線を戻し、ぐったりと倒れ込んだ。テンヨウほどではないが、割と無茶をした。そもそも今、ギリアムは両脇腹に深い切り傷を負った状態なのだ。
そんな中、ギリアムは視界の端でなおも震える手で新しい弾倉に交換した拳銃を手に持ったエイミーを捉えた。
「コールソン、追わんでいい……」
「だけど、おやっさん……! このまま逃したら、また誰かが……!」
「多分大丈夫だ、腹に十四発も風穴ァ開けてやったし、アストンのヤツが腹にキツい一発をぶち込んでる。流石に他所でつまみ食い出来るとは思えねえ……」
言いながら、ギリアムはそれでもテンヨウならば応援に駆けつけた警官を殺すまではいかなくとも、重症を負わせて逃げおおせることくらいは出来るだろうと考えていた。
「それに、野郎はお前さんが相手だろうと容赦はしねえ。ただでさえ二人、食いっぱぐれたようなもんだ……お前さんをむざむざ野郎のデザートにしてやるかってんだよ」
立ち上がり、エイミーの拳銃をそっと下げさせるギリアム。それを受けてエイミーもようやく納得したようで、拳銃にセーフティを掛けた。
それからハッとしたようにエイミーは立ち上がって路地裏で倒れているアストンの下へと駆け寄った。
「アストンさん、聞こえますか?」
「う、うん……だけど、まずいな……ちょっと血を流しすぎた、気がする」
エイミーはそこで気がついた。アストンの左腰部、腰骨の少し上の部分に大きな穴が空いておりそこから絶えず血が流れ続けていた。
慌ててそこを手で塞ぐと、エイミーはアストンを抱え起こした。
「後少しで、救急車が来ます。それまで、頑張ってください……!」
「そうだね……急所は、外してるはずだけど……どうかな」
ここまで来るとエイミーは呆れるしか無かった。アストンはあの一瞬の攻防で、刺されてもギリギリ大丈夫な場所にテンヨウの刀を迎え入れたのだ。
だがそれでも、刀で傷口を広げられてしまえば出血量は倍以上に増える。
「すみません、ギリアムさん……もう少しのところで、逃がしました……」
「気にすんじゃねえよ、俺としちゃあお前らが生きてるってだけで拾いモンだ。だから、絶対死ぬんじゃねえぞ」
「はい……了解です」
薄れゆく意識の中、アストンはそれだけ呟くと痛覚に揺すられた脳が活動を休止するように、ふわりと意識を取りこぼした。
ポケモンバトルがおまけになってないか? おまけになってるな