ポケットモンスター虹 ― Where is Justice ―   作:入江末吉

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勢いついて二話だよ


第二話:漢の刑事 ギリアム

 アストン、アシュリー、エイミーが初めての現場を経験してからかれこれ三ヶ月ほどが経過した。

 わかったことがある、この部署は上司ギリアムの影響か事件に対して鼻が効くということだ。捜査一課ということもあり、基本的に現場に赴く必要のある刑事事件が週に一度は必ず発生していた。アストンもアシュリーも着々と刑事として成長し、どんどん犯罪者を検挙し名前を上げていた。

 

 問題は、三ヶ月経ってもなお何かしらのミスをやらかしてしまうエイミーだ。最初こそフォローに困っていたアシュリーだったが、もはや最近になってはエイミーがやらかすミスに対し積極的にフォローに入れるようになっていた。アシュリーでさえそうなのだから、アストンに至ってはもはやエスパーのように、エイミーがするであろうミスを事前に察知、そのフォローに入っていた。決して「ミスしないように」ではない、「ミスしても大丈夫なように」である。

 

 というのも、ギリアムからの指示だからだ。最初はアストンが尽くエイミーのミスの種を事前に潰していたのだが、それではエイミーは良くならないとのことだった。少なくとも現場でのミスは致命的になることもある、だから自分で意識を改めることが出来るようになるまで敢えて失敗はさせておくべきだ、と言うのだ。それに関してはアストンも同意のためエイミーにどんどんミスをさせている。

 

「遅れましたー!!」

 

 一課の扉が開く。コーヒーを啜っているアストンとアシュリーが扉の前で快活に笑うエイミーを一瞥する。カップから口を外し、笑みを浮かべるアシュリー。

 

「おはよう、エイミー」

「アシュリーさん! おはようございまーす!!」

 

 実は初任務からひと月の間だけ、アシュリーとエイミーの仲は最悪だった。というか、アシュリーが一方的にエイミーを嫌っていたというか、どこか目の敵にしていた。見かねたアストンがやめるように諭したのだが、逆上されてしまったのだ。長い間一緒に過ごしてきた幼馴染の知らない一面を見てしまった気がして、アストンも困り果てていたのだがアシュリーとバディを組んでいるギリアムがアシュリーを説得したらしく、今ではこのように笑顔で挨拶を交わす間柄だ。

 

「アストンさんも! おはようございます! 今日もよろしくです!」

「あぁ、こちらこそ」

 

 アストンとエイミーの間に座るようにして、テーブルの上のポットからお湯を出しインスタントのコーヒーを淹れ、そこに角砂糖とミルクを六つほど入れてかき混ぜるご機嫌のエイミー。理由を聞いてみると、天気がいいからだそうだ。晴れてればそれだけ嬉しいと、エイミーはいつも語っている。

 

 そして一つ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「おーっす、おはようみんな」

 

『おはようございます!!』

 

 その時だ、エイミーが開きっぱなしにしていた一課の扉から眠そうな瞳のギリアムがやってきた。課の全員が挨拶を行う、ギリアムはそれに対して片手を上げることで返答した。そしてアストンたちが屯しているテーブルにやってくると腰をズカッと下ろした。

 

「遅刻ですよ! おやっさん!」

「まぁそう言うなコールソン、交通課にえらく別嬪な娘がいてな~、それで来るのが遅れちまったんだ。勘弁しろよ」

「勘弁出来ません。アストンさんを見習ってください」

 

 そう言ってアストンの肩を叩くエイミー。急に叩かれたせいでカップにつけていた口からコーヒーが数滴溢れる。しかしエイミーは気にしない。

 

「こいつを見習えって? 冗談よせやい、こんな唐変木見習ったら世のお姉ちゃんたちに失礼だろがい」

「「それは確かに」」

「どういう意味ですか……」

 

 ギリアムにケチをつけられたかと思えば援護射撃が左右から、一気にアウェーな気分になったアストンは苦笑しながらコーヒーを飲み干した。

 

「さて、俺も自分のコーヒーを淹れるとするか。どうだアストン、おかわりはいるか?」

「ボクは結構です、お気遣いありがとうございます」

「そうか……じゃあコールソンに飲んでもらうか。ブラックでいいよな」

「嫌です! カフェオレにしてください!」

 

 エイミーの返しに書類仕事をしている同課の仲間たちが笑っていた。この三ヶ月、元々ギリアムだけで成り立っていた空気の入れ替え役が、エイミーという新人を得て劇的に換気効率が上がった。ギリアムの教えもあり、階級で相手を見下したりしないここの課はエイミーにとても厚意を持って接している。それがわかっているから、エイミーは肩身を気にせず笑顔を振りまけるのだ。

 

 いい職場だ、とアストンは思った。空になったカップの中身が、なんだか異様に恋しくなった。

 

「ほらよ、砂糖とミルクは自由に入れろ」

「はーい!」

 

 そう言って角砂糖をポイポイ放り込んでいくエイミー。アシュリーも苦笑しながら見守っていた。さすがに入れすぎだろうと思ったらしい。マドラーで十分にかき混ぜてからエイミーはカップに口をつけ――――

 

 

「ぶはっ!?」

 

 

 盛大に吹き出した。幸い霧状になったコーヒーを浴びる書類や人はいなかったが、アシュリーが慌てて付近でエイミーの口元を拭った。

 

「あーあー、入れすぎなんだよ砂糖を。まったく」

 

 そう言って嘆息しながらギリアムがコーヒーを啜った。そしてカップから口を離すと眉を顰めた。

 

 

 

「ありゃ、今日のは不味いな。これは失敬、お嬢さん」

 

 

 

 ――――その一言が合図だった。アストンとアシュリーが立ち上がり、椅子に掛けてあったコートを羽織る。見れば書類仕事をしていた同課の人たちも慌ただしく動き始めた。

 

「ヤマさん、車を回してください。出来るだけ迅速に」

「わかった! 任せとけ!」

「それからアシュリー、交通課と機動部に連絡を頼む。特に交通課には今の仕事を中断して、こちらからの連絡を待つように伝えてくれ」

 

 コクリ、と頷くとアシュリーは足早に一課居室を後にする。目を点にしてアストンを眺めるギリアムとエイミー。今までのまったりとした空気がいつの間にかピリピリとした、現場のものに変わっていたのだ。

 

「アストンさん? どうしたんですか急に」

「ごめんエイミー。エイミーも外行きの準備を進めて」

「話が見えないんですが……」

 

 困惑しながらも婦警帽をかぶるエイミー。いよいよ状況が飲み込めていないのはギリアムだけになった。ギリアムが訝しんでいると、一課の扉が勢いよく開け放たれた。

 

「おやっさん! P地区の方で事件だ! 強盗犯が"石屋"に奪ったタクシーで突っ込んだらしい!! ホシはその後数点の石を盗んで逃走中!」

「なんだと!? おいアストン、行くぞ……ってあぁ、もう準備万端か」

「はい、行きましょうギリアムさん!」

 

 幸いコートを着たままだったギリアムは外行きの準備をする必要が無く、程なくして"ヤマさん"から車の準備が出来た旨が伝えられる。階段を降りると、用意された車の前でアシュリーが待っていた。四人は手早く車に乗り込むと、ギリアムが車を駐車場から出す。

 

「しっかし驚いたな、予知能力か?」

「そんな、ただの法則ですよ」

「法則?」

 

 車を運転しながらギリアムが助手席のアストンに聞いた。するとアストンは言うべきか迷ったように逡巡してから、重たい口を開いた。

 

「ギリアムさんのコーヒーが不味い日は何かが起きるんです」

「なんだそりゃ」

 

 大声で笑い飛ばすギリアムだったが、思い当たるフシが無いではないらしくその笑いは徐々に枯れていった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「警部殿、お疲れ様であります!」

 

 十数分後、ギリアムが運転していた車は街の一角にある事故現場に来ていた。そこには犯人が奪ったと思われるタクシーがポケモンに関連する石を専門に扱う通称"石屋"に突っ込んでいた。タクシーの中には運転手が怪我をした状態で取り残されていたらしい。一般立入禁止のテープを潜ると、現場保全の巡査がギリアムに敬礼をする。ギリアムはいちいち訂正するのも面倒なのだろう、巡査には警部と呼ぶなと注意をしなかった。

 

「見たところ、あまり盗まれてませんね……」

「みたいだな、タクシー盗んで突っ込んだ割には消極的な奴だ」

 

 現場検証を行ってみると、事前にあった情報の通り、犯人が逃走する際進化の石を幾つかくすねて行ったようだ。幸い店主は店の中にいなかったので怪我等は無かったらしく、カタログと残った石を確認した結果"つきのいし"と"みずのいし"が盗まれていることが判明した。

 

「何か犯人の手がかり、無いんでしょうか……?」

 

 エイミーが顎に手を当てて考え込むが、熟考しても答えが出なかったらしく肩を落とす。同じように顎に手を添え思案していたギリアムが「よし」と仕切り直した。

 

「今回もチームを分けるぞ。俺はちょっと一人でツテを当たってみるから、お前たち三人で周囲の目撃情報なんかを漁れ」

「了解!」

「ガッテン、おやっさん!」

 

 そう言うとギリアムは現場を後にした。ギリアムは長いこと現場で働いているため、少しばかり事件の捜査に役立つ人脈が多いのだ、今回もその一人に当たってみるということだろう。

 一通り現場監査を終わらせるとアストンはアシュリーとエイミーを集め、三人で顔を突き合わせる。

 

「なにか引っかからないかい? 二人とも」

「あ、それなら一つ。ずばり犯人の目的が不明じゃないですか?」

「それはそうだろう、奴らの考えることなど想像もつかん」

 

 アシュリーが苦笑しながらエイミーに言うが、アストンは違った。

 

「いや、その通りだよエイミー。犯人の目的はなんなのか、イマイチピンと来ない。というのも犯人の狙いが曖昧すぎるんだ」

 

 そう、犯人が石屋に車で突っ込んだのは石を盗むため。だとするなら、なぜたった数点の石だけだったのだろうか。店主はその場にいなかったのだからその気になれば全て盗んでいくことも出来たはずだ。

 考えられるのは犯人の目的が()()()()()()()()()()()()かもしれないということだ。

 

「それなら、運転手の人に聞いてみませんか? 幸い怪我だけで意識は保っていたはずですし」

「そうしよう」

 

 エイミーの提案にアシュリーが外で手当を受けているタクシーの運転手の元へ歩いていった。いきなり事件に巻き込まれてしまい混乱してこそいたが、時間が経っているおかげか受け答えは出来そうだった。

 

「では、まず事件の始まりから教えていただけますか?」

 

 メモ帳を取り出しながら質問していくエイミー。運転手はこんがらがった頭を整理するように思い出しながら答えていった。

 

「まず、O地区に入ってしばらくした頃、男の人に呼び止められ車に乗せたところナイフで脅されてP地区まで行けというので、ここに来ました」

「犯人は後ろの席から貴方を脅したんですね? ナイフで」

「え、えぇ……P地区に入ると一旦車を止められ、私は助手席に移されました。そして彼が車を暴走させて……」

「石屋に突っ込んだ、と……ふむふむ」

 

 運転手の話を聞きながら相槌を打ち、ノートにペンを走らせるエイミー。それを横で聞きながらアストンとアシュリーが思案を重ねる。

 

「他に何かありませんでしたか? 犯人の持ち物とか」

 

 アストンが尋ねたときだ、今まで事件の概要を時間を掛けて思い出していた運転手がハッと顔を上げ、「そういえば」と切り返した。

 

「バッグを持ってました、中身はモンスターボールがいっぱいで……チャックが閉まらなくなるくらいパンパンに詰め込まれてたみたいです」

 

 鞄に入り切らないほど大量のモンスターボール、それはかなりのヒントだった。アストンはすぐさまモンスターボールからエアームドを呼び出すとその上に跨った。

 

「アシュリー、ボクは近隣で強盗事件が起きていたか調査する。二人で目撃情報を集めてくれ」

「わかった、気をつけるんだぞ」

 

 返事するやいなや、あっという間に上空へと飛び立ったアストン。アシュリーは運転手に情報提供の礼を言うと、エイミーを連れて周辺で事故の状況を聞いて回った。幸い朝ということもあり、目撃証言は多かった。

 

「どうですかアシュリーさん、私さっぱりわかりません」

「そうだな、動機はまとまりつつあるが肝心の犯人の足取りがわからないのではどうしようもない」

「おやっさんの方はどうでしょうか?」

 

 そう言ってエイミーは無線を使ってギリアムと連絡を取り始めた。

 

『なんだ、なんか進展あったか?』

「いえ全く! でもアストンさんが犯人はタクシー強盗する前に別の強盗事件を起こしていたんじゃないかってアタリをつけたみたいです!」

「別の強盗事件だぁ? なるほどそいつは盲点だったな……するとタクシーを盗んだのは逃走用で、石屋には偶然突っ込んだ、ってことか?」

 

 それならば始めから宝石強盗を計画していたわけではないから、石を衝動的に数個盗んだという消極性にも納得がいく。

 

「ということになるかもしれません。とにかく犯人をとっ捕まえましょう!」

「だから、その犯人がどこにいるかわからないという話なのだが……」

 

 アシュリーの指摘に「しまった」という顔をするエイミー。無線の向こうでゲラゲラと笑っているギリアムにエイミーが突っかかる。

 

『いやぁすまんすまん、お前たちと捜査すると飽きないねェ! とにかく、俺ももう少しでこっちを切り上げるから合流するぞ、そこで待ってろ』

 

 それだけ言い残して無線は切れた。エイミーが頬を膨らませて怒るのを見てアシュリーが苦笑する。ここ三ヶ月で、だいぶアシュリーの人柄が変わった。それはやはりひとえにエイミーのおかげである。

 以前の、警察学校にいた頃のアシュリーならば検挙を優先し、同僚との必要以上の干渉や馴れ合いは絶対にあり得なかった。孤高でいたがゆえの、彼女を襲った学生時代の周囲の嫌がらせだ。

 

 だからエイミーの存在には感謝してる一方で、やはりアストンとの距離が近いのが気になるのだった。

 アシュリーは今や同僚や検挙した犯罪者の間で"絶氷鬼姫(アイス・クイーン)"という物騒なあだ名こそ着いているが、それ以前に一人の女の子なのである。それこそ、PGを志すよりも遥か前に訪れた物心着いた頃から思慕し続ける男性はこちらの気持ちなど知らずに平気な顔でいろんな女に平等に接している、あの優しげで全て包み込みそうな柔らかさでだ。

 

 当然アシュリーとしても面白くない。キレ者である彼女の内面にいる少女は、今も一途にアストンに振り向いてほしいと思っている。そこで気になるのは、エイミーはアストンのことをどう思っているのかということだ。この三ヶ月、ギリアムが指示するツーマンセルは基本的にアストンとエイミー、アシュリーとギリアムのコンビだった。当然一緒にいる時間も多ければ、アストンが彼女をフォローする機会はそれこそ数えられないほどだ。

 

 長らく一緒にいたからわかる、三ヶ月という(これだけの)時間があればアストンのことが気にならない女性はいないのだ。否、下手をすれば男性ですら虜にしかねない。現にヤマさんはアストンの言うことを全面的に信頼している。今日もアストンが回した指示を迅速にこなしていたのは記憶に新しい。

 

 このように恋慕故にアシュリーのアストン評は一周回ってどこかおかしいのだが、熱に浮かされた彼女はそれに気づかない。

 なぜなら、その熱に浮かされた状態で自分を「冷え切っている」などと思っているのだから。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 場所はペガスシティの裏とも呼べる、カジノ街の一角。ギリアムとアシュリーとエイミーの三人はそこに犯人がいると突き止め、今まさに突入しようというところであった。アストンだったが、どうやらまだ情報集めに手こずっているらしく、合流には時間が掛かりそうだった。ホシに逃げられる可能性を考慮しアストンとの合流は後回し、自分たちだけで確保しようという算段だ。

 三人共拳銃を構え、弾数、セーフティの確認をすると一気に裏路地に駆け込んだ。ネオン街の裏は昼間であっても暗闇に支配されていた。陽の光が届かないスラム、犯人が隠れ家にするならこういうところだろう。

 

 ギリアムの手持ちポケモン"グラエナ"が、犯人が座っていたというタクシーの座席のニオイを辿り先行する。PG一般で警察犬の役割を果たす"ガーディ"や"ウインディ"ではないのは、ギリアムなりの拘りがあった。

 牙だ、グラエナは戦いにおいては後手に周りかねないが追跡ともなれば対象に一度食らいつけば絶対に離さない。ウインディの方が素早いが、そちらは図体がデカく犯人が狭いところに逃げ込むと途端にスピードダウンする。現場で長いこと活躍してきたギリアムだからこそのこだわりだ。

 

 すると一つのドアの前でグラエナが小さく吠えた。どうやらホシはこの先にいるらしい。ギリアムは改めて弾倉を確認、そしてドアノブに手を当てるとアシュリーとエイミーに指示をする。二人が頷くや、一気にドアノブを捻り扉を蹴り開けた。

 

「――クリア!」

「よし次だ!」

 

 中に突入したアシュリーとエイミーが索敵、近辺に人影が無いことを確認すると奥へと向かう。その時だった。奥の部屋、恐らくは事務所だろうかそう言った雰囲気の部屋の中に人影と下卑た談笑をする男たちの声が聞こえた。

 

「犯人、単独犯ではないようですね」

「そのようだ。気を引き締めていくぞエイミー」

 

 アシュリーが短く呟くと、エイミーが頷く。そして再びギリアムがドアノブを捻ってドアを蹴破った。中の男たちは突然の闖入者に驚きの声を上げる。

 

「なんだてめぇら!?」

「ポケット・ガーディアンズだ! 抵抗の意思あらば容赦はしない!」

「やべぇサツだ! 逃げろ!」

 

 中にいたのはゴロツキ風の男が三人。彼らが真ん中に置いていたテーブルの上にあったのは、鞄に入った大量のモンスターボール、さらには部屋に積まれたダンボールの山。エイミーがそれらに視線を奪われていると、ゴロツキの一人が手に持っていたバタフライナイフをエイミー目掛けて投擲した。

 

「おっと危ねぇ危ねぇ……こういうのは"ナナシの実"を切る時以外はポケットに入れとくんだな、怪我しちまうぞ」

 

 エイミーの眼前に迫ったナイフを、なんとギリアムは素手でキャッチした。眼の前にある切っ先にエイミーが息を飲む。唯一の凶器だったのだろうナイフを失ったゴロツキは、狂気に歪んだ笑みを浮かべてモンスターボールを取り出した。

 

「いけ、"ニドリーノ"! "ニドリーナ"!」

 

 リリースされたボールから二匹のポケモンが飛び出す。どちらも強力な毒を角に持つポケモンだ、迂闊に近づいてはこちらが痛手を追う。

 

「お前たちは先に逃げろ!」

「リーダー……! すまねぇ!」

 

 殿を努めたのがリーダーだったのだろう、他の二人のゴロツキはテーブルの上のモンスターボールが大量に入った鞄と幾つかのダンボールを持って窓から外へと逃げた。エイミーが追いかけようとするが、ニドリーノが彼女を威嚇する。

 

「仕方ねぇ、お前だけでも公務執行妨害並びに傷害の罪で現行犯と行くかァ」

「へっ、やってみろよお巡りさん! ニドリーノ! 【どくばり】だ!」

 

 次の瞬間、ニドリーノが放射状に毒針を打ち出す。エイミー、アシュリー、ギリアムの全員が対象になっていた。アシュリーとエイミーが上手く回避するが、ギリアムは運動不足が祟ったか躱しきれなかった。

 

「おやっさん!」

「気にすんな、足挫いただけだ……あいたたた」

「下がってて!」

 

 ギリアムとエイミーを背に庇いながらアシュリーがモンスターボールを二つリリースした。

 

「"ハピナス"! "ユレイドル"!」

 

 飛び出してきた二匹のポケモンがニドリーノとニドリーナに対峙する。どちらも図体はアシュリーのポケモンが勝っているため、勝敗は早いうちに決しそうであったが油断は出来ない。

 

「エイミー、奴らを追うんだ! 私が隙を作る!」

「は、はい!」

「ハピナス! 【ちきゅうなげ】! ユレイドルは【がんせきふうじ】!」

 

 相対するニドリーノを抱えたハピナスが床にニドリーノを叩きつけ、ひび割れた床を瓦礫に変えユレイドルがニドリーナの動きを止める。それと同時にエイミーが駆け出し、ゴロツキの隙をついて窓から飛び出す。

 既に逃げたゴロツキ二人との差はだいぶ離れてしまっているが、エイミーが唯一と言っていいほどの取り柄がある、足だ。さらに彼女の手持ちにいる"プラスル"と"マイナン"は【でんじは】を扱える。射程にさえ入ってしまえば【でんきショック】より弱い威力の電撃で犯人の足を止めることが可能だ。この中で一番追跡に向いているメンバーといえば彼女なのだ。

 

「ちっ、ニドリーノ! 【にどげり】! ニドリーナはその【てだすけ】だ!」

 

 床に叩きつけられてなおニドリーノはハピナス目掛けて蹴撃を行う。正面から受け止めようとしたハピナスだったが、その顔目掛けてニドリーナが【ヘドロばくだん】を放ち視界を奪う。回避が間に合わなかったハピナスの胴を二回の蹴りが襲う。吹き飛ばされたハピナスが苦しげに顔を顰めた。どうやら【ちきゅうなげ】を行った際に、ニドリーノの"どくのトゲ"を食らって毒状態になっていたらしい。幸いにもハピナスの特性は"しぜんかいふく"、ボールに戻しさえすれば毒状態は回復できる。

 

 しかし、このゴロツキを相手にハピナスを手持ちに戻し別の一体を出す、その隙間を狙われてユレイドルを落とされたら圧倒的に不利になる。

 

 数秒の熟考、迷った末にアシュリーはハピナスをボールに戻した。その隙をゴロツキは見逃さない。だがゴロツキは攻撃を指示ではなく、懐からあるアイテムを取り出した。

 それは"つきのいし"、先程の石屋で強奪された進化の石の一つ。そして、彼が使役しているポケモンはどちらもその石での進化に対応している。

 

「そぉら受け取れお前ら!」

 

 投げられた二つの"つきのいし"に触れたニドリーノとニドリーナがビクリ、と大きな反応を示す。次の瞬間、青白い光に包まれて二匹のシルエットが変化する。それは徐々に巨大化し、先程のハピナスといい勝負の大きさへ変化し、光の中から咆哮とともに生まれ出た。

 

「"ニドキング"と"ニドクイン"……進化の石はこのためか!」

「そうだ! いけニドクイン! 【にどげり】だ!」

 

 迫るニドクインがユレイドルに蹴撃を行う。いわタイプを持つユレイドルに【にどげり】は効果的、しかも想定よりもダメージが大きい。

 

「そうか、"ちからずく"……!」

「察しがいいなPGの姉ちゃん! ニドキングと同じ"どくのトゲ"だと思って油断したな」

 

 その通りだった。だがユレイドルだからこそ、その特性を攻略する術がある。アシュリーが後続のポケモンを出すべく、ボールをリリースした。

 

「キュウコン! 【おにび】!」

 

 後続で出てきたのは"キュウコン"だった。飛び出すなり、尻尾から九つの怨嗟の炎を吐き出し、ニドクインに火傷を負わせる。慌ててフォローに入るニドキングだったが、次の瞬間二匹を襲ったのはユレイドルの【いえき】だった。二匹は非常にげんなりとした顔をしながらすごすごと引き下がる。これで"ちからずく"も"どくのトゲ"も恐れることはない。

 

「畳み掛ける! キュウコン、ユレイドル、【ソーラービーム】!」

 

 九尾の先から、触手の先からそれぞれ光の球を生み出しそれを一気に撃ち放つ。勝利を確信したアシュリーだったが、ゴロツキは不意にニヤリと笑ってみせた。

 

「教科書通りのお利口なバトルだなぁ姉ちゃん! 喰らえ【つららばり】!」

「なにっ!?」

 

 ゴロツキは叫びながら何かを投げつけた。アシュリーはそれを避けるが、避けたのが仇となった。それは"つきのいし"と同じく盗まれた"みずのいし"で、いつの間にかアシュリーの後ろに回り込んでいたポケモン"シェルダー"に触れた。シェルダーがニドリーノたちがそうであったように、進化の光に包まれる。

 

「"パルシェン"! ユレイドル、【バリアー】だ!」

「おせぇ! お前のユレイドルは既に【ソーラービーム】発射待機状態! 間に合うはずがねェ!」

 

 悔しいがその通りだった。ユレイドルはアシュリーの指示通り【バリアー】を張ろうとするが、【ソーラービーム】の発射待機に入っていたユレイドルは意識を防御に回すのに時間がかかってしまう。

 防御が成立する前に、パルシェンが放つ氷柱はアシュリーの胸を貫くだろう。

 

 

 ――――バキン、と重たい音が響く。

 

 

 それは氷柱が砕けた音だった。アシュリーの身体には怪我一つ無い。アシュリーの背中を守る巨躯が、発射された氷柱を両手でキャッチし粉砕したのだ。ガラガラと音を立てて氷の破片が床へと落ちる。

 埃を払いながら、コートの男が立ち上がった。

 

「ここは俺も出張るとするか、なぁ"ハリテヤマ"!」

 

 アシュリーを守った巨躯――ハリテヤマが頷く。

 

「ハリテヤマだと……だが! パルシェンの防御は鉄壁! さらに急所はない! この勝負負けは――――」

 

 無い、そう言おうとしたゴロツキだったが、ハリテヤマの目も、ギリアムの目もそれを否定した。

 

「――――なら、落ちるまで突っ張る。刑事(デカ)の基本だ。

 ゴロツキ風情が、甘く見んじゃねえ……ッ!」

 

 静かな怒りだった。中腰に構えたギリアムがパルシェンとハリテヤマを見据え、息を吸い込んで特大の大声を張り上げた。

 

「せええええええええりゃ!!! 【つっぱり】!!」

 

 刹那、空気が弾けた。ハリテヤマ怒涛の突っ張りがパルシェンの殻を襲う。

 如何に強固であろうと、如何に堅牢であろうと、弱点がなかろうと関係ない。

 

 相手が音を上げるまでの根比べ、それがギリアムのスタイルだった。

 

「【つっぱり】! 【つっぱり】! 【つっぱり】! 【つっぱり】!!」

 

 パルシェンがどれだけ防御に秀でていても、ハリテヤマが連続で放つ気合いの突っ張りはその防御を突き崩す。砲台としての役割を持つパルシェンは攻撃をする暇などなく、殻を閉じて防戦一方にならざるを得なかった。

 

「ま、まずい! ニドキング! ニドクイン! パルシェンを援護しろ!」

 

 ゴロツキの上ずった声。二匹のポケモンは頷きあい、ハリテヤマ目掛けて遠距離から放てる【どくばり】を撃ちまくった。下手な鉄砲数撃ちゃ当たるというだけあり、ハリテヤマの背中が針山のようになる。的が大きいからだ、当然打ち込まれた毒針からハリテヤマの身体を蝕む毒が走るが、その目から闘志は消えてなどいなかった。

 

 

「"こんじょう"見せろよハリテヤマ! "からげんき"でもいいぞォー!!」

 

 

 突っ張りから一転、乾坤一擲の勢いを以て放たれたチョップがパルシェンの殻を突き破る。

 如何にパルシェンが攻防の要とは言え、ハリテヤマに毒を打ち込んのは完全な悪手だった。特性"こんじょう"と"からげんき"を持つハリテヤマに対して、毒状態は彼が気合いを入れるファクターにしかなり得なかった。

 

「どぉぉぉぉぉぉぉりゃああああああああああああッッ!!」

 

 既に瀕死寸前に追い詰められたパルシェン。裂帛の気合いとともに放たれたハリテヤマの【インファイト】がパルシェンを完膚なきまでに叩きのめす。

 その鬼神の如き迫力に恐れをなしたゴロツキは尻もちをつきブルブルと震えたが、逃げねばならないと悟り、ニドキングやニドクインを見捨てて窓から逃げようとした。

 

 

 ――――が。

 

 ふわりと身体が浮く感覚がした。自分が床に一本背負いを食らって叩きつけられたと気づいたのは身体が鈍い痛みを覚えてからだった。

 ギリアムは痛む足も気にせず一瞬で距離を詰め、ゴロツキを投げ飛ばした。ぽかんと自分の状況に気づいていないゴロツキの手首を掴み上げ、懐から取り出した手錠を掛ける。

 

「刑事の挟持を愚弄した罪!! それと……あとなんだ」

「強盗、及び恐喝。公務執行妨害」

「そうそれ! 諸々の罪で貴様を逮捕する! 大人しくお縄につきやがれェい!!」

 

 アシュリーが頭を抱える。ギリアムは人一倍刑事であることに誇りを持っている。だからこそ、それを愚弄されれば当然怒る。罪状に余計なものが加わったが私刑ということで処理されるだろう。だが重要な罪状と私怨が逆になってしまっているのが玉に瑕だった。

 犯人を連行する時になり、アストンがエイミーと共にゴロツキ二人を引き連れて現れた。どうやら逃げた先にアストンが先回りしていたらしく、あっけなく逮捕となったらしい。急ぎ足で駆けてくるエイミーとアストンに、アシュリーはハイタッチで応えるのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 時は過ぎ、ペガスが夜の街たる貌を見せる。ギリアムは一人で、遊びの街とは思えない静かな路地にある隠れた飲み屋で一人酒を呷っていた。この店の主人とは旧知の仲であり、ギリアムが貸し切らせてくれと頼めば一人で酒を飲むことも可能なほどだ。裏路地にあるというのに経済的な余裕はあるらしい、やはり穴場というのが人の心を擽るのだろう。

 

「旦那、もう一杯頼むわ」

「あいよ、でも程々にしときなよアムちゃん。アンタも若くないんだからさ」

「歳の話は良いだろ放っとけぃ、旦那はそもそも定年過ぎじゃねェかい」

 

 良い部下に恵まれ、現場でも活躍、仕事に何一つ不満のないギリアムであったが、ストレスの種は当然存在する。

 

「もう少しで二年かい……」

「あぁ……」

 

 主人が目を伏せる。ギリアムはもう一口、強い酒を呷ってから頷いた。

 彼の悩みのタネは、娘のことだ。もう少しで成人となる一人娘、名前をミリシャ・カーディ。ギリアムの亡くなった妻にそっくりの目をしたギリアムの愛娘だった。

 しかしそんなミリシャは二年前、事故に遭ってその影響で視力を落としてしまった。今ではもはや世界の大半が暗闇に支配されているほど視界が狭まっている。このままではミリシャは永遠に光を拝めない身体になってしまう。

 

「よぉ、大将やってるかい?」

「悪いねぇ、今日は貸し切りで……って、あらデンちゃんじゃない。いらっしゃい」

 

 そう言って隣にどっかりと腰を下ろす巨躯を、ギリアムはよく知っていた。

 ラフエル地方を守護する公的組織、ポケット・ガーディアンズの重役。胸に輝くマスターボールに五つの"ほしのかけら"が示すのは、組織の長たる者だということ。

 

 名を"デンゼル"。これまた、歳の近いギリアムとの同期だった。彼が警部として現場で働き続ける間、彼は上へ上へと上り詰め、いつの間にか誰よりも偉い存在になってしまった。

 こうしておちゃらけた態度を取ってはいるが、一度捜査や戦いとなれば人柄はガラリと変わる。

 

 ギリアムはそんな時の彼をこう呼んだ、「修羅」と。以降、デンゼルが本気を出そうものなら山の二つ三つは簡単に吹き飛ぶなどと、尾ひれの着いた噂がPG内を行ったり来たりだ。

 

「これはこれは本部長殿、ご機嫌麗しゅう」

「硬い硬ァい、もっと楽にしろい。今は俺ちゃんもおめーも今はプライベートだろがい」

「ハッ、それもそうだな。どうだ、一杯」

「そのつもりで来てるんだよっと」

 

 ギリアムが態度を崩しながら酌をする。小さな猪口に注がれた強い酒を、彼は一気に飲み干した。

 

「いいねぇ仕事終わりの一杯は! 心がすぅーっとしてくらぁ」

「そうかい、俺はそうはなれねェ。酒を飲むといっつも参っちまう」

「ならなんで飲みに来るのよ」

「決まってんだろ旦那ァ! 酒でも飲まなきゃやってらんねぇからだよ! なぁギリアム! そうだろォ?」

 

 早速酒が回ったか、デンゼルが大きな声で怒鳴り散らす。ギリアムは乾いた笑いを漏らしながら、密かに頷いた。

 陽気な態度のデンゼルだったが、ギリアムがセンチメンタルに浸ってると見るや声のトーンを落とした。こういう気遣いは繊細なやつだ、とギリアムは思った。

 

「ミリシャちゃんのことか」

「あぁ、医者の話じゃもう時間は残ってないらしい」

 

 ミリシャの光はどんどん奪われ続けていく。早いうちに手術をすれば治ると言われている。だが、視力を回復させるための手術だ。予算はバカにならない、国家公務員であるギリアムであっても手が出ない額なのだ。

 

「確か、ミリシャちゃんを轢いた奴は"ポケモンバイヤー"だったな……今日の事件、そらァ堪えるわな」

「あぁ……」

 

 

 だから、今日の事件自分でも制御が効かないほど怒り狂ってしまったのだろう。アストンの報告によれば、ゴロツキの一人はゲームセンターの交換所から盗んだポケモンを持って逃走したようだった。さらに交換所はゲームセンター本館から僅かに離れている。係員を全て制圧してしまえば事件発覚は大幅に遅れる。ポケモン強盗事件よりもタクシー強盗が先に警察に知らされたのはそういう理由だろう。

 さらに、ゴロツキが屯していた事務所から押収されたダンボールの中身は全てポケモンが入ったモンスターボールだった。あれだけの数だ、捌ければ一生遊んでもお釣りが来る金額だろう。

 

 自分が心から欲してる金を、悪事を以て手に入れようとするその姿勢は我慢ならなかった。だからギリアムは、必要以上に怒りを見せた。

 刑事としての挟持を愚弄されたからではない。ギリアムは父として、怒ったのだ。

 

「ただな、あいつら取り調べでなんて言ったと思う? "どうしても金が欲しかった"つったんだよ」

「……」

 

 握りしめた猪口が手の中で悲鳴を挙げた。

 

「だからまぁ、お前も変な気起こすんじゃねえぞ」

「そんなタマに見えるか?」

 

 乾いた笑いが飲み屋に響く。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――正義はここにある、はずなのだ。ずっと抱き続けてきた、はずなのだ。それを確かめるようにギリアムはそっと胸に手を当てた。

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