ポケットモンスター虹 ― Where is Justice ―   作:入江末吉

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前後編のつもりが再び長くなっちゃったので中編です。
次こそ後編です、後編だといいなぁ。


第四話:刑事の挟持

 ライラ・パチルとエイミー・コールソン両名が消息を断ってから早十二時間ほどが経過した。もうすぐ深夜零時になるという時間帯、ポケット・ガーディアンズペガス署の一室には明かりが灯っていた。

 さらにはその部屋の中を慌ただしく人が動き回っていた。間もなく始まる対策会議の資料作成の締めに追われているようだった。

 

「アストン、怪我は大丈夫なのか?」

「心配ないよ。ただの擦り傷さ」

 

 昼間の戦闘中には大したことなかったが、後々アドレナリンが切れると身体のあちこちに擦過傷などが出来ていたのだ。それほどまでにあのグランブルとの戦闘は苛烈だった。

 ちなみにあのグランブルは今はボールごと拘束されている。しかしボールの中でも暴れているらしく、こちらの対策もこの会議で決めねばならないだろう。

 

「私達がエイミーを追った時には既に姿が無かった、手がかりは相手が遺したグランブルと戦闘を行ったお前の情報が頼りになる」

「わかってるよ。ボクが感じたままを話すよ」

「頼んだぞ」

 

 アシュリーはそれだけ言い残してアストンの元を去った。その側ではギリアムが渋い顔をして手帳の情報を纏めていた。

 

「ギリアムさん、何かわかりましたか?」

「んぁ、昔のツテでな。この辺を牛耳ってる地主の一人に当たってみた。前にも話したな、街のあちこちに監視カメラを仕掛けてあるって。そうしたら、ビンゴだ」

 

 そう言ってギリアムが出してきたのは一枚の写真だ。解像度が荒く、犯人の顔までは特定できなかったが犯人の集団に共通点があることがわかった。ライラ及びエイミーの誘拐犯は単独犯ではなく、組織ぐるみの犯行だったのだ。

 

「NとS……?」

 

 アストンが気になったのは、灰色の装束の男たちが胸のプロテクターに入れているロゴだ。青いNの前にSが入った独特のもので、恐らくは組織証のようなものだ。しかしギリアムのツテであってもこの組織のことまでは知らないようだった。

 

「他にも犯人の一味はゴーリキー印の引越し業者のトラックを強奪したようだ。問い合わせてみたが先月の中頃、運転手とゴーリキーたちが引越し作業を行ってる間にトラックを奪われたと証言してる」

「……なんでトラックがそのままなんでしょう。普通、目立つものは隠すはずでは?」

「それなんだよ。俺もそいつが引っかかってる。お前さんの言う通り、盗んだトラックにはでかでかとゴーリキーのイラストが乗ってる。わざわざ監視カメラに映って「私達が犯人です」って宣言するようなもんだ、誘拐なんてふざけたことしでかす奴にしては豪胆すぎる」

 

 ますます犯人の狙いがわからない。どれが本当の目的なのか決めあぐねる。むしろ犯人からすれば警察組織がこうやって悩むための撹乱のつもりなのだろうが、それにしても大胆すぎるのだ。

 

「そろそろおっ始まるな、お前さんは知ってることだけ話せ」

「わかりました」

 

 一課居室から次々人が移動し始めるのを見てギリアムが短く切り上げた。アストンは頷き、彼の後ろについて急設された対策本部室に脚を踏み入れた。

 部屋の中心、司会進行を勤め上げるのは本庁から来たであろう警視だった。しかしその警視はギリアムの姿を見るや駆け寄ってきた。

 

「ギリアム警部、お久しぶりです! お変わりは、ありませんか?」

「おう、警視殿。ずいぶんキャリアっぽくなってきたじゃあねェか! 今日の会議、頼りにしてるぜ! それと、警部は無しだ」

「あっ、失礼致しました! ギリアムさん!」

 

 どう見ても立場が逆転している。それだけギリアムが排出してきた部下がキャリア組になるというジンクスの裏付けでもあるのだが。アストンも自分の父の存在を思い出して苦笑した。

 ぞろぞろと入ってきたPG職員がテーブルに着いたところで、先程の警視が仕切り始めた。

 

「ではこれより、ライラ・パチル誘拐事件について概要を纏める。ギリアムさん、それでは」

「よぉし、始めるぞ。まずは被害者、ライラ・パチル嬢九歳。それと、うちの課のエイミー・コールソン巡査十九歳。両名は本日正午頃、ペガスシティ南東に位置するアミューズメントパーク"ペガスマリンパーク"内にて素性のわからない集団によって拉致された。ホシは先にライラ嬢を拉致した直後、追ってきたコールソンに向けてポケモンを使用。しかしこれをアストン・ハーレィ警部補が撃退……こんなところか? じゃあアストン、お前から犯人の手がかりになりそうなことだけ報告よろしく」

 

「はい、犯人が使用したポケモンはグランブルで、私の有する手持ちポケモンの内二匹が戦闘不能に追いやられました。犯人はリリース直後にボールを破壊、グランブルを野生に返し命令権を放棄しました」

 

 アストンがそう告げると会議室の人間がざわめき出す。

 

「ハーレィ警部補、それに間違いはないですね?」

「はい、あのポケモンは間違いなくグランブルでした。私のロゼリア、ギャロップを戦闘不能に持ち込みましたが、リングマとエアームドの奮戦によりなんとか撃退出来ました」

 

 より詳細な情報で補足すると、ざわめきが収まる。しかし誰もがそう思うだろう、グランブルというポケモンがトレーナーの意思の介在しない状態で暴れるなど前代未聞だからだ。

 

「犯人の使ったポケモンはわかった。次に犯人の姿形だ、誰かわかるものはいないか?」

 

 警視が尋ねると、この十二時間を使い捜査を行った何人かが挙手する。しかし警視の隣で渋い顔をしてギリアムが「あー」と声を出して遮る。

 

「ホシの姿だが、こんな珍妙な格好をしていた。ライダースーツに灰のプロテクター、そして胸には謎のロゴ。組織ぐるみの犯行と思われます、警視殿」

「組織犯罪ですか……? しかもこの後ろの車両は」

 

 職員たちが一斉にメモ帳にペンを走らせる。中には手持ちの"ペラップ"に捜査会議の内容を逐一記録させているものまでいる。

 現状、犯人についてわかっていることは組織で動いていること、ゴーリキー印の引越しトラックを所有していること。情報としてはあまりに少なすぎた。

 

「あの、もう一つよろしいでしょうか」

「なんでしょう、ハーレィ警部補。現状犯人のポケモンと戦闘を行ったのは貴方だけだ、遠慮なく発言してください」

 

 それでは、とアストンが切り出す。話していいものか、最後まで悩んだが情報の共有は必要だと判断した。そのための捜査会議なのだから。

 

「対峙したグランブルなのですが、戦闘中に一度黒いオーラを纏って攻撃を放ちました。その一撃は通常のポケモンのそれとは比較にならないほど強力でした。その時はグランブルが習得する中で一番強力な【げきりん】だと判断したのですが……」

 

 再び会議室がざわめく。警視のメガネが汗でずり落ちた。それを慌てて正しながら、彼はアストンに恐る恐る尋ねた。

 

「【げきりん】では無かった、と……?」

 

「黒いオーラ、それを纏った一撃。さらに本来なら臆病なポケモンですら凶暴になるこの事象から、私はこのグランブルが"ダークポケモン"化されてしまった個体だと考えます」

 

 警視が思わず立ち上がった。他の職員もペンを取り落とし、ペラップが口をあんぐり開けて会議室全体が唖然としていた。それはギリアムもだった。一番アストンの証言を信用している彼だからこそ、それを飲み込むのが早かった。

 

「それは冗談じゃなさそうだな」

「はい、過去に一度資料を見たことがあります。オーレ地方で蔓延した『ポケモンの心を人工的に閉ざし、戦いに特化させた戦闘マシーンにしてしまう』という事象に非常に近いと思われます。その時の黒幕である"シャドー"は既に壊滅されましたが、技術流用の可能性は十分にありえるかと」

「そいつはデカいな。組織ぐるみの犯行で、かつダークポケモンなんて代物を作り出してるわけだから、当然それなりの施設が必要になる」

「組織犯罪なら、五課との連結が不可欠でしょう。私の方から掛け合ってみます」

「頼むぜ警視殿。それから交通課にも通達、ゴーリキー印のトラックはくまなく調べろ。少しでも怪しいものがあったら一課(こっち)に回せ」

 

 慌ただしくなる会議室、正気に戻ったペラップが先程以上に忙しなく口を動かしている。それから出涸らしになるまで情報を共有しあい、ギリアムが纏め上げた。

 

「ひとまず連中をしょっぴいて組織のアジトと工場を吐かせる。いいかお前ら、昼間こそSPの仕事だったが、今度は俺たちのシマでの仕事だ。必ず、ホシを上げるぞ! お前らの刑事(デカ)の挟持に懸けろ!」

 

 会議室が怒号のような返事に包まれる。それが合図となって解散となる。会議室の人がまばらになってくるとギリアムがアストンとアシュリーを呼び出した。「コソコソと話す内容でも無いだろうが」と切り出したギリアムが、胸ポケットから一枚の封筒を取り出した。

 

「これは?」

「コールソンの昇任推薦状だ。今日の警護任務が上手く行ったら渡すつもりだったんだが……だからよぉ、絶対に見つけ出してやらにゃ寝覚めが悪い」

「焦りは禁物ですよ、エイミーのことですからきっとライラ嬢もきっと無事です」

 

 決まりが悪そうなギリアムに対して、アストンが言い切った。隣でアシュリーも強く頷き、ギリアムは顔を上げるとニッと笑って二人の肩を叩いた。

 

「……へっ、ペーペーがいっちょ前なこと言いやがって……だが、そうだなァ。さっさと見つけ出しちゃらんとな、お前らもキリキリ働け!」

「「了解!」」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 エイミー・コールソンの世界は暗闇に支配されていた。目が覚めると視界は真っ暗、手足は縛られ身動きが取れない状態になっていたのだ。

 

「こ、ここは……」

 

 気を失う前のことを思い出す。ライラ・パチルの警護任務の途中で背後から襲撃に遭い、そこからの記憶がない。恐らく犯人の一味に気絶させられたのだろう。

 

「お姉さん、目覚めましたか?」

「その声は……ライラさんですか?」

「はい、ライラ・パチルと申します。この度はとんだご迷惑を……」

 

 子供の割にやけに謙る娘だ、とエイミーは思った。これも英才教育の賜物なのだろうか。

 

「ちょっと待っててくださいね……うん、っしょ!」

 

 ライラの声が聞こえたと同時、目にかかっていた布がズラされる。どうやらこの布で目隠しされていたようだった。視界が開けても相変わらず薄暗い空間であったが、微かに漏れる光からライラの顔がバッチリ見えた。

 

「どこか痛いところとかないですか?」

「大丈夫ですよ、むしろよく寝たって感じです!」

「ふふふ、お巡りさんは面白い人ね」

 

 笑顔でエイミーを気遣うライラに、エイミーも笑って冗談で返す。目が覚めた直後に感じたライラの声の震えはもう感じなかった。

 

「それにしても、ここはどこなんでしょうか?」

「わかりません、車に乗せられてからしばらく走っていたのだけはわかるのですが……」

「それ以上はわからないってことですね……」

 

 ライラが目を伏せる。エイミーは気にしないよう促すが、事実状況打開のしようがなかった。ライラもエイミーも手足が縛られていて身動きは取れない。仮に協力して縄を解けたとしてもどこかわからない以上闇雲に逃げ出すのは危険だ。もう一度捕まってしまったら脱出するのが不可能な状況に追い込まれてしまうからだ。

 

「私のポケモンは、みんな置き去りにされてしまったみたいですね」

 

 エイミーが腰元のボールを見るが中は空だった。するとライラがそれを否定した。

 

「それは違いますよ、あのピジョンがマイナンとプラスルを連れて飛んでいくのを私見ましたから」

「そうですか……! じゃああの子たちは無事なんですね……」

 

 運が良ければピジョンが自分たちを乗せたトラックを追跡、場所を記憶してからアストンたちの元へ場所を知らせてくれればいいのだが、そこまでうまく行くとはエイミーも考えていなかった。

 

 どうしたものか、と考えていると金属を引きずるような音を立てて扉が開いた。引き戸の奥から日の光が飛び込んできた。さらに入ってくる人間たちの影が横へは伸びてないことからほぼ真昼の時間であると推測できた。

 

「おや、お目覚めですか。おはようございます、エイミー・コールソン巡査。お加減はいかがでしょうか?」

「最悪ですよ。目が覚めたら手足は縛られるわかび臭い倉庫に閉じ込められてるんですからね」

「ほう……少々、貴女を巡査ごときと侮っていたようですね」

 

 先頭の、恐らくこの集団を統括しているであろう女性がエイミーに向かってそう言った。エイミーは今扉が開いた瞬間に外に並ぶコンテナを見て、ここが倉庫であると仮設を立てたのだ。

 

「それで、私達を誘拐しておいて何の用ですか?」

「勘違いなさらないように。私達は決して貴女を対象にしていたわけではございません。そちらの彼女、パチル家のご息女こそが我々のターゲットですので」

「じゃあ言い換えます! ライラさんを誘拐して、パチル家に対し何を要求すると言うんですか! 答えなさい!」

「ふぅ……」

 

 エイミーが先頭の女性に噛み付いた。女性はため息を吐くと今まで纏っていた柔らかい雰囲気をかき消し、

 

「――――ふんっ!」

「うああっ!!」

 

 先の尖ったパンプスでエイミーの腹部を蹴り上げた。元から手足を縛られていたエイミーに抵抗の術はなく、肺の空気をすべて吐き出して咽る。苦しげに呻くエイミーを睥睨しながら、女性は言った。

 

「失礼、自分の立場をご理解いただけていなかったようですので。次はありません、発言は慎重にどうぞ。ですが、そうですね。暴力の非礼の代わりに教えて差し上げます。ライラ・パチルを誘拐した理由は二つ、パチル家を脅迫することで我々が情報に精通している者であると知らしめるため、次点でパチル家には我々の組織に対して資金援助をしていただきたいのです」

 

「残念ですが、その気はありません。貴女は今、この人……エイミーさんを傷つけた。次に彼女に危害を加えたら、私に人質としての価値は無くなりますからそのつもりで」

 

 小さいながら、覇気のある物言いだった。女性の後ろについてきていたカラフルなマフラーの男たちが思わず後退りするほどだった。しかしマフラーの男たちの中で一番恰幅の良い男がずいと前に出た。

 

「お嬢さん、自分の立場ってものがわかってんのかい? オタク、今囚われの身ですぜ?」

「リッド中隊長、お控えなさい。彼女の物言いは尤もです、我々はファーストコンタクトから失敗したようです」

「しかし、モルドさん!」

 

 

「――――私が、控えろと言っている!!」

 

 

 

 絶叫が倉庫の中で反響する。その剣幕には、エイミーもライラも硬直せざるを得なかった。女性――モルドと呼ばれた彼女は髪を振り乱し、部下であろう男――ランスを睨めつける。その蛇を思わせるような光を放つ眼光の前にランスは言葉を失い、他の中隊長たちも口を噤んだ。

 

「お見苦しいところをお見せしました。今日のところはお暇とさせていただきます。色良い返事を期待しております、ライラ・パチル」

 

 モルド率いる中隊長たちはそのタイミングで外へ出ていった。どれだけ言われようとライラの返事は変わらない。彼女は強い意志を持った目で去りゆくモルドたちを睨んだ。

 再び薄暗い倉庫の中で二人きりになった途端、ライラが深い息を吐いて力を抜いた。気丈に振る舞っていたようだが、やはり少女の身で得体の知れない大人たちと睨み合うのは精神的に疲れたようだ。

 

「エイミーさん、大丈夫ですか?」

「は、はい……加減はしてくれたみたいですので……」

 

 実際、モルドはかなり手加減をしていたようだ。でなければエイミーは吐瀉と窒息は免れなかっただろう。人を適度に痛めつける程度の力を心得ているとでも言うべきか。

 呼吸が落ち着いてきたエイミーは身体を起こし、ライラの隣に腰を下ろした。

 

「よいしょっと。倉庫の中、冷えますからね。くっついてましょう」

「そうですね、夏なのにひんやりとしてます」

 

 寄り添うと触れ合っている肌から熱が伝わる。ライラは緊張しきっているからか、やはり肌も少し冷たかった。

 

「それにしても、ここはどこなんでしょうか」

「さっきの人たちが入ってくる時、外に一瞬コンテナが見えました。どこかの貨物置き場ではないでしょうか」

「……すごいのねエイミーさん、さっきの一瞬でそんなことがわかるなんて」

「仮設ですよ、鵜呑みにしちゃダメです。アハハ……」

 

 力無く笑うエイミー。ここにいるのがきっとアストンやエイミーなら、ここからライラを逃がすだけの算段を立てられるのだろう。しかし自分にはそれが出来ない、ライラの身の安全を守るくらいしか出来損ないの自分には出来ない。

 

「でも、こんな薄暗いところにずっといたら気が落ちちゃいますね」

「それなら私はエイミーさんのお話を聞いてみたいわ。PGって大変なお仕事でしょう? 今までどんなことをしてきたのか興味があります!」

 

 ここに来て、ライラの明るい声音を初めて聞いた気がするとエイミーは思った。自分の話で彼女を元気にできるかはわからない、だがじっとしていても仕方がない。エイミーはふらっと頭に浮かんだことを可能な限り、口ずさむようにして語り始める。

 

「そうですねぇ、まず私はペガス署の捜査第一課ってところで働いています。PGの階級のことは知ってますか?」

「えぇ、モンスターボールとほしのかけらで階級を見分けるのでしょう? お父様から聞いたことがあります」

「私のクラスは、モンスターボールの星一つ。お巡りさんの中では一番下っ端です。けど私の同僚が凄いんですよ、アストンさんとアシュリーさんって言うんですけどこの二人が私と同じ訓練学校を主席と準主席で卒業してて、最初からスーパーボールの星一つ、つまり警部補階級を与えられちゃうくらいに」

 

 星を数えるようにエイミーが語りだす。それは流行りの歌を口ずさむように軽やかだった。

 

「まずはアストンさんですね。彼の家"ハーレィ家"はアストンさんの曽祖父、えっと……ひいお祖父さんの代からPGに勤める名家なんですよ。だけど、家の名前に驕ったりしないし、実力は訓練学校を主席で卒業するほどで一課の中でも特に一目置かれてる人です。私もよくバディを組むんですが、迷惑かけっぱなしでお恥ずかしいばかりです……」

 

「本当に良い人なんですね、そのアストンさんって人は」

「えぇ、本当に。ただ、ものすごい唐変木で鈍感で天然女たらしなんですよ」

「それは、良い人……なのかしら?」

 

 ライラが思わず苦笑していた。エイミーは続ける。

 

「次にアシュリーさん。彼女もアストンさんのように、お家がPGに代々勤める家系の一人娘で。この半年間の、最初のひと月はなんだか嫌われてたみたいなんですけど今はすっごく仲良くしてくれるんです。ラジエスシティにある"セントウ"っていう大きなお風呂の施設にも一緒に行ったりしました。知ってますか? お湯の中に入ってポカポカ温まるんですよ! ホウエン地方ってところの文化らしいんですけど、すごいですよね~」

「えぇ、お風呂ならうちにもありますよ。ちょっと大きすぎて、あんまり落ち着かないんですが」

「まさかのお家に常備……ライラさんのお家ってひょっとしてとんでもない名家なのでは」

「うふふ、そんなことありません。単なる資産家の道楽で出来た家ですから」

 

 いやそれを名家というのでは、とエイミーは顔を引きつらせた。エイミーの反応が面白いのかクスクスと笑いだしたライラ。エイミーはなおのこと彼女を似ていると思った、自分よりも優秀すぎる二人の同僚に。

 家のことを全く驕らない。エイミーが通っていた訓練学校では、アストンやアシュリーを家の七光だと散々貶していた連中がいたがそれは全くの間違いだ。むしろ、そういう連中こそがエイミーを凡俗の出だと笑った。その時、アストンとアシュリーはエイミーのことを知らなかったが、もし知っていたらどうだっただろうか。

 

 きっと彼らは変わらず、エイミーを見てくれただろう。家柄など関係ない、一人のエイミー・コールソンを。

 

「エイミーさんはそのお二人のことが大切なのですね」

「……はい、大切なお友達で、同僚で、相棒です」

 

 認めると、改めてすっと胸に入ってきた。次第に不安は薄れていった。あの優秀な二人が必ずここを探し当てる、そのためにも今自分に出来ることをしなければならない。ライラを無事に家に帰すのだ、それが今自分に課せられた任務(ミッション)

 

「じゃあ次は上司のお話をしましょうか。と言っても、私以外みんなモンスターボールの星三つだったり、スーパーボールクラスだったりするので親しい人だけ」

 

 そう言って頭に思い浮かぶのは、忘れたくても忘れられない漢の顔。

 

「私の上司、ギリアムさんは変わった人でして、警部なのに警部って呼ぶと怒るんです。でも決して部下が怯えるような怒り方はしなくて、苦い顔で「次はギリアムさんって呼べよ」って言ってくれるんです。私や他の人は彼を"おやっさん"って呼んでますね。そんな人なので、みんなおやっさんが大好きなんです。警視とか警視監クラスになっても、かつておやっさんの部下だった人はみんな彼を尊敬を込めておやっさんって呼んじゃうんです」

「暖かい人なのですね、ギリアム警部は……あっ」

「ははは、助けに来てくれた時に間違っても警部って呼ばないように気をつけましょうね」

「そうですね、うふふ」

 

 それからエイミーは地味ながら一課に無くてはならない存在のヤマさんの話などを笑いも交えて話した。彼のバックアップ能力は大したもので、ギリアム自身もかなりアテにしている部分がある。ギリアム曰く「ヤマちゃんは使えるうちに使い方を覚えておくこと」だそうだ。実際、交通課や機動課など、他の課への協力要請は彼が行ってくれている事が殆どだ。

 

「あー語り尽くしました。エイミー・コールソン巡査は語り尽くしましたよ~ライラ・パチル嬢」

「とっても楽しかったです! でも、まだ話してくれてないことがありますよね」

「へ、そうでしたっけ?」

 

 エイミーは唸りだした。アストン、アシュリー、ギリアム、おまけにヤマさん。話すべきことは話したような気もするが、自分には思いつかないだけでライラにはまだ知りたい話があるのかもしれない。

 

「あなたのことですよ、エイミー・コールソン巡査」

「へ?」

「私は、一番に貴女のお話が聞いてみたいです」

 

 その返答に、エイミーは言葉に詰まった。なぜ自分のことを、他にもっと凄い人がいるのに、よりによってどうして自分なのか。

 

「……聞いても、つまんないですよ?」

「そんなことはありえません。私を助けるためにここへ飛び込んできた貴女の話がつまらないはずないじゃないですか」

 

 強い眼差しだった。自分で思ってる以上にライラの関心は強いようだった。観念してエイミーは先程と打って変わって、ぽつぽつと雨が降りだした時の空のように絞り出すように呟く。

 

「私は、さっきも言ったんですけどかなり普通の家の出なんです。私の家、母子家庭で「お父さん」と呼べる人は私が物心ついた時にはもういなくて。だから私の世界には母と、妹しかいないんです。子供時代は父親がいないことをからかわれることもあったんですけど、やっぱりその場所は最初から空席だったのでいないことが私にとっては普通だったんので」

 

 エイミーは自分の身の上を話したことが無い。アストンやアシュリー、ギリアムでさえもだ。もちろん調書などには記載されてるが誰も自分の軌跡などに興味は無いだろうと思っていた、今この瞬間までは。

 

「ポケット・ガーディアンズを志した理由は簡単です。私、子供の頃誘拐されたことがあるんです」

 

 それは奇しくも今と全く同じ状況だった。否、もっと切迫していた。

 薄暗い、どこかもわからない部屋に、二週間一人で生き続けた。もちろん犯人グループは死なれては困るからか食べ物を用意したが、喉を通らなかった。

 一人で生き抜いていた、暗黒の時間。助けは来てくれるのか、もし来ないのなら自分はどうなってしまうのか。その自問自答は幼心に決して小さくない衝撃を与えた。

 

「一人で、怖くて、声も出せなくて。誰か助けてって叫びたいけど、それも出来なくて。結局、最後にはPGの人が犯人を捕まえて私を助けてくれました。希望は繋がったんです」

 

 だけど、二週間の暗黒での孤独はエイミーに少なからず影響を遺した。夜になると、PTSDに近いものを引き起こし、気持ちの悪い汗が止まらなくなった。心臓が激しく鼓動を打ち、あまつさえ止まってしまうかと思った夜もあった。

 

 何より、暗闇の中から犯人たちの手が出てくる幻覚が消えなかった。

 

「あの頃の私はお母さんにも、まだまだ小さい妹にも迷惑をかけっぱなしでした。それで思ったんです、こんな苦しい思い、あとの世代の子供達には絶対してほしくないって」

「だからポケット・ガーディアンズに」

「えぇ、まぁそれはそれは目も覆いたくなるくらいダメダメの成績でしたけどね、卒業試験も単位ギリギリ。現場に出てもミスばっかりの日々。だけど、小さい頃の私が今も頭の中に残ってるんです。そして言うんです、「助けて」の声を聞き逃さないでって」

 

 だからこそ、ゴルバットが【くろいきり】で煙幕を張った時も、遠くで助けを求めるライラの声が聞こえたのだ。

 

「助けを求める人がいる限りは止まれない。そういう()()()()()に憧れてるんです」

「素敵だわ。けどとっても残酷な話」

 

 ライラが抑揚の無い声で告げた。エイミーは自嘲気味に笑った。

 

「希望が無いのなら、自分自身が希望になる――――エイミーさんは、なんだかラフエルみたいな人ね」

 

 その名前は、この地に住まう誰もが知っている名前だ。英雄ラフエル、希望無き世界で希望たらんとした、まさに英雄。

 そこまで大きくなれる気は毛ほどもしなかったが、言われて悪い気はしない。エイミーだってこの地で生まれた命であるからだ。

 

「えへへ、お褒めいただき光栄です」

「さて、あんまりお喋りばかりしててもお腹が空いちゃいますしね。少しゆっくりしましょうか」

 

 こういう時、とにかく眠って体力を温存するのだ。逃げる算段も、助けを呼ぶ算段も、そうやって考えればいい。若い時の望まぬして得た経験がエイミーを突き動かしていた。

 それから数時間の間、規則正しい呼吸の音だけが聞こえた。ライラもエイミーの経験から体力の温存を優先し回復に努めたようだ。

 

 しかしそんなある時、ライラの音が何かの音を捉えた。もしかして助けが来たのか、と淡い期待を抱いたライラの耳が捉えたのは笛の音だ。

 それもただの笛ではない、明らかに汽笛の音。ライラは上手く立ち上がると小刻みに脚を動かして壁際に行く。すると、壁の外から確かに汽笛の音がしたのだ。

 

「エイミーさん、エイミーさん」

「ふわ?」

 

 どうやら完全に寝ていたらしい。エイミーを揺り起こすとライラは真剣な面持ちで告げた。

 

「今、汽笛の音が聞こえました。これって、かなり重要な手がかりじゃないですか?」

「汽笛の音……汽車か船体のものだとしたら……」

 

 エイミーの顔が綻ぶ。あとはこれを、どうにかして外の仲間に知らせる必要がある。エイミーが悩んでいると、ライラが言った。

 

「エイミーさん、私に考えがあります!」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 翌朝、犯人と思しきグループからパチル家宛にライラを預かった旨の電話と要求。さらにライラが生きていると証明する手紙を用意してきた。

 投函されたそれをギリアムはいち早く開き、首を傾げた。その様子を訝しんだアストンとアシュリーもまた、首を傾げた。

 

 手紙の内容はこうだった。

 

 

 

『おとうさまおかあさまわ 

 たしはげんきですエ 

 イミーさんがいっしょにいてくれるのでこわ 

 くはありま 

 せんはんにんのひとたち 

 もよくしてくれます』

 

 

 

 これが一枚目の便箋だった。さらに下の便箋にも似たような文体で文章が書かれていた。

 

 

 

『はんにんのひとたちのようき 

 ゅうはきいていると 

 おもいますがさいどかくにんの 

 た 

 めここにもかきますぽけっとがーでぃあんず 

 にとうしするのをやめてください』

 

 

 

 二枚目の便箋を読み終えた辺りで、その場の全員が顔を見合わせていた。パチル家の当主はライラがショックの余り、文字の書き方すらままならない精神状態に陥ってしまったと頭を抱えていた。

 追い打ちを掛けるようで気が引けたが、アストンは最後の便箋を見た。

 

 

 

『つぎにはん 

 にんのひとたちのぐるーぷへの 

 とうしこれがじゅうようですわたしはまだし 

 にたくありませんどうかたすけて 

 くださいエイミーさんもだんだんげんかいが 

 ちかづいてますくりかえしわたしはげんきです』

 

 

 声を上げてライラの父親が泣き始めた。使用人たちも涙を堪えられなくなっていた。その時だ、アシュリーが折り畳まれた便箋に鉛筆のものと思われる汚れを発見した。

 封筒はよく見ると、便箋の紙と同じものが使われていたのだ。便箋を分解して一枚の紙にしてみると、折り畳まれた便箋の汚れの位置と同じ場所に小さく『αβ』と書かれていた、これはライラの筆跡とは違った。恐らくエイミーがこの手紙をしまう際に封筒となる紙に書き記したのだろう。

 

「PGは何をしているんですか! 早く、娘を助けてください……!」

 

 涙ながらに訴えかけるライラの父親。抗議の視線を送っているのはメイドたちも一緒だった。しかしギリアムは頭を捻って考えていた。どうやらこの手紙はライラがショックでおかしな文体にしたのではなく、暗号化した文章であると気づいたのだろう。それはアストンもアシュリーも同じだった。

 

 不可解な文体のライラの手紙、そしてエイミーが書き記したであろう『αβ』の文字が指し示すものとは。

 犯人の一味がこの手紙を検閲しなかったわけがない。恐らくはライラの父親同然にこの手紙に何の意味も見出だせなかったのか。

 

 それとも何か別の意図があって、あえてこの手紙をPGの元へ届けさせたのか。だとすればこれは大きな罠だ。そもそも、これがライラの書いたものと、本気で断定するのは無理だ。彼女の私物と筆跡が一致すれば確証は得られる。まずはそこからだろう。

 

「そんじゃあ、捜査開始だな……アストン、お前さんなにか思い当たる節はあるか?」

「いえ、暗号の読解は単位を取っていないので」

「そうだよなぁ、ひとまずこれは今日の捜査会議で提示する。俺たちがダメでも、何かわかるかもしれんからな」

 

 ギリアムはそう言ってパトカーに乗り込んだ。アシュリーは泣き崩れるパチル家の関係者を宥めていた。それを見て、アストンも自分がすべきことをしにエアームドで飛び立つのだった。

 向かうは拘置所、事件で撃退したグランブルの様子を見に行くことにしたのだ。そこから何かヒントが得られるかもしれないからだ。

 

 三者が三様、誰もがエイミーを連れ戻すという確固たる意思を胸に四散する。

 

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