ポケットモンスター虹 ― Where is Justice ―   作:入江末吉

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第五話:正義の執行者

 ライラ・パチルから謎の暗号文が送られてから早三時間ほどが経過した。二日目の捜査会議で提示された手紙の内容に誰もが首を傾げた。その道の人間が見ればひと目で暗号だとわかる。しかしヒントとの繋がりが未だに掴めずにいた。会議が終了し、各人がバラけ始めた辺りで会議室に残ったアストンにギリアムが話しかけた。

 

「アストン、お前さんなんかピンと来てねぇか?」

「いいえ、残念ながら。ボクの頭はそれなりに硬かったようです」

「確かにお前さんほどの"いしあたま"はそういねぇだろうな……ってそうじゃなくてよぉ」

 

 おちゃらけて見るものの、アストンにはギリアムがいくらか憔悴してるように見えた。恐らく誘拐事件発生から寝ていないのだろう、もうすぐ二十四時間など軽く越す。アストンたちならともかく、ギリアムの歳でそれは無茶がすぎる。

 

「少しは休んでください、無理すると大事なところでつまらないミスしますよ」

「そうするか、お前さんとホプキンスでツテ当たってみてくれるか?」

「わかりました、どこなんです?」

「少し離れたところにある本庁だ。こっちにはホプキンスを行かせろ、お前さんじゃ恐らく()は釣れん」

 

「奴……?」とアストンは訝しんだがギリアムの指示だ、無碍には出来ない。

 

「それでだ、お前さんに頼みたいのは交通課の調査結果だ。事件発生からこんだけ時間経ってりゃ、少しゃあ運送トラックの検閲例があるだろ。それを辿ってくれ」

「わかりました、ではアシュリーと一度合流します」

「そういや、(やっこ)さんやけに早く出てったなぁ。どこ言ったんだ?」

「夜が明ける直前、エイミーのポケモンたちが本部に帰ってきたんです。だから、恐らくそこかと」

 

 そう、エイミーがさらわれる瞬間に彼女の指示で離脱していたピジョン、プラスル、マイナンが発見されたのだ。三匹とも怪我らしい怪我はなく、今は署内にあるエイミーのデスク付近で待機している。

 限界らしく、あくびを噛み殺しきれないギリアムと分かれ、アストンは居室へ戻った。すると普段の自分の席の三つ隣にあるエイミーの席に座ったアシュリーがプラスルとマイナンを膝に乗せて頭を撫でていた。

 

「……やっぱり、不安か」

 

 アシュリーが問いかける。耳が萎れているプラスルとマイナンがそっと頷いた。ピジョンも項垂れたようにして肯定する。

 何時になく、アシュリーの視線に優しさが籠もってる気がした。アストンは居室に入る空気では無いと珍しく的を得た分析でそっと中の様子を伺っていた。

 

「大丈夫、エイミーはきっと無事だ。むしろ、彼女が帰ってきた時にお前たちがそんな様子では向こうも落ち込んでしまうだろう。だから笑顔で迎えられるようにしておくんだ」

 

 最後にトントン、と三匹の頭を撫でるとアシュリーは立ち上がった。プラスルもマイナンも、まだ不安げではあったがアシュリーの言葉を受けて幾分か元気が戻ったように見える。そろそろか、とアストンが足音を大きめに立てて居室に入った。

 

「あ、見つけた。何をしていたんだい?」

「なっ、アストン……! なにもしてない! なんでもない!」

 

 見え透いた嘘だと、アシュリー自身が思った。しかしアストンは珍しく何も知らないフリをして彼女の側によると同じようにプラスルとマイナンの頭を撫で、切り出した。

 

「アシュリー、ギリアムさんの代わりに本庁に向かってくれるかい? 暗号の解読に役立ちそうな知人がいるらしいんだ」

「そうか、わかった。これを持って本庁に行けばいいんだな」

 

 アストンから手渡されたギリアムの手帳の一ページを確認するアシュリー。頷くと、外出用のコートを身に纏いペガス署を後にする。アストンもまた、交通課と連携を取るために窓を開け放ち、エアームドに飛び乗った。空を飛んでいくアストンを見送りながらアシュリーが歩き出す。本庁は目と鼻の先、乗り物を使う必要など無い。

 

「本庁にいる副本部長を尋ねるんだったな、急ぐか」

 

 ギリアムの寄越したメモによれば、本庁に在署している副本部長を当たれとのことだった。アシュリーも副本部長のことは知っている、なかなかの切れ者で捜査とデスクワーク共に抜かり無い完璧超人だと噂されている。しかしアシュリーは知らない。ギリアムの言う「副本部長を当たれ」の本当の意味を。

 

「――おぅーい、そこのナチュラルブロンドのお姉ちゃん。俺ちゃんとこれからランチでもどうよ」

 

 その時だ、アシュリーは後ろからものすごく軟派な物言いで声をかけられたことに気づいた。大方遊び人の類だろう、だが今は遊んでいる暇など無い。したがって無視が妥当である。しかしその声の主は素早くアシュリーの行き先を塞ぐと再びその軟派な態度で声を掛けてきた。

 

「ねぇねぇ、一緒にお昼どう?」

「失礼、先を急いでいる」

 

 前進しようとするが、その軟派な男は見ればアシュリーより二◯から三〇センチは背が高かった。アシュリーでさえ、女性の中では背が高い方である。だがここまで急角度で見下されるのは初めてだった。ナンパ男が酷く脅威的な存在に見えた。

 

「そんなに急いで、どこ行くのよ? 顔もしかめっ面だしさァ? スマイルスマイル、美人が台無しだよ」

「私の道を塞ぐ空気の読めない巨漢が退けば私も満面の笑みを見せてやれるが?」

 

 その言葉はまさに絶氷鬼姫(アイス・クイーン)と呼ばれるアシュリーが放つ絶対零度の槍だった。しかし軟派男はめげない。それどころか豪快な顎髭を撫でて、何かを汲むように含みを以て呟いた。

 

「なるほど、こらァ確かに風格がある。絶氷鬼姫(アイス・クイーン)だっけ? でもセンスねぇよなぁ命名者。氷雪の妖精(スノーエンジェル)の方がピッタリだろがい」

「――――ッ」

 

 散々前進しようとしていたアシュリーが飛び退いた。眼の前にいる男は、どういうわけだか自分の忌々しい異名を知っているようだった。PG職員ならば聞いたこともあるだろう。しかしこんな時間にラフな格好で出歩くPGスタッフがいるわけがない。従って、この男は犯罪組織に加担する裏社会の人物という可能性が急浮上する。

 

「気が変わった、何を知ってるか洗いざらい吐いてもらう……ッ!」

 

 アシュリーが腰から引き抜いたエンペルトの入ったモンスターボールをリリースしようとして、()()()()()()

 巨躯故に大きな歩幅で距離を詰められ、ボールを投げ出そうとする腕と、モンスターボールの開閉そのものを止められてしまった。それも、たった二本の指で挟むようにして、だ。

 

「うんうん、切り替えの早さは満点。出そうとしたポケモンのセンスも良い、ただ感情的になると動きが大振りになる。そこだけ改善点だ……そんじゃ、種明かし」

 

 そう言ってナンパ男はもみあげの付近を探り、一気にそれを引き剥がした。すると中からまた顎髭が出てきた。しかし先程までのとは違い少し所々が白んだ老いを感じさせる顎髭だった。

 問題はそれ以外の部分だ。軽薄そうな雰囲気はそのままに、悪戯っ気のある男の子のような笑みを見せるその顔を見てアシュリーが青ざめた。それはもう青というか、白になるくらいに。

 

「で、デンゼル本部長!?」

「せいか~い! さすがに俺ちゃんのことは知ってたか」

「と、当然です。これでもPG職員ですので……それよりも、先程はとんだ失礼を。まさか本部長殿だとは露程も思わず」

「おいおい堅苦しいのは無しだぜ? ギリアムんとこで働いてるなら普段、目上の人間に対して容赦ねぇだろ?」

 

 どうやらナンパ男、に扮していたPG本部長――デンゼルはアシュリーのことを把握しているようだった。でなければ職員内や犯罪者のみが知ってるアシュリーの異名を持ち出したりしないだろうからだ。

 デンゼルはなお先を急ごうとするアシュリーを見てもう一度顎髭を撫でた。

 

「もしかして本庁に用事かい?」

「はい、ギリアムさんから副本部長を尋ねるよう頼まれたので」

「あー……あんにゃろうの言いそうなこった。そらぁたぶん、俺ちゃん案件だな」

 

 ギリアムはデンゼルの脱走癖を知っているため、副本部長にアシュリーを引き合わせ捕獲しようと考えたのだろう。逃げ出していたデンゼルが偶然にも声を掛けてしまったのがアシュリーだったために、その必要は亡くなってしまったのだが。

 

「そういえば、ギリアムの奴暗号がなんだか言ってたな。もしかしてそれかい?」

「これなんですが……」

 

 そう言ってライラが送ってきた便箋のコピーを見せた。三枚目にはエイミーが遺したであろう『αβ』という文字まで加えてある。それを見てギリアムが数十秒ほど吟味した結果、年甲斐もなくニッカリと笑った。

 

「こいつぁ比較的簡単な部類だ。このαβっていうのは、たぶん『アルファベット』のことだべ」

「アルファベット……?」

「そう、『AtoZ』ね。そんで、だ。この改行が出鱈目な文章は、一行の文字数に当てはまるアルファベットを指してる。例えば一枚目、最初の『おとうさまおかあさまわ』は十一文字だ。アルファベットの十一番目はKってこんな具合にな、そうやって読み解いていくと……」

 

 

『おとうさまおかあさまわ』は"K"。

 

『たしはげんきですエ』は"I" 。

 

『イミーさんがいっしょにいてくれるのでこわ』は"T"。

 

『くはありま』は"E"。

 

『せんはんにんのひとたち』はまた"K"。

 

『もよくしてくれます』もまた"I"。

 

 

 

『はんにんのひとたちのようき』は"M"。 

 

『ゅうはきいていると』は"I"。

 

『おもいますがさいどかくにんの』は"N"。

 

『た』は"A"。

 

『めここにもかきますぽけっとがーでぃあんず』は"T"。

 

『にとうしするのをやめてください』は"O"。

 

 

 

『つぎにはん』は"E"。

 

『にんのひとたちのぐるーぷへの』は"N"。

 

『とうしこれがじゅうようですわたしはまだし』は"T"。

 

『にたくありませんどうかたすけて』は"O"。 

 

『くださいエイミーさんもだんだんげんかいが』も"T"。

 

『ちかづいてますくりかえしわたしはげんきです』は"U"。

 

 

 

KITEKI(汽笛)MINATO()ENTOTU(煙突)……そうか、エイミーたちが置かれてる状況下で確認できたもの!」

「答えわかったみたいだな、うんうん。やっぱ笑ってる方が華があっていいねェ!」

「ありがとうございます本部長! 早速各部所に連絡を取って捜索を開始します。失礼しました! ランチ、どうやら今日はご一緒できません!」

 

 アシュリーは一目散にペガス部所に戻っていった。その忙しない姿を見てデンゼルは大仰に肩を竦めてみせた。

 

「ありゃフラレちゃった」

 

 戯けてみせるデンゼルだったが、彼の視線が下に動く。それは自分の人差し指と中指だった。根本からまるで凍傷にかかったかのように冷え切っていた。

 先程、アシュリーがエンペルトをリリースしようとした瞬間、この二つの指で挟んで阻害したがエンペルトはボールの中からでも凍気でデンゼルを攻撃していたのだ。

 

「これからが楽しみな逸材だ、アシュリー・ホプキンスくん?」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 捜査会議が解散してからほんの数分で暗号の解読に成功したと全部隊に連絡が行き届いた。交通課との連携に向かったアストンはそこへ向かう途中の空の上でその連絡を受けた。

 

「確かなんだね、アシュリー?」

『もちろんだ、信用してくれ』

「そこは大丈夫さ。今ちょうど空にいるんだ、ここから該当箇所を探してみる」

 

 それからアストンはライラとエイミーが便箋に託したメッセージ、『汽笛』『港』『煙突』に該当する箇所を探した。と言ってもペガスシティは広大、空に上った程度でそれに該当する箇所など早々に見つかるはずもなかった。そもそも、ペガスシティは海こそ見えるが港自体は無い。いち早くアストンはエイミーたちが拘束されている施設がペガスには無いことに気づいた。

 

「アシュリー、機動部に連絡を頼む。エイミーたちがいるのはラジエスシティだ! ラジエス街警に連携を取って捜索範囲を広げてくれ!」

『わかった、お前はどうする?』

「このままラジエスへ向かう。後は任せるよ、アシュリー! 行こうエアームド!」

 

 ポケギアの通信を打ち切るとエアームドは隣町目掛けて一気に加速する。V字を形成して大移動しているとりポケモンたちを抜き去り、音速もかくやというスピードで飛翔する。

 ラジエスシティが見えてくると、アストンは再び空の上からまず目立つ煙突を探し出した。しかしラジエスシティはラフエル地方の中でも一、二を争うほどに広大な街、一日で回りきれないとさえ言われているほどの街の中煙突らしき建造物はいくらでも見つかる。

 

 だが、場所を港に集中させれば話は別だ。わざわざエイミーたちは『汽笛』が船体のものであると断定し、『港』というメッセージを入れてきた。三つある暗号の内、二つも海に近い場所を選んだ以上信憑性は高い。

 煙突が見える位置にある倉庫、もしくはコンテナが溢れる港は一つ。定期的にルシエシティと連絡船を出し合っている"ラジエス主湾港"だ。

 

「あそこか……?」

 

 アストンは主湾港にある煙突に限りなく近づくとそこから三百六十度見渡す。見えた建造物を煙突だと断定したからには、煙が出ているのを見たはずだ。従って、煙突の先端に近い場所は相互監視が可能な場所と言える。港の方向に視界を限定し、かつこの場所が見える倉庫は凡そ絞れた。

 

「降下だ、エアームド」

 

 トントン、と背中を叩くと短く鳴いて返事するエアームド。倉庫付近に降り立つと作業着の男が数人目敏くアストンを見つけて近寄ってきた。

 

「ちょっとちょっと! どうしたんですかお巡りさん!」

「お仕事中すみません、先日発生した少女誘拐事件の件でお伺いさせていただきました。どうやらこのコンテナ街のどこかに監禁されている可能性が高いのでそれらしい建物を探しています」

「なんだって? そういうことなら、そこの君! 案内して差し上げろ!」

 

 集まった作業員たちの中で一番偉そうな立場の男が手近にいた作業員に命令する。その作業員は快く一礼すると「ささ、こちらへ」と手引きしてくれた。アストンはエアームドをボールに戻すと先導する作業員の後ろを着いていく。

 

「この辺は主に輸入品なんかが置いてあるスペースですね、近々ラジエスからいろんな街々に発送されるんです」

 

 まるで学生の職場体験会のようになっているが本命はエイミーたちが拘束されているかもしれない倉庫だ。心当たりがあるのなら早急に教えてほしいところだが、アストンはもとよりこういったアポイント無しに加え令状もない強行捜査自体経験が浅いため、なかなか切り出すタイミングを掴みかねていた。

 

「そしてここがこっちからルシエへ送るための物資保管所ですね、って刑事さんが知りたいのはそういうことじゃないですよね……んん、案内って言ってもな」

「それなら、窓のある倉庫など無いですか? それも天窓や、二階建てくらいの大きさの倉庫とか」

「……あぁ、そういうことなら!」

 

 手をポン、と打った作業員が足早に案内を始めた。そして数分歩いた先にあった倉庫はアストンの注文通り、建物上層に横に長い窓が着いており、大きさは一般的な体育館のそれ。さらに窓の位置、人間の高さを考慮した際、煙突の先端と窓の場所と一般女性の目線が見事に合致した。

 

「これと同じ規格で出来た倉庫は他にありますか?」

「えっと、西と、南の方にそれぞれ二つですね。なので順繰りに見ていきましょうか」

 

 作業員が金属の重い引き戸を開け、アストンが中に入る。ペンライトで中を探るが、人の気配はしない。エアームド式の検知術も使えないことはないが、後ろにただの作業員がいるため使用は避けたい。

 薄暗い建物の中を探ってもやはりエイミーたちは見つからない。いるとすればこの建物が一番あり得たのだが、いないのであれば仕方がない。

 

「そういえば、妙に静かですね」

「ここのコンテナはテルス山で取れる特殊金属を"レニアシティ"の工場で加工して作られててますからね、防音効果があるんです。振動は伝わりますが、音はほぼ遮断できます」

 

 確かに音が籠もっている。作業員が慌ただしく作業をしているにも関わらず周囲で大きな音がしないのはこれが理由のようだ。

 作業員の説明をアストンが背中で受けながらもう一度ペンライトで倉庫内をくまなく探す。

 

「だから、悲鳴とか上げても外からは気づかれないんじゃないかなぁ……」

 

 直後、アストンが長年磨き上げてきた気配察知の本能が全身の副交感神経を刺激した。そして手の中にずっと隠し持っていたエアームドのモンスターボールを起動、縮小状態を解除。振り返ると同時にリリースする。

 振り返ったアストンの眼の前にいたのは先程までの作業員ではなく、エイミーたちをさらった集団が来ていたライダースーツにプロテクターの男だった。首元に色のついたスカーフこそ無いが、今ここでアストンが彼を撃退する理由は変わらない。

 

「ドゴーム!【ハイパーボイ――――」

 

「エアームド!【ブレイブバード】!」

 

 刹那、アストンが放ったボールより銀光が放たれ暗闇を弾丸の如く翔け抜ける。息を吸い込み、【ハイパーボイス】を放とうとしていたドゴームと作業員改め、謎の戦闘員を諸共に撃退するエアームド。

 壁に打ち付けられ目を回している戦闘員からモンスターボールを回収し、戦闘不能になったドゴームをボールに収めると戦闘員に手錠を掛け扉のノブに固定する。

 

「NとS……いったい何のマークなんだ?」

 

 ぐったりしている戦闘員のプロテクターに描かれた、NとS入り混じったロゴを見てアストンが呟いた。何か持っていないか探りたいところではあったが、敵が襲ってきたということは既に自分は敵のアジトの中にいることを思い出したアストンは倉庫から飛び出すと全速力でまず西側の同じ倉庫を目指して走った。妙に思ったのは、作業機械の音が全くしないのだ。フォークリフトが動く音もクレーンが稼動している重機特有の音もだ。

 

「考えられるとすれば、管理会社そのものが乗っ取られている可能性……!」

 

 敵の一団はただ金欲しさにライラを誘拐したわけではない。それなりの組織力があって、かつもっと莫大な計画のため、その準備段階としてライラを誘拐したのだとアストンは考えた。

 しかし先程の戦闘員は彼が語った通り防音仕様のコンテナで撃破したため、コンテナに彼らがぶつかる以外の音は漏れていないはずだ。ここで大声を出して捜索しては、悪戯に敵を集めるだけだ。

 

 誰にも見つからずに西側の倉庫へ辿り着いたアストンは先程戦闘員がやっていたように金属の引き戸を開ける。中に入り、ドアを可能な限り締める。これならばこの中で声を出しても外には漏れない。

 

「エイミー! ライラさん! いたら返事をしてください!」

 

 呼びかけるが返事はなかった。しかし轡などで口を塞がれている可能性も考えられた。アストンは再びペンライトで中を照らしながら倉庫の中を走り回る。壁の天井付近に作られた天窓からは煙突が見えるものの、やはりここにエイミーたちはいないようだった。残る南側の倉庫を調べに行くべく、アストンが自分で閉じた扉を開けに行こうとした時だった。

 

「三分の一を二度外すとは、アンタ相当運が悪いな」

 

 男の声、アストンは咄嗟に腰のモンスターボールに手を伸ばすが、リリースはしない。敵はアストンの姿が確認できているようだった。対してアストンはまだ敵の位置を漠然としか把握していない。ここで手持ちのポケモンを無闇に晒すのは危険だと判断したのだ。

 

「しかし、良くこの場所がわかったな。ペガスシティの中を血眼になって探していると思ったが?」

 

 先程の男とはまた別のやけに高い声だった。少なくとも最低二人、アストンを取り囲んでいた。アストンがジッと体勢を低くしながら、二つ目のモンスターボールに手をかける。男たちは自分より上にいる、さらには暗視スコープを用いているようだ。だからこそこの薄暗い倉庫でアストンが外に出ようとしたタイミングで声を掛けることが出来たのだろう。

 

「どうでもええわ、奴さん見た所警部補クラスじゃあ。油断せず全員で掛かろうや」

 

 三人、彼が放った言葉は攻撃的でアストンにも彼の位置だけは正確に把握できた。それは彼の声が頭上からではなく、ほぼ真正面の位置にいるのがわかったからだ。

 

「そうですね、スロットさんの言う通りです」

 

 四人、理知的な雰囲気の声だ。今のところ、一番警戒に値するとアストンの本能が告げた。今までの三人も十分警戒対象だが、今の声の主である彼がブレインであることは容易に想像がつく。

 正面にいる男の名はスロット、というらしい。ざっくりと把握した位置にある双眸をアストンが睨み返す。

 

「さっさと終わらせてモルドさんに報告すっぞ、お前ら」

「リッドはモルドさん怒らせてばっかりだからねぇ~、いいトコ見せないとだもんね~」

 

 アストンの頬を汗が伝った。アスファルトに水滴が落ちる音が一瞬響く。最悪な場所に突っ込んでしまったと思ったが、なんとかこの場を切り抜けなければならない。

 六人もの刺客を同時に相手出来るか、不安はあった。彼らが先日のグランブルと同じ、ダークポケモンを使用してきた場合とてもじゃないが捌ききれない。

 

 彼らを逮捕しつつ、エイミーたちを救い出すのがベストだが万が一ダークポケモンが出てきた場合は最悪エイミーたちだけでも解放しなければならない。

 全ては始動に掛かっている。ここで選択をミスすれば下手をすると勝機を逃すことになる。アストンは深く深呼吸するとボールを二つリリースし、体制を低くする。アストンがポケモンを出したのを確認し、六人の刺客が一斉にボールからポケモンをリリースする。

 

「ロゼリア! 【マジカルリーフ】! 続いてギャロップは【ほのおのうず】!」

 

 飛び出したロゼリアが不思議な光を放つ葉を一斉に撃ち出す。それは意思を持ったように、繰り出されたポケモン全てを強襲する。それぞれ六匹のポケモンがその攻撃を防御するために空中で姿勢を変える。その隙を突き、ギャロップが頭上目掛けて炎で練り上げられた渦巻きを放つ。炎が明かりとなって六人の刺客――首にそれぞれ色のついたマフラーを身に着けた戦闘員の姿を暴く。中でも【マジカルリーフ】の葉を警戒せずアストン目掛けて突っ込んできていたポケモン"バルビート"は【ほのおのうず】に巻き込まれ、早速戦闘不能になった。

 

 ギャロップの炎によって敵の位置を完全に把握したアストンは追撃とばかりにボールをリリースした。

 

「エアームド! 【こうそくいどう】で素早さを限界まで高め、【はがねのつばさ】だ! ギャロップ、ロゼリアはエアームドの援護を!」

 

 リリースされ、既に倉庫の中を縦横無尽に飛び回り、自身のスピードをさらに高めていくエアームド。彼が飛翔するスピードによって起きた風圧が倉庫の上部、骨組みの部分に立っていただけの色付き戦闘員を纏めて床へと落下させる。しかし全員がそれなりの訓練でも受けているのか、誰一人怪我すること無く着地した。アストンはこのままジリ貧に追い詰められることを危惧し、【はがねのつばさ】の攻撃対象を相手のポケモンから倉庫の壁へ変更、エアームドが突き破った穴をギャロップに飛び乗って離脱するアストン。今まで暗闇にいたせいか、外の陽射しがいつになく強く思える。

 

「逃がすな、追い詰めろ!」

「ガーはん! あんさんは下っ端纏めて撤収準備進めとき、どの道このアジトはもうダメや」

「あいよ」

 

 ガー、と呼ばれた青いマフラーの男が新たに呼び出したポケモン"トドグラー"に飛び乗り、アスファルトを凍らせることでトドグラーを高速で滑走させる。このまま撤収準備をさせてしまってはエイミーとライラがまたしてもどこかへ連れて行かれてしまう。それだけは防がなければならない。

 

「ギャロップとロゼリアはあの男を追ってくれ!! ここはボクたちに任せて、行くんだ!」

 

 渋ったが頷いた二匹、ロゼリアがギャロップの背に乗り駿馬の如くその場を離脱する。ギャロップを追おうとはしない残りの色付き戦闘員たち。一人減ったとは言え、五人の人間に囲まれて依然ピンチに代わりはない。

 

「そんじゃあまぁ、やっちまうか」

 

 リッドと呼ばれた赤いマフラーの男が音頭を取る。それに倣い、他の色つき戦闘員たちが先程リリースしたポケモンを再びアストンへ向かわせた。

 

「リングマ! 頼むぞ!」

 

 抜けたギャロップとロゼリアの穴をカバーするべく、手持ちの主力を出すアストン。先程この場を去ったガーが残したポケモン"ツンベアー"がリングマと取っ組み合いを始める。リングマはエアームドに次ぐ練度のポケモン、指示が無くとも戦う事はできる。あとはエアームドとこの残りのポケモンを撃破するのみ。

 

「ブーバー! 【かえんほうしゃ】!」

 

 リッドが駆るほのおポケモン"ブーバー"が1200度もある体温を活かした【かえんほうしゃ】を放つ。ただでさえエアームドは炎に弱いのだ、当たってしまえば致命打は避けられない。この戦場において最も警戒すべきポケモンであると言えた。逆にスロットと呼ばれた紫のマフラーをした戦闘員はエアームドの相手を放棄し、ツンベアーの加勢に向かった。彼がリリースしたのは"ベトベトン"、どくタイプではエアームドに対抗できない。いたずらに手持ちを減らすぐらいなら先にリングマを倒してしまおうという魂胆らしい。

 

「気をつけろリングマ! 【はらだいこ】だ!」

 

 リングマが威嚇するように自身の腹を何度も殴打する。これにより闘争心が刺激されたリングマが放つ攻撃は最高のコンディションとなる。持たせておいた"オボンのみ"で体力を回復すると、リングマの逆襲が始まった。ツンベアーを【メタルクロー】で一撃で粉砕、そのままベトベトンに突進する。ベトベトンは咄嗟に【ちいさくなる】で回避、そのまま素早く移動してリングマを撹乱する。

 

「今だベトベトン! 【どくどく】!」

 

 素早くリングマの後ろに回り込んだベトベトンが一気に巨大化、そのまま絡みつき自身の毒素をリングマに流し込む。リングマが思わず膝を突くが、アストンはただ黙って眼の前の敵に集中していた。別にリングマのことが見えていない、余裕がないというわけではない。アストンは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを信じているのだ。

 

「エアームド、そのまま【つじぎり】!」

 

 ブーバーの周囲を【こうそくいどう】で高めたスピードで飛び回り翻弄、背後から鋭利な翼で何度も切り裂く攻撃を行いブーバーを戦闘不能にする。次いでアストンが視界に入れたのは緑のマフラーをした戦闘員だった。彼が繰り出したのは"ウツドン"だった、しかも謎の踊りをウツドンに踊らせていた。その時、アストンは陽射しが強くなっていることを感じた。手でひさしを作らなければ目を開けていられないほどに強くなった陽射しから、ウツドンが【にほんばれ】を起こしていたことを悟った。

 

「ウツドン! 【ウェザーボ――――」

「【ブレイブバード】ォ!」

 

 陽射しが強い状態で放たれる【ウェザーボール】はほのおタイプの技、直撃は危険だ。指示が通る前にエアームドは動き出し、疾風を纏いながらウツドンへ強烈な体当たりを行い戦闘不能に追い込む。それを見た緑の戦闘員が悲鳴を挙げた。

 

「イヤーーーーーーーーーーーーー!! ウツドン!! なんてひどい! 人でなし!」 

 

 どうやら倉庫の中で感じた声が高い男性は彼だったようだ。キーキー喚きながら地団駄を踏んでいた。しかし構っている暇はない。残る黄と茶の戦闘員を倒してこの場を脱しなければならないのだから。

 

「運は悪いが、実力はあるようだ。恐らく俺たちでは勝ち目が無い。さて、ディヴィ」

「そのようですね、ここはダブルバトルと行きましょうか、グラヴ」

 

 黄――グラヴと、茶――ディヴィの二人が嫌らしい笑みを浮かべてボールからポケモンをリリースする。"エレブー"と"イワーク"の二体がアストンに向かって迫る。しかしアストンの手持ちポケモンは現状エアームドしかいない。リングマがベトベトンを撃破出来るかに掛かっているが、向こうの戦いはまだ終わっていなかった。

 

「おや、ポケモンが一体しかいないようですね……ですがこれは謂わば野良バトル。ルールなしのバーリトゥード! こちらも手は緩めません! イワーク、【いわなだれ】!」

 

 ディヴィがイワークに指示を送り、そのイワークがアスファルトに頭から突っ込んで瓦礫を発生させそれを一斉にアストンとエアームド目掛けて撃ち放つ。雪崩れ込む岩石の数々をアストンはエアームドに飛び乗って回避する。さすがの回避術だったが、間隙を埋めるように放たれたエレブーの【チャージビーム】がエアームドを襲う。咄嗟に反転しアストンを逃したエアームドは回避しきれずに直撃してしまう。

 

「主人を守るとは見上げた忠誠、あのエアームド高く値付け出来そうですよ」

「そのようだ」

 

 アスファルトの上を転がったアストンを庇うようにエアームドが二匹に立ち向かう。しかしエレブーはプラズマから【ほのおのパンチ】を打てる。このままではジリ貧だった。

 万事休すか、アストンがそう思ったその時、空の陽射しが放つ熱をも吹き飛ばす、まるで冬のような極寒の風が後ろから吹き抜ける。

 

 

 

「――――エンペルト、【ふぶき】!」

 

 

 

 アストンが咄嗟にコンテナの陰に隠れる。エアームドも上空へ避難したその瞬間、イワークが全身を氷漬けにされて戦闘不能になったのだ。これほどの【ふぶき】を扱えるエンペルトを、アストンは一人しか知らない。

 

「どうやら間に合ったようだな」

「ベストタイミングだよ、アシュリー」

「そういうお前はもう少し突入のタイミングを考えろ、馬鹿者」

 

 叱りながらも、安堵した表情を見せる闖入者――アシュリーにアストンも傷だらけの顔で微笑み返した。アシュリーが乗っていたのは恐らくエイミーのピジョンで、その足元にはプラスルとマイナンもいた。

 

「ピジョン、二匹を連れてボクのギャロップとロゼリアに合流してくれ。恐らくそっちにエイミーたちがいる」

 

 コクリと頷いたピジョンがアシュリーを下ろし、そのまま飛び去る。このコンテナまみれの倉庫街も空からなら探しやすいだろう。ガーのトドグラーとギャロップたちが戦闘を行っているのなら良い目印になるはずだ。ピジョンから降り立ち、風で荒んだであろう髪を優雅に梳いて、淡々と告げた。

 

 

「反撃開始だ」

 

 

 




ほんと、今度こそ次でエイミー編は終わりです。今度こそ、ホント、マジで
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