ポケットモンスター虹 ― Where is Justice ―   作:入江末吉

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第六話:NなるSを掲げる者

 

「反撃開始だ」

 

 そう告げたアシュリーがエンペルトに指示を出す。エンペルトは深く吸い込んだ息に冷気を纏わせ、【ふぶき】として一気に放出する。ダブルバトルにおいて両方のポケモンを攻撃できるほど広域の技は得てして威力か範囲のどちらかを選ばなければならないが、アシュリーのエンペルトは確実に対象を凍らせるほど強力な冷気を放つ。

 

「下手に動かないことだ、膝から下とお別れしたいのなら別だが」

 

 一見、敵の黄色いマフラーの戦闘員――グラヴのエレブーを狙った一撃はエレブーを巻き込みつつ、彼らの脚を完全に凍りつかせていた。圧倒的な冷気が脚を覆い、下手をすれば脚を巡る血液をそのまま凍結させてしまいかねないほどの絶氷。アシュリーはこのように、逃走防止による検挙に対して容赦がない。ましてや、相手が犯罪者でアストンを傷つけた蛮人ならば尚の事だ。

 

「リッドはん! アンタのポケモンほのおタイプやろ! なんとかしぃや!!」

「無茶言うな! あの女、本気だぜ!」

 

 現状なんとか凍結を免れていた紫マフラーの戦闘員――スロットがベトベトンと共にアストンのリングマと対峙しながら叫んだ。しかしリッドはというと、アシュリーが要警戒とし腰まで凍らされている。ボールを腰から外そうにも外せないのだ。

 

「ならディヴィはん! アンタの岩技で強引にでも抜けだっしゃあ!」

「無理だ、あのエンペルト相当に早い」

 

 即答だった。現にエンペルトはキッと戦闘員たちを睨みつけている。不穏な動きを見せれば今にも全身凍らされてしまいそうな冷たい眼差しだった。

 

「ええい、だったらワイ一人でもこの状況打開したるわ! 見さらせ! 【ベノムショック】!」

 

 ベトベトンの体液を使った攻撃がリングマに炸裂する。【ベノムショック】は相手が毒状態であれば威力が増す技、【どくどく】によってもうどく状態になっているリングマにとっては致命打だった。【はらだいこ】を使った後に"オボンのみ"で回復したものの、どく状態と今の一撃で体力は限界に近かった。

 

「リングマ!」

「いいんだアシュリー! リングマは大丈夫だ」

 

 エンペルトを援軍に向かわせようとしたアシュリーだったが、アストンが止めた。リングマがちらりとアストンを一瞥する、それに対しアストンが頷いた。覚悟は決まったとばかりに、リングマはベトベトンに対峙すると――

 

「なっ……」

 

「欠伸じゃとぉ!?」

 

 アシュリーとスロットが驚愕する。眠りを誘発する【あくび】ではない。リングマは自身の体力を回復するために自身で【ねむる】ことを選んだのだ。もうどく状態が消え、リングマの体力が元に戻る。しかしスヤスヤと寝息を立てるリングマを見て、ベトベトンとスロットは唖然とし、そして。

 

「舐めとんのかコラァ!! ベトベトン、叩き潰せェ!」

 

 怒り狂ったベトベトンが放つのは渾身の【どくづき】。これを浴びればさすがのリングマであろうと飛び起きるに違いない。さらにベトベトンの特性は"どくしゅ"、【どくづき】と合わせて高確率で再びリングマをどく状態に持ち込み、再び【ベノムショック】での大ダメージを狙える。

 

 と、スロットは考えている。それを見越して、アストンは敢えて指示を出さない。こちらが声に出すことで戦術が読まれてしまうこともある。まさに今、スロットが考えている道筋がアストンには手に取るようにわかるのと同じように。

 

 ベトベトンとリングマが接触する瞬間、リングマが寝返りを打った。ぐるんと体勢を変えたリングマの手が、ものすごい勢いを伴ってベトベトンの頭上に落ちた。液体が破裂するような、凄まじい音がした。

 見れば頭蓋を叩き割られたベトベトンがデロデロに溶けて、戦闘不能になっていた。さらにベトベトンの下の地面、半径10mレベルのクレーターが出来上がっており、スロットがマスクの下であんぐりと口を開けているのがわかった。

 

「んなアホな……一撃やと……?」

 

「ギリアムさん仕込みの"こんじょう"さ」

 

 それはリングマの特性だった。リングマはギリアムのハリテヤマ同様"こんじょう"を持ち、状態異常に掛かった場合攻撃力が上がる。自ら眠ることで"ねむり"状態に入ったリングマは当然効果対象となる。

 だが"ねむり"状態に入った場合、行動を起こすことが出来ない。そこが油断を誘うポイントだった。だからこそ、スロットは【ねごと】で睡眠中のアクションなど想定していなかった。

 

「【はらだいこ】で限界まで攻撃は高めてあったからね、あとは【おんがえし】でも【きりさく】でもなんでも良かったのさ、でも【ギガインパクト】に当たるなんてね」

 

 エンペルトの【ふぶき】で戦意を削がれていた戦闘員たちだったが、今のリングマが放った【ギガインパクト】の威力に慄き、全員が両手を上げて降参の意を示していた。

 目を覚ましたリングマが大欠伸をすると、下半身が動かない戦闘員たちを一箇所に纏め上げる。アストンは近くの倉庫にあった鎖で六人を拘束すると額の汗を拭った。

 

「エイミーのポケモンたちが心配だ、合流しよう」

「そうだな……ッ!?」

 

 瞬間、アシュリーがアストンを突き飛ばした。地面を転がってコンテナに激突したアストンが次に見たのは、アシュリーの腕に絡みつく触手と、そこから滴り落ちるアシュリーの血だった。

 

「アシュリー!」

「動かないでくださいね、でないと"ドククラゲ"の触手がうっかり毒を流し込んでしまうかもしれないので」

 

 その時だ、ハイヒールがアスファルトを穿つ音が響く。見ればコンテナの陰から伸びる触手の持ち主"ドククラゲ"と、それを従えるであろうトレーナーの姿が目に入った。

 くすんだ色の金髪を結い上げ、鋭角なデザインのメガネを掛けている。レンズの奥からは底冷えするような眼光がアストンとアシュリーを睨めつけていた。全身を灰色のレディーススーツで覆い、見た目で言えば完全にキャリアウーマンのそれだが、眼光と同じ放つ雰囲気がそのイメージを霧散させる。

 

 

「お初にお目にかかります、ポケット・ガーディアンズのお二方。私の名前はモルド、以後お見知りおきを」

 

 

 女性――モルドが発した言葉はアストンの膝に重いものを乗せた。プレッシャーだ、アストンはこの一言で眼の前の女に対し警戒心をフルで働かせなければならないと悟った。そもそもアシュリーを拘束されている時点で下手に動くことは出来ないのだ。しかしエアームドを死角から向かわせたとしても、アシュリーを無事助け出せる保証はない。

 

「貴女たちはいったい、何者なんだ……」

「ふむ……私の直属部下を六人退けたことを認め、お話しましょう。我々はNS(ネクストシャドー)、かのオーレ地方を震撼させた『シャドーを継ぐもの』です」

 

 彼らのプロテクターのNとSにはそういう意味があったのだ。N(次代)S(シャドー)、ダークポケモンを使役する悪党にとってこれほど当てはまる組織名は無いだろう。

 

「くっ……!」

 

 傍らでアシュリーが呻く。ドククラゲの触手に傷をつけられ、さらには腕を強く締め上げられているのだ。そのおかげで出血自体は大した量ではないが、代わりに毒を注入するにはこれ以上ない条件を満たしている。

 アストンはアシュリーと一度アイコンタクトを行う。アシュリーが頷くと、アストンは躊躇いながらもモルドと、その後ろに視線をやった。

 

 直後、ドククラゲを背後から強襲するリングマ。速度こそエアームドに劣るが、ベトベトンとの戦いで上げた攻撃は健在。直撃さえすればアシュリーは開放できる。リングマの激爪が勢いよくドククラゲに向かって振り下ろされ、

 

「受け止めなさい」

 

 爆音と共にアスファルトから突き出た"なにか"がリングマの爪を受け止めた。しかしリングマはその"なにか"を掴むと一気に地面から引き抜いた。その瞬間、港全体を揺らすような地震が発生し、アストンとアシュリーは思わず地面に膝を突く。

 

「"ハガネール"!」

「えぇ、その通りです。貴方のリングマは素晴らしい、トレーナーの言葉による指示を必要としない練度。ですが、私のハガネールにその爪は通用しません」

 

 さらには自身の金属の身体とリングマの爪を擦り合わせ、【いやなおと】でリングマの防御を下げるとそのまま【アイアンテール】でリングマを襲撃する。撓る尻尾の殴打でリングマがコンテナに向かって吹き飛ばされる。リングマはかろうじて戦闘不能を免れていたが、そう長くは動けない。もう一度【ねむる】で回復する手もあったが、あのハガネールがそんな隙を許すとは思えなかった。

 

「エンペルト! 私に構わずドククラゲを倒せ……ッ!」

 

 その時だった。アシュリーが自分を拘束しているドククラゲの触手を逆に掴み返し、逃げられなくするとエンペルトに指示を出す。即座にエンペルトが【アクアジェット】でドククラゲへと接近する。丸く大きな図体からは考えられない速度だった。だが、

 

「えぇ、えぇ。冷血でありながらすぐ頭に血が上る。読めていましたとも、そう来ることは」

 

 しかしドククラゲへ迫るエンペルトを遮るかのように尻尾で行く手を阻むハガネールの【ワイドガード】。ハガネールは水が弱点ではあるものの、種族そのものが誇る防御力の賜物か、エンペルトの【アクアジェット】を平然と受け止めた。

 

「【どくづき】です、遠慮はいりません」

 

 モルドが薄ら笑いを浮かべる。サディスティックな笑みから繰り出される指示、ドククラゲはアシュリーを拘束しているのとは別の触手をしならせ、ムチのように振るう。その先端が毒液を纏い身動きが取れないアシュリーに迫った。

 

「【ボディパージ】! 加速だ、エアームド!」

 

 纏う外殻を脱ぎ捨てるように、エアームドが自身から防御に必要な――今に至っては余分な鎧を削ぎ落とす。さらに素早さを高めたエアームドがドククラゲへ体当たりを行うが、迫る触手は止まらなかった。アストンは地面を蹴り半ば飛ぶようにして駆けるとそのままアシュリーを押し倒した。エアームドの体当たりで狙いが逸れたのか、毒液を纏った触手はアストンの左足に掠った。

 

「ぐっ!」

「アストン……!」

 

 アストンが顔を顰めて膝を屈する。アシュリーはすぐさま立ち上がると、エンペルトを下がらせ別の二匹を呼び出した。

 

「ハピナス! キュウコン!」

 

 出てきた二匹の内、ハピナスは【アロマセラピー】でアストンの傷を癒し始める。キュウコンはドククラゲに弱いとは言え、アシュリーの手持ちで範囲の広い攻撃技を多く所有しているポケモンだ。特にあのハガネールを止めないことには始まらないだろう。キュウコンが【ねっぷう】を口、九尾の先から放つ。フィールド全体を焼く熱風はモルドにも襲いかかる。ハガネールが蜷局を巻き、その中心でモルドを熱波から守る。

 

「ッ、今だリングマ!! 【かわらわり】!」

 

 防御に専念している今ならハガネールも咄嗟には反応できない。防御を解けばモルドは焼かれ、解かなければ頭蓋を叩き割られる。二つに一つ、ハガネールが選択を迫られる。アシュリーはここでハガネールの選択肢を強引に潰す手に出た。

 

「キュウコン! そのまま【オーバーヒート】!!」

 

 エンペルトがフィールドを去って冷気が消えたことで思い出す。今は"ひざしがつよい"状態、炎技はこれ以上無いほど強化される絶好のシチュエーション。ハガネールが動くことを封じるため、キュウコンに火力を上げさせた。飛び上がったリングマがハガネールの頭上に渾身の拳を叩き込む。如何に防御力が高かろうと、硬いものを叩き割るための武術を以て攻撃されればひとたまりもない。地面を揺らすほどの衝撃を伴って、ハガネールが崩れ落ちる。防御姿勢が取れなくなり、モルドが顔を出す。キュウコンに攻撃停止の合図を送るアシュリー。双方のにらみ合いが始まった。

 

「ふ……」

 

 先に動いたのはモルドだった。口角を異常に持ち上げる気味の悪い笑みを浮かべ、くつくつと笑い声を漏らしている。アシュリーとアストンが訝しんでいると、()()は爆発した。

 

 

 

「ふふふふ、ふふ、ふ……ぎぎ、ギギィッ!!」

 

 

 

 笑みに見えたそれは、憤怒だった。口角は持ち上がっているのではない、左右に引き裂けそうなほど引っ張られ欠けそうなほど強く歯を食いしばっていた。

 そして、あろうことかその怒りはたった今戦闘不能になり、地に倒れ伏したハガネールに向けられた。

 

「この、グズが……!! 私を守ったことは及第点ッ!! だが! しかし!! それでやられては何の意味もないッ!! わかっているのかハガネールゥゥゥ!!」

 

 先程まで纏っていた優雅さは偽りだと言わんばかりの激情。ハガネールは気絶しているのか、モルドの八つ当たりでも意識を取り戻すことはなかったが、その場の全員が呆気に取られていた。

 リングマという伏兵を察知できなかった自分を棚に上げ、なおもモルドはハガネールへとヒールを穿つ。

 

「……失礼。お見苦しいところをお見せしました。お二方の連携、大変見事でございました。ですが、こちらにもまだ奥の手が残っていますので……お覚悟を」

 

 化けの皮を纏い直すモルド。だが、アシュリーは同じ女だからか、はたまた刑事としての嗅覚か、モルドの被った冷静の皮からなおも激情が溢れ出ているのがわかった。モルドが取り出したのはハイパーボール、よほど捕獲が困難だった強力なポケモンを呼び出すつもりだろう。

 

 

「――――"バンギラス"ッッッ!!」

 

 

 それが現れた瞬間、空を砂が覆った。ドーム状に逆巻く砂嵐、2.3mはくだらない巨躯がゆっくりとアストン、アシュリー両名に近づく。砂塵の中で見たその身体は、先日のグランブルと同じ闇を纏っていた。

 

「ダークポケモン……!」

 

「ご存知でしたか。結構、これこそ我らネクスシャドーが作り出し、新たなるダークポケモンたち。従来のダークポケモンと違い、完全なる戦闘マシーンへと作り変えた個体です」

 

 バンギラスが咆える。それは遠吠えのようにも聞こえれば、慟哭に似た悲痛な叫びにも思えた。しかし次の瞬間、バンギラスの目が放つ眼光はひと目で危険だと察知させた。

 

「エアームド! 【はがねのつばさ】!」

 

 吹き荒れる砂塵の中、突風を巻き起こす特攻を行うエアームド。体当たりによる衝撃は、バンギラスを少しグラつかせただけにとどまった。次はこっちの番だと、バンギラスのキバが灼熱を帯びる。まずい、とアストンが悟った時にはもう、エアームドの翼はバンギラスのキバによって焼かれていた。

 

「くっ、戻れエアームド! 大丈夫かい!?」

 

 急いでボールに戻したが、大火傷とも言える酷い状態だった。この戦闘で再びエアームドを呼び出したとして、恐らく先程までのような高速飛行は出来ないだろう。キュウコンでは相性が悪い、再びエンペルトを呼び出したアシュリーだったが、頬にはジッと汗が伝っていた。

 

「ッ、【みずのはどう】!」

 

 アシュリーの指示を迅速に遂行するエンペルト。波打つ水の奔流を叩きつけるが、やはり先日のグランブル同様弱点で怯むようなポケモンではなかった。ただ、()()()()()()()()()()ぐらいにしか感じていないのかもしれない。

 

「だったら、【ハイドロポンプ】!」

 

 今度は高圧の水流を浴びせる。さすがにこれは堪えるのか、バンギラスの身体が一気にグラつく。それを見たアストンがアシュリーに変わってエンペルトに指示を出す。

 

「エンペルト! そのまま水流を上へ! バンギラスの顔を狙うんだ!」

 

 本来ならプライドの高いエンペルトだが、アストンは例外的に主人と同格の扱いなのだろう。その指示を渋ること無く遂行する。アストンの意図を察したアシュリーが叫ぶ。

 

「今だ、ハピナス……!!」

 

 大きく、丸い身体と短い脚からは想像もつかない俊足でバンギラスの懐へ飛び込んだハピナス。その小さな手が闘気に満ち溢れているのを、バンギラスは見た。

 

 

 

「【きあいパンチ】!!」

 

 

 

 渾身のフィニッシュブローがバンギラスを二度襲う。隙こそ大きいが、絶大な威力の【きあいパンチ】を二度繰り出されバンギラスが吹き飛ばされる。弱点による波状攻撃、モルドも動揺を隠せないようであったが、すぐにその貌は獰猛なものに変わった。

 

「立ちなさい、バンギラス」

 

 その言葉通り、相当なダメージであるにも関わらずバンギラスは立ち上がった。そして鉄火場で慌てふためくハピナス目掛けて渾身の【しっぺがえし】を放った。ゴムボールのようにアスファルトの上を転がってアシュリーの元へ戻ってきたハピナスは目を回していた。戦闘続行は不可能、アシュリーは歯を食いしばりユレイドルを繰り出した。

 

「【はかいこうせん】!」

 

 視界が一瞬光に支配されたかと思った次の瞬間、フィールド全体を焼き尽くすほどの強烈なエネルギーがアシュリーのポケモンを吹き飛ばした。エンペルトは防御姿勢を取れていたが、出てきたばかりのユレイドルは足場のアスファルトごと焼かれてしまう。

 

「これがダークポケモン……! 強すぎる……!」 

 

「えぇ、えぇ、いかがですかネクスシャドーが誇る最強のポケモンたちは! 貴方たちのような正義を騙るものでは覆せない、圧倒的なる暴力の牙!!」

 

 恍惚に笑むモルドに対し、反論が出来ないアストンたち。二人共もはや手持ちポケモンが半分を切った。しかもどれも手負いでとてもではないがあの暴力の化身(バンギラス)を止められそうなポケモンはいなかった。

 

「貴女がたはとても良いプロモーション素材でした。一匹で相手を蹂躙し尽くすダークポケモンを、世界はより求めるでしょう。他者よりも上へ、力に魅せられた愚者たちはより我々を欲することでしょう!!」

 

 一歩ずつ、バンギラスがアストンたちへ近づいてくる。先程まで動けなくなっていたリングマがエンペルトと合流し、バンギラスを押し止めようと善戦する。しかしまるで草木を屠るように、バンギラスの膂力は簡単に、アストンとアシュリーの手持ちで最強の二匹をも退けた。

 

 万事休す、アストンがぐっとアシュリーの手を握りしめた。

 

 力の前に、暴力の前に、自分たちは膝を折るのか。

 否、()()()()()()()

 

 

「アストン……?」

 

「ボクはポケット・ガーディアンズだ。ここで引くような真似は出来ない」

 

 まるで、己が身一つであってもバンギラスを止めようとするかのようにアストンは立ち上がった。一歩、前へ踏み出す。

 

 

「それは蛮勇です。力無き正義である今の貴方に、このバンギラスは止められません」

 

 

 それは誰が見ても明らかだった。人より圧倒的な力を持つポケモンが束になっても抑えきれないほどの暴力に対し、人の身で挑むことがどれだけ愚かなことか。この場を傍観する子供がいれば、彼ですらわかることだ。

 

 

「――――そうだぜェアストン、俺たちが止まっていいのは警邏中に綺麗なねーちゃんを見た時と非番の時だけだ」

 

 

 モルドは殺気を感じ、思わず飛び退った。バンギラスの腕がアストンに向かって振り下ろされたのはほぼ同時。しかし、アストンの後ろから()()が突進し、バンギラスを吹き飛ばした。アストンたちのポケモンが全力を以ても体勢を崩すことしか出来なかったバンギラスに初めて地面と抱擁させたのだ。

 

「ったく、肝が座ってらぁ。お前さん、親父にそっくりだなァ」

 

「恐縮です、ギリアムさん」

 

 突撃してきたポケモン――ハリテヤマが残心とばかりに深く息を吐く。安心したように隣を見るアストン、そこには頼りになる最高の上司が立っていた。

 闖入者、ギリアムは思い切り抱えていた荷物を放り投げた。それは先程離脱したガーと呼ばれていた青いマフラーの戦闘員だった。

 

「アストンさーん! アシュリーさーん!!」

 

 その声は後ろからだった。アシュリーが振り返るとタックルにも似た勢いで抱きつかれた。おまけに先程のドククラゲの触手など比べ物にならないほどの力で締め上げられアシュリーが苦しげにもがく。

 少し離れたところから気まずそうにこちらの様子を伺っている少女――ライラの姿にアシュリーは気づいた。

 

「助けに来てくれたんですね!!」

「あぁ、あの暗号のおかげだ」

「あー……あれはライラさんのアイディアで。私はなんにも、あ、アハハ……」

「いや、あのヒントはエイミーのものだろう? あれがなければきっと暗号は解けなかった。よく頑張ったな、エイミー」

 

 アシュリーがエイミーの頭を二度撫でると、安心したようにエイミーが笑った。心暖まる一幕に、ギリアムがニッと笑った。

 

「アストン、お前さん先に三人を連れていけ。大事なスポンサーの娘さんだから、手ェ出すんじゃねえぞ?」

「出しませんよ」

「ハッハッハ、そりゃ良かった。そんじゃ、行け」

 

 シッシ、と追い払うようにしてギリアムがアストンを急かした。捕縛した五人と気を失っているガーを取り逃がすことになるが、彼らはモルドの背にいる。深追いは出来ない、アストンは歯噛みしながらライラを抱えて走り出した。敵に背を向けられるのは頼れる最高の上司がいるからだ。

 

「さぁて、お仕事しますか。あーあー、お嬢さん聞こえる? 今この港完全に封鎖されてます。ので、どうか抵抗せずに投降してほしいんですがァ」

 

 持ってきたメガホンで煽るように告げるギリアム。しかしギリアムはわかっていた、モルドはどうやってもこの呼びかけには応じないと。予想通り、モルドは薄ら笑いで返した。

 

「お断りさせていただきます。私がそちらに下る――――理由がありませんのでッ!!」

 

 瞬間、立ち上がったバンギラスが【ストーンエッジ】を放つ。ギリアムは不敵に笑うとメガホンを投げ捨て、ぼそりと呟いた。

 

「打ち返せぃ」

 

 飛んでくる瓦礫を、ハリテヤマがその巨大な手で一つ一つ跳ね返す。跳ね返された瓦礫がモルドや中隊長たちを襲う。

 

「……なかなか芸達者なハリテヤマですね」

「お褒めいただき恐悦至極、まぁ悪党相手じゃこいつも不服だろうがね」

「ッ、【はかいこうせん】!」

 

 バンギラスが息を吸い込み、腹の中でエネルギーに転換。それを溜め、一気に光線として吐き出す。アストンたちの手持ちを一撃で薙ぎ払った凶技だが、ギリアムは動じずタバコを吹かすだけだった。

 

「【きあいだま】だ」

 

 御意に、とばかりにハリテヤマが手を打ち合わせ自身の闘気を球体に纏め上げ、バンギラスが放った光線目掛けて打ち出した。すると【きあいだま】はバンギラスの【はかいこうせん】を中心から打ち破り、そのままバンギラスの顔へ直撃した。

 

「バ、カな……! バンギラスの【はかいこうせん】を正面から……!?」

「ダークポケモンねェ……」

「えぇ! ダークポケモンは素晴らしいです! 純粋に、戦闘にのみ特化させたその力は貴方もご覧になったはず! 強きポケモンはそれだけで価値のあるものです!! 弱い個体から、強い個体へ持ち変えるのはトレーナーとして当然のこと!!」

「だから、ダークポケモンを使って商売やってると? なるほどなるほど、そりゃ良い儲けになるだろうな」 

 

 興味津々、という風な口調でギリアムが唸った。モルドはニヤリと笑んだ。ギリアムを見て、案外推しに弱いタイプかもしれないと評価を下したのだ。このまま話術で時間を稼ぎ、離脱の方法を考える。

 ギリアムは小さくなったタバコを今一度大きく吸い込み、深く息を吐いた。

 

「……アストンやホプキンスなら、お前さんたちのことを『純粋悪』だなんだと変に担ぎ上げるだろうよ。コールソンはそうさな……まぁ『悪い人』ってとこだろう」

「では、貴方の批評をお聞かせ願えますか? 警部殿」

 

 モルドがさっと手を挙げる。【はかいこうせん】の反動を無理やり押し殺し、その巨躯を最大限に活かした踏み込みでハリテヤマに突進する。全身から黒いオーラが噴き出し、バンギラスが最大級の必殺技【げきりん】を放つ。空ごとハリテヤマを切り裂こうと、バンギラスの手が叩きつけられた。

 

「俺か? 俺に言わせりゃ――――」

 

 しかしギリアムは動じなかった。それはハリテヤマも同じ、振り下ろされた豪腕を受け止め、そのまま背負投の容量で投げ飛ばす。重量級のバンギラスはそれだけで大ダメージを受ける。受け身も取れずに悶えるバンギラスに向かって、今度はハリテヤマがその手を下す。

 

 

 

「――――腐れ外道だ、馬鹿野郎が」

 

 

 

 刹那、破裂するような衝撃音と風圧がその場の全員を襲った。モルドの髪が荒れ、ギリアムのコートが激しく煽られる。風圧を耐えきり、モルドが周囲を見渡した時だ。バンギラスの下の地面にはヒビが入り、先程リングマが作ったのと同じかそれ以上のクレーターを生み出していた。如何に戦闘マシーンとして改造されたバンギラスであっても、ハリテヤマが全力で放った【ばかぢから】は耐えきれなかったようだ。

 

 静かな怒りを口にしたギリアム、彼にとってポケモンを悪事に使う者……ましてや、違法売買によるビジネスで儲けを得る人間が、誰よりも許せなかった。

 

「ッッッ! 立ちなさいバンギラス!! 立ちなさい!!!」

 

 すっかり小さくなったタバコを捨てるとギリアムがゆっくりと前に出る。モルドが青筋を浮かべて喚き立てるが、バンギラスは戦闘不能だ。モルドは腰に残った最後のモンスターボールに手を伸ばした。

 

 しかし、

 

 

『そこを動くな! こちらはポケットガーディアンズ機動部である! モンスターボールを地面に置き両手を頭の後ろに組め! なお、これを最後通告とする!』

 

「おーおー、おいでなすったなラジエスの。さすが機動部の皆々様は仕事が早くて助かるねェ!」

 

 ポケットガーディアンズ内において最も職員が多い部所、それが機動部である。ありとあらゆる街に必ず存在する署や交番に勤める一般的な"お巡りさん"だが、その部員数から有事の際はどこよりも早く動けるのだ。アストンが先行した後、アシュリーはラジエスシティの機動本部へと連絡を取り、可能な限りの人員を以て包囲網を完成させるべく動いた。そしてその陣はこれ以上無い完璧なタイミングで完成した。

 

 空、陸の端々からゾロゾロと同じ制服の人間が駆けつけてくる。モルドや中隊長たちは歯を食いしばった。だが、ここぞというタイミングで冷静に思考できるモルドは再び余裕の笑みを見せた。

 

「いい、でしょう。今回は我々の敗北です。目的は果たせそうにありませんが、デモンストレーションとしては上々。後はここで逃げ果せれば十分な成果です」

「俺たちが逃がすと思ってんのか?」

「いいえ、いいえ……逃げ切ると言ってるのです!! ドククラゲ!!」

 

 モルドが最初からフィールドに待機させていたドククラゲが【くろいきり】を発し、次いで触手がモルド自身と拘束されている中隊長五人を確保すると、そのまま背後の海に向かって飛び込んだ。陸の機動部隊が「あっ」と声を出す間の早業であった。しかし数人待機していた空の機動部隊が海の方向へピジョットやオニドリルを急がせた。

 

 自分に出来るのはここまでだ、とギリアムは割り切ると再びタバコを吸おうとして、先程捨てたのが最後の一本だったことに気付く。

 

「ったく、こいつはデカい山になりそうだなァ……」

 

 タバコが埋めてくれなかった口は寂しさを紛らわすように小さな悪態を吐いた。保護されたライラとエイミーと合流できたのはそれから数時間後のことだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 数日後、ライラ・パチルたっての希望でエイミーが表彰を受けた。相手の組織に気取られることなく居場所を伝える暗号文の考案と要人の警護を成し遂げたことが認められたのだ。ちなみにネクスシャドーの中隊長の一人であるガーとの応戦、撃破、逮捕もやってのけたことになっているがそれは実際にはエイミーだけの手柄ではなく、アストンが寄越したギャロップとロゼリアの功績だ。

 

 だが、気難しいギャロップと繊細なロゼリアのコンビを見事に操り敵の中隊長を撃破したのは事実、ギリアムが倉庫に駆けつけた時には既にガーは眼の前が真っ白だったのだ。

 

 気恥ずかしげに表彰状を受け取ったエイミーに後ろで拍手を送りながらギリアムが言った。

 

「署長室なんて表彰か怒られる時しか入れないんだから威張っとけ威張っとけ、ハハハ!!」

「そうします!」

 

 エイミーが照れながら返す。ギリアムに並んで拍手を送りながらアストンが浮かない顔をしていた。もちろん自分より先にエイミーが表彰されたから、などという子供のような理由ではない。

 

「やりきれない、って顔だな」

「はい、ネクスシャドー……彼らがどれほどの規模の組織か、掴むことは出来なかったので」

「俺たちが駆けつけた時には既に殆どもぬけの殻になってやがった。あの青マフラーはしっかり部下を逃したようだからな」

 

 せめてもう少し早く駆けつけ、包囲網を完成させていれば構成員を取り逃がすこと無く逮捕し、情報を聞き出すことが出来たのだろう。

 

「まぁ、過ぎちまったことはしょうがない。それよりこれからのこと、聞いてるか?」

「確か本格的に組織犯罪刑事五課と協力してネクスシャドーの調査が始まるんですよね」

「そうだ。んで、一課代表ってことで俺が合同会議に出ることになっちまったんだが、面倒くさくてな。お前さんに任せていいか?」

「すみません、実はこれから用事があるのでご期待には応えかねるかと」

 

 アストンが苦笑しながら断るとギリアムは面白くなさそうに唇を尖らせた。見ればエイミーがペガス署の署長と並んで写真を撮っている。自信に満ち溢れた敬礼を見ると、エイミーもずいぶんたくましくなったものだと同僚(アストン)上司(ギリアム)は変に感慨深くなってしまった。

 

「コールソン、これ渡しておく。どうするかはお前さんが決めろ。俺からの昇任推薦状だ」

「えぇ~!? そんな、私なんてまだ全然……」

「ボクはいいと思う。受けるといいよ、エイミー」

 

 渡された封筒をマジマジと見つめてエイミーが悩みだす。本来、巡査を一年経験しなければ巡査長への昇任は認められない。まだ半年のエイミーは本来なら昇任試験を受けることが出来ないはずなのだが、今回の表彰と保護した要人(ライラ)とギリアムたっての推薦もあり、特例が認められたのだ。今回の事件が無くともギリアムはこの推薦状を渡すつもりでいたが、この場で渡してしまった方が良いと判断したのだ。

 

 しかし煮え切らないエイミー。アストンはそれを見て、彼女がぶら下げている表彰状を手に取った。

 

「表彰、あなたはペガスシティ、およびラジエスシティにおいて発生した誘拐事件に際し、冷静沈着かつ勇敢な対応により犯人逮捕に積極的に協力されました。これは他の模範でありますのでここに金一封を贈りこれを表彰します。エイミー・コールソン巡査、君は立派だ。だからこそ、君に昇任を推薦する人たちの意を汲むべきだと、ボクは思う」

 

「アストンさん……」

 

 その言葉を受けて、エイミーの目の色が変わった。ギリアムがやや強めに、アストンの肩を小突いた。

 

「わかりました! 昇任試験、受けます! 出世したいです!!」

「ハハハ! その意気だコールソン! まぁ昇任試験は筆記、面接、実技とあるから、まずはこれをクリアせんとなァ!」

 

 そうでした、と肩を落とすエイミーだったがアストンはそれでもエイミーはクリアし、昇任を果たすだろうと思っていた。

 これから巨悪と対峙するにあたって、今までの自分たちではいられないのだから。

 

 





概要

NS《ネクスシャドー》

ポケモンの心を人工的に閉ざし、戦闘マシーンへと作り変えることで完成する"ダークポケモン"。
これを以て違法売買を行って利益を得る悪の組織。

現在判明している組員リスト

幹部:モルド

中隊長:リッド(赤)、ガー(青)、グラヴ(黄)、ディヴィ(茶)、スロット(紫)、レース(緑)
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