ポケットモンスター虹 ― Where is Justice ―   作:入江末吉

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第七話:親と子①

 ライラ・パチル誘拐事件、即ちネクスシャドーとの出会いを経てから一ヶ月が経った。しかしあれから全く手がかりが掴めず、捜査一課を始めとするPG全体が手を拱いてる状態と言えた。

 そんな中、ネクスシャドーと関わりのあるアストンたちは過去の事件の記録をひたすら漁っていた。幸い、この一ヶ月間捜査一課が現場に出るような事件が起きなかったため、書類の発掘作業はスムーズに行えた。

 

「よぉお前ら、朝からやってるな」

「ギリアムさん、おはようございます。早速なんですが、よろしいですか?」

 

 居室はクーラーが効いてるため、外に比べて快適だが外からやってきたばかりのギリアムは玉のような汗を浮かべていた。

 汗を拭ったギリアムはアストンの側に立ち、アストンが調べていた資料を手にとった。

 

「以前捕まえたポケモンバイヤーたちはネクスシャドーから大量のポケモンと引き換えに多額の金を受け取っていたみたいです。尤も、ネクスシャドーのことは知らなかったみたいですが」

「やっぱりか。ったく、バイヤーの野郎ども、はした金で動かされてるとも知らずによぉ……」

 

 ポケモンバイヤーの話が出るとギリアムは苦虫を噛み潰すような顔をする。裏を返せば、ポケモンバイヤーがネクスシャドーの手がかりを持っているかもしれないということだ。

 雲を掴むような話ではある。だが、なんの手がかりも得られなかったこの一ヶ月に比べれば雲の全体像が見えたようだ。

 

「おやっさん! お茶如何ですか!」

「お、気が利くなぁコールソン。一杯もらうとするか!」

 

 同じく、夏服に身を包み巡査から巡査長、即ち"モンスターボールクラス2"に階級章を付け替えたエイミーがギリアムに言った。

 エイミーはそのまま冷蔵庫ではなく、棚の上のポットからお湯を出し始めた。

 

「……冷てェお茶じゃねえのか」

「うえっ!? アイスの方が良かったですか!?」

「こんだけクソ暑い日に熱々のお茶なんか飲めねェよ」

 

 居室の中で笑いが起きる。渋々自分が入れた熱いお茶を飲むエイミーだったが、冷蔵庫から冷たい方のお茶も出しギリアムに差し入れる。

 アシュリーもまたアストンと資料の確認、エイミーは他の職員にお茶汲み。ギリアム組はデスクワークという意味で忙しさに追われていた。

 

 ギリアムが現れてからおおよそ二時間、時計の針が正午を指すかというタイミングで一課の居室の扉が開いた。

 

「おぅい、ギリアムや~い! いるかァ~?」

「不在でーす、本部長様は本庁にお帰り下さーい」

 

 一課の部屋に現れたのは巨躯。190cmはあろうかという大男が満面の笑みで訪ねてきたのだ。それをギリアムはさらりと一蹴するが大男はめげない。周りの刑事はカラカラと笑っている。

 

「いるじゃあねえか、ちょうど良かった。お前んとこのカワイコちゃんちょっと貸せよ」

「そうか、わかった。アストン、お前行け」

「ギリアムよぉ、お前の冗談は好きだがそりゃあねェだろ」

 

 大男がギリアムに対してネチネチと文句を言う。二人の間柄を知る職員たちがどんどん笑いの渦を大きくしている。そんな中、エイミーやアシュリーなどの新人職員だけがぎこちない佇まいだった。

 

「可愛い新人ということで一つ、どうでしょう」

「おお、フレックスのせがれの割に冗談がイケる口か! 奴さん仕事は丁寧だが、硬いからよォ」

「それで? 天下のPG本部長デンゼル様がこんなところでなんの用だ?」

 

 本部長――デンゼルがアストンに対して絡みだすのを見越してギリアムが切り出した。するとデンゼルは用事を思い出したように手をポンと打つ。

 

「そうそう、これからちょっとリザイナシティまで出るからよ。お前んとこの美人警官二人借りていこうと思ってな」

 

 デンゼルがそう言うとアストンがアシュリーとエイミーの方を見る。二人とも美人と言われて悪い気はしないのか顔が少し緩んでいる。アシュリーはアストンの視線に気づくとキッと彼を睨み返した。睨まれた理由がわからずアストンは首を傾げる。

 

「だそうだ、ホプキンスにコールソン、どうだ?」

「……本部長命令とあらば」

「わ、私もお供します!」

 

 二人が外出の準備を進める。そういえばデンゼルはリザイナシティに行くとは言ったが、具体的にどこへ行くかは言っていなかった。気になったアストンがそれを尋ねてみる。

 

「あー、そうさな……学校だ」

 

 しかし今までの元気な姿はどこへ行ったか、デンゼルは少しだけバツが悪そうな顔をしながら答えた。気乗りしない用事なのか、それとも別の理由があるのか。わからなかったが今この場で尋ねるのは不躾だと思い、質問を打ち切った。

 それから程なくしてアシュリーとエイミーがデンゼルに着いて出ていく。一課の居室から一気に華々しさがなくなり、夏の最後の悪あがきのようなむさ苦しい空間が出来上がる。

 資料整理にもだいたい目処が立ち、アストンが小休止を挟もうと思ったタイミングで、ギリアムが立ち上がった。

 

「あー、ヤマちゃん。ちょっと出てくるわ」

「了解です、車用意しておきますね」

 

 先程のデンゼルのように、少しだけバツが悪そうな顔をしながらギリアムが言った。その真意を察してか、ヤマは何も言わずに車の用意を進める。

 

「ギリアムさんも外出ですか?」

「おう、ちょっとな……そうだアストン。休憩がてら、お前さんもついてこい」

「自分もですか? わかりました」

 

 またも、上司に理由の説明も無く同行を要求される部下。アストンは外行きの支度だけ済ませるとひんやりとした地下駐車場でギリアムが運転するパトカーに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 場所は変わり、ペガスシティから少し南下した場所にある街、リザイナシティ。

 ここは施設に限らず、街の至るところが現在ラフエルにおいての最新技術を用いて作られた、いわば電子の街だ。

 

 そんな最先端を行く街が行っているのは幅広い人材育成だ。とりわけ、トレーナーズスクールの数はこの街の中でも百を軽く超える。そしてその中でも有数の名門校こそが"リザイナトレーナーズアカデミー"である。

 エイミーはデンゼルに引っ付いて校舎の中に入っていった。アシュリーは校舎を見上げると、その上に輝く太陽の眩しさに目を細めた。

 

 別に母校というわけではない。だが、いったい本部長が自らやってくるような用事が、この名門校にあるというのだろうか。アシュリーは訝しんだ。

 ひょっとしたら何かしら、公に出来ない事件が起き、それがデンゼル絡みの事件だった可能性だ。

 

「考えても仕方ない、か」

 

 独りごちるとアシュリーも小走りで二人の後を追いかけた。そして、数分後になぜトレーナーズアカデミーに出向したのか、思い知ることとなった。

 

 

 

 

 

「――――はい、おじさんのあまり長い話は嫌われちゃうのでここまでにしまーす」

 

 マイクで拡散されたデンゼルの冗談に生徒たちがクスクスと笑い出す。デンゼルは普段朗らかな中年というイメージが強い、冗談を口にすれば相手の注意を引くし警戒心も和らげる事が出来る。相手がまだ年端もいかない子供相手なら尚の事だ。その側でアシュリーは頬を引くつかせていた。

 

 デンゼルが学校にやってきたのは、夏休みの防犯講習のためだったのだ。アシュリーやエイミー、捜査一課のメンツを連れてきたこともそうだが、まず本部長の仕事ではない。

 自分の話を手っ取り早く済ませたデンゼルはにっこり笑いながらマイクをエイミーに向かって放り投げた。突然マイクを渡されたエイミーがパニックを起こした。

 

「こ、ここ、こんにちは! 今日は暑いですね!?」

 

 少女のようにマイクを両手でギュッと握りしめ必死に言葉を紡いでる様は可愛げがあった。視界に入る男子のほとんどがエイミーに視線を送っているのが雰囲気でわかった。

 

「エイミー、落ち着け」

「は、はい……今、こっちのおじさんからお話があったように、皆さんこれから夏休みですね! いいなー夏休み、お巡りさんは毎日忙しいのでみんながちょっと羨ましいです」

 

 大人になって手に入れた責任に釣り合わない犠牲の尊さを噛み締めながらエイミーが語りだした。

 

「夏は日が落ちるのが遅いからって、遊んでばっかりじゃダメですよ? ちゃんと太陽が出てるうちにお家に帰ること! お姉さんと約束できますかー?」

 

 エイミーが生徒たちにマイクを向ける。すると疎らだが大きな返事が返ってきた。エイミーが満足そうに微笑むと、アシュリーにマイクを手渡した。

 アシュリーは話すことが特に思いつかなかった。言うべきことは既に前の二人が言ってしまったからだ。ここで念押しするように同じことを言ってしまうと返って意味がない。

 しかも、アシュリーはコミュニケーションを取るのが苦手だ。アストンのように気を使って相手のパーソナルスペースに入り込んでいくタイプが相手でなければ冷たい印象を与えかねないのだ。

 

「……私からは一つだけ。最近、他の街だが、トレーナーズスクールの中等部や高等部の生徒が非行で補導されることがある。夏という季節は確かに浮かれてしまうものかもしれない。だからといって、遊び半分で悪行に手を染めないことだ。ちょっと悪いことをしてみるのがカッコいい、ということはまずない。諸君……んん、みんながそういうことをすると言ってるわけじゃない。ただ悪いことをして、巻き込まれたって言い訳は出来ない。より良い進路のため、推薦をもらいたい人もいると思う。今だけの火遊びと思って、人生に関わる大火傷を負わないよう、各自できちんと考えて夏休みを楽しんでほしい」

 

 じっとりと暑い体育館の温度が幾ばくか下がったような気がした。何か不味いことを喋ったか、とアシュリーが不安がるがデンゼルが後ろ手にサムズアップとウィンクで応える。

 マイクが戻り、再び教師によって進行する。デンゼルは二人に着いてくるように合図し、壇上を降りた。教師陣の隣で式を見守っていると、夏休みに向けた諸注意は終わり表彰式が始まった。

 

 前期中にクラブ活動などで優秀な成績を残した生徒が壇上に呼び出されていく。

 

『続きまして、先月開催された"リザイナシティポケモンバトルトーナメント"において優秀な成績を収めた生徒を紹介します。ユーリくん、壇上へ』

 

「……はい」

 

 小さな声だった。だが、周りの無音も合わさってかやけにはっきりと聞こえた。中等部の男子生徒にしてはやや高い背にややくすんだ茶髪、どこか憂いを秘めた顔の生徒が壇上に姿を現した。

 その時だ、明らかにデンゼルが目を伏せるような、やりきれなさを含んだ仕草を見せた。デンゼルの前の方に位置しているエイミーにはわからなかったようだが、後ろに控えていたアシュリーにはそれがわかった。

 

 デンゼルのそれはまるで自分の非をまざまざと突きつけられている、犯人と同じ仕草だった。

 

『ではユーリくん、コメントを』

「……優勝できて良かったです。と言っても、対戦相手との相性が良かっただけかもしれないですけどね。ひとまず、応援してくれた友達に感謝です」

 

 受け取った賞状を見せるようにしてユーリと呼ばれた少年が壇上に校長と並び立つ。広報部の生徒が一斉にカメラのシャッターを切る。炊かれるフラッシュを意に介さず、少年は壇上を降りる。

 あまりに淡白なコメントだったゆえに、首を傾げるエイミーに隣に立っていた教員がそっと耳打ちをした。

 

「彼、うちのバトルクラブに所属してるエースなんです。成績も良く、普段は人当たりも良いと評判なんですけど、今日は緊張してたのかな」

「はえー、すごいですね。ところでバトルクラブというと、"ケイティ・コールソン"という生徒が所属してるはずなんですけど」

「え? あぁ、はい。確かに所属していますね。しかし、なぜです?」

「私の妹なんですよ、あの子。いつもお世話になっております先生」

 

 アシュリーはそんな話を小耳に挟みながら、そう言えばいつかに「妹がいる」とエイミーから話を聞いていたことを思い出していた。同時に隣のデンゼルの様子もまた気にかかった。

 表彰式も終わり、生徒たちがそれぞれ自由に解散する。すると鉄砲玉のような速度で栗毛の髪をした少女がエイミーの元へやってきた。

 

「お姉ちゃ~ん!」

「ケイティ、久しぶり! 元気だった?」

「うん! わたしも、ポケモンたちも元気だよ!」

 

 エイミーよりわずかばかり背が低いケイティがエイミーに突進するように抱きついた。するとケイティの腰のボールから"マッスグマ"と"オオタチ"が出てくると、エイミーに「頭を撫でろ」とばかりに頭部を足に擦りつけた。ケイティはノーマルタイプのポケモンを特に好み、これらのポケモンは元々エイミーのポケモンだった子を譲渡したのだ。しかしマッスグマもオオタチも、残る二匹のポケモンもケイティの言うことを無視したことは一度としてなかった。

 

「ケイティは"ポケモンバトルトーナメント"、どうだったの?」

「う……に、二回戦敗退……」

「初戦は勝ったんだ! えらいえらい! よしよし!」

 

 マッスグマとオオタチを撫でる手を止め、ケイティの頭を思い切り撫で倒すエイミー。そんな様子を先程の態度とは一変、いつもの軟派男の態度で見守るデンゼルがふと漏らした。

 

「家族愛、よきかな」

「本部長、鼻の下が伸び切っていますが」

「いいじゃないの、俺ちゃん女の子同士の絡み合いにも理解ある方だから」

「セクハラですよ」

 

 アシュリーがデンゼルの脇腹を抓る。笑顔を崩さないが身体を捩って痛みを訴えるデンゼルをエイミーとケイティはキョトンとした目で見ていた。しかしケイティはアシュリーの顔をまじまじと見つめると、あっと声を上げた。

 

「金髪にキレイなサファイアブルーの瞳、もしかしてあなたがアシュリーさん?」

「そうだが……何か?」

「いつも姉がお世話になっております、妹のケイティっていいます。それはもう本当に、お世話になってると思います」

「あー……」

 

 正直思い当たる節がありすぎた。アシュリーが曖昧な顔をしているとエイミーがショックを受けていた。するとマッスグマが腹部に隠し持っていたアイテムを取り出してケイティに手渡した。

 ケイティのマッスグマの特性は"ものひろい"。多岐にわたるアイテムを拾ってくるが、肝心のケイティに使い道がわからないものだったりする。そんなマッスグマが今回拾ってきたのはハンカチだった。

 

「ハンカチ……? 誰かの落とし物かな」

「お巡りさんの身内が拾うたぁ、こら面白い偶然も――」

 

 あったもんだ、とデンゼルは茶化すつもりだった。しかしそのハンカチに見覚えがあるのか、一瞬言葉に詰まった。今度ばかりはエイミーにもデンゼルの変化がわかったようだった。

 

「本部長、心当たりが?」

「ん? おうよ、このハンカチは俺が預かるわ。じゃあお嬢さんたち、おじさんはちょっと席を外すから、先に署に戻ってよし!」

 

 ケイティからハンカチを預かると、デンゼルはそれをヒラヒラと振ってその場を去った。体育館に残ったエイミーとケイティ姉妹の近況報告会が始まり、アシュリーは家族の前で普段とは違う顔を見せるエイミーの一面を観察していた。普段の慌てぶりなどからは想像もできない大人びたエイミーが見れるのはひょっとするとケイティが目の前にいるときだけかと思うと、少し得をした気がする。

 

 

 

 

 

 教室に戻って荷物を纏める生徒や、そのままロッカールームに向かってクラブ活動の準備をする生徒たちが散り散りに動き回るさなか、少年――ユーリは少しムスッとしたような顔をして小さい歩幅で歩いていた。

 手に持った賞状は夏の暑さにやられた手汗で少し形が歪みつつあった。額から汗が零れ落ちそうになり、慌ててハンカチを取り出そうとして後ろのポケットにいつもあるはずの感触が無いことに気づいた。

 

 ひょっとして落としたか、ユーリが周囲をキョロキョロと見渡す。しかしそれらしきものは落ちていない、集会の前に一度手を洗った時に使った。つまり講堂の中にある可能性が高い。

 そう思い、ユーリが踵を返して講堂に戻ろうとしたときだった。その時だ、入り口からスッと巨大な男が現れた。

 

「落とし物だぞ」

「…………」

 

 男――デンゼルがハンカチを差し出す。ユーリはというと、驚くほど無表情だった。ただ二歩足を進めて、ハンカチを半ばひったくるようにして取り戻すと丁寧に畳んでポケットへしまう。

 それだけで終わりだ、ユーリは来た道を戻ろうと振り向いた。しかしデンゼルはそれで終わりにはしなかった。

 

「そのハンカチは……人からの贈り物だろ。もっと大事にしろ」

「……関係ない」

 

 貰い物だろうと今の所持主は自分だ、ユーリが言いたいのはそういうことではない。もっと大きな、渦を巻いた複雑な感情だった。

 今度こそ終わりだ、話を強引にでも打ち切ってユーリはその場から立ち去ろうとする。デンゼルはその手を掴みそこねたが、ユーリが離れていく中せめて、と声を掛けた。

 

「ハンカチを拾ったのは俺じゃあない。ケイティちゃんだ、礼はきちんと言っておけ」

「ッ、そんなことまで指図される謂れはない……!」

「無いってことは無いだろ、俺はお前の――」

 

 デンゼルが言葉を紡げたのはそこまでだった。モンスターボールがリリースされ、そこから"カラカラ"が飛び出してくる。手に持った骨をブーメランのように投げ飛ばしてきた。カラカラやその進化系のポケモンが覚える【ホネブーメラン】だ。しかしカラカラは突然相手を襲うように命令され、ブーメランの精度が甘くなった。デンゼルはポケットから僅かに手を出し、同じくモンスターボールをリリースする。

 

 咆哮と共に現れ、カラカラが放った【ホネブーメラン】を受け止めたのはポケモン、"ガルーラ"だ。まるで大きさの違うポケモン同士が睨み合う。

 それはデンゼルとユーリ、トレーナーをも象徴してるかのような睨み合い。最初に口火を切ったのはユーリだった。

 

「俺はお前の()()……そう言いたいんですか? そんな言葉、一番聞きたくない!」

 

「……そうかい」

 

 ユーリが声を荒らげるとデンゼルは少し寂しそうに目を伏せる。ユーリの大声を聞きつけて講堂からケイティ、エイミー、アシュリーがぞろぞろと姿を現した。

 ギャラリーが増えたところで、ユーリの熱は下がらない。

 

「俺から、母さんを奪ったのは……アンタじゃないか。いまさら、父親顔出来るつもりかよ……!」

「……あれは仕方の無いことだった」

「仕方ない……!? 仕方ないって言ったのか……? じゃあアンタにとって母さんはなんなんだよ……いいや、聞くまでもない。アンタは母さんのことなんか、なんとも思ってないんだ」

 

 ボソボソと、怨嗟を紡ぐようにユーリが呟いた。そしてその言葉は、逆にデンゼルの琴線に触れてしまった。

 

「それは違う」

「違わない、じゃなきゃ……このハンカチを"人からの贈り物"なんて言い方するかよ。これは、アンタと母さんが選んだプレゼントだ!」

 

 せっかく丁寧に畳んだハンカチを乱雑に取り出し、悔しそうに握りしめるユーリの目尻で涙が光った。その時だ、カラカラの被っている骨が、その名の通りからからと音を立て始めた。

 カラカラというポケモンは、死んだ母親の骨を被っている。彼が泣く時、その骨が音を立てるのだ。

 

 ユーリはまさに、カラカラというポケモンそのものだった。いつまで経っても進化しない、カラカラのままの人間だ。

 

「……今は何を言っても無駄か。わかった、今は俺のことをどう思おうが構わない。だが、俺が"ナターシャ"やお前をなんとも思ってないなんてことは絶対に無い。それだけ言っておく」

 

 そう言うと、ガルーラをボールへ戻しその場を立ち去るデンゼル。肩で呼吸し、激情を顕にしていたユーリだったが標的がいなくなったことで呼吸を整えるとその場面を見られていたやりきれなさか、逃げるようにその場から去った。

 

「ケイティ、追いかけないの? 友達なんでしょ?」

「うん、でも……今いかなきゃいけないのは、こっちだと思うから」

 

 エイミーがケイティを促すが、ケイティが向かったのはデンゼルが去った方向だった。エイミーとアシュリーは慌ててケイティを追いかけた。

 デンゼルは駐車場の車に向かっていた。大きい割に寂しげなその背中を、ケイティが呼び止めた。

 

「おじさん!」

 

「ん、あぁ……いやぁ、恥ずかしいところを見せたねェ。どうも、こういうのは苦手だ、ガハハ」

 

 声を上げて笑ってみせるが、やはりいつもの元気は無い。そんなデンゼルに向かって、ケイティは頭を下げた。

 

「ごめんなさい、わたし……あのハンカチがユーリくんのだって、知ってたんです。知ってて、おじさんに渡したんです」

「ほう? ってーと、君は……」

「はい、ユーリくんとおじさんが家族だって言うのも、ずっと前から知ってました。というか、最初に会った時ついそれを聞いちゃって、すごい怒られちゃったんです。無神経でしたね」

 

 やはりユーリにとって自分の話は触れてほしくない話なのか、デンゼルは深いため息を吐いた。しかしケイティは「でも」と続けた。

 

「ユーリくん、こうも言ってました。「父さんが悩んだ末に出した結論だっていうのはわかってる。わかってるからこそ、わからない」って。ユーリくんも悩んで、ここにいるんだと思います。もう少しだけ待ってあげてください、前を向こうと頑張ってるのはおじさんだけじゃないと思うから……」

 

 言葉尻に行くに連れてケイティの言葉がどんどん萎んでいく。今のやり取りを見たら尚更だ、けれど伝えなければならないとスカートの裾をキュッと握りしめながらでも言葉を紡ぐケイティにデンゼルは思わず面を食らう。やがてケイティがデンゼルの返事を待つ中、先ほどとは違うため息を吐いて、デンゼルは笑った。

 

「あいつ、親はこんなだけど友達には恵まれたみたいだな……良かった良かった。うん、安心したよ。これからも息子をよろしく、お嬢ちゃん」

「いつもお世話になってるのはわたしですけどね、アハハ」

 

 それだけ言い残して、ケイティは一礼して早足で去っていった。途中エイミーに向かって手を振って別れていったのを、デンゼルは見逃さなかった。

 

「本部長、さっきの子は……」

「おう、俺のせがれだ。あ、セクハラじゃないよ? セクハラじゃないからね」

「わかってます、わざと言ってませんか」

 

 ケイティのおかげですっかりいつもの調子を取り戻したデンゼルが軽口を叩くが、それをジトリと睨むアシュリー。三人は車に乗り込み、ペガスシティに戻る最中デンゼルは口を開いた。

 

「昔、つっても数年前か……"ラジエスシティ"のデパートで起きた立てこもり事件、知ってるかな」

「えぇ、あのときはまだ候補生でしたがタイムリーな事件でしたので授業で扱われることもありました」

「犯人は奪った拳銃とポケモンを凶器にデパートの買い物客を人質に取って立てこもった。幸い、怪我人はいなかった。尤も()()()()、だが」

 

 思い出す。否、忘れたことなど一度もない。

 当時その事件で指揮を取ったのがデンゼルであり、唯一の死傷者が妻"ナターシャ"だったからだ。

 

 暖かった家庭は、その日を境に崩壊した。食卓からは言葉が、リビングからは笑い声が、そしてユーリから笑顔が奪われた。

 デンゼルにとっても、あの指揮は苦渋の決断だった。ああすれば、こうしていればナターシャは助かったのではないか、そういう考えがふとした時によぎるのだ。

 

「そンでよ、俺ちゃんはあいつの言う通り父親面する資格あんのかって思っちまって半ば厄介払いするみたいに、ユーリが学校の寮に入るっていうのを許した」

 

 それが良くなかったのかな、と明るく困った顔をするデンゼルだったが、女子二人は返事に困ってしまう。わざとらしい咳払いをしてデンゼルは続けた。

 

「けど、あの子……ケイティちゃんだったか。あの子がユーリの友達で良かったと、本当に思ってるよ」

「なんてったって、自慢の妹ですから!」

「本当にな、ハハハ!」

 

 夕暮れ時、車の中で豪快な笑い声が響く。隣で聴いてるアシュリーも、今だけはと咎めずにただ窓の外を眺めていた。

 もうすぐ水平線に夕日が沈む。それはまるで、丸い涙の雫が水面に落ちるかのように素早く、物哀しい。

 

 

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