ポケットモンスター虹 ― Where is Justice ―   作:入江末吉

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第八話:親と子②

 

 デンゼルとアシュリー、エイミーのリザイナトレーナーズアカデミー防犯講習組がちょうどリザイナシティに向けて車を進めている頃。

 ペガス署を昼休憩という名目で抜け出したギリアムとアストンは、ギリアムの運転するパトカーでとある病院まで来ていた。

 

「ペガスカレッジ総合病院……?」

「あぁ、お前さんに紹介しときたいやつがいてな」

 

 そこはペガスシティの中でも随一を誇る大病院だった。近隣のリザイナシティが掲げる最新技術の一端、即ち医療器具やその他のハイテクマシンをリザイナシティ以外の街で運用することが可能かの検証が行われている病院でもある。それゆえ、治療費や入院費も馬鹿にならないがペガスシティがPGのお膝元ということもあり、警察関係者は比較的リーズナブルに利用することが出来るのだ。

 

 病院内は暑くもなく、かと言って肌寒いほど涼しいというわけではない。程よい快適な温度と湿度が保たれ、アストンの額にじわじわと湧き出つつあった汗は次第に引っ込んでいく。

 ギリアムは受付に手慣れた様子で話をつけると、アストンを引き連れてエレベーターに乗った。アストンはロビーでちらりと確認した階数表を頭の中で反芻した。ギリアムが押したのは4F、四階のボタンだ。そこは表によれば一般の入院患者用フロアで、警察関係者等が収容される特別医療棟ではない。

 

 つまりギリアムが会わせたい人間というのは警察関係者ではない。いや、ある意味では警察関係者と呼べるが。

 

「着いたぞ」

「"ミリシャ・カーディ"……娘さん、の病室ですね」

「あぁ、時折様子を見に来てる」

 

 低く、くぐもった声を口の中で噛み砕くようにギリアムは言った。そして部屋の戸を二回ノックすると、今までの辛気臭さがウソのように陽気な雰囲気を醸しながら部屋へと入った。

 

「ようミリシャ、調子はどうだ」

「……あ、お父さん。気分はいいですよ」

「そうか、そいつぁ良かった」

 

 そう言いながら、ギリアムは部屋の外で待機しているアストンに「来い」と小さく手招きをする。恐る恐る入室したアストンが見たのは、ベッドの上で目の上に包帯が巻かれた女性の姿だった。

 およそ目測で、歳はエイミーと同じかそれより少し若いくらいの女性だ。ハイスクールの生徒と言われれば納得してしまうだろう。

 

「あら? 今日はどなたかいらっしゃってるの?」

 

 アストンは驚いた。足音を消して入室したというのに、女性――ミリシャはこの場に二人の人間がいると感知した。視覚を無くした人間は聴覚や嗅覚が発達すると言われているが、ここまでとは思わなかった。

 

「おぉ、ほれお前が前々から会いたいとせっついてきた俺の部下だ」

「初めまして、ミリシャさん。ボクはアストン・ハーレィ、ギリアムさんの部下で、階級は――」

「まぁ! アストンさんって、あのアストンさんね? そうでしょう、お父さん?」

 

 自己紹介を熱に浮いた声で遮られ、アストンが面食らう。ギリアムがこっそり耳打ちで「以前、お前さんのことを話したらご執心でな」と教えてくれた。アストンは頬を指先でかくと苦笑混じりに微笑んだ。

 

「こちらこそ初めまして、ミリシャ・カーディと申します。いつも父がお世話になっております」

「いえそんな。いつも世話になっているのはボクの方ですよ」

「いっつも「警部って呼ぶな」って部下の人を困らせているんでしょう? PGは規律の厳しい組織なのに、お父さんったら」

 

 バレてますね、とアストンが笑いかけるとギリアムもまた困った顔でアストンの背をバンバンと叩いた。それからとりとめのない話をしながら、アストンは過去に閲覧したミリシャの事故の資料を思い返していた。

 

 

 今から二年前、当時ジュニアハイスクールの生徒だったミリシャが下校していたときだった。その日は創立記念日だったらしく、学校自体は昼間には終わっていた。

 同時刻、数十キロ先のゲームセンターの景品所が強盗に襲われ、景品のポケモンたちが盗まれた。強盗はポケモンバイヤーであり盗んだ車で暴走、下校途中だったミリシャを撥ねそのまま逃走。

 幸い、ミリシャは一命をとりとめたものの事故の際に眼球を傷つけてしまい、徐々に視力が失われていく病を患った。

 犯人たちはすぐにギリアム率いる捜査一課によって逮捕された。

 

 もう少し、何かのタイミングさえ違えばミリシャが事故に遭うことはなかったのだ。それは当人も、ギリアムさえ抱いている悔恨だった。

 

「アストンさん、もしよろしければ職場での父の話を聞かせていただけませんか?」

「お、おいミリシャ。アストン、ダメだぞ喋っちゃ」

「えぇ、いいですよ。何から話しましょうか」

 

 やれやれ、というジェスチャーでギリアムが肩を竦める。アストンはミリシャのベッドの横にある椅子に腰掛けると、話題を探すようにギリアムの方を一瞥する。

 

「まず朝は遅いですね。所謂、重役出勤というやつです」

「むぅ、お父さん? 仕事の時間にはきちんと職場に着いてないとダメじゃないですか」

「へいへい、次から気をつけます……だ、だけどよぉ! 俺は室長だぜ? ちょっとくらい遅れた方が部下も気を張らなくて済むと思ってだなぁ……」

「ダメです。アストンさん、もし今度父が遅刻したら、ご連絡ください」

 

 ギリアムがアストンの肩に手を置き、首を横に振った。これは連絡先を交換するなという静かな圧力だったが、アストンには伝わらなかったらしい。アストンは職務用に支給されているポケギアの番号をミリシャの手のひらに指で書く。たった一度だったが、ミリシャは正確にアストンのポケギアの番号を正しく復唱してみせた。

 

「すごいですね、ボクは同じことをされても一度で覚えきる自身がありません」

 

 アストンがそういうとミリシャは照れくさそうに顔を手で覆う。こうしてアシュリー・ホプキンスのような女性が量産されていくのか、とギリアムは半ば呆れるような目つきでアストンを眺めた。

 そうして、アストンから見たギリアムの人物像をミリシャが聞き、コメントをしていく。そんな様を数時間ほどギリアムが眺めていた。そうしているだけで太陽が傾いていく。

 

 本来なら今日は休暇ではない。昼休みを利用してミリシャに会いに来ただけだ、本当ならば署に戻らなければならない。

 しかし直属の上司であるギリアムが戻らないのなら、アストンはそれに同行しているだけだ。したがって、戻る必要は無いのだ。まるで屁理屈のようだ、ギリアムの元で働いているうちに彼の感性が自分にも染み付いたか、とアストンは妙に嬉しくなった。

 

「お父さん、私少し外に出たいです」

「そうか、どれ……よっこらせ、っと」

「もう、お年寄りみたいですよ」

「無茶言うない、俺ぁ来年で定年だぞ」

 

 ミリシャを抱えて車椅子に乗せると、それだけで一苦労と言った仕草を見せるギリアム。時々忘れそうになるが、彼はもう定年退職間近の老年刑事なのだ。さらにここ数日はずっとネクスシャドーと関係のありそうなポケモンバイヤーの取り調べに同行しているという、身体にガタが来ていてもおかしくない。

 

「ギリアムさん、ボクが押しますから」

「そうか、そらぁ助かる」

 

 車椅子を押して病室を出ると来たときとは別の、担架搬入用大型エレベーターで降りる。下の階ともなるとロビーがあるため、患者やその関係者たちがごった返している。人々の雰囲気を感じ取り、ミリシャが少し寂しそうな顔をした。ここは病院だ、ロビーに人が多いということは病んだ人や傷ついた人が多くいる、ということだ。そういう些細な、人によっては全く感じないことで心を痛めるほど、ミリシャは心優しい子ということなのだろう。

 

 外に出ると空がややオレンジ色に染まりつつあった。病院内の快適さが段々と遠ざかり、夏の夕方の暑さが近寄ってくる。

 ギリアムが手でひさしを作りながら、太陽を鬱陶しげに睨んだ。

 

「しかしよぉ、夕方つってもまだ暑いぞ。なんだって、わざわざ外に出るんだ?」

「病院の中は少し光が寂しいので……外なら、まだこの目でも光を感じることが出来るから」

 

 その言葉に、アストンは息が詰まった。事故から二年、徐々に視力が失われていくというのはどういう気分だろうか。

 見えていたものが、見えなくなるというのはどれだけ恐ろしいことだろうか。自分に当てはめた時、夏の暑さを置き去りにするほどの寒気を感じた。

 

 アシュリーの顔を思い出す。徐々に光が失われて、彼女の顔を認識できなくなったらと思うと恐ろしかった。

 そしてそれは実際にミリシャが感じた恐怖のはずだ。包帯を外しても、彼女はもうはっきりとはギリアムの顔を認識できない。

 

「ダメだダメだ、暑くてかなわん。ちょいとタバコでも吸ってくるかな」

「もう、なるべく敷地内で吸わないようにね」

 

 へいへい、と気のない返事をしてギリアムがタバコの箱から一本取り出し、口に咥えてその場を去る。

 完全に二人きりになると、自然と言葉が止まった。二人の共通項はギリアムだ、彼がいなくなれば途端に他人に戻ってしまう。ふと、アストンは口を開いた。

 

「アストンさん、さっきの話の続きをしませんか?」

「続き、ですか? でもギリアムさんの話はだいたいし尽くした感じがしますが」

「そうですね……では、アストンさんの同僚さんはどういう方がいるのでしょう。父はアストンさんのことばかり話すので他にどんな方がいるかはあまり知らないんです」

 

 初耳だった。ギリアムはそこまで自分のことをミリシャに話していたのか、とアストンは目を見開いた。それならば、今日アストンが来たというのはさぞ彼女にとってサプライズだったことだろう。

 

「捜査一課はギリアムさんを室長に、ヤマさんという室長代理がいて、その他の職員にボクが含まれてます。市民の方から通報を受け事件性ありと判断されればボクたちが現場に出ます」

「確か、アストンさんは父のチームにいるんですよね?」

「えぇ、ギリアム組とか呼ばれていますが。ギリアムさん、ボク、そしてアシュリーとエイミーという四人からツーマンセルで捜査を行います。所謂現場に突入する係ですね、他の一課の方は他の部署と連携を取って検問や路上封鎖の手続きを行ってくれてます」

 

 思えば、基本的にアストンはエイミーと組んで捜査を行う。そのため、アシュリーやギリアムとはあまり組まないのだ。ギリアム曰く、考えがあるそうだがそれを聞いたことは一度もなかった。

 近い内に尋ねてみようか、アストンが思案していると今までの熱に浮いた声音ではなく、願望を囁くようなか細い声音でミリシャが呟いた。

 

「私も、PG志願生だったんです。ジュニアハイスクールを出たら、すぐ候補生になるつもりだったんですけど」

「ミリシャさんは記憶力がいいですからね、きっと良い刑事になれたと思います」

「ならいいんですけど、結局はこれです」

 

 ミリシャはそう言って自分の顔に巻かれている包帯を指さした。アストンは言葉に詰まり、どう声をかけるか戸惑っていた。するとミリシャは包帯をゆっくりと外し始めた。

 スルスルとスムーズに解かれた包帯、その下から現れた美麗な顔は沈痛な面持ちに支配されていた。

 

 ゆっくりと目を開くミリシャ。だが、焦点は正面にいるはずのアストンを外していた。

 

「目の前にいるのがぼんやりとわかるくらいしか、もう見えないんです。手術すれば治るかもしれないって、二年前から言われているんですが」

「やはり怖いですか」

「もちろん、とても。手術が失敗に終わって、光を感じられなくなった時どう生きればいいのか、そう思うと決心がつかないんです」

 

 ミリシャが目を伏せる。アストンは掛ける言葉が見つからないまま、周囲を見渡していた。その時、建物の陰に人の気配を感じた。アストンはそれが気がかりでモンスターボールからロゼリアを喚び出す。

 

「ロゼリア、彼女を頼む。ミリシャさん、少し席を外します」

「はい、お気になさらず」

 

 その場を離れ、足音を消しながら人の気配を感じた建物の陰へと近づく。しかし、アストンにはもうその気配が誰のものか察しがついていた。

 

「ここは喫煙所じゃありませんよ、警部殿」

「……バレてたか」

 

 あえて「警部殿」と呼ぶことで小言を誘発したつもりのアストンだったが、ギリアムはそんな余裕もなくただただ黄昏れていた。彼の足元には先程咥えていたはずのタバコが転がっていたが、火はつけられてなく、まるごと一本のまま踏み潰されたような形だった。

 

「どこから聞いてましたか、っていうのは野暮ですね」

「わかってるなら言うんじゃねえよ……」

 

 イライラを吐き捨てるようにギリアムはもう一本のタバコを咥える。だが、火をつけることはしなかった。それはミリシャの「敷地内では吸わないこと」を頑なに守っているように思えた。

 

「手術にかかる費用、それほどまでなんですか」

「あぁ、眼だけじゃなく脳に関わる手術になる。執刀経験のある医者なんざ探してもほいほい見つかるもんじゃない。だからって、あいつが諦めにゃならん理由にはならん……」

 

 警部クラスの給料は、せいぜいがトレーナーズスクールの教師より幾ばくかマシな程度だ。ギリアムが手も出ないというのなら相当な額だろう。

 だがアストンもまた、ギリアムがここぞという場面では諦められない男であることを知っていた。

 

「なぁアストン、一つ頼みがある」

「内容によります」

「そう怖い顔するな、簡単なことだ」

 

 ギリアムは結局火をつけなかったタバコを箱に戻すと後ろのポケットへ潰れるのも構わず押し込むと、立ち上がってアストンを見下ろした。何を言おうか、最後まで悩んでいる風だった。

 

「……今日のことは他言無用。もちろん俺がここで盗み聞きしたなんてのもだ、刑事が盗み聞きなんて風評に関わるからな」

「善処します」

「そこは徹底しろぃ、上司の命令だぞ」

 

 一瞬でいつもの調子を取り戻したギリアムがまるで子供にそうするように、アストンの頭を乱雑に撫で乱す。グシャグシャの頭になったアストンを見て、ギリアムは「ふむ」と唸った。

 

「さて、長居しすぎたな。そろそろ戻るぞ」

「了解です」

「硬ァい、そこは「わかりました」でいいんだよ」

 

 アストンの肩を軽く小突くと物陰から何事もなかったかのようにギリアムはミリシャの元へと戻った。二人で話している分には、あの弱音を吐いていたギリアムの面影は一切ない。

 ざわつく胸中を他所に、アストンも二人の元へと戻った。

 

 席を外した言い訳は、手洗いに言っていたと適当なウソを吐いて。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 太陽が沈み、月が現れる。ペガスシティもそれなりの貌を見せるようになる頃ギリアムはいつも利用している隠れた飲み屋の暖簾を潜った。

 他所の地方から取り入れた引き戸がガラガラと大きな音を立てる。店の主人が申し訳無さそうな顔で出迎えた。

 

「ごめんなさいねぇ、今日は貸し切りでって……あらアムちゃんじゃない」

「わりぃな、一杯呷りに来た」

「だってさ、デンちゃんいいよね?」

 

 主人がそう尋ねると既にカウンターで強い酒を浴びるように飲んでいるデンゼルが大袈裟に頷いた。ギリアムがデンゼルと椅子を一つ開けてカウンターに座る。「いつもの」で通じるほどギリアムは決まった銘柄の酒しか頼まない。そして奇遇なことにそれはデンゼルも一緒だった。

 

「お前がヤケ酒たぁ珍しいな」

「……お前が飲みに来たのと一緒でぇ」

「なるほどな、納得だ」

 

 出てきた酒をグラスに注いで一口呷る。喉を焼くような度数の強い酒が意識をふわりと持ち上げ始める。返すように、ギリアムへデンゼルが問いかけた。

 

「お前こそ、ここに来るってことはなんかあったろ」

「昼間、ミリシャのところへ行ってきた。アストンも一緒にな」

「そりゃ気が気でねーわな。フレックスんとこのせがれだ、モテるだろ」

「俺は真面目な話をしてんだ」

 

 既に酒が回ってるせいかそういう冗談を持ち出すデンゼルだったが、ギリアムが肩を小突くとすぐさま笑みをしまう。自分のグラスの中身を一気に飲み干すとデンゼルは深いため息を吐いた。

 

「ひとまず、ユーリのヤツはうまくやってるようでよ。お前んとこのエイミーちゃん、の妹が仲良くしてくれてるみたいでな」

「そう思うならもう少し一課の給料上げろ」

「それとこれとは話が別だろうよ」

「んで、ユーリお坊ちゃんがうまくやってるってわかって、なんでやけ酒かっくらってんだ」

 

 グラスの中のロックアイスを光に透かして揺らしながらギリアムが尋ねる。それにグラスになみなみと酒を注ぎ足しながらボソボソと、いつものデンゼルとは違う殊勝な態度で応えた。

 

「ナターシャの件から、もうだいぶ時間が経った。あいつも大人になったんだが、そのせいで余計拗れてきたと思ってな」

「相手の気持ちを汲み取れる年頃か」

「そうだ。俺がナターシャを切ったのは……あぁ、仕方のないことだった。認めたくねェけど」

 

 デンゼルはギリアムに余計なことを話さない。なぜなら、その事件が起きた時デンゼルが編成した地上からの突入部隊の中にはギリアムがいたのだ。

 そして、犯人の凶弾からユーリを庇って倒れるナターシャを目撃したのも、その時救うことが出来なかったのもまたギリアムだった。

 

 母親の血に塗れるユーリを保護した時の気持ちは今も忘れていない。どんどん背が高くなるユーリを見かけるたび、ギリアムは罪の意識に苛まれていた。

 だがそれを口にしたことはない。後の祭りと切り捨てたわけではないが、口にしてどうにかなる問題ではないのだ。奇しくも、ミリシャの件がそうであるように。

 

「怒られちまったよ、「アンタは母さんのことなんかどうでもよかったんだ」って。気を使って言葉を選んだのが仇になっちまったなぁ」

「むしろお坊ちゃんはお前が()()使()()()()()ことが気にかかってるんだと思うがなぁ」

「そういうもんかぁ~……親子ってのぁ難しいなぁギリアムよぉ」

 

 もはやグラスなどいらないという風にデンゼルが瓶に入った酒をそのまま口に突っ込んで豪快に飲みだす。主人が驚き、慌てたがデンゼルは酒を一気の飲み干すと瓶をやや強めにテーブルに叩きつけた。

 

「旦那! もう一本!」

「その辺にしときなよ、アムちゃんが来る前からだいぶ飲んでたでしょ」

「かてぇこと言うない! この酒はこいつが来なけりゃ最後の酒になる予定だったの!」

 

 全く、と呆れながらも主人が同じ酒を持ってくる。渡された瓶の蓋を開け、ギリアムがデンゼルのグラスへと注ぎ入れる。自分のグラスにもその酒を注ぐと、デンゼルは驚いた風に目を見開いた。

 

「お前ェ……確か"シンオウマウンテンロック"嫌いなんじゃあなかったか」

「あぁ、強い酒はな……だけどよ、お前と酒盛りする機会が今後いつ来るかわかんねぇから、飲んどこうと思ってな」

 

 そう言ってケラケラ笑うと、ギリアムはデンゼルが好む酒を一杯口に流し込んだ。名前の通りシンオウ地方のキッサキシティ付近、つまり寒いエリアで好まれてるだけあり、飲んだ瞬間顔が火照るような感覚を覚える。デンゼルはそんなギリアムを横目に、ギリアムの残り少ないボトルの酒を自分のグラスに入れた。

 

「俺ちゃんは嫌いな酒とかねェからな。こいつが特別好きなだけで」

「さいで」

 

 デンゼルは一気飲みするようにグラスを空けると、首を傾げた。

 

「これジュースみてェ」

「知ってるか? それ、若い子たちに酒の席で言うと嫌われっぞ」

「マジでぇ?」

「マジ」

 

 深刻そうな愚痴が出尽くしたからかまるで酒を飲める歳になったばかりの若者のようなバカバカしい話で笑い合う。

 しかしそんな折、笑みを収めてギリアムが切り出した。

 

「もし、俺になんかあったらよ。ミリシャのこと頼むわ。今日アストンの奴に言おうとしたんだが、なんか癪でな」

 

「じゃあ俺ちゃんになんかあったら、ユーリのこと頼むからな。割と本気でよ」

 

 約束だ、とばかりにギリアムがグラスを突き出す。デンゼルはそれに対し、かち割れそうな勢いでグラスを叩きつけた。グラスとグラスがぶつかり、中のロックアイスがからんと小気味良い音を立てる。

 そして男たちは静かに、グラスの中身を空にする。

 

 静かな飲み屋から男たちの愚痴と泣き言が消えたのはそれからずっと後、日付が変わった後のことだった。

 翌朝になればこの心の曇天は晴れる。そして仕事へ向かうのだ。

 

 この地の民、その平和を守るために男たちは日々命を削っている。

 

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