土下座聖杯戦争   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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 月明かりの下に二つの幻想が織りなされる。

 

「シッー!」

 

「フン!」

 

 和装の少年と甲冑の男だ。

 十代半ばの東洋人。蒼い髪と瞳、同色の着流しと袴。手にはバンテージが指先から肘まで覆われていて、露出した胸からは心臓を中心に交差する十字傷が覗いている。

 対する男は全身を鎧で包んでいる。体格や時折漏れる呼気から性別は判断できるが、細かい年齢までは謎だ。鎧武者を彷彿とされる黒紫の鎧。所々に獣の毛皮のような装飾があり、頭部には耳のようなものまでもが生えていた。

 少年は無手であり、男が手にするのは巨大な禍々しい槍と盾だ。男の身長の倍はあり、半ばまで黒く、その先からは赤い槍と同じような色合いで二本の角らしきものが生えた男の全身を隠すほどに大きな盾。

 それを以て――二人は決闘を行っている。

 冬木の街、海沿いの廃工場。既に人払いの結界が済まされた空間にて、人外魔境を二人は体現していた。

 少年はただの少年ではなく聖杯戦争の為に召喚されたサーヴァントであり、男もまたただの男ではなく聖杯戦争のために召喚されたサーヴァント。

 アサシンとランサー。

 アサシンのマスターであるケイネス・エルメロイ・アーチボルトは廃工場群のどこかに潜んでおり、ランサーのマスター代理であるアイリスフィール・フォン・アインツベルンは彼らから少し離れた箇所にて戦いを見守っていた。

 

「オォーー!」

 

「……!」

 

 吠えるアサシンに無言ながらも尋常ではない覇気で迎え撃つランサー。

 アサシンの姿が消える。少なくとも観戦するマスターたちにはそういう風にしか見えなかった。実際はただの疾走だ。しかしそれは英霊としても破格の速度で行われ、人間が認識できるものではない。

 

「ハッ!」

 

 それをランサーは当然のように反応した。右手に持つ大槍を横薙ぎに振るう。無造作な動きはランサーの膂力と槍の巨大さも相まってそれだけでも武器になるであろう豪雨を纏った一撃となる。それをアサシンは身を低くすることによって潜り抜けた。横薙ぎのつまり線動きだということ。暴雨を纏って線というよりは棒のような攻撃範囲かもしれないが、その下を潜り抜けれなばいい話。少しでも目測を間違えれば体が粉々になりかねない一撃を前に、そんなことを当然のようにアサシンは実行した。

 

「セアッ!」

 

 拳を射出する。一瞬の間に放たれたのは十を超える双拳。ランサーが即座に盾を掲げて受け止めたとはいえ、ランサーでも十の衝撃が一度に来たように感じた。一息に放たれた連撃は当然続きがある。

 繋いだ。

 

「ォオ……!」

 

 腹からひねり出したような気合い。直前の連撃を防がれたことによる反発で下がった体を、もう一度地面を蹴りつけることで再射出。右腕は引き絞られるように振りかぶられ、拳は硬く握りしめらる。盾ごと粉砕しようとする一撃だった。

 それが解っていたからこそランサーはそれよりも早く盾をアサシンへと突き出した。

 

「!!」

 

 アサシンやランサーの身体と変わらない盾。それは一つの鈍器だ。それで押し付けるように、前に突き出す。ノックバック狙いの一撃だ。

 

「んにゃろッ」

 

 そしてアサシンは新たな動きを見せる。振りかぶった腕は今更戻せない。

 だから放ったのは前蹴りだ。ランサーのノックバックが完全に威力が乗る(・・・・・)よりも速く。すでに出だしを潰すことはできないが、それならば間に合った。右足が盾に激突し、即座にそのまま足首や膝を使い衝撃を吸収、左足も地面を蹴りつけながら跳躍し、

 

「!?」

 

 体を捻って衝撃を散らしながらもランサーの盾の一撃を飛び越える。

 これには兜の奥でランサーも驚いた。一瞬の驚愕であり、一秒にも満たない時間であったがアサシンは見逃さない。

 盾を超え、滞空するアサシンが五人に分裂した。

 

「ッ――」

 

 残像を持ちい、実体すら持つ分身術。ランサーの彼自身の洞察力からアサシンの分身が単なる体術であることを察し、

 

「グッ……!」

 

「ランサー!」

 

 だからこそ五人のアサシンから同時に叩き込まれた五撃を避けることはできなかった。背後でアイリスフィールが叫ぶ。腹に正拳、右脇腹に肘打ち、左脇腹には回し蹴り、背中には肩からの体当たり、右肩には踵落とし。一瞬にて放たれた攻撃は鎧に亀裂を入れ、ランサーは手から槍と盾を零しながら沈み、

 

「うぉおおお!」

 

 握り直した双剣(・・)を全方位へと放ちながら飛び上がった。槍とよく似た意匠の双剣だった。片方は刃が異常に分厚い。槍と同じで見るだけで気持ち悪くなるような禍々しさがあった。

 

「!?」

 

 螺旋の斬撃に四方にいたアサシンは切り裂かれ、唯一反応したのは踵落としを放っていた本体。双刃が届くよりも早くランサーの肩を蹴りつけて離脱する。飛び上がり、バック転を数度重ねて距離を取って、

 

 直後、アサシンの眼前に大気をぶち抜く弓矢が迫っていた。

 

「ッ――!」

 

 考えるよりも先に反応した。

 数は五。全く同一というわけではなく速度や威力にばらつきがあるが、しかし構っていられるものではない。やることは避けるか打ち落とすか掴むだ。

 全部行う。

 一本目は顔を逸らすことによって避けた。なまじ狙いが正確に頭部を狙っていたのとアサシン自身の技能によるものだ。

 二本目と三本目は両手の手刀で切り落とした。四本目と五本目を、

 

「とッ」

 

 手刀の二指で挟み込み、後方に投げ捨てた。

 

「――ふぅ……」

 

 長く息を吐きながら拳を構え直す。追撃の気配は、ない。十メートル近くの距離を開けてアサシンとランサーは向き合っていた。

 

「いやぁ、お前さん何の英霊だよ。ランサーだろ? 槍双剣弓って器用すぎるだろ」

 

「そういうお前は暗殺者ならば、暗殺したらどうだ?」

 

「趣味に合わなくてねぇ」

 

 マスターの趣味なのかサーヴァントの趣味なのか判断に迷うところだった。

  対峙する二人に緩みはない。アサシンは笑みすら浮かべ、ランサーは兜によって表情は見えないが隙は一切なかった。無手のアサシンはともかく重量級の武器を持つランサーの槍の切先も微塵も乱れることはない。気負っている様子は緊張感もない姿にはそれぞれのマスターたちも息をのまざるを得なかった。

 その武威精神共に。

 少なくともケイネスとアイリスフィールは死地に於いて笑みを浮かべることも、素面と変わらずに軽口を叩くことはできそうにない。

 勿論二人の主もなにもしないわけではなかった。アイリスフィールは分身攻撃で喰らったダメージを回復させ、ケイネスはアサシンとパスを介して念話を繋ぐ。

 

『アサシン、どうだ』

 

『ういうい。強いねぇ』

 

『ならば遊ぶな――宝具の限定仕様を赦す』

 

 その短くも解りやすい言葉に、アサシンは浮かべる笑みを濃くする。二つの拳を胸の前でぶつけ合わせ、

 

「――委細承知」

 

 全身が淡く瑠璃色に光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、少年のほうが動くねぇ」

 

 アサシンとランサーの戦闘を冬木大橋の観戦しているのは七騎の一角、騎乗兵であるライダーだ。若い軍服の少女だ。短い小豆色のツインテールに海軍帽、軍服の上着は肩に掛けるだけで袖は通らず、その下は白のワイシャツだ。橋のアーチの上から廃工場における英霊たちの戦いを眺めていた。

 

「いやぁ、私のようなサーヴァントからすれば信じられない光景だね。生身で砲撃並の威力とか出せそうだ。そこら辺君はどう思う、マスター君?」

 

「どうもうこうもあるかさっさと降ろせぇ!」

 

 叫んだのはライダーとそれほど変わらない身長の少年。肩で切りそろえた中世的な顔立ちを歪めて震わせて、足場であるアーチにしがみ付いていた。

 

「お前ェ! なんでよりにもよってこんなところで眺めなきゃいけないんだよ! 第一お前が見れても僕が見えないよ! というか下手したら僕が死ぬよ!」

 

「はっはっは、いい突っ込みだねマスター君。まぁ意味なんて特にないよ」

 

「お前ぇー!」

 

 意外に余裕がありそうだった。

 

「ま、そんなにもマスター君が泣いて頼んで土下座してひぃひぃ言って鼻水だしておしっこ漏らしながら懇願するというのならサーヴァントとして聞き届けるのもやぶさかではない」

 

「おいこら誇張がすぎるぞ! 漏らしてない!」

 

「それ以外は否定しないんだねぇ」

 

 できないというほうが正しいのだけれど。苦笑しつつ、

 

「じゃ、行こうか」

 

「へ?」

 

 ライダーがウェイバーの首根っこを掴んだ。と言っても、ライダーはサーヴァントとしては非力だし、しがみ付いていたウェイバーを引きはがすのには一苦労だ。それはライダーにも解っていたから、

 

「ヨーソロー」

 

「うわああああああああああ!?」

 

 そのまま橋を飛び降りた。

 絶叫するウェイバーには構わず、軍帽と上着が跳んでいかないように気を付けながら、

 

「処女航海だ。頼んだよ」

 

『そうそう、もーっと私に頼っていいのよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アサシンとランサーはその気配に同時に気付いた。

 戦場となっていた廃工場。それに面した海。夜のそれは先ほどまでは月に照らされているだけの静寂だったにも関わらず、いつの間に明らかな異物が出現していた。

 流石のサーヴァントたちやマスターたちも驚愕する。

 港に垂直方向に延びる巨大な影。それが駆逐艦と呼ばれる船であることには誰も知らなかったが、それでもその物々しさが闘争の為に作られたことが理解できた。

 その船は突然現れて、

 

「!!」

 

 突然消失した。代わりに現れたのは二人の少年と少女だ。それほど差がない身長ではあるものの、少女の方が少年の手を握って引き連れている。少年の方が一般的に黒いセーターだが少女のほうは着崩した軍服。ついでに言えば、少女のほうには見る者が見れば解るような存在感があった。

 サーヴァント。

 そして先ほどの唐突に現れて消えたサーヴァントのことを思えば、

 

「ライダー……!」

 

 アイリスフィールは呟き、

 

「正解。サーヴァントライダーだよ、ランサーのマスター。いやぁ美人だね、私と一緒にお茶しない」

 

「え?」

 

「何ナンパしてんだお前はぁー!」

 

 引きずられてきたウェイバーがライダーの頭を打撃した。痛いなぁと文句を漏らしつつ、軍帽のズレを直し、

 

「なにするんだマスター君」

 

「お前なにいきなり敵ナンパしてんだよ、考えろ!」

 

「考えたさ、考えた結果美人をお茶に誘ったんだよ。まぁ私的には考えるまでもない常識だけどね」

 

「そんな常識は棄てろぉ!」

 

『……君はなにをしているのだね、ウェイバー・ベルベット君』

 

「! こ、この声は……」

 

 呆れたように響いた声はケイネスだった。未だに姿を現していないが、それでもどこかで見ているらしく現れた二人を見ていて、魔術で声を全体に届かせていた。

 

『時計塔から姿を消していたとは聞いていたが……まさか君までもが聖杯戦争に参加していたとは。一体どういうつもりかね』

 

「う、あぁ……えっと、それは……」

 

 掛けられた声に戸惑い、視線を泳がせいた。そんな彼にどう思ったのかため息を吐きつつ、

 

『仮にも私の生徒だ。令呪とサーヴァントを差し出し、非戦を誓うのというならば君の身柄は私が保障しよう。君の腕を考えればこの戦いで勝ち抜く可能性は限りなく低い。悪い話ではないだろう?』

 

「おっとそれは困るね先生殿」

 

 ケイネスの温情とも言える言葉にウェイバーよりも早く反応したのはライダーだった。

 

「サーヴァントにもサーヴァントの都合がある。はいそうですかと降伏なんかさせるわけがないね。それにうちのマスターだってそんな言葉に頷くほどよわっちいわけがないよね」

 

「あ……あ、当たり前だろっ」

 

「かはは、振られてやんの」

 

『黙らんかアサシン。ならばウェイバー君にはそれ相応の対応をすればいいだけの話だ』

 

 

 そして三つ巴の状況が生まれる。初戦ながらもこの廃工場には三組の主従が揃っており、それぞれが別の陣営だ。アイリスフィールたちに限っては彼女の夫であり本当のマスターである衛宮切嗣とその協力者である久宇舞弥が潜伏しているが未だに動きはない。そもそもランサーとアイリスフィールが戦闘を担い注意を引き連れて、その間にマスター――今頃アサシンのマスターであるケイネス――を探すなり、すで探し当てて隙を狙うというのが彼らの基本的な策だ。

 三つ巴となった今、誰もが警戒を最大にしている以上は切嗣たちも手を出しにくいはずだ。

 にらみ合いが数秒続き、

 

「――随分と数奇な英霊が集まったものだ」

 

 四騎目のサーヴァントが姿を現した。

 

「――!!」

 

 それはいつの間にか街灯の上に立っていた。気づいたのは言葉を発したからではない。その圧倒的すぎる存在感と魔力の密度のせいだ。

 全身を隠す古びた襤褸切れのような外套、首の辺りは長いマフラーのように伸びている。真紅というよりも血の色の赤い髪と瞳、赤銅に染まる肌。外見そのものは奇異であり、そんなことが些細だと思えるほどに現れたそのサーヴァントが纏う気配は禍々しかった。ランサーの握る槍など比べ物にならない。

 その場にいた誰もが悟る。その英霊はただのソレではなく超一級のサーヴァント。神霊、神格の類であると。三人のマスターたちもそれぞれの魔術による精神加護がなければ一瞬で意識を失っていただろう。サーヴァントも同じだ。ランサーは兜の奥で目を見開き、ライダーも眉を潜め、

 

「テメェはあああああ!!」

 

 アサシンは指を指して絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おま、おまま、おまぁー!」

 

「久しいな拳士。しかしお前は言語機能そのものが壊れていたのか、納得だな」

 

「ちげぇよ!」

 

『――知っているのかアサシン』

 

「知っているというかなんというか二回くらい? 殴り合ったことがあるんだけど」

 

「二回目は、俺もお前も別人だろうがな」

 

『……』

 

 ある意味に於いての聖杯戦争のタブー、それはそもそも召喚された者同士が旧知であることだ。英霊にとって最も大事な真名が無条件でバレる上に、伝承には記されてない趣味嗜好すらも判明するからだ。メリットとデメリットがあるとしても危険は大きい。

 

「安心しろケイネス・アーチボルト。真名までは知らん」

 

「というか体感的には碌に会話すらしてねぇ」

 

「いやぁ顔見知りと大変だね。私は君たちの中には知り合いはいないぽいから安心だ。ランサーはどうだい」

 

「……知らないな」

 

 笑うライダーに低く呟くランサーだった。

 真紅の英霊、その姿はあまりに魔性に満ちている。剣士ではないだろう、弓兵でも、はたまた狂戦士の如くに理性を失っているわけでもない。ならば残った答えは、

 

「キャスター……」

 

 ウェイバーの呟きに魔術師の英霊は笑みを濃くする。

 これで四騎。聖杯戦争の初日というころを考えれば在りえない事態と言ってもいい。ある意味では三つ巴から四つ巴になっただけ――ではない。畢竟、キャスターを相手にして一対三になりかねない。それほどまでにキャスターの放つ魔性は禍々しい。同盟も結んでない者同士が協力するなんて在りえないがそれが実現されてもおかしくない。

 手段としては下の下、最悪で最後の選択だったがしかしそれすらも三人のマスターたちは視野に入れていた。

 そして。

 

「――」

 

 五騎目のサーヴァントは静かに姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おいおいマジかよ」

 

「……」

 

「ありゃー」

 

「ほう」

 

 四騎のサーヴァントの反応は呆れすら込めた驚きだった。この場を観戦しているだけの他の二騎も同じだ。マスターたちもそれは変わらない。二度のサーヴァントの出現。そしてこの日本には二度あることは三度あるという言葉がある。

 工場の影から唐突に出現したのは赤毛の男だ。目に傷を隠すようなサングラスにジャケットを羽織り、徒手空拳。年の頃は二十歳半ばだろう。口は堅く結ばれ、表情は険しい。

 

「ちなみにアサシン、あの人も知ってたりする?」

 

「あー」

 

 ライダーが指を指し、アサシンが頭を掻いて、

 

「一回だけ殴り合ったことが……」

 

「Ruuuuuoooooooooooooo!!」

 

 男が絶叫を上げた。それは言語として認識でない純粋な狂気を宿した咆哮。サングラスの奥の瞳は妖しく赤と金に輝いている。魔力を宿していたわけではないただの声だったが確かに大気が悲鳴を上げていた。

 

「……君の友人関係は剣呑だねぇ」

 

「どうやら俺の知っているゾンビとは人違いのようで……」

 

「Ruuuooriiiiiiiiiiiiii!!」

 

 男が爆発するように大地を蹴りつける。コンクリートの床が爆散するほどの急加速。青い光を纏ったそれに理性はない。一目見れば解る。

 狂戦士(バーサーカー)だ。

 絶叫を伴う前進、行先は――キャスターだ。

 

「面白い」

 

 バーサーカーの爆走を前にしてキャスターは口端を歪めた。

 同時に背後に浮かぶのは赤い魔方陣だ。複雑怪奇なそれがノータイムで出現する。それがなんであるかは誰もが理解し、ウェイバーやアイリスフィール、ケイネスは驚愕する。アイリスフィールやケイネスは言うまでもなくウェイバーとても無能な魔術師であるわけではない。だからこそキャスターが一工程(シングル・アクション)以下で浮かべた魔方陣が魔術ではなく魔法の領域にあるものであるということに一目見て気づいていた。

 魔方陣から閃光が放たれる。

 数は十。

 一発一発が工場一つを吹き飛ばしかねないだけの威力を内包し破壊の閃光。例えサーヴァントでさえも比えば冷覚に無視できないダメージは免れない。

 

「Ruuuuuooooo!!」

 

 ――それをあろうことかバーサーカーは殴り飛ばした(・・・・・・)

 

「――なんだと」

 

 キャスターの目が見開かれた。驚き、しかし同時にさらなる光弾を放ったが結果は変わらない。バーサーカーの拳に打撃された光弾は文字通りに消滅している。

 そしてバーサーカーは止まらなかった。その圧倒的な狂気を止めるには絶対的に破壊が足りない。キャスターの足元の街灯まで即座にたどり着き、アッパー気味に拳を振るった。

 拳が届くよりも早くキャスターの姿は消えていたが、掠った街灯は微塵となって消えていく。明らかに概念的な一撃だ。そしてバーサーカーはキャスターの姿を探し、

 

「――忘れてもらっては困るなぁ」

 

「Ruu!?」

 

 バーサーカーを横合いから放火が打撃した。

 それを行ったのはライダーだ。彼女の背後から伸びるのは鉄製の太く長い筒だ。それから硝煙が漂っていることからそれでバーサーカーを砲撃したということだろう。

 

「ちょ、おま何してんだライダー!」

 

「だってアイツやばいよ。あの一撃はどう見てもこの先障害になる。ならさっさと叩いておくのが吉だ。アサシンもランサーも今この場だけ協力してくれるなら嬉しいね。火力は私が担うから前衛をね」

 

「主殿!」

 

「……マスター」

 

『却下だ』

 

「いいでしょう。この場だけよ」

 

 答えは対照的だった。アサシンたちは拒否し、ランサーたちは受け入れた。

 

「いいのかねマスター。あれはライダーの言う通り大分まずいぜ」

 

『だからどうした、対人戦ならば負けないと言ったのは嘘かね? その字は偽物ではあるまい。相手がなんだろうと殴ればなんとかなると言っていたではないか』

 

「……かはは、アンタたきつけるの下手くそだねぇ。もっと簡単に言ってくれ」

 

『勝て』

 

「極めて諒解」

 

「アイリスフィール」

 

「解ってるわよ。でも、あれはホントにまずいでしょ。同盟なんていつ組めるか解らないのだから協力するべき時に協力するべきよ」

 

「解った」

 

 言葉短くもランサーは頷き、槍を構えてライダーの前に出た。

 

「――おもしろくなってきたな」

 

 それらの様子を天上から発したのは魔術にて転移し、空中で浮遊したキャスターだった。

 同時にライダーの砲撃からバーサーカーが起き上がる。肉は抉れ、身体には火傷があるが急速に修復していっている。

 現状、ライダーとランサー、アサシン、バーサーカーが三角形を描き、彼らの真上にキャスターがいる。マスターたちは既に退避を始めていた。明らかにここから先は人間が介入できるものではない。ある程度離れてから魔術や念話で指示をしたり、観戦しておけばいいのだ。

 ライダーは背後や周囲に大きな砲身を出現させ、ランサーはその禍々しい槍を握り直す。アサシンは強く拳を握り瑠璃の光を纏わせ、バーサーカーは呻き声を漏らしながら狂気に満ちた眼光をキャスターに向ける。

 そんな眼下の光景にキャスターは笑みを浮かべながら腕を掲げ、

 

「小手調べだ。英雄というなら超えてみせろ」

 

 振り下ろしと共に大魔術を行使した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「墜天の星よ――」

 

 キャスターが廃工場上空に呼び出たのは百メートル近い岩塊。 それはさながら宇宙を巡る流星の如く。それ自体が巨大な熱の塊である崩壊の具現。物理的なことだけでも剣呑極まりないにも関わらずキャスターの魔術により概念すらも強化されている。これが地表に激突すれば廃工場一帯は確実に吹き飛ぶだろう。

 落ちた。

 それに最も速く反応したのはやはりと言うべきか、キャスターに異常な執着を見せるバーサーカーだった。巨大さ故にゆっくりと落ちてくる星に迷うことなく飛び上がり、何度か空中を蹴りつけて跳躍。真下にたどり着き

 

「Ruoooooo!!」

 

 打撃し――流星が塵も残さず消滅した。バーサーカーは拳撃の余波で弾かれ落下する。

 驚くべきはバーサーカーの拳撃だけではない。バーサーカーの拳は言うまでもなく絶対必滅の概念宿した魔拳であり魔術と体術をある程度。未だに成長の余地があるとはいえ、打撃したものを問答無用に消し去るというのは変わらないのだが。

 それにも関わらず魔拳は弾かれた。

 つまりそれだけの()をキャスターの魔術は有していたのだ。

 そして弾かれたバーサーカーを見逃すはずがない。

 

「頼むよ、長門さん、大和さん」

 

 ライダーの小さな呟きと共に彼女の周囲に浮かぶ砲門が火を噴いた。五十センチ近い大口径が三つずつ八セット。合わせて二十四砲。単純な瞬間威力だけならばキャスターの魔術やバーサーカーの一撃にすらも匹敵しかねない砲撃は違うことなくバーサーカーを襲った。

 

「Ruuuuuuuuu!!」

 

 バーサーカーが絶叫し、迫る砲撃を魔拳にて打撃するも全てを対処することは不可能だった。半分は零し狂戦士を蹂躙する。衝撃と炎、爆風が一度に彼を遅い、しかしそれでも消滅もせず、霊核も傷つかず、さらに言えば修復すら始まっていた。

 けれど今度こそどうにもできない隙だった。

 

「ゾンビぷりは相変わらずだなぁおい」

 

 落下するバーサーカーの真上にアサシンが現れた。先ほどの彼と同じように跳躍を重ねた彼はバーサーカーの真上にて再度空間を打撃し、

 

「乾坤一蒼……!」

 

 その加速を余すことなくのせた一撃をバーサーカーに叩き込んだ。中空落としによってバーサーカーは地表に落ち、

 

「拳蒼発破ァ!」

 

 地面に激突するよりも早く追い越し、バーサーカーへと拳の連撃を叩き込んだ。一瞬にて叩き込まれたのは百を超えていただろう。驚くべき速度と技術。その二つに関しては彼はこの聖杯戦争において他の追随を赦さないほどのものを持っていた。

 アサシンの連撃によって吹き飛んだバーサーカーを迎えるように、ランサーが槍の突進を行った。

 まるでバーサーカー以外の四人の連携にも見えるがそれは違う。一対一対一対二の乱戦だ。当然のことながら、隙を見せたものを誰もが狙い、蹴落とすのだ。

 

「……!」

 

 ランサーの槍は突撃槍に分類されるものだ。故にその名の通りに突撃の突きは如何にバーサーカーいえども今の状態ならば大きなダメージを与えられる。乱戦だ。隙を見せた方が悪い。

 故に、

 

「俺に時間を与えるのはいかがなものかな?」

 

 必殺の一撃を叩き込むという隙をキャスターは見逃さなかった。

 彼は魔術師の英霊として召喚されている。その力量は魔法に近いものであるとはいえ、原則詠唱をすれば威力が上がると言うのは変わらない話だ。

 

「GOGMAGOG――」

 

 キャスターが前に突き出した両手の先に魔方陣。先ほどのによく似た、しかし比べ物にならない大きさであり、込められていた魔力も概念も違う。それは暴食の罪。放たれるのは全てを溶かす酸の雨。

 

「死に濡れろ」

 

 降り注いだ。雨霰と落ちるそれにランサーは攻撃を中断せざるえない。巨大な盾を頭上に掲げ、雨をやり過ごそうとし、ライダーは自身の直上にて連続して砲撃を放って対処する。それでも全てを凌げるわけではなく軍服や鎧に飛び散った死の雨がランサーとライダーの身体を少しづつ溶かしていった。

 しかしその中でも動くものはいた。

 バーサーカー。

 元より修復中だった彼は今更少し体が解けた程度では構わない。酸雨にも構わずにランサーへと迫った。

 

「な……」

 

 それまでキャスターをひたすらに狙っていたバーサーカーだが、狙いを変えたわけではない。ただ、近くにいて邪魔だったから殴ったと言うだけの話だ。

 

「Ruoo!」

 

「ぐっ……!」

 

 魔拳が振るわれた。

 ランサーの判断は迅速だった。盾を投げつけるように手放して、犠牲とすることで地面を転がりながらも距離を取り、

 

「ライダー!」

 

「あいよっと!」

 

 ライダーの砲撃を浴びせかけた。

 即席の連携が上手くいっているようである彼らとは別に頭上には新たな動きがある。

 

「ほら、次に行くか?」

 

 キャスターの指先の動きにて新たな魔方陣が浮かばれていく。魔法にすら匹敵しかねないそれらを彼は遊ぶように紡いでいた。勿論、それを見逃さないものはいる。

 

「行かせるかよぉ!」

 

 アサシンだ。再び空中跳躍にてキャスターのいる場所までたどり着いていた。その身は所々がほつれ、傷もあるが極めて軽微。ここにたどり着いた以上は酸の雨をくぐって来たにも関わらずそれはあまりにも軽かった。

 

「俺がお前をフリーにさせると思ってんのか……!」

 

 この場に於いて客観的に見れば最も有利なのはアサシンだった。かつて二度交戦したキャスター、一度のバーサーカー、先ほど戦ったランサー、砲身を召喚するという解りやすいスタイルのライダー。力量や相性ではなく、情報量の問題。特にキャスターとバーサーカーは真名や出生はともかく何をしてくるかは大体解っている。

 そしてなにより、

 

「魔術師相手なら負けないなぁ!」

 

「ははは! 異能殺しは相変わらずか!」

 

 キャスターが黒炎を放った。それは死滅の炎。対象が燃え尽きるまで、消えることの無い腐滅の魔炎だ。触れればすぐさま対象を腐らし燃やす炎はアサシンを捉え、

 

「温いぜ……!」

 

 効かない。性格には通常の何千、何万分の一にしか効果を発揮していないのだ。

 異能殺し。

 そう称するアサシンのスキルは確かに魔術師相手には鬼門だ。彼の場合は魔術に限らず、それによって発生した結果すらも無効化するのだから相性が悪いどころの話ではない。だからこそアサシンもこの場で最も警戒するべきキャスターを狙ったのだ。

 空中を浮遊するキャスター、それを跳躍を重ね追うアサシン。魔術を喰らっても拳士はひるまずに拳を握る。

 そして地上でも同じことが起きていた。盾を失ったランサーは槍の代わりに弓に持ち替え、中距離からバーサーカーを足止め、その隙にライダーが砲撃する。それでもバーサーカーは止められない。その二人を完全に障害とし、敵と見定めたのだろう。近づけさせてはランサーとライダーでも致命は免れない。

 開戦時とは一転して膠着状態。しかしいつ崩壊してもおかしくないもの。

 だからこそ、いつまでも続けさせるわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ」

 

「!!」

 

「――セイバー」

 

 アサシンとキャスターの間に唐突に男が現れた。何かなんて言うまでもないサーヴァント。無手ではあるがキャスターの言葉通りにキャスターだった。アサシンの和装とよく似た、しかし色合いは正反対の濃い赤。頭には鬼の面を被っていて表情は見えない。

 ただ、瞳だけが不気味に明るく光っている。

 彼もまたキャスターと同じで当然のように中空に存在している。

 

「終わりだ、キャスター。そのまま行けばお前のマスターが干からびて死ぬだけだぞ。ここは退け、そちらの拳士も同じだ」

 

「解っているさ、せっかく五騎出たんだ。お前や見ているだけのアーチャーが顔を出すのを待っていただけだよ」

 

「そうか」

 

 そしてセイバーはすぐに姿を消した。

 それがなんであるかは筆舌にし難い。高位の英霊ではあるのだろう。セイバーというならば優秀なのだろう。剣士のクラスで無手なのはアサシンのように手刀を使うからかもしれない。

 けれそそんな推測がどうでもよくなるくらいに印象はたった一つだ。

 刀。

 それも――極限にまで研ぎ澄まされた無謬の一振り。

 

「さて、今夜はお開きだ。再び相見えよう拳士」

 

 その言葉をアサシンは落下しながら聞いた。

 

「……はっ。今度こそ俺が勝つぜ」

 

「楽しみだ」

 

 そしてキャスターもまた姿を消した。消失を確認し、地上に意識を向けながら何度か空中で身を捻ることで軌道を修正、着地した時にはこちらも一段落ついていた。流石に息を荒くしたランサーとライダー、その前にて膝を付きながら霊体化していくバーサーカーだ。恐らくはマスターの魔力の限界なのだろう。

 消えていくその姿に複雑な想いを抱きながらも、彼の膝や肘、肩などの関節部に小さな穴が出来ているのを目にした。回復しかけとはいえ銃創だろう。それで膝をついていたようだ。完全に消えるのを待ってから、

 

「ライダー、お前狙撃もできんのかよ」

 

「……いやぁ、それが私じゃなくてね。いきなり飛んできて撃ち抜いたんだよ」

 

「……? じゃあランサーか」

 

「なんと私です」

 

「――」

 

 アサシンにとって聞き覚えのある声(・・・・・・・・)がかかった。全速力で振り返る。目前のライダーとランサーとの戦闘が完全に終わったわけではないということも忘れて後ろを見た。

 背後にいたのは臙脂色のセーラー服の少女だった。翡翠の髪と琥珀の瞳にヘッドホン。抱きしめれば壊れそうな矮躯。人形めいた無表情。肩に掛けるのは狙撃銃。

 彼女をアサシンは知っていた。顔見知りとかそういうレベルではない。

 寧ろ、アサシン以上に彼女を知っている存在はいないし、彼女以上にアサシンを知っている存在もまたいない。

 

「っ、ぁ……ちょ……んな……」

 

「これはこれは、お久しぶり? ですね、アサシンさん(・・・・・・)。自己紹介は必要ですか? ちなみに今夜の戦闘はもうなしですよ。そっちの二人もまだやるなら今から私が相手になりますから」

 

「……」

 

 彼女の言葉にアサシンは口をパクパクさせることしかできなかった。

 一応ランサーもライダーも戦う気はないようでそんな二人を眺める。鎧の奥でランサーもまた叫びそうになるのを堪えていたが。

 

「いつもニコニコ這い寄る魔弾。聖杯戦争の英霊が一角レキュラトホテップ、アーチャーです」

 

 アーチャー、そしてさらっと漏らした真名と共に極めて無表情で彼女は名乗った。

 




レキだけ原作キャラじゃねぇかって?
誰にそう言っても原作キャラって認めてくれなかったんだ……(白目
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