チャイだぞオラチャイ
「いいか? そもそもチャイは簡単言えばインド式のミルクティーだが、そもそもチャイということば自体はロシア語、ペルシア語、トルコ語でもお茶のことをチャイと呼ぶがそれを言ったらお茶という言葉の語源は世界共通なので置いておこう」
「はぁ……」
時臣は呆けた顔をしながら台所に立つ明広の話を聞いていた。クルターの上から青いエプロンを嵌めて鍋やらカップやらを取り出し始め、止める間もなくなにやら語りだした。基本的に妻である葵や娘の凛は葵の実家に預けているので聖杯戦争中はインスタント食費がメインの食事か協力者である綺礼や璃正に買ってきてもらおうかと思っていたが、この神霊はどういう訳か料理上手だった。
墜天の神がエプロンつけて台所に立つ。
意味が解らない。
「まぁ作り方は簡単だ。チャイは煮出すもんだが、ポットとかでやるんだったら基本的には紅茶で使うポット、カップを温めるテクは普通に通じるぞ。あと場所によっちゃスパイスいれたりするところもあるけどアレは好みが解れる 。とりあえず今日は砂糖とミルクオンリーで作ってやろう」
「はぁ……」
はぁ、しか言うことがない。
勿論時臣も普段は紅茶をたしなむがしかし、そこまで情熱傾けているわけではない。そもそも自分で淹れることはなく、そういうのは妻の仕事なのだから。
思いながらも明広は手を動かす。
鍋に水を入れて、茶葉を入れて火に掛けて、色を出す。
「基本的にイギリスからの輸入文化だからな、茶葉自体は高級であればいいというわけじゃあない。ま、今日は昨日の夜からインドから取り寄せた茶葉を使うが市販のティーパックでもいいぞ」
「はぁ……ん?」
今何か変なことを言ったような気がしたが、それでも明広は鼻歌まじりで火を止めていた。水に色が出てきたらしい。その鍋に砂糖とミルクを入れ、再び火にかける。しばらく置いて沸騰しかけた所で火を止めれば、
「完成だ」
鍋からティーカップに注ぎ、それを時臣に差し出した。
「さぁ――無駄に神代の魔術を使って作ったこの究極のチャイを味わえ時臣ッ!!」
「なにやってるんですか!?」
アモンで茶葉を調べとレヴィアタンで超高速で空輸しアスタロスで最高の状態に固定させベリアルで鍋を煮出しネビロスでうまみを抽出し雑味をモトで幕を引き砂糖をベルゼバブで完璧に溶かして水分はテレジアで浄化する というちょっと在りえないレベルのチャイティーだった。
多分、場合によってはこれ自体が聖遺物でも通用する。
「いいから飲め。この先聖杯戦争を戦い抜く為に当分の補給は必要だ。なに、飲んだらちょっと宇宙の真理に触れるかもしれないがまぁ大丈夫だと思うぞ。多分」
「えぇー……」
恐ろしく不安だ。というかこんなお茶一つ飲んで宇宙の真理に触れたくない。
受け取ったカップの中身はとりあえずミルクティーに見える乳白色の液体だ。香りからしてかなり甘ったるいことが察せられるが――なんか微妙に光っている。
「くっ……そういえば綺礼やセイバーは……」
「教会だろう。あぁ、あの二人の分は別でまた作るから気兼ねなく飲んでいいぞ」
「……くぅ」
やはり飲むしかないらしい。できることならば修験者めいた綺礼か神霊であるセイバーに飲ませればと思ったが上手くいかない。
「はよはよ」
バンバンとサーヴァントも机をたたいて煽ってくる。その顔に何故か裸マントの詐欺師めいた男が被るような笑みが張り付いていたが余りのウザさに精神が無視した。
一度息を吸い、吐いて精神を落ち着ける。
遠坂は常に優雅たれ。
時臣自身そうやって教えられて育ち、娘の凛にもそうやって教えて育ててきた。
なればこそ、己もまた優雅でなければならないだろう。そう、言っても所詮は紅茶だ、ミルクティーだ。この遠坂時臣が何を恐れるのだという。この程度造作もない。これを怖がっていたらこの先聖杯戦争を勝ち抜けるわけがないし、妻や娘に顔向けもできない。
「では」
ティーカップを傾け、中身を口に含む。
「……ッ!!」
その時、時臣に衝撃が奔る!!
(これは……凄まじい! 常に優雅たる私が……私がぁ……!!)
「んほおおおおお!! おいししゅぎいいい優雅維持出来ないにょおおお!!」
―――時臣、チャイティーに陥落!!!
●
「でもよかったんすかー? アーチャーさん。あの人アーチャーさんの大切な人だったんすよね? それなのにあんな風にライダーキック喰らわせて悶絶してるとこを放置して」
そこは散らかった一室だった。六畳間一間程度の広くはない部屋に所狭しに物が散乱している。カップ麺やスナック菓子のゴミもあれば週刊誌やコミック、衣服や下着、生活必需品からなにからなにまで落ちていて足の踏み場もない。所謂ゴミ箱のような部屋という奴である。
まだ昼過ぎだというのにカーテンは閉じられ電気もつけないので部屋の中は薄暗い。唯一の光源は部屋の隅に置かれた大型ブラウン管テレビだけだ。そのテレビに接続されたテレビゲームのコントローラーを握るのはジャージの女とセーラー服の少女。
サーヴァント・アーチャー――レキとそのマスターであるジナコ・カリギリだ。
「いいんですよ。あっちこっちで現地妻作って来た蒼一さんが悪いんです。結構前から去勢拳食らわす伏線は張ってましたからね。こんなとこにまで来ても他の女と一緒にいて街歩いてるのがいけないんですよ」
「ははぁ……おっかないすね。でも蒼一さんの別の恋人っていうのはレキさんとは結ばれなかったり、そもそも出逢わなかったりした世界の結果って言ってたじゃいすか。ちょっと理不尽すぎるんじゃないすかねぇ。男の子ってやっぱそういうのに憧れるもんだと思いますけどねー」
「だとしてもです。感情と理性は別物ですよ。そして私はどちらかというと感情優先派です」
「あれ、最初会った時自分は静けさとか道理とか理性とかを司るお姫様とか語ってなかったすけ」
「言いましたよ?けれど司るのはあくまで私の道理で私の理性です。つまりはマイルール至上主義」
「すっげぇジャイアニズムっすね!」
「私の物は私のMONO! お前の物も私のMONO! それがレーキーだYO!」
「なんでいきなりラップ風なんすか」
「いえ、こんな感じでDJレキやってればラスボス枠狙えるかなーと」
「意味不明っすね……」
よく解らない会話をしつつも二人はコントローラーを握ったままテレビゲームをプレイ中だった。テレビの前でレキは体操座りで、ジナコは寝転がったまま。視線も交わることはない。
「それで。我がマスターは聖杯に掛ける願い事は決まりましたか?」
「ぜーんぜんすね。なんすかその七騎で争って勝てば何でも願い事叶うとか。今流行りのドラゴンボールっすか? 今連載してる感じだとどうにもドラゴンボールってただの回復アイテムみたいであんま存在価値感じないすけどねー。というかそもそもジナコさんがそんな戦争で勝てるわけないじゃないすか」
「そうですか」
ジナコ・カリギリは聖杯への願いを持っていない。
そもそも真っ当な魔術師ですらないのだ。一族自体が魔術師の家系ではないし、魔術回路も一切保有していない。神秘になど生まれてこの方関わったことなどなかったし、この聖杯戦争がなければ一度も関わることもなかっただろう。たまたまインターネットで冬木の街で行われるオカルト儀式の噂を知ったから試しただけに過ぎなかった。興味本位面白半分で、半ば酒も入りながらやることもなく試してみて、
『なんかすごいのかもぉぉぉぉんん!!』
『デッデーン!』
『わぁ、なんかすごい事になっちゃったぞお』
要約すればこんな感じである。彼女を召喚したらいつの間にか手には変な痣があって聖杯戦争とやらの説明をされたがそれでも彼女には叶えたい願いなどない。ならばどうして自分なんかに英霊が召喚できたのだろうと思うが考えても答えは出なかった。
そもそもジナコ・カリギリが勝てるわけがない。
ありとあらゆる勝利と栄光と希望から見放され、敗北と汚名と絶望に塗れた彼女に今更そんな願望器がどうこう言われても興味が出ない。もしそれが、数年前のジナコが未だに引きこもることなく、世界と戦い続けて足掻いていた時ならば立ち向かったのかもしれないが今の彼女はそんな気はない。
戦わず、立ち向かわず、逃げて、逃げ続けて――今この六畳一間がジナコの世界なのだ。
「ま、私もジナコさんをマスターにしていればこうして好きなだけレトロゲームやらビデオとか見放題ですし、魔力供給がないのも、私の宝具があればどうにかなりますしね」
「ま、好きに戦ってくださいよ。あたしはなにもしないっすから」
「それはどうも」
「うぇひひ」
「……」
ジナコは笑って。
レキは笑わない。
視線も――当たり前のように交わらない。
「でも、ま。一応聞いときますかね。ジナコさんのサーヴァントは一体これからどうするつもりなんすか?」
「さぁどうでしょうね。少なくとも蒼一さんとは敵対したくないですし、そもそもあの人と戦闘行為なんてできないですからね……」
「ん、ん? あの跳び蹴りはそうではないと?」
「あれは愛情表現です。じゃれあいです。寧ろ今頃蒼一さんは私に足蹴にされたことで狂喜乱舞しているでしょう」
その蒼一が聞けば激怒しそうなことをレキは当たり前のように言ったが、しかし今はこの二人しかいないので止めるものはいない。
「業が深いっすねー」
ジナコも普通に頷いた。
「ともあれしばらくは適当に引っ掻き回して他の勢力とかと遊びましょうかね。昨日見た感じだとまだまだ本気でやっている人もいませんでしたが、まだまだ引き出しは多そうですし、アインツベルンは私のような狙撃主とかもいて考えてそうですし。おまけに私と同格以上なんて神霊もいますからねぇ。真っ向勝負は当分避けますよ」
「ははぁ。ちゃんと考えてるんすね。それに引っ掻き回すの得意そうですし」
「こんなのは思考してるうちに入りませんよ。思考というよりは反射行動です。あと失礼ですね。他人様を引っ掻き回すなんて私のような純粋な人間には無理難題すぎますよ。いやぁ大変ですね、心が痛いです」
「うぇひひ。どの口が言うんすかーとか、そんなありきたりの突っ込みは止めておきますよ」
「いずれにせよ」
まとめるようにレキが強めの口調で言う。
「まだ二日目です。それも初日にあれだけ派手にぶつかり合いましたから。当分は――大きな動きはないでしょう」
●
そんなレキの予測は当然のように外れた。所詮のところ彼女は物事を考えるのが苦手な兵隊タイプであり、さらに言えば本人の言葉通りに感情を優先する激情家だ。千里眼は持っていても戦略眼は持ってない。
その日、彼女がそんなことを言った十二時間と少し後、つまりは聖杯戦争二日目の終わりと三日目の始まりの真夜中。まず新都の公民館。
そのさらに十二時間後三日目の正午に間桐邸。
――それぞれの下を走る霊脈二つが完全に消滅したのである。
頭おかしいのは大体前記二人のせいです。
ワタシワルクナイヨー
あとレキさん電波で汚れですけど、浄化作戦はあくまで本編のレキさんの話。
こっちのレキさんはこれまで通りに電波ですよ