土下座聖杯戦争   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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「あぁ。うん、そうだよ。本当さ、大丈夫だからね。明日の昼にはそっちの駅であの子に会えるよ」

 

 夜の街を間桐雁夜は歩いていた。一人だ。パーカーのフードで顔を覆いながら耳には携帯電話を当てている。住宅街とはいえ真夜中、十二時直前だ。それぞれの家から洩れる生活光や街灯以外の光はない。生憎と今夜の空は曇っている。

 

「そう。もうその子はこっち側の世界とは何の関係もなくなるから。だからごく普通の少女として、君が育ててくれ。間桐の家のことは心配しなくていいから」

 

 電話の相手は彼の幼馴染の女性だ。それだけの言葉では足りない相手でもある。

 雁夜は苦笑気味に彼女を諭しながら夜の街を歩き続けている。電話の相手である彼女は困惑している。だから自然と子供に話しかけるようになってしまうのだ。

 

「ん……? はは、僕のことは気にしなくていいさ。うん、ホントホント。君は、君たちと一緒に幸せなってくれれば僕はそれでいいから」

 

 雁夜の言葉に電話の向こうの彼女はしばらく黙った。そして恐る恐るという風に、一つの問いを投げかけた。

 どうして、と。

 

「……」

 

 それに雁夜はまたもや苦笑する。その問いは、彼にとってはどうにも切なく苦しいものだった。彼女がその痛みを理解しているのかどうかは解らないが、それでも問わずには言わられなかったのだろう。もし同じような状況になったら自分だって聞いたはずだし。向こうからすれば棚から牡丹餅的な展開だ。本来だったら訪れるはずのない救い。あるわけがないと封じ込めていた願い。彼女も、あの子たちも。諦めていた。

 それが理由。

 そしてあえて言うならばもう一つ。

 

「葵さん」

 

 幼馴染の、結局何もできなかった女の名前を呼んだ。それまでずっと触れずに、あるいは膿んでしまった感情に手を付ける。それが彼女にとって迷惑だと解っていながら。

 

「僕は君が――」

 

 伝える前に電話が切れた。

 ぷつん(・・・)と、まるで何かの糸を断ち切るように。思わず足を止めて、空を見上げる。

 それからやはり苦笑した。

 

「ま、やっぱ俺はこんなもんか」

 

 諦観であり、納得したような言葉だった。数瞬前までは一世一代の想いを伝えるつもりだったにも関わらずその決心が呆気なく途切れてしまったことへの憤りはなく、ただしょうがいかな、という程度。表情は驚くほど安らかだ。

 

『――』

 

 背後から気配を感じた。

 いいのか? と問いかけるような、或は何かに注意を促しているよなそんなもの。それに頷きつつ、

 

「……要らないか」

 

 それまで手にしていた携帯電話を道端に投げ捨てる。さっきまでちゃんと通じていたというのに、液晶は圏外表示だった。変化はそれだけではなかった。それまで住宅から洩れていた光もいつの間にか消えて、街灯にも光は灯っていない。一帯が濃い暗闇に包まれる。空を見上げれば星の光は少なからずあるので、すぐに晴れるだろう。そうすれば月明りでマシになる。

 

「……」

 

 そのまま軽い足取りで進んだ。夜中に小腹がすいたから買い物に、というくらいに気負いのない歩みだった。

 そうしてしばらく歩みを進めていき、正面に一際大きな洋館が目に入った。

 その正面に立つ男も。

 彼を雁夜は知っていた。

 男も雁夜のことを知っている。

 彼目がけて歩き続け、十メートル程度に距離を開けて雁夜は立ち止まった。

 

「やぁ、時臣。久しぶりだな」

 

 それ数年ぶりに会う友人に掛ける声そのものだった。実際、かつて共に過ごし、雁夜が冬木の地を去ってからはそれなりの年月が経ち、間桐雁夜と遠坂時臣の邂逅は数年ぶりだ。

 軽い表情の雁夜に対して、時臣のそれは極めて厳しい。

 

「……間桐雁夜」

 

「なんだ?」

 

「君は自分の行いを理解しているのかね?」

 

「ん。さて、それは何のことだ? 俺はただかつての友人に会いに来ただけなんだが」

 

「……ふざけるな」

 

 絞り出すような声の中に秘められた激情に雁夜は肩をすくめる。どうやら冗談を話す余裕もないらしい。最も雁夜だってそれは解っていた。今の時臣にそんなものがあるはずもない。

 

「……雁夜、私は君が間桐の家から出奔した話を聞いた時、私はそれでいいと思っていた。君は此方側の世界には向いていない。非情に成りきれない君は魔術師としては相応しくないからだ。どことなり好きにすればいいと、かつての私はそう思っていた。それがせめてもの君への友誼だと」

 

「そりゃ有り難い。それで? お前は何を言いたいんだ。俺の行いか、解ってるさ。自分が何をしているのかなんてな。お前に言われるまでもない」

 

「ならば……!」

 

「どうして――霊脈を二つ(・・・・・)も潰したか(・・・・・)?」

 

「――」

 

 時臣は言葉も出ない。出るはずもない。この聖杯戦争において聖杯が万能の万能器として機能するのは冬木の四つの霊脈によって循環され、集められた魔力があるのが前提だ。それ故にこれまで六十年周期で行われてきたのだから。

 にもかかわらず昨夜の午前十二時、そして今日の正午。

 公民館と間桐邸の霊脈が完全に消失していた。

 今回はともかく――この先の聖杯戦争が行われることはない。

 それを行ったのが他でもない間桐雁夜とバーサーカーだったのだ。

 

「……」

 

 言葉も出ないとはまさにこのこと。今の時臣の心中に渦巻く感情は余人には計り知れない。彼が収めるべき街の霊脈が二つも壊されたのだ。セカンドオーナーとしての役目を果たしているとはいえないし、この戦争で生き延びても時計塔から処罰なりを降される。なにより彼の宝石翁に合わせる顔がない。

 

「何故だ……何故こんなことを……!」

 

「解らないのか」

 

「解るはずがない!」

 

「――そうか」

 

 声を荒げた雁夜の顔は変わらずに穏やかだった。それどころか時臣への憐れみさえも浮かべている。時臣はそれに気づかない。激昂する彼にそこまでの余裕はない。

 しかし確実にそれはどうしようもない決別だった。

 もとより交わっていたわけでも、隣り合っていたわけでもない。それでも、この齟齬が魔術師遠坂時臣と魔術師ではない間桐雁夜との決定的な別離だった。

 時臣はそれに気づかない。

 

「バーサーカー」

 

 雁夜の声と共に狂戦士が姿を現した。

 

「――」

 

 廃工場の時のように我武者羅に狂う様子は、ない。暗闇の中、サングラスに隠された目だけを隠して雁夜の前に立つ。

 最早語ることはないと言外に告げている。

 勿論時臣もそれは同じだ。サーヴァントを出現させた以上言葉は無駄だ。文字通り戦争するしかない。

 

「……雁夜、やはり君は自分の行いを解っていないようだ。バーサーカーと君一人で、我々に挑むつもりというのならばそれは慢心というものだ」

 

「ハッ、確かにお前のサーヴァントもお前の仲間のサーヴァントも大した英霊だろう。けど、コイツの塵殺にかかれば全部一緒だ。どこのどいつだろうと消せないものはない」

 

「だから愚かだという。確かに君の英霊の能力は脅威だろうが。だがな、霊脈の消失というのは君の予想以上に重いのだ」

 

 時臣が指を鳴らしながら大きく下がった。何をしたかというのは明白、サーヴァントの召喚。しかし問題は誰を呼び出したかだ。

 時臣邸の頂点に真紅の神霊は出現する。その血のように赤い瞳で雁夜たちを見下ろしていた。そしてキャスターだけではない。 

 

「……ふん」

 

「Ruu……」

 

 バーサーカーの正面に蒼き拳士。腕を組み、仁王立ちしながら正面から狂戦士を睨みつける。塀にもたれ掛かり、気負うことなく自然体で佇むのはライダーであり、闇にまぎれるような黒の軽装の鎧に身を包んだのはランサー。その手には大きな蒼い銃火器。

 キャスターに加え――アサシン、ランサー、ライダー。

 四騎の英霊。

 初日に一度戦った者たちが再び集う。しかしあの時は乱戦だったが、今回は違う。明確に四騎対一騎の戦いであるということ。

 

「教会を甘く見たな。君が二つ目の霊脈を破壊した時点で他のマスターたちを集結させ、手を打っている。君にも解り易くいってやろうか? 詰んでいるんだよ、君は」

 

「……大方俺たちを斃すのに行動し、消滅させたら令呪か?」

 

「あぁ、そうだ。残念ながらアーチャーのマスターは反応がなかったが、他のマスターたちは快く力を貸してくれた。下手人を討滅のに協力すれば無条件で令呪を一つ。止めを刺すか大きく貢献したならば二つ」

 

「太っ腹なことだ」

 

「それほどに君は罪深い」

 

「……セイバーが見えないな。お前の仲間じゃないのか」

 

「この四騎ならば十分だと判断したまでだ」

 

「……」

 

 バーサーカーとリンクさせた感覚から察するに近くにマスターや他のサーヴァントはいない。もっと言えばおそらくはキャスターが張ったであろう結界で空間がずれている。単純な認識阻害による人払いではなく空間の誤差による封鎖結界。これならばどれだけ暴れても街に被害を出すことはない。だからこそこんな住宅街でサーヴァントをぶつけようという気になったのだろう。

 勿論これくらいのことは予想済みだった。

 態々十二時間という間隔を開けて霊脈を潰したのも、対策を練ってもらうための時間だったのだから。

 そう、あまりにも(・・・・・)予定通りだ(・・・・・)

 

「く、くく……」

 

 思わず笑いがこぼれる。

 

「く、くくくく、くはははは……」

 

「……狂ったか」

 

「ははは……狂ったか、だって? く、ははは……はははははははは! 狂ったかだと? 笑わせるなよ時臣! 狂っていないと思ったのか? 俺も、お前も!」

 

 哄笑と共に袖をまくりあげた。腕に刻まれたのは血が滲む包帯。それをはぎ取れば、ナイフかなにかで刻まれた痣。三つの歪な鉤型の線が三角形を描く紋章。

 令呪だ。

 

「――」

 

 まずそれに対して全員の反応が遅れた。明らかにここ数日以内に刃物で造ったような刻印。魔導の気配は確かにある。発動の兆候により魔力も発生している。しかしそもそも令呪というのは己で刻むようなものではない。聖杯が勝手に刻み、勝手に指名する。

 だから誰もが少なからず戸惑った。

 そして雁夜は哂った。

 

「偽りの主、間桐雁夜が令呪三画(・・・・)を持って我が英霊に命ず――」

 

「――止めろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 その絶叫が誰のものだったかは解らない。あるいは誰もが叫び、どの英霊も即座に行動に移した。最も早かったのはアサシンの瞬発、次いでほぼ同時にキャスターの魔術、ライダーの砲撃、ランサーの射撃。

 けれど間に合わない。

 

「――己を取り戻せ、イスト(・・・)バサラ(・・・)

 

「All right Master」

 

 

 

 

 

 

「――!」

 

 全ては一瞬の連続だった。

 まず第一に、アサシンの拳が受け止められた。彼が放った零拍子。拳撃の最高峰(ハイエンド)、当たる前から命中が決定されたという彼の技術であり、或は宝具として認定されてもおかしくない一撃。それは理性を失った狂戦士が受け止められるわけがなかった。命中し、耐えられたのならば解る。寧ろそうなると思って放った一撃だ。

 しかし確かに、彼は受け止めた。

 

「クラス再取得――完了。宝具発動――『巡り来る再誕(マテリアルズ・リバース)』」

 

 次の瞬間はその宣告と共に訪れた。

 キャスターの放った十数条の絨毯砲撃魔術。それを翡翠と真紅の疾風が叩き落とした。

 ライダーの放った砲撃とライダーが射出した弾丸。それを水色の閃光と茜色の灼熱、黒紫の暗黒が切り裂き、燃やし尽くし、呑み込む。

 

「ハハハ!」

 

「クッ!」

 

 そして青年がアサシンを拳撃、全力で回避しながらも目にして、驚愕する。いや、彼だけではなくこの場にいた誰もがだ。 

 赤い髪は銀に、琥珀の瞳は赤く、ボディスーツの色は変わらなくともジャケットも白くなり、ズボンは黒くなった。一変してモノクロの服装になった青年がさらに纏うのは銀色の風。ボディスーツに隠れて見えないが、その胸には傷が生まれていた。それだけならばアサシンは知っていた。その先にあるものも知っている。他の英霊たちも見た目の変性程度では驚くことはない。

 故に驚くべきことは他にもある。

 

「――我が愛は情熱の炎。愛によって身を焦がし滅ぼすもの。我が愛の前に散れ、有象無象よ。我が焔は常に我が愛しきを焼き続ける情熱に過ぎぬから。――燃え散れ、卿らは勝利すべき者にあらず」

 

 星光の殲滅者。

 

「僕には誰も追いつけない――だから求める。止まり木に。触れるな、穢すな。それは僕の愛だ。

その愛の為だったら僕は躊躇わない――来い、雷鳴を裂けると言うのであれば存分に」

 

 雷刃の襲撃者。

 

「我は王、我は万能の体現者。我に出来ぬことはあらず――が、我は求める。永遠の不完全を。我が身を堕とす者を。捧げよう、我が王道の全て、愛という狂気に。来るがいい塵芥よ――王に剣を向け尚も滅びぬと抜かすのであれば」

 

 闇統べる王。

 

「失せよ塵。貴様らは我が地平に要らず――滅せよ。私の世界に必要なのは私がいて欲しい者達だけだから……貴様らは――終れ」

 

 砕け得ぬ闇。

 

「言葉は不要――蹂躙鏖殺、参ります」

 

 翡翠の覇王。

 

『我が虚無はあの人で満ちているから。この体の肉も、血も、魂すらも。全て彼の一部でしかない。だから私はあの人の一部だ。あの人の意志は私の意志だ。彼が愛で虚無を満たしたように彼の隙間全てを私の体で満たそう――故に採決は下された。彼が不要と断じたのであれば、それは私の意志、私の願い――決定だ』

 

 虚無の半身。

 そして――

 

「あぁ、契約は偽りだ。お前に呼ばれてきたわけじゃあない。だけど、俺たちの絆は真実だよ、間桐雁夜」

 

 彼はかけていたサングラスを外し、握りつぶす。手に中で微塵と消えていくのにも構わず、銀色の旋風を纏い凄惨な笑みを浮かべていた。

 それは最早狂戦士ではない。剣士でも弓兵でも槍兵でも騎乗兵でも魔術師でも暗殺者でもなければ救済者でも復讐者でも守護者でも狙撃主でも狩人でも指揮者でもない。

 それは――化物(モンスター)だ。

 令呪を全て失い、そもそもが正規のマスターでない雁夜に彼が従う理由などどこにもない。しかし今、その化物は胸に宿した友誼と決意と共に鉄腕を握る。

 誰もが驚愕し、目を見開く中で、モンスターは、銀髪の化物は、鉄腕王は、イスト・バサラは告げる。

 

「――Kill me if you can」

 

 戦争が――始まった。

 

 




口上はてんぞーさん提供です。かっこいい

しっかしマテズ書くとブリアーさせたくなるわー(
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