「今日の練習では、行進間射撃を行いたいと思います!」
『はいっ!』
「もちろん、いくら突き詰めたところで静止射撃の方が精度は上です。ですが、これができるだけで砲撃の機会が驚くほどに増大するはずです。二回戦を勝ち上がって、そのさらに先へ行くには、必要不可欠となります。それでは、練習を開始します!」
1年生ながらに戦術指揮を任され、最初は手間取っていたが、すっかり板についているな、と思いながら滝沢はM4A1(76)Wに乗り込む。
「それでは、低速での行進間射撃から始めましょう。時速5kmで前進しながら、正面の的を狙って照準してください」
上川の声は、通信機で全車に中継されている。
「撃ち方始め!」
その号令に合わせ、各車の主砲が火を噴く。IV号の砲撃は的の右3mに着弾し、M4A1の砲撃は左2mをまっすぐ突き抜けていく。他の車両の砲撃は大きく逸れるものが多く、パンターは2輌とも大きく上へ、T-34とIII突は手前に落ちる。III号とルノーB1bisの射撃は横方向へ飛んでいく。38(t)、M3リーの砲撃は明後日の方向へ行く。
『あちゃー』
通信機から各車の落胆が伝わってくる。
「今は練習なので落ち込んでも構いませんけど、試合ではくれぐれも注意してください。負の感情は連鎖します。落ち込んでる暇があったら次弾を準備してください」
『了解!』
《上川、張り切ってないか?》
「えぇ、今まで意味もなく持て余してた知識が生かされるんですからウキウキです」
「うわぁ、さなちゃんそれ危ないよ……」
「えっ?」
意味が分からないという風に訊き返す上川。しかしすぐに取り直して、アドバイスをしていく。
「まず、上下のブレは、車体の動揺が砲に伝わっていることが原因です。肩で砲の基部をしっかり固定して狙うと砲が安定します。次に、左右のブレは、車体が軽い戦車で起こりやすいです。前進の際に左右に車体が揺さぶられるんですね。照準器を覗き込んでいるとケガしやすいので注意して、こちらも砲の固定を意識して狙ってください。大きく逸れる場合も同様です。注意して狙ってください」
「上川、練度はどんな感じだ?」
大洗女子学園、生徒会室。学園艦の、あの大きな生徒会室に移る前のその部屋は、書類がうず高く積まれただけで反対側が見えなくなるほど狭かった。
そんな書類の壁越しに顔を出し、呼び出した上川に質問する部屋の主、もとい広報の滝沢。
「行進間射撃の命中精度は900mで55%の目標ラインに届きました。最初のころとは比べ物にならない進歩です」
「まだ上げられるか?」
「照準器と砲の性能的に、38(t)とルノーB1bisの副砲は60%くらいが限界だと思いますけど、他の車両であれば、70%、パンターA型とM4A1(76)Wなら75%まで上げられるはずです」
「二回戦に進出を決めたチハタン学園は、九七式中戦車を主力としている。57mm榴弾砲搭載の旧砲塔型ならともかく、47mm対戦車砲搭載の新砲塔型に零距離射撃を受けると危険だな」
「装甲厚が80mmあれば、200mから放たれた徹甲弾は問題なく弾けます。500mでは70mm、1,000mでは50mmあれば十分と言ったところでしょうか。この程度であれば、800m以遠から貫通されるリスクは極端に低いと言えます」
「向こうは装甲が薄いから、こちらの高火力重装甲戦車を前面に押し出せば十分戦える、か」
「はい。そういう判断でいいと思います」
ちなみに今、生徒会長と副会長は議会に参加しており、生徒会室には上川と滝沢しかいない状況だった。
「チハタン学園の主戦法は、行進間射撃での陽動と、少数精鋭部隊での隠密接近・裏取りからの背面奇襲を仕掛ける、流動的強襲戦術だな」
「ですが、気になる兆候が」
上川の発言に、微かに眉を顰めてオウム返しに訊き返す滝沢。
「気になる兆候?」
「はい。実は、先日行われた一回戦の戦闘経過詳報がこれなんですけど……っと」
そう言いながらくるりと後ろを向き、カバンの中から一冊の小冊子を取り出す上川。
「これがどうかしたのか?確かに陽動にしては砲戦距離が急に近づいてるのが気になるが……」
「そこです」
短く一言言った上川に、思わず「?」マークを浮かべる滝沢。
「奇襲部隊が例年の3輌から4輌に増加しているのも気にかかりますが、通常ならば陽動は後退しながら挟撃できる有利な地点に引きずり込むのが定石です」
「というか、それがそもそもの陽動の定義だからな」
「はい。ですが、この戦いでは、奇襲部隊は大外を回りこんで後背を取り、陽動部隊と同時に前後から挟撃しています。しかも、前進して包囲網を狭めながらです」
「
「通常の陽動がいわば、
「なるほど。もはや陽動とは呼べないわけか」
「はい、そこなんです。これはどちらかというと『突撃』と言った方が実態に即しているかと」
『突撃』の単語に少し身震いする上川。
「作戦に具体案はあるか?」
「一応ですが。……あの、真っ新な紙ってありますか?図示したいんですけど……」
「ん?あぁ、はい。これならいいかな」
「ありがとうございます」
そう言うや否や、鉛筆で線を書き込んでいく上川。
彼女の説明が進むにつれ、滝沢の顔にも喜色が浮かんでいった。
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