滝沢がM4A1(76)Wの砲塔に乗り込む。無線中継器の操作を終えて戻ってきた所だ。
「T-34/57は前に出て、外郭防衛線を構築。他の車両は窪地に入り、防衛戦に備えろ。向こうは戦術のプロだ。いつ何時、何所から仕掛けてくるか分かんないよっ!」
滝沢が檄を飛ばし、部隊を〆る。コマンダーキューポラの観察窓から外を除く。
「中の調整、任せていい?」
装填手に訪ね、頷き返すのを確認してからキューポラを開き、上半身を出す。崖を背に、左側は森に塞がれ、右側も凡そ30°ほどは森に覆われているが、残りの60°は野原が広がっている。少しの起伏で稜線の裏側が見えないが、土煙が上がればすぐにでも分かる。双眼鏡の向こうには草原が見えるが、アンテナは見えない。
暫く待ってはいるが、味方のエンジン音以外特に聞こえない。
「もう30分も待ってるんだけどなぁ……」
「もういつ来てもおかしくないって事ですね」
砲手が呟きに反応し、続くであろう後ろ向きな言葉を遮り、滝沢に緊張感を与える。何気ない一言でこんなに緊張が増す事が嘗てあっただろうか。しかし現実は滝沢に考える間を与えない。
森林の淵に沿って哨戒中のT-34が突如停車し、少し後進して静止。砲塔を森へ向けて回し始める。
《こちらT-34、森林内に敵車両を確認しました!》
双眼鏡を覗き込みながら咽喉マイクに手を添え、指示を出す。
「全車両、全速でT-34の所へ、急いでッ!」
森の中で微かな瞬きが見え、T-34の近くで土煙が上がるが、その中で赤い炎が輝き、森の中へ飛び込む。中からゴォーンという着弾の音が聞こえ、カシャカシャという特徴的な音が微かに響く。1mの差でT-34は生還し、相手が撃破された。
「これが練度の差。幸先いいじゃない」
パンターを先頭にM3、III突が綺麗なパンツァーカイルを組んで突進し、T-34の横へ着くと一斉に砲塔を森へ回す。完全に決まったと思った途端、パンターに小さな黒い影が飛び込み、黒い煙が上がった。
しかしパンターの砲塔から立ち上がる白い旗に、通信機から響く被撃破の報告に、気を留める者は居なかった。滝沢は砲撃音が響いてきた、かつその黒い影が飛んできた真上を睨んでいた。
「
真下の
しかし本隊の積極性の無さに、疑問を覚える。
主砲を撃とうと、反転して崖の上を睨んでいたIII突が、またしても崖の上からの砲撃で撃破される。ここで漸く、滝沢は違和感の正体に気付く。
「あの精度……ってことは古崎!なら下の部隊にIV号は居ない……各車、森の中の部隊へ攻撃、突撃して!」
本隊にIV号が居ないのだ。
気付くや否や咽喉マイクを押さえながらキューポラの中へ入り、乗員に臨戦態勢を告げる。指示が伝わったM3、T-34が動き始めるよりも前に、T-34の側面に砲弾が飛び込み、撃破される。臨戦態勢を告げられ車内の空気が凍りつく前に、立て続けにM3が砲撃を受けて、エンジン部から黒煙を吐き、白旗を上げる。
「早いッ!」
しかし舌打ちする暇もなく、観察窓から正面を覗いた滝沢の目に、パンターが突撃してくる光景が映る。起動輪に繋がるシャフト部を撃ち抜けと指示を出すよりも早く、砲手はトリガーを引いていた。76mmの砲弾が飛び出し、一直線にパンターの砲塔へ向かう。
次の瞬間、砲口から砲弾を吐き出そうとしていた車体から黒煙が上がり、白旗が立つ。ショットトラップを起こしてパンターを撃破した砲手が笑顔でピース。
パンターを援護して突っ込んできたIII号へ機銃弾を撃ち込むが、弾かれ、森の中へ逃げられる。
「チッ!」
残り車両数3対1、おまけに向こうには
陣地を守るため迂闊に動けないM4。そのコマンダーキューポラの観察窓から周囲の森を見渡し、滝沢は不安に駆られていた。
《IV号を発見!南南西、距離500m弱!》
森の前で撃破され、留まったままだったT-34から通信が送られてくる。即座に位置を確かめ、双眼鏡のシュトリヒで距離を割り出す。
「初撃を躱して、直後に反撃、初弾は着弾観測のため加害範囲を優先して榴弾で用意。準備はいいね?」
そちらを見ずとも頷く気配は伝わってくる。向こうを睨んだまま、その瞬間を待つ。砲身が微妙に上下を繰り返し、静止する。
直後、黒い鉄の塊が飛び出し、一瞬にして迫ってくるが、僅かに手前で地面に突き当たり、M4の車体を揺さぶりながら土を巻き上げる。
「砲塔旋回!」
着弾と同時に砲塔が旋回を始め、砂埃が薄らぎ始める頃には完全にIV号を睨んでいた。薄れゆく土煙の向こうに一瞬見えたIV号の輪郭を、砲手は見逃さなかった。一瞬のラグも無く、砲身から榴弾が吐き出される。
旋回による振動が収まり切らず、榴弾は僅かに逸れてM4から見て右、IV号の左側へ着弾し、左の履帯を破壊する。
後進していたのが災いした。扇形の加害範囲を持つ榴弾が着弾したのは元々IV号がいた場所の真横。つまり後進せず、そのままの位置に留まっていれば、
しかし現実はそうはならず、IV号の履帯を破壊。車体の真横を晒す事となる。
「射角修正 上1度!今度こそ!」
滝沢の号令で、今度は徹甲榴弾が込められた砲から、再び砲弾が吐き出され、車体左側面に着弾し、車体側面弾薬庫を破壊。一瞬にして白旗が上がる。
「あとはIII号と38(t)……」
「徹甲榴弾でいいですね?」
「うん。ヨロシク」
徹甲榴弾を装填したそばから、森の中からの砲撃に晒される。暗くて見えないが、牽制に撃ち返している。
刹那、左側面からIII号が突っ込んでくる。即座に機銃で反撃するが、有効弾とはなり得ない。しかし向こうの砲撃は外れ、引き返してゆく。そして森の中に消え、また見えなくなる。
それが幾度か繰り返されたあと、不意にIII号が森の中からの砲撃に切り替わる。ピンポイントの砲撃によって数発被弾しているが、全て防盾で防がれている。
しかし、38(t)の所へ移動し、辿り着くと、共に右の方へ移動して砲撃を繰り返す。……かのように思われた。
「滝沢さん、左に移動する影が!」
双眼鏡で森を見やると、確かに蠢く影が有る。
「あれがIII号ッ!此方で監視し続けるから、砲は38(t)を狙ってよっ!」
「はい!」
近くに着弾した土煙が、砲手の照準器を介した視界を幾度となく遮る。しかし全く見逃さず、森の淵から抜けて、突撃した時もはっきりと視野に捉えていた。
「来たッ!機銃は起動輪の接続軸を狙って!」
「撃てッ!」
砲手がトリガーを引きながら、機銃手に指示を出す。撃ち出された砲弾が全て38(t)を捉え、一瞬にして鉄屑へと変貌させる。即座に砲塔がぐるっと回転し、III号を睨む。
「発射ッ!」
滝沢が叫び、再び徹甲榴弾が吐き出される。
長砲身から撃ち出された
「はぁ……」
安堵の溜息を漏らす。
紅白戦において漸く上川に借りを返した滝沢の顔には、微かばかりの疲労と、それを覆い隠す誇らしげな表情があったという。
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