赤竜山の黄金伝説   作:雷神宮燦

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魔法使いの帰郷

 俺の故郷、狼宴の町は、大きな山と大きな川に挟まれた辺境の町だ。

 規模で言うなら、特別に小さいってわけじゃない。一応、付近を治める伯爵の館があって、それなりの体裁を持って栄えてはいる。ただ、全体的に田舎臭い。大通りを泥まみれの荷車がガタゴトと進んでいたり、その荷車が立ち止まる理由が農夫に引かれた牛だったりする風景を見れば、誰だってこの町が都会だなんて思わないだろう。少なくとも、一度でも王都を見てきたことがある人間なら、そうだ。

 けど、この町の田舎臭さは、食べ物が新鮮で美味いとか、素朴な人々が多いとか、家に鍵を掛けなくても泥棒が入らないとか、そういうのどかさと表裏一体でもある。

 ……十年ぶりか。

 記憶と何ら変わりない故郷の姿に、俺はほっとした。

 俺が六歳で留学してから、この大陸には本当にいろんなことがあった。魔王が現れたのが一番の大事件だったかな。俺自身、学徒魔術士部隊に押し込まれて後方支援とはいえ魔獣狩りにも行った。自分の身はもちろん、故郷のことも本気で心配になったさ。けど、どうやら無事だったらしい。魔王による混乱は、半年ほど前に魔王が倒されるまで四年余りも続いたものの、この町は昔と何も変わっちゃいなかった。

 初心を見つめ直すにはいいところだ。

 魔法の素質を認められて王都、錬灯都市にある学院に通っていた俺は、十年間の勉強の甲斐あってようやく一人前と認められるに至り、今日、こうして故郷に帰ってきた。となればもちろん、すぐにでも実家に顔を出したいところだが……後回しにしよう。俺の留学に気前よく資金援助をしてくれた伯爵にお礼の言葉を述べるのが先だ。

 ……と伯爵の館の方に足を向けたときに、それは起こった。

「たっ、助けてっ! そこの人っ、助けてっ!!」

 脇道から飛び出してきたのは俺とあまり年の変わらない、金髪の女の子。服は上質そうだがところどころ引っかけたのかほつれて、薄汚れていた。

「待てーっ!」

 その後ろから複数の人影が迫ってくるのが見えた。どうやら追われているらしい。パッと見た感じ、追っ手は四人くらいか。少なくとも一人は武器を持っているのも見えた。この子の服は似合わない男物だったが、なるほど、変装ってわけか。

 ……帰郷早々、こいつはヘヴィだぜ。

「あいつらに捕まったら大変なことになるんだ! 助けてっ!!」

 周囲の人間はまだ何が起こってるのか把握できていないらしい。それにこの子は俺にすがりつくようにしている。見捨てていくことなんかできないだろう。

「わかった。俺がなんとかする。隠れてろ」

「えっ、マジ? あんた弱そうに見えるけど、大丈夫?」

 ……自分から俺に助けを求めておいて失礼な奴だな。

「俺はこう見えても魔術士なんだよ。魔王討伐軍に従軍したことだってある」

 実際には本隊じゃないんだが、討伐軍の末端の一部だったのは本当で、嘘じゃない。もし本隊にいればそこそこ活躍できたと思うが、学徒部隊を前線送りにするような指揮官は一人もいなかった。そこは、ま、当たり前の判断だろうな。

 俺は腰に下げた杖を留め具から外して手に取る。一人前になった証として師匠がくれたものだ。こいつを使い始めてまだ日は浅いが、重さも感触もよく馴染む。

「そういうことなら任せる! あいつら追っ払って!」

 その子が物陰に隠れるのを見送ったのと、追跡者たちが追いついてきた気配がしたのはほぼ同時。

「にゃっ! あたしたちの邪魔をする気にゃっ!?」

 先頭を走っていた女の子が、立ちふさがる俺を見て言った。栗色の髪の――

「だったら先制攻撃にゃっ!」

 うわっ! 容姿の形容さえ思い浮かべる間もないうちに、その小娘がフォークを投げつけてきた。続けざまに二本!! 俺はそのフォークを避けたが、危なかった。間一髪だ。

 ――けど、何でナイフじゃなくてフォークなんだ?

「むむっ、小癪な……」

 まるで猫のように身を屈めて、その女の子が俺を睨む。肩までで揃えられた栗色の髪は少し癖があって、しかし、猫の毛のようにつやつやしている。

「ていうか! いまあんたが避けたからオレに当たりそうだったんだけどーっ!?」

 後ろからさっきの金髪の子が抗議してきた。

「隠れてろっつったのに顔出してるからだろ」

 実際、後ろまで気にしてる余裕がない。相手は飛び道具を持ってて、仲間もいる。それに対してこっちは俺一人だ。魔術で倒しちまうのは簡単だが、こんな町中で女の子相手にぶっ放すのもな。

 相手の攻撃の隙を突いて、気を逸らせる程度に使うか。

「マリオン! 追いつきましただか!?」

 おっと。ぼやぼやしているうちに、敵は二人に増えた。

 また女の子だ。赤毛のポニーテール。その手に剣を持っている。マリオンと呼ばれた栗毛の子と比べると背も高いし、すらりとした腕には健康的な筋肉も付いてる。魔術士である俺より腕力は強いかもしれない。きっと接近戦を挑んでくる。

「なんとかにゃあ。でも、どっからか手強そうな奴が湧いてきたにゃ」

 油断なく俺を睨みながら、マリオンが呟いた。意外に用心深く、なかなか仕掛けてこない。仲間が集まるまでこうして時間を稼ぐつもりか?

「大丈夫か!? レイチェルは強いぞ!」

「忠告はありがたいけどな、いいから大人しく引っ込んでろって」

 後ろからの声を、俺はそう言って遮った。

 赤毛の剣士……レイチェルっていうのか。確かに強いんだろう。構えひとつ見ても、そんな気配がびんびん伝わってくる。

「お兄さん。大人しく引っ込んでいれば、怪我はしないで済みますだよ」

 剣を構え、じりじりと間合いを詰めながら、レイチェルが俺にそう忠告する。剣はどうやら刃が潰してある訓練用のものみたいだったが、それにしたって何しろ鉄の塊。鈍器としては充分に強力だ。

 魔法戦ならいくらでもやりようはあるんだがな……。

 やれやれ、こいつはヘヴィだぜ。

 ……けどまあ、やるしかないな。引き受けちまったからには。

「万物の根元たる霊気(マナ)、我が内より出でよ。出でては火となれ。火となりて――」

「な、何を言っているんですだか?」

 赤毛のレイチェルは俺の口から出た言葉に目を丸くしている。どうやら、魔術を見たことがないらしい。……好都合だ。

「レイチェルっ! それは魔術の詠唱にゃあっ! 攻撃してくる気にゃっ!」

 マリオンの忠告でレイチェルが慌てて動き出したが、もう遅い。俺の魔術の方が早い。

「――〈火炎(フレイムアロー)〉ッ!」

 仕上げに叫んで腕を振り下ろした。意のままに動く炎の矢が俺の手を離れる。俺はそれを相手に直接ぶつけることはせずに、ただ地面に叩きつけた。炎の矢は地面に弾けて砂を巻き上げる。

「うぷっ! けほっ!」

 砂で視界を塞がれたレイチェルはそれでも果敢に打ち掛かってきたが、これなら避けるのも難しくはない。俺は少し身体をひねってその剣撃を避けると同時に、レイチェルの足元を引っかけて転ばせた。

「すっげえ! マジに魔術士だったのか!」

 後ろに隠れていた金髪がまた顔を出していた。引っ込んでろって言ってんのに。

「今のうちに逃げるぞ!」

 俺はそう言ってその子の手を握り、駆け出す。

「えっ? あの魔術でドドーンッ、ババーンッて倒すんじゃないのかよ?」

「あのなあ。あれ直撃したら本気で死にかねねえんだぞ。第一、戦士に接近されると不利なのはこっちだ」

「マ、マリオーン! 二人が逃げてしまいますだよ!」

「こっちからもよく見えないにゃあ!」

 そんな声を後ろに残して、俺たちは細い路地を抜ける。見覚えがあるようにもないようにも思う裏通り。

 ふと、子どもの頃通ったことがある道じゃないかと思ったが、多分、勘違いだ。遠い町から帰ってきたばかりだから、この町の雰囲気ひとつだけでついそう思ってしまったんだろう。

「逃げるあてはあるのか?」

 俺が尋ねると、俺に手を引かれる金髪は一度後ろを振り返って追跡者がいないことを確認して、俺を先導するような身振りを見せてから、別の路地に入った。

「とりあえず、あいつらの怒りが収まらないことには帰れねえなあ」

 ぽつりと、金髪が言った。……女の子にしては口調が荒っぽいな。

「命を狙われてるとかってわけじゃないんだな?」

「あいつらはいつもオレを殺す気だよ」

 物騒な話だが、それを笑いながら口にするあたり、まあ、冗談だろう。ただ、だったらこれ以上に魔術を使うのは、やりすぎかもしれないな。ただの喧嘩ならな。

「ま、おかげで助かったよ。ひとまずはさ。あんた、その格好からすると旅人かい?」

「留学先からこの町に帰ってきたんだ。ついさっきな」

「ふぅん? わざわざこんなシケた町にねえ」

「シケてようが、故郷だからな」

 町を離れて十年経つが、家族はまだここに住んでる。何を始めるにしても、俺はやっぱり一度はここに戻らなくちゃいけなかった。俺を支援してくれた伯爵にお礼を言って、一人前になった姿を家族に見せて、それから……

「……約束もあるしな」

 俺がそう呟いたのは、金髪には聞こえなかったようだ。

「それにしても、あいつらひでえんだぜ? 俺は台所にあった菓子をちょっとつまんだだけなんだ。いや、オレも悪かったよ。悪かったと思ってるよ。バレるようなつまみ食いをしたのはさ。もっと上手くやるべきだった」

 ……追いかけてきてた二人のやり方も普通じゃなかったが、話を聞いてるとこいつも相当にアレだな。大人しく身柄を引き渡した方がこいつのためかもしれない。

 そんな俺の考えに気付かず、金髪は悠々と路地を進んでいく。どうやら歩き慣れた道らしい。道の選び方に迷いがない。

「追っ手はたぶん、いつもの四人だ。何に対しても万能なオレでも、あいつらにはいつも煮え湯を飲まされてるんだ。血も涙もない奴らさ。マリオン、レイチェル、アメリア、それから……」

「ソフィー」

「そう、ソフィー。って、何で知ってるんだ?」

「俺じゃねえよ」

「私だよ、まぬけ」

 声は上から降ってきた。見上げる間もなく、俺たちの頭には網がかけられた。

「まぬけな君がここを通ることは予想してたよ。だから先回りさせてもらった。諦めろ」

 屋根の上だ。上にいた。黒髪の、眼鏡を掛けた……これもまた女の子。

「くっそー!! 今日こそは新しい仲間のおかげで逃げ切れると思ったのにっ!」

「新しい仲間? ……その男か」

 ソフィーが、眼鏡の奥の黒い瞳で、じっと俺を見た。何だか、どこかで見たことがあるような気がする顔だが……

「……もしかして」

 と、ソフィーが言った。もしかして、か。多分、俺も同じことを考えてる。

 留学していた間の十年、全く会っていなかったが、歳も目の前の子とちょうど合うし、そういえば面影もあるような。

 俺の妹の話。名前はソフィーっていうんだが……

「もしかして――」

「――兄様っ!」

 と言ったのは、ソフィーじゃない。別の女の子だった。俺たちが進もうとしていた先で路地を塞いでいる小柄な……金髪の女の子。

「アメリア!? その手に持ってるのは何っ!?」

 俺と一緒に網に捕まってる金髪が叫んだ。路地を塞いでいるアメリアは、両手で何か大きなものを抱えている。丸くて大きな――

「見ての通りの樽だよ、兄様」

「……一応聞くけど、中身は?」

「安心して。水だから」

 何を安心するべきかわからない。樽としては小振りではあるが、目一杯詰まってるなら人間一人分の重さがあるはずだ。

 それをこの子は、どうするつもりなんだ?

「やっと追いついたにゃあっ! アメリアー!! やってしまえにゃあ!」

 俺たちの後ろから、マリオンが叫んだ。

「おっ、お嬢様っ!? あ、危ないですだよ!!」

 レイチェルがおろおろしている声が聞こえた。

「や、ちょっと待って! まぬけの方はいいけど、もう一人は私の――」

「そーれっ!」

 何か言っているソフィーを顧みることもなく、アメリアが、その手に抱えていた樽を思いっきり投げつけてきた。小振りだと思ったそれも、ぐるんぐるん回転しながら近付いてくると、とてつもない重量感が……

 ――ごすっ。こいつはヘヴィだぜ。言葉通りだ。俺は死んだ。

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