赤竜山の黄金伝説   作:雷神宮燦

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悪寒

「た……助かった……?」

「ひとまず、命だけは、そうみたいだな……」

 俺たちは大量の水と共に崖から落ちた。落ちた先が硬い床だったら無事では済まなかっただろうが、幸い、落ちた先は水溜まりだった。……多分、そこまで含めて計算された仕掛けだったんだと思う。

 その水溜まりから這い出て、俺たちは全員の無事を確認した。せっかく少しは絞った服が、またびっしょり濡れてしまったんだが、死ぬよりはマシだったと思うしかない。

「少し明るいですだ……」

 レイチェルが辺りを見回して呟いた。その言葉の通り、ランプがなくても同行者のシルエットが見える程度には、どこかから光が差し込んでいた。

 ……濡れた服がぴったりと身体に張り付いているから、そのシルエットがまた――

「ケネス、地図は大丈夫?」

「おっ!? あ、ああ。ちゃんとここにあるぞ!」

 不自然に慌ててしまった俺に、アメリアが少し首を傾げた。って、さっきと全く同じ状況だ。まさか、俺のよこしまな考えを見抜いて妨害してるのか……?

 いや、ともかく地図だ。かなり濡れてしまったが、破れたりはしてない。大丈夫。

「でも、随分落とされたよな……」

 濡れた髪をかき上げたソフィーが、俺たちが通ってきた穴を見上げた。もう水はほとんど流れていない。仕掛けは止まったみたいだ。ただ、かなり高い位置だから、戻ることはできそうにない。……と、それを見ていたソフィーが、薄く笑った。

「……うん、おかげで少し希望も湧いてきた。あれに戻れないなら、この先に別の出口がある可能性はかなり高い。こんな仕掛け、ドラゴンが作るはずないからね。人間が作ったなら、きっと――人間用の道がある」

 

       *

 

 出口があることを信じて進もうとする俺たちの背後で、マリオンは一人で途方に暮れていたらしい。あとで本人から聞いたから、多分そうなんだろう。

「にゃあ……みんな、溺れて死んでしまったのかにゃあ……」

 さっきの俺たちの悲鳴を聞いたなら、マリオンがそう心配するのも無理はない。

「……ケネスは最期に、伯爵に知らせろって言ってたにゃ。行くしかないにゃ」

 マリオンは俺の指示を思い出して立ち上がった……って待て。最期にじゃねえ! 縁起でもない。……ああ、まあともかく、俺としては、マリオンから追っ手の魔術士たちに話をして、町にいる伯爵に連絡をとって欲しかったんだが……

「んー……でもやっぱり、ドラゴンは怖いにゃあ」

 マリオンがそう思うのはわかるんだが、そこをなんとか頑張って欲しかった。

 しかし、まだ部屋の外であっちへ行きこっちへ行きしてドラゴンパピーの相手をしている追っ手たちを見て、マリオンはひらめいてしまった。

「そうだっ! あいつらがドラゴンに狙われてる間に抜け出せばいいんだにゃ♪」

 その方針が決まったらその後の行動は素早かっただろうって、言われなくても想像がついたし、残念なことに、実際そうだったみたいだ。

 分かれ道のところに隠れてこっそり見張っていたマリオンは、鬼ごっこが竜の巣の方へ行った間に、まんまと祭壇側の出口から外に出ることに成功したんだ。俺たち全員で同じことをしようとしたらすぐにバレただろうが、マリオン一人ならそう難しくはなかったらしい。

 外は日が落ちて暗くなっていたが、昼間に雨を降らせていた雲も過ぎ去って、月明かりがあったそうだ。それでもマリオンはあえて影の落ちた場所を選んで走った。空から竜に見付けられないためにだと。……そういうところにちゃんと気が回るんなら、普段から軽率な行動はやめとけばいいのにな。

 で、そのマリオンが俺たちが乗ってきた馬車まで辿り着いたとき……

 そこには、鎧を着た戦士たちがいた。女ばかりで構成されたその一団は、総勢六人。彼女たちが身につけている鎧は、揃いの、そして上質のものであるのに、マリオンが見慣れないものだった。伯爵家の護衛兵ではない。

「……あら? 貴方……この馬車の持ち主とお知り合いですか?」

 六人のうちでただ一人だけ鎧を着ていない少女が、マリオンにそう声を掛けた。

 透けるような白い肌。長い白金色の髪。そして、真紅の瞳――。

「――セレスト・ランズベリーさんだにゃ」

 マリオンがそう言ったら、追っ手の少女は、にこっと笑った。

「はい。後ろの者たちはわたくしの護衛です。わたくしたちは、狼宴の伯爵閣下のお手伝いで、伯のご息女……アメリア・クルサード様と、魔術士ケネス・リドルさんを探しているところです。この馬車はおそらく、伯爵家のものですよね? 貴方、何かご存じなのではありませんか?」

「アメリアとケネスは……」

 セレストに問われて、マリオンは大きくため息をつき、そして……首を横に振った。

「二人は、死んだにゃ。激流に、巻き込まれて……」

 ……いや、死んでねえよ。適当なこと言うな。マリオンめ。

 

       *

 

「……兄さん? 顔色が悪いみたいだけど」

「ん? あ、ああ……何か、さっきから少し悪寒がしてな……」

 さっきから足が重いのは服が水を吸ったせいだと思っていたが、それだけじゃないのかもしれない。水に濡れて風邪でも引いたかな。

 とはいえ、こんな場所では火を焚くこともできない。火自体は俺の魔術でどうにかなるが、燃やすものがないし、あったとしてもそれで煙が充満したら死にかねない。

「少し休憩しよう? この先、何があるかわからないし」

 アメリアがそう言ってくれて、正直、助かった。……や、こういうときさ、女の子たちが頑張ってるのに、俺が真っ先に「休もう」なんて、言えないだろ?

 ともかく、それで俺たちは、岩肌を剥き出しにした洞窟の壁に寄りかかって座った。壁と接した背中が、なにやらぽかぽかと温かい。……そういえばここは火山だ。ドラゴンパピーがいた巣の近くでマグマを見たのを思いだした。熱が伝わってきてるのか。

「あっ、そうだ。ボク、お薬持ってるよ!」

 言うと、アメリアは懐から小さなケースを取りだした。まるで飴のように紙に包まれた薬が、ころころと音を立ててアメリアの手に乗った。

「熱を下げてくれるお薬は……あ、これだ。はい」

 俺はそれをもらって口の中に放り込み、噛み砕いてから水で飲み下した。……苦ぇ。良薬は口に苦いって言葉を信じて我慢するしかないが。

「……ありがとう。すまないな、急がなくちゃいけないときに」

「ううん。このまま慌てて進んで、それでもし何かあったら、その方が大変だし」

 アメリアは俺を気遣って、そう言ってくれた。

 同じく心配そうにしているのは、レイチェル。

「あっ、あの……ケネっさんもこんなだし、やっぱり、水場の近くに戻って、たっ、助けを待った方が、いいんじゃないですだか……?」

 彼女の言ったことは、確かに俺も考えた。自分の命を一番に考えるなら、それが最も安全な選択だろう。幸い、食糧は少し持ってきているし、あそこなら水も豊富だ。

「……私は反対だな」

 そう異を唱えたのは、ソフィーだ。

「入口にはドラゴンがいるんだぞ? 誰かが助けに来たとしても、すんなりいくはずがない。それに……私らはそのドラゴンと、いくつかの罠を越えてきた。どうせなら、この先にあるっていう竜の黄金も見てみたいよ」

「ボクも……うん。確かにね、助けを待っていたら、安全かもしれないけど……それで町に戻っても、ボクの問題は解決しないんだ。レイチェルは、元々嫌がってたのを巻き込んじゃった形だけど……できれば、応援して欲しいな」

 アメリアもソフィーに同調した。二人とも、ドラゴンや罠を見てから少し萎縮していたようだったが、そのあたりは乗り越えたらしい。

「で、ですけんど……」

 レイチェルはやっぱり、それにすぐに賛同はしない。

 進むべきか、戻るべきか。ここに来るまでにも同じ議論を何度も繰り返してきたが、それでもまとまらない。それぞれに意見がある以上、仕方のないことではあるが……

 ……ま、少しうんざりだな。

 俺も少し休みたい気分ではあるものの、戻るつもりはないから、進むと戻るは三対一になる。一人反対しているレイチェルにも、どうにか進む気になってもらいたいが……

 すぐには無理か。ともかく、ごまかしごまかしで進むしかない。

「……俺は大丈夫だ。そろそろ行こう」

 立ち上がって、俺はそう言った。嘘だけどな。薬はそのうち効いてくるだろうが、今はまだ何も効果を実感していない。それでも……俺が休んでいることがみんなのやる気を削ぐってんなら、いつまでも休んでるわけにはいかない。

「本当に大丈夫?」

 アメリアが訊くので、俺は頷いた。

「休んでいる間に地図を見たんだ。こう書いてある……『竜に認められるには、勇気が必要である。恐れを抱き、迷い進む者は、決して黄金に辿り着くことはない。立ち止まる者は、その命を落とす』……いま安全な場所が、次の瞬間も安全とは限らないって書いてあるわけだ。のんびりはしてられないだろ」

 俺の言葉に、みんなは少し不安げに顔を見合わせた。

 ちなみに……嘘だ。そんなこと、地図のどこにも書いてない。けど、地図の古代語を読めるのは俺だけだ。少しくらい吹かしてもバレやしない。少し卑怯ではあるが、このくらいの嘘は必要悪ってところだろう。実際、安全そうに見えた通路に勢いよく水が流れてくるような場所なんだしな。

「あっ、で、でも、本当に大丈夫ですだか? 無理……してるように見えますだ」

「本人が大丈夫だって言ってるんだから、大丈夫だろ」

 俺を心配するレイチェルに、ソフィーが冷たい言葉を投げつけた。

「レイチェル。君が兄さんを休ませようとするのは、立ち止まる理由が欲しいからじゃないのか? だとしたらこっちは、そんなのにいつまでも付き合ってはいられないよ」

「……おい、ソフィー」

 辛辣すぎじゃないかと思って、俺は二人の間に割って入り、ソフィーを止めた。

「仲間割れみたいなことをしてる場合か。危険があるからこそ、力を合わせて――」

「力を合わせて? その気がない人間がいたら無理だよ。安全は大いに結構だけどね、私らは今、奥に進むつもりなんだ。その前提を忘れないでくれないかな。……レイチェル。君には私らにない技術と経験があるのに、ここはきっとそれを活かせる場所なのに、それを活かすつもりがないのか? だったら、せめて邪魔だけはしないようにしてほしいね。邪魔をされると、それこそ危険になる」

「ソフィー!!」

 俺が強くそう止めに入ると、ソフィーはまだ何か言いたそうな顔を、しかし、何も言わずにぷいと背け、レイチェルから離れた。

 レイチェルは……うなだれていた。俺は、彼女に声を掛けずにはいられなかった。

「……いくら何でも、あれは言い過ぎだよな」

 レイチェルは力なく笑いながら、首を左右に振った。

「ソフィーがあそこまで言うのは、大体、わたしが悪いときですだ。わたしがやる気を出すように、ソフィーなりに励ましてくれたんですだよ、きっと」

 そうなのか? ……本当にそうなら、俺が口出しすることじゃないのかもしれないな。

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