内部へと入る穴のある祭壇。マリオンがそこに戻っていたのは、多分その頃だ。
「入るならさっさと入った方がいいにゃ。近くにはドラゴンがいるにゃ……」
「ああ、そうでしたね。すみません、マリオンさん。竜の像や柱の彫刻が興味深くて」
その時、マリオンは一人じゃなかった。一緒にいるのは、セレスト・ランズベリーだ。二人はそれぞれにランプを持ち、暗い山道を祭壇まで進んできた。……どうも、商会のお嬢様には見た目以上の行動力があるらしい。
「本当に入るのにゃ? だったら、護衛の人もいた方が良かったと思うにゃあ……」
「こういうところは、あまり大人数だと動きにくいでしょう? それに、お屋敷への連絡や、馬車の見張りも必要ですし。大丈夫。中には先に入った部下もいるそうなので、彼女たちと合流すれば済みます。……では、お先に」
明るいうちに辿り着いた俺たちですらいくらか躊躇したのに、セレストはマリオンを残してするすると地下へ潜った。
「あっ、待つにゃあー!!」
マリオンが後から追いかけた。祭壇のあたりでは一度ドラゴンに襲われているから、長居したくない場所だっただろうな。
……で、中ではなんと、まだ鬼ごっこが続いていたらしい。
「キャー!! オマエタチ! 我がブルーム団の精鋭タチ! 早くあのドラゴンを始末するのデス! さもなくば……ワタシタチが始末されるデス!」
「ド、
……こいつら、魔王とも戦ったことがある凄腕じゃなかったか? 相手はドラゴンとはいえ幼生なんだから、さすがに魔王と比べるほど強いとも思えないが。
「……苦戦しているようですね。手助けしましょう」
と、セレストは懐から杖を取りだした。魔術のためのものだ。
「万物の根元たる
セレストの口からすらすらと詠唱が紡がれると、空気がびりびりと震えた。それはマリオンにもすぐにわかるほど強い反応だったらしい。……本当かね。
「あっ! 待つにゃっ!」
叫んだマリオンが、今にも放たれようとするセレストの稲妻の魔術に、割り込んだ。
「……どうしたのですか?」
杖の先に電光をちらつかせたまま、セレストが訊ねる。マリオンは表情を引き締め、そしてセレストに忠告した。
「あのドラゴンパピーには親がいるから、下手に刺激しない方がいいにゃ。それに、あたしが出てくるときからずっとあんな調子だから、殺すつもりはないんじゃないかにゃ。あれはきっと、遊んでるだけにゃ。話せばわかってくれるにゃ」
「はあ……そうでしょうか。わたくしには話の通じない生き物に見えますけれど……」
「試してみればわかるにゃ。……にゃー!!」
マリオンがそう声を掛けると、女魔術士たちを追いかけ回していたドラゴンパピーが立ち止まり、くるりと振り返った。そして、ぐるるう? と首を傾げた。
これで話が通じそうだと確信したマリオンは……
「にゃにゃにゃーにゃ、にゃにゃんにゃ、にゃんにゃ?」
*
一方の俺たちは、少し重い雰囲気のまま、洞窟を奥へと進んでいた。ランプは先頭に立つアメリアが持っている。そのすぐ後にソフィー、俺が続いて、レイチェルが最後だ。前の二人は足取りもしっかりしているが、後ろの二人は少々おぼつかない。俺はまだ熱が下がっていないし、レイチェルは……まだ立ち直っていないみたいだな。無理もないが。
「――待って。みんな止まって」
先頭を行くアメリアが、腕を伸ばして後続を止めた。何事かと奥を覗く俺たちに、アメリアは先の床を指差した。
「ランプが落ちてる。誰かがボクたちの前に来たのかな?」
近付いてみると、それは確かにランプだった。だが、かなり古くて、これは……
「……俺なら、こんなランプで洞窟探検なんかしたくないな。錆びてぼろぼろだ。使い物にならない。ずっと昔に……捨てられたんじゃないか?」
「あるいは、放り出したのかもね。罠とか、怪物とかに出会って」
俺も思ったがあえて言わなかったことを、ソフィーはためらいもなく言った。すると案の定、アメリアとレイチェルは不安げに顔を見合わせることになった。それでもアメリアの方は、覚悟していたのだろう。動揺は小さい。……問題はレイチェルだ。
「レイチェル、大丈夫か? もしかして、風邪、伝染しちまったかな」
震えている彼女に、俺はなるべく深刻にならないよう気を付けて声を掛けた。だが、レイチェルはその声にさえ驚いて、目に見えて飛び上がった。
「あっ、か、風邪じゃないですだ。ケネっさんのせいじゃないですだ。ただ……こっ、怖くてたまらないだけ、ですだ……」
「心配するなよ。大丈夫。みんなで力を合わせれば乗り越えられるさ」
「で、ですけんども……わ、わたし、こっ、恋人とか、いたことがないですだ……」
……って、何を言い出すんだ、いきなり。何の関係があるんだ。
「もう、今から戻っても、こ、このまま進んでも、無事に済む気がしないんですだ。わたしは、一度も、こっ、恋人が出来ないまま、ここで死ぬに違いないんですだ……っ」
「縁起でもないこと言うなよな! 私らはちゃんと生きて帰る!」
「そんなのわからないですだ! すぐそこにだって罠があるかもしれないですだ! 罠にかかったら、わたしたちも――そう、ちょうどあんな風に! なってしまうに違いないですだ!」
あんな風に? ――レイチェルがビシッと指差した先を、俺たちは見た。
ランプの明かりに照らされて、地面に横たわっている人がいた。やけに痩せた人だ……
「――――――――ッ!!」
見間違いじゃない。いた。いや『あった』。
白骨死体が、だ。
「――待て! 近付くな! 罠があるかもしれないぞ!!」
俺が叫ぶと、みんなビクッと震えて動きを止めた。俺は彼女たちに後ろへと下がるように言い、アメリアからランプを受け取って、一人でその骨に近付いた。
死後、どれだけ経ったかわからないくらい、古い骨。身につけている物もぼろぼろ。肉はもう一片たりとも残っていない。髪の毛かと思ったのは蜘蛛の巣糸だ。大きく口を開けたままのその骸骨は、苦しげに胸を押さえた格好のまま、仰向けに横たわっている。
これがさっきのランプの持ち主、ってとこだろう。
「……古い骨だが、この剣は……」
「剣?」
「鞘に収まったままの剣だ。これは、そう古いものじゃないな。どんなに古くても、そうだな……八十……いや、五十年前くらいか?」
「そ、そんなことまでわかるんだ」
「柄や鞘の装飾で、大まかにはな。……それより、この骨の下半身。ぐしゃぐしゃになってる。ものすごい力で押しつぶされたみたいだ。多分……」
「罠がある?」
「だろうな。見ての通り、本当に死にかねない罠だ。……変なところ、触るなよ」
一応は注意したが、まあ、この場にはマリオンもいないし、その点は大丈夫だろう。
「そっ、それ……おっ、大叔父様ですだ……」
レイチェルが、震える声で、呟いた。
「誰だって?」
「わたしの大叔父様ですだ! そ、その剣の柄に、わっ、わたしの剣の柄にあるのと同じ家紋がありますだ!」
言われて見ると確かに、二振りの剣の柄には、同じ模様があった。
……確か、屋敷の宝物庫で聞いたな。レイチェルの大叔父さんは冒険者で、竜の黄金の在処を突き止めた、と言い残して行方不明になった……。
ただ、見たところ、その手に黄金は握られていない。突き止めたその場所に、たどり着けなかったのか。俺たちと同じところを目指して、そして……
この人の冒険はここで終わってしまった、ということか。
「冒険者ならこういう探索には慣れてるはずなのに、それでも無理だったのか……」
思い返してみれば俺たちも、ここに来るまでに何度か死ぬような目に遭った。死んでいておかしくなかった。けど、まだ誰も死んじゃいないから、大丈夫、まだ大丈夫だと、ここまではそうして進んで来られた。
だが、こうしてこの、冒険者の成れの果てってやつを見てしまうと……
……参ったな。こいつはヘヴィだぜ。
「でもつまり……つまりだ」
ソフィーが、重苦しくなった雰囲気を打ち払うように、口を開いた。
「そんな罠があるんだったら、この道は間違ってないんじゃないか? 竜の黄金が存在しないなら……この先に進んでも何もないなら、罠なんか作る必要がない」
「……それは、そうかもしれないな」
とてもじゃないがこれは、冗談で作る規模の仕掛けじゃない。少なくともこれが作られた当時には、奥に何か重要なものがあったのは間違いない。地図の記述に照らせば、それが竜の黄金だってことになる。レイチェルの大叔父さんが言い残した言葉とも合う。
「……あっ! あーっ!! みっ、見て!! 天井に何かある!!」
見上げながらアメリアがそう言ったので、俺はランプの明かりを上に向けた。
……岩だ。明らかに、自然の物じゃない。形を整えられた跡が見える。そしてそれが、この通路の奥の方まで合計、五つ……天井から吊り下げられている。
なんであんな形に整えたのか、想像するのは簡単だ。その下を通る奴らを効率よく押し潰すためさ。あれに押し潰されたらまあ、死ぬな。確実に。
「あの岩が、その人を? 一度落ちた岩が、ひとりでに元の場所に戻るの?」
「水力を利用してるんじゃないか? ほら、さっきの罠も水だっただろ? 人のための道の他に、水道も隠れてるんだろう。かなり大がかりな仕掛けだ」
俺たちをこの地下に叩き落とした激流の罠は生きてた。だとしたら、もちろん……この罠もまだ生きてる可能性がある。どうやって切り抜ける……?
「ケ、ケネっさん。あ、あの……そ、その……」
罠と通路を見つめて思案する俺に、背後からレイチェルが声を掛けてきた。
「何だ? 何か気付いたのか?」
「そ、そういうわけじゃ、ないんですけんども…………あのっ! 大叔父様の剣、わたしがもらってもいいですだか?」
剣? ……ああ、レイチェルの持ってる剣と同じ装飾がある、これか。
「いいけど、使い物にはならないんじゃないか?」
「それでも……剣は、剣士の魂ですだ。大叔父様のお骨は、無理ですけんど……剣くらいは、故郷に帰してあげたいですだ」
ふぅん、なるほど。ま、本人はもう要らないだろうし、もらっても問題ないだろう。俺はこの先人の冥福を祈ってから、その傍にあった剣を取って、レイチェルに渡した。柄も鞘も錆だらけでぼろぼろだが、武器として使うつもりがないなら問題はない。