「……レイチェル。遺品で使えそうな物があったらもらうぞ。何か……俺たちが持ってる地図みたいに、先に進むのに有用なものがあるかもしれない」
「は、はい……わたしはその辺のことはわからないんで、ケネっさんに任せますだ」
遺族から許可が下りたってことでいいだろう。調べさせてもらうことにしよう。
さっきから気になっていたのはこれだ。この骸骨の首に掛かっているメダリオン。色味からすると多分、銀……いや、白金か? ともかく、他の遺品と比べると、これには全く錆がない。何かが決定的に違う。
俺は遺骨を傷付けないように注意しながら、そのメダリオンを持ち上げた。
「……これにも竜の姿があるな。それとこっちは――『真なる鉄を竜は欲せず。故に其は人の手に』……か」
「何の話?」
「古代語だよ。このメダリオンに刻んである。これが、この人の道標だと思う。竜の黄金を手に入れるための、な」
かろうじてそれらしい形を保っていた首紐は、俺がメダリオンを持ち上げるとぼろりと崩れ落ちた。仕方がないから、俺はそのメダリオンを上着のポケットに入れた。
「他にはめぼしい物はないな。こっちの荷物にも、多分、何か入ってたんだろうが……押し潰されててどうしようもない」
「じゃああとは……この通路をどう抜けるか、だね?」
アメリアの言葉に、俺は頷く。今のところ罠が動き出す気配はないが、実際に動き出したら、岩が落ちるのなんて一瞬だ。
「そうだ、兄さん。さっきの古代語の詩がヒントじゃないか?」
「さっきの? ええと、『真なる鉄を竜は――」
「それじゃない。もうひとつ前のやつだよ。ほら。『竜に認められるには――」
ソフィーの言葉に、アメリアがぽんと手を叩いた。
「そっか! そうかも! 『竜に認められるには、勇気が必要である。恐れを抱き、迷い進む者は、決して黄金に辿り着くことはない。立ち止まる者は、その命を落とす』……」
「うん。この通路、罠がこんなにあからさまなのはきっと、勇気を試しているんだよ。祭壇の入口を守っていた竜の像と同じでね。だからここは、一気に駆け抜けるのが正解なんじゃないか?」
「あっ、き、きっとそうですだ! 岩が落ちてくるより速く走ればいいんですだ!!」
三人が盛り上がるのと反対に、俺はさあっと血の気が引いていくのがわかった。
「ま、待てっ! あ……あぁー、そのー……そ、その解釈はきっと違うと思うぞ……?」
俺はみんなの勢いを止めるために、慌てて咄嗟にそう反論した。
……ちょっと、本当に待ってくれ。アレだけはマズイ。アレは地図には書いてない言葉なんだ。俺がその場の嫌な雰囲気を払おうと思って口からでまかせを言った……
「大丈夫っ!」
「な、何が大丈夫なんだ、アメリア」
「体力がないことを心配しなくてもいいんだよ。ケネスの分の荷物はボクが持ってあげるからね? ケネスも思いっきり走れるよ。だからきっと大丈夫!」
ああ、アメリアは俺を気遣ってくれてる。それが本心からだってのは疑いもないさ。でも違うんだ。そうじゃないんだ。
……これは、嘘をついた俺への罰か?
「前が遅くても後ろが遅くても危険そうだな。バランスを考えないと……うん、よし。まずは私が行こう。アメリア、兄さん、レイチェルの順に続いてくれ。レイチェルは、いざとなったら兄さんを頼む」
「わ、わかりましただ」
「あー、お、おい、待て。もう少し地図の古代語をよく見てからでないと、他にもいろいろ書いてあるわけだし、な?」
地図の解釈を間違えてるならまだしも納得がいくが、嘘だとわかってる言葉を信じて罠に突っ込むなんて、絶対にやりたくないぞ。
……ああ、わかってる。だったらアレは嘘だったって言えばいいんだ。嘘つきと罵られ軽蔑されようとも、俺が今すべきなのは、その告白だ。言うしかない。言うしか――
「よーし。じゃあ、行こう! カウント始めるよっ!! ご、よん、さん、に、いちっ!!」
なぁーっ!? ちょっと待て! 話を聞けーっ!! という声を出せないまま……
「すっすめ――――っ!!」
アメリアの号令が下った。
結果を言おう。
罠は滞りなく作動した。背後にものすごい質量の岩が落ちるのが、ズドンという轟音と足元に伝わる振動でわかった。全部で五回。その度に心臓が冷えた。
しかも……しかもだ。
それがようやく終わるという頃に、先頭のソフィーが絶叫した。
「穴が空いてるっ! そのままの勢いで跳び越えろーっ!!」
そう、穴だ。下がどうなってるのか確認する暇もないが、まあ……想像は付く。
……こいつはヘヴィだぜ。
だが、それでも俺たちは罠を乗り切った。ああ。死ぬかと思ったが、なんとか無事だ。
「はあ、はあ……ちょ、ちょっと危なかったね……」
アメリアが地面に両の手足をついて、荒い息を吐いている。隣に転がった俺は、まだ声も出せない。
「す、少し休憩しよう……」
そう言ったのはソフィー。最後尾で一番ギリギリだったレイチェルは、遺品の剣を胸に抱き、涙をぽろぽろ落としながら無言で何度も何度も頷いていた。
小部屋だ。木製の扉はソフィーの体当たりで粉々になる程度に劣化していた。棚は朽ちているし、床のタイルにはヒビが目立つし、そこかしこに埃が厚く積もっている。
だが、そこまでの洞窟とは違い、床にきちんとタイルが敷かれ、壁が真っ直ぐに整えられている。間違いなく、人間のために作られた空間だ。そのことは俺たちをいくらか安心させた。たとえこの部屋が使われていたのが大昔だとしても、だ。
「……でもこれ、もし……けほけほ。もし救助が来たら、危ないよね?」
アメリアが咳を交えながら不安を口にした。俺は顔を上げ、走り抜けてきた通路に視線を向ける。岩はまだ落ちたままだった。今のところ、上に戻る気配はない。ただ、大岩の頭の部分には鎖が繋がれているのも見えた。いずれその鎖が巻き上げられて、元の位置まで上がっていくんだろう……。とはいえ。
「しばらくは大丈夫そうだ。罠が元通りになるまで何日もかかるのかもしれない。それまでは、横の隙間を歩ける」
その解説で、アメリアとレイチェルは少しほっとした表情になった。ただ、ソフィーだけは何やら少し悔しそうな顔をしている。
「……それなら、一人だけ走り抜ければ、他の三人はゆっくり歩いて来たって良かったんじゃないか」
悔しさの原因はそれらしい。まあ、気持ちはわかる。多分、地図をよく読めばその辺のことは書いてあったんだろう。でもこうして全員無事だったから、黙っておこう。今回あてにしてた古代詩が俺の創作だったってことも含めて、さ。
「それにしても、どうやら……まだ奥に進めそうだな」
ランプが照らす先には、手前の扉と同じように朽ちかけた木製の扉があった。
「先に進むだろ? ここが目的地じゃないんだし」
俺が問いかけると、全員が強く頷いた。全員……もちろん、レイチェルもだ。
「竜の黄金にたどり着けなかった大叔父様の無念を、できれば晴らしてあげたいですだ」
なるほど。少しやる気が出てきたみたいだと思ったら、それか。
「きっと晴らせるさ。みんなで力と知恵と勇気を合わせればな」
*
で、救助隊を呼んでくれるはずだったマリオンだが……
「……驚きました。マリオンさんって、ドラゴンの言葉を喋れるのですね」
「まあ、そういうことになるにゃー。にゃっはっは」
……マリオンと何度かやりとりをしたドラゴンパピーは、一度「キューン」と鳴いたあと、巣の方へと戻っていったらしい。……本当かね。
ともかく、ドラゴンパピーとの本格的な戦闘にはならなかったというわけだ。で、俺たちが水を浴びた小部屋に、マリオンとセレスト、そして女魔術士三人組が集まって、情報交換ということになった。
「まずセレストに言っておくけどにゃ」
マリオンが話を切り出した。……って、ランズベリー商会の会長の娘を呼び捨てか。まあ、マリオンは普段から、今は俺もだが、伯爵の娘を呼び捨てにしてるけどな。
「アメリアは狼宴を離れたくないって言ってるにゃ。借金を返せばそういうことはなくなるしにゃーってことで、あたしたちは竜の黄金を探しにここまでやってきたというわけにゃ。駆け落ちとかじゃないにゃ」
その説明はかなり端折ってるが、まあ、大体合ってる。
「だからにゃ、ランズベリー商会の方が、そういうことにはならないって約束してくれるんなら、アメリアも無理に危険な場所には行かないで素直に引き返すに違いないにゃ」
マリオンはさらにそう訴えたが……当然、セレストの方にも立場がある。
「残念ですが、商会は……父は、アメリア様を含む伯爵家の方々を王都に移す考えを変えないと思います。サイラス様とわたくしの結婚で借金は帳消しになりますが、それは商会の損害になるので……少なくともそれを補填するまでは、商会は狼宴の資源を何でも活用します。そのとき、町の人たちから慕われている伯爵家の方々がそのまま留まられていると、商会としてはいろいろ都合が悪いのです」
と、手の内を隠さなかったのはセレストなりの誠意なんだろう。
「まあ……何にせよ、アメリアたちがまだ生きてればの話だけどにゃ」
「そうですね……ご無事だといいのですが」
二人は顔を見合わせて、小さくため息をついた。
「……ちょとイイデスカ?」
そう言ったのは、それまで黙って聞いていた、魔術士三人組の一人……どピンクのローブの、リーダー格の女だ。
「何ですか? パール・ブルームさん」
そう、確かそんな名前だ。そのパールが、応じたセレストではなく、マリオンに向かって質問した。
「竜の黄金というのは、そんなにものすごいモノなのデスカ? 伯爵家の借金を全部返済デキルくらいの?」
「実際に見たわけじゃないけどにゃ。アメリアが言うには、ものすごい量の金銀財宝だっていう話だったにゃあ……」
「何か、気になるのですか?」
セレストが訊ねるも、パールは返事をせず、部下の二人と何やらこそこそと話し合っている様子で、マリオンとセレストは首を傾げていた。と――
「わかりマシタ。そういうことなら、話は簡単デス」
パールは自信満々にそう言った。そして、どピンクのローブをバサリとひるがえし、その手に杖を構えた。同時に、――詠唱。
「万物の根元たる
パールだけじゃない。彼女に付き従う残り二人の魔術士も同じ詠唱を重ねた。
「な……っ!」
「フッフッフ。竜の黄金はワタシタチ、ブルーム団が頂くデスヨ! ――〈
眠りをもたらす魔術が放たれ、マリオンは抵抗できず、深い眠りへと落ちていった。