「――ねえ。いま、何か聞こえなかった?」
アメリアが俺に小声でそう言いながら、不安げに後ろを振り返った。
「さっきから、水音がうるさいくらいだな。その他には何も聞こえなかったぞ。……怖いなら、俺の手を握ってるといい」
「あっ、うーん……怖いわけじゃ、ないんだけど……」
言いながらも、アメリアはぎゅっと俺の手を握ってきた。……ちょっと痛いくらいだ。
「明かりが見える。この先だ。広くなってる」
ランプを持って先頭を行くソフィーが、俺たちにそう報告してきた。このタイル敷きの長い廊下が終わることに、期待が半分、不安が半分。とはいえ、一本道だ。進めばやがてそこに辿り着く。
「わあ……っ」
そこに踏み入るなり、アメリアが感嘆の声を上げた。ソフィーとレイチェルも、アメリアと同じような表情をしている。……きっと、俺もだ。
石造りの庭園があった。かなり古い様式ではあるが、現代の感覚で見ても相当に整っていて、美しい。噴水まである。しかも、かなり古いはずのこれが今もまだ水を噴き出し続けているから驚きだ。
それが、ほのかに照らされている。見上げれば、ドーム型の天井。明かり取りから月明かりが差し込んでいる。
噴水から溢れた水が、さらさらと水路へ流れている。その水路がどこへ行くのかは、ここからでは暗くてよく見えない。仕方なく、反対側に目をやると――
「ひっ」
と、誰かが息を呑むのが聞こえた。それとも……今のは、俺の喉か?
――ドラゴン。黄金のドラゴンだ。外で出会ったレッドドラゴンよりさらに大きい。広げた翼は、この庭園の端から端まで伸び、身を屈めた姿でもその背は天井に届こうかという、威容だ。
俺たちにとって幸いだったのは、それが生きた竜ではなかったことだ。
「な、なんだ……これ、作り物かあ。びっくりしたー……」
アメリアが呟いた通り、これはドラゴンを模して作られた像だ。だから、俺たちに襲いかかってくることはない。
「……もしかしてこれが、竜の黄金……なのかな?」
竜を見上げてアメリアが呟くと、レイチェルとソフィーが、ハッとした。
「そ、そうかもしれないですだ! こ、これ……これだけの金塊が、いったいどれほどの価値があるのか、わたしは計算できないですだ!」
「こ、これ、ええと……コ、コインにしたら何枚分になるんだ……? ……ああ、私も計算できない。ともかくすごい価値だ。すごい価値だぞ!」
「そうだよねっ!? ボクだって、こんな量の金塊は見たことないもん!! ボクだけじゃないよ、きっと兄様も……ううん、父様だって見たことないよ! すごい!! ボクたち、竜の黄金に辿り着いたんだ!! やった!!」
みんなこんな風に大はしゃぎになって、その竜の像へと駆け寄っていった。
「おい、待てっ! まだどんな罠があるかわからないんだぞ!!」
俺はそう警告したが、幸い、みんなが竜の像に近付き、それにべたべたと指紋を付けても、何かが起きる様子はなかった。……けど、祭壇を守っていた竜の像。アレみたいに何か仕掛けがあって、突然動き出すかもしれない。
とはいえ、みんなの喜びもわかる。確かにこれだけの金があれば、伯爵家の借金を全部返済してもまだお釣りが来る。ただ、運び出すのはかなりの手間だな。この場で削るなり鋳潰すなりすれば運び出せるかもしれないが……それはやめて欲しいよな。歴史的な価値も、美術的な価値もあるし、それから……
……いや、そうだ。だめだ。違う。
「おい、みんな待て! それはだめだ! もうそれ以上触れるな!」
俺は慌ててみんなの傍に駆け寄る。その俺の形相に、みんな何事かと振り返った。
「ケ、ケネス? どうしたの? 竜の黄金に辿り着いたんだよ! これがあれば――」
「それはだめだ。この像はだめだ」
「どうして?」
「ここが何のために作られたのか、思い出したんだよ。入口に祭壇があっただろ? この地図にはこう書いてある。『それは竜を讃えし古き民の祭壇だ』ってな。……この竜の像は、きっとその信仰の対象だった。彼らにとっての神様の像だ。彼ら自身はもういないかもしれないが……俺は、この像を運び出しすのは反対だ」
それを聞いたアメリアたちは、互いに顔を見合わせた。
「……でも、それじゃ兄さん。ここまで来て、竜の黄金を諦めるって言うのか?」
そう訊ねてきたのはソフィー。俺は首を左右に振って否定する。
「……これは多分、竜の黄金じゃない」
「えっ!? こ、こんなにものすごい黄金なのに?」
そう言ったのはアメリアだが、他の二人も同じ思いらしい。表情が同じだ。驚きと、疑問の浮かんだ表情。
「まずそれが間違いだと思う。これが純金とは限らないんだ。そうだな……せいぜい、表面だけの金メッキか、金でさえなくて、黄銅かもしれない。さらに言えば、内側は空洞になってるかもしれないな。確かに歴史的、美術的にはそれなりに価値があるが、見た目の印象ほどには貴金属は含まれてないだろう」
「……兄さんがそう思う根拠は?」
「先に言った通り、ここにこれを作った大昔の人たちは、竜を信仰の対象にしていた。そんな人たちが、竜が巣に集めている財宝をかすめ取ってまで黄金で像を造るとは考えにくい。竜の黄金はこんな庭園じゃなく、やっぱり、竜の巣にあるだろう。それにな、これが本当に黄金で相応の価値があるなら、それこそ本物の竜が……財宝を巣に集めてたっていう伝説の竜〈
俺の説明で、どうやらソフィーも納得したようだ。他の二人は……話は聞いていただろうが、わかっているのかいないのか。特にレイチェル。
「え、えと……ケネスは、この遺跡にはまだ先があって、竜の黄金はきっとその一番奥にあるって思ってるんだね?」
アメリアが確認するように訊ねてきたので、俺は頷いた。
「地図にもまだ読まないで済んでる部分があるからな。もう少し先がありそうだ」
「そ、そんだらやっぱり……こ、この水が流れていく先に、何かあるんですだか?」
レイチェルの言葉に、全員の目が噴水から続く水路へ向いた。その先は暗がりになっていて、よく見えない。いや、うっすらと明かりが見えるような気もするが……
「他に道はないみたいだ。多分、そうだろう。行くしかないな」
「せっかく、竜の黄金を見付けたと思ったのになあ……」
アメリアが大きくため息をついた。
「けど、かなり近付いてるのは間違いないさ。きっともう少しだ」
俺がそう励ますと、アメリアは少し笑って、ぐっと両手の拳を握って見せてくれた。
「うん、こんなことでへこたれるボクじゃないよ! もう少し頑張ろう!」
その言葉に、俺たちはみんな頷いた。
*
「――マリオンさん。マリオンさん」
と、自分を呼ぶ声でマリオンは目を覚ましたそうだ。ちょうど、俺たちが黄金の竜を目の前にしていた頃だ。
「にゃあ……ふわぁ~あ。よく寝たにゃあ」
「よく寝たなあじゃありませんよ。ちゃんと目を覚ましてください。わたくしたち、縛られているのですよ?」
マリオンにそう伝えたのは、セレストだ。その言葉の通り、マリオンとセレストは二人まとめて腕から胴から縄でぐるぐると縛り上げられていた。
「あっ、ほんとだにゃあ! いつの間にこんなことになったにゃっ!?」
「パールさんたちが、わたくしたちを〈
マリオンの疑問にセレストが答えるが、マリオンには新たな疑問が浮かんでいた。
「あの人たちはセレストの部下じゃなかったのにゃ?」
それにはセレストが渋い顔をした。そして「はあ。まあ一応は」と歯切れの悪い返事。
「父が雇い入れてわたくしの護衛につけてくれたので、それなりには信用していたのですが……まさかこうもあっさり裏切るとは思いませんでした。……後ほど、たっぷりと違約金を請求しなければいけませんね。まあ、私を人質に身代金を要求するような真似をしなかったのは幸いでしたけど」
「そだにゃあ。縛られてはいるけど、怪我もしてないみたいだしにゃあ」
二人はそのことを確認して小さく安堵の息を吐いた。
「ですが、どうしましょう。このままでは、上には戻れませんよね」
壊れた扉の先の地下道に視線をやって、セレストがため息をついた。
「そうだにゃあ。かといって、下に行くわけにもいかないしにゃあ……」
外されたタイルの傍にぽっかりと口を開けた穴に視線をやって、マリオンがため息をついた。中に詰まっていた荷物は引っ張り出され、すぐ近くに転がっていた。
――そのとき。トストストストス……軽快に近付いてくる足音が、マリオンの耳に届いた。と、それまではどこかのんびりした口調だったセレストが、慌てたような声で、背中合わせのマリオンを呼んだ。
「……あ。あああああ……マ、マリオンさん。き、来ちゃいましたよ?」
「来たって、何がにゃ?」
「ドラゴンパピーです。あの、説明してあげてください。わたくしたちを食べてもおいしくないって」
「あー……うーん……あのにゃあ、怒らないで聞いて欲しいにゃ」
「は、はい?」
「実はあたしも、ドラゴンの言葉は喋れないにゃあ」
「えっ、えええええええええ!?」
……まあ、当然そうだろうよ。まだ二日程度しかマリオンと関わってない俺でも、その程度のことは想像がつく。けど、セレストは――
「そ、そんな、だってさっきは……!」
「てきとーに言っただけにゃあ」
セレストは最初にマリオンがドラゴンパピーに声を掛けて追い払ったのを見たから、マリオンが本当に喋れると思っていたらしい。可哀相に。
「そ、それでは、どうすればいいのですか? わたくしたち、ドラゴンパピーに、た、食べられてしまうのですかっ!?」
親譲りと思われる赤いウロコのドラゴンパピーがマリオンたちの周囲をくるくると回って、セレストの混乱はその度合いを増した。
「セレストはさっき魔法を使おうとしてたように見えたけど、今はできないにゃ?」
「あっ、は、はい。わたくしはまだ魔術士としては未熟なので、詠唱だけでなく、
返答を聞いて、マリオンは大きなため息をついて見せた。
「……仕方ないにゃあ。だったら奥の手を使うしかないにゃ」
「お、奥の手!? 何か策があるのですかっ!?」
期待のこもった声でそう訊ねられ、マリオンはこくりと頷いた。……俺は、マリオンが奥の手を持ってるなんて信じられないけどな。けど、セレストは信じた。もともと何でも信じるような性格なのか、他に有効な手がないから信じたのか、混乱が極まって信じてしまったのか……
「ただしっ! それには、セレストの協力が必要にゃ……っ!」
「わ、わたくしの?」
「そうにゃ。二人が心を合わせなければ、成功しないにゃ。でも大丈夫。落ち着いてやればできるにゃ。がんばるにゃ!」
「わたくしは、な、何をすればいいのですかっ!?」
もったいぶるマリオンに、何でもするという勢いでセレストが訊ねた。
そしてマリオンは言う――
「――二人で歌うにゃあっ!!」