赤竜山の黄金伝説   作:雷神宮燦

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貯水池

「――ん? いま、何か聞こえたよな」

 そう言って立ち止まり振り返った俺にみんなは視線を向けてきたが、みんな何も聞いていないと言う。……やばいな。熱が下がらないままだし、もしかして耳鳴りか、それとも幻聴か? アメリアからもらった薬が少しは効いてるはずなんだがなあ……。

「ケネス、疲れてるのかも。少し休む?」

「いや、大丈夫だ。それより、この水路の先を確認しよう」

 庭園の噴水から続く水路。俺たちはその行き着く先を調べて先に進んでいる。改めて耳を澄ませば、聞こえるのはやはり水音。奥へ行くほどにその音は大きく、激しくなってくる。この水路の水が、どこかへ流れ落ちているのか? 俺はランプの明かりで先を照らして、慎重に歩を進める。

「……この先で広くなってるな。貯水池みたいだ」

 水路の水はざあざあと音を立ててその貯水池に流れ込んでいた。一段低くなったそこに俺たちは、古い石造りの階段を降りて近付く。

「ここは結構広いな。それに深い」

 ランプで照らしてみても底が見えない。水自体はかなりきれいだ。透明度は高い。それでも底が見えないんだから、相当な深さだ。顔を出したままで足が底に着くならいいんだが、過大な期待はしない方がいいだろう。

「まだ奥があるみたいだ。少し明るくなってるけど……何が光ってるんだろう」

 ソフィーは貯水池には注目せず、さらにその先を見ていた。確かに、まだもう少しは歩いて行けそうだ。

「今度こそ竜の黄金が光ってるのかも!」

「だったらいいけどね……」

 希望に満ちたアメリアの声と、あまり大きな期待をしていないソフィーの声。

「ま、行ってみればわかるさ。何かあるといいけどな。さもないと……」

「さもないと、ど、どうなるんですだか?」

 レイチェルが、不安げに訊ねてくる。……俺はあまりみんなを怖がらせようとは思ってないんだが、こんな状況だと、事実を言うだけでどうしてもそうなってしまうな。

「この貯水池に潜って中を調べる羽目になる、かも」

「……それは、できれば遠慮したいね」

 ソフィーの言葉に俺も頷く。もう水をかぶるのは嫌だ。風邪が酷くなる。

「ねえ、とにかく奥を見てみようよ」

 というアメリアの声に急かされ、俺たちはさらに奥へ進んだ。その先には――

「……えっ、あれっ? これは……?」

 アメリアが戸惑った様子でそれに注目するのもわかる。俺も似たような気持ちだ。

 俺たちの想像していたのとは全く違うものが、そこには見えていた。

「そっ、外の景色ですだ……っ!!」

 涙声で、レイチェルが呟いた。

 そう、外だ。俺の目にも外の景色が見えていた。外はまだ夜のようだが、遺跡の中とは比べものにならないほど明るい。多分、月明かりだ。

「けど、くそ。このでかい岩が邪魔だな」

 目の前の壁に手を当てて、俺は呟いた。壁――いや、壁のような岩、だ。この手前までは石を積み上げて作られた人工的な壁なのに、ここで突然、岩になっている。床のタイルは粉々になって、無惨な姿だ。外の景色はこの岩と壁との隙間から見えているが、その隙間は、俺が通り抜けるには少し小さいように思う。

 ……こいつはヘヴィだぜ。

「この岩が上から落ちてきて、ここを塞いじまったんだろうな……どうだろう、隙間から出られるか?」

「あ、じゃあボクが試してみる。この中では一番小さ――……」

 アメリアがその任務を引き受けようと名乗りを上げようとして、途中で黙った。

「どうした?」

「……ボク、もうオトナだよっ!!」

 ああ、小柄なことを気にしてたのか。かわいくていいと思うけどな、俺は。ま、ともかくアメリアは岩と壁の隙間を案外するすると抜けて、向こう側に出ていった。

「えっとね……月が見えてる。山の東側かな? 目の前には川があるよ。遺跡の方から流れ出た水はその川に合流してるみたい。でも、こっちの岸は岩がごつごつしてて、このまま下流に向かうのは難しいかも。向こう岸は林みたいだから、渡れば歩いて下れるかもしれないけど……飛び越えられる幅じゃないし、流れはかなり急だよ。泳いで渡るのは、ボク、自信ないな……」

 向こう側の様子をアメリアが話してくれる。その間にソフィーとレイチェルも隙間に挑戦してみたが、アメリアほど簡単にはいかないようだ。アメリアの説明を聞くと、隙間を抜けたところでどうしようもない気もするが。

「あ、あの……ケネっさん。こういうの、ま、魔法でどうにかならないんですだか?」

「あー……難しいだろうな。これを壊すと、周りにどんな影響があるかわからない。いざとなったら試してみるが、できればやりたくないな」

 俺がそう言うと、レイチェルは「そうですだか……」としょんぼりした。

 そこに、アメリアがまたもぞもぞと隙間を抜けて戻ってきた。

「ねえ。石碑があって、何か書いてあったよ。古代語みたいで、ボクには読めなかったけど……えっと、こんな感じ……」

 戻るなりそう言って、アメリアは手近な石を取り、床にがりがりと彼女が見てきた古代文字を書いた。

「……確かにこう書いてあったんだな?」

「えと、たぶん……ペンがあれば、地図の裏に写してくるけど」

「いや、これでちゃんと読めるから間違ってはいないだろう。えー……『竜を讃えよ。竜に捧げよ』って意味だ。……なるほど、少しわかってきたぞ」

「わかってきたって、何が?」

「ここのことだよ。昔……大昔には、あの竜の像を詣でに来た人たちが、ここから入ったんじゃないか? 竜神への捧げものを持って、な。当時は向こう岸から橋が架かって……いや、そうか、舟だ。渡し舟。それがそのままこの貯水池まで入ってきた。参拝者はここで舟を下りて、竜の像へと向かう」

「大昔の人は竜に襲われなかったのかな? それとも、竜が襲ってきて怖いから、神殿を造ってお供えをしてたのかな? でも、もうその人たちはいないんだよね……」

「地図で『古き民』とされている人々が、今の狼宴の人間の先祖になったのか、伝説の竜のようにどこかに移り住んだのか、それとも滅びたのか……」

「兄さん、アメリア。……古代史学的なことは今は置いておいてくれ。いま大事なのはそこじゃないだろう。つまりどういうことなのか、簡潔に説明して」

 俺とアメリアの会話に、ソフィーが割り込んできた。……確かに、言う通りだ。

「この場所は、外と中とを繋いでた出入口だった。噴火か地震かの影響で、この岩がここに落ちてくるまでは、な。だとすれば、俺たちの目指す竜の黄金があるのは、この岩の向こう側じゃない」

「一旦外側に出て、山を登るっていう可能性は?」

「正直なところ、ないとは言いきれない。けど、ここを抜けられるのはアメリアだけだからな……なるべく四人一緒の方がいい。まずは他を当たろう」

「で、ですけんど、他って言っても、途中には何もなかったように思いましたけんど」

「これは勘だが、竜の像のあたりに何か仕掛けがあるんじゃないかと思うんだ。外の石碑にも、竜を讃えろとか、竜に捧げろとか書いてあるみたいだしな」

 疑問を口にするソフィーとレイチェルに、俺はそう説明した。二人ともそれで納得したようだ。ソフィーは眼鏡を掛け直し、レイチェルは大叔父さんの形見の剣を握りしめた。

「……なあ。一応訊いておくが」

 と、俺はゆっくりとみんなを見回した。

「竜の黄金を諦めて、もうここから出ていきたいか?」

「まさか」

 俺の問いに即答したのは、ソフィーだ。

「苦労してここまで来たんだ。苦労した分くらいは取り返さないと退けないね。……ってこれ、ギャンブルで身を滅ぼす人の考え方かな?」

 そうかもしれない。ああ、けど、冒険で金銀財宝を手に入れようなんて、ギャンブル以外の何だっていうんだ?

「ボクも、ここで引き下がるつもりはないよ」

 アメリアが、ぐっと拳を握った。

「ここで諦めたら、何もかも……全部終わりだもん。みんなとはきっと離ればなれになっちゃうし……ボクがボク自身の将来を決めることが、できなくなっちゃうから」

 竜の黄金が手に入らなくても、アメリアは伯爵の娘だ。生活には不自由しないかもしれない。命の危険はないかもしれない。けど、自分のことを自分で決められない不自由が、アメリアにはつきまとう。それは今だって多少はそうだが、それでも、伯爵はアメリアの父親だ。話を聞いただけでも、アメリアを本当に可愛がっているのはわかる。きっとアメリアの幸福を願っているはずだ。だが、ランズベリー商会は違う。必ずしもアメリアが幸福になる選択をするとは限らない。そういう相手に自分の将来を握られて、気分がいいはずがない。

「わ、わたしも、一緒に行くつもりですだ。……まだちょっと怖いですけんども……今はわたしにも進む理由がありますだ!」

 レイチェルが、力強くそう言った。大叔父さんの件か。だったらもう、進むのに反対の人間はいない。俺が手を差し出すと、みんなその上に手を重ねてきた。

「よーし、それじゃあ……竜の黄金目指して、進もう!!」

 アメリアの気合いの入った言葉に、俺たちは「おーっ!」と声を揃えた。

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