で、俺としては、この頃にはもうとっくに安全なところに行ったと思っていたマリオンのことだが……
「……驚きました。マリオンさんって、呪歌の歌い手だったのですね……」
セレストが、縄で縛られていた手首をさすりながら呟いた。
「まあ、そういうことになるにゃー。にゃっはっは」
マリオンの得意げな顔……ありありと目に浮かぶが、ちょっと待て。呪歌の歌い手って何だ。マリオンはパティシエのはずだ。
「歌手になるか、パティシエになるか迷ったけどにゃあ。お菓子が美味しいからパティシエの道に進むことにしたのにゃ」
「まあ、そうでしたか……好きなことを仕事にできるのは、とても素晴らしいですね」
――と、ともかく、マリオンとセレストが子守歌を歌ったら、ドラゴンパピーは大人しくなったらしい。しかもそれだけじゃなく、なんと、二人を縛っていた縄を食いちぎってくれたそうだ。……本当かよ。本当ならそりゃセレストでなくても驚くだろうが。
「……このドラゴンパピーは、いつまでこうしているんでしょう?」
セレストがそう言ってドラゴンパピーに視線を向けたとき、それはくるっと背中を丸めて横たわり、気持ちよさそうに目を閉じて眠っていたという。
「さあにゃあ。そこまでは、さすがのあたしもわかんないにゃあ」
そりゃあそうだろう。そうだろうさ。そもそも子守歌でドラゴンパピーが眠る理由からしてわかってないだろう。俺にもさっぱりわからないんだ。……まあ、偶然だろうが。
「でしたら、この子が大人しくしているうちに行った方がよさそうですね。あの穴から下へ行けるのですか?」
セレストが、床に落ちていた自分の杖を拾って懐に戻しながら、そう言った。
「にゃ? 行くって、この奥ににゃ? 戻って護衛の人たちと合流した方がいいような気がするけどにゃあ」
それは、マリオンにしては賢明な判断だったと思う。だが、どんなに妥当で賢明だろうと、採用されなければ意味はないんだよな……。
「マリオンさん。ご忠告はありがたいのですが……それはいけません。わたくしは、怒っているのです。パール・ブルームとその一味……わたくしを裏切った彼女たちをこの手で懲らしめ、わたくしの前にひざまずかせ、泣いて謝らせ、その上でたっぷりと違約金を搾り取らなければ、わたくしのこの怒りは収まりはしないのです」
「そ、それは大変だにゃあー……」
マリオンによると、その時のセレストは……とても怒っていることを、淡々と、顔も態度も口調も冷静なままで語っていたから、かなり怖かったらしい。……まあ、気持ちはわかるが、それが自分に向いてなくて良かったじゃないか。
「しっかたないにゃあ。あたしも手伝うにゃあ」
と、マリオンは自分から協力を申し出た。これがアメリアだったら、伯爵家と商会のぎくしゃくした関係もあってそう簡単にはいかないんだろうが、マリオンにはそんなことは関係ないわけだ。
だがセレストの方は、それを素直には受け入れなかった。
「ああ……マリオンさんの力を借りられればわたくしも安心なのですが……でも、だめなのです。わたくしの怒りは、わたくし自身が解決しなくてはなりません」
「問題ないにゃ。いきなり眠らされて、縛り上げられていた身として、あたしも怒っているにゃ。……たぶん、セレストほどじゃないけどにゃ……。ま、ともかく、あたしの怒りはあたしが、セレストの怒りはセレストがそれぞれ解決するってことでいいんじゃないかにゃ。でも、相手は同じなんだから、追いつくまでは力を合わせれば効率的にゃ」
マリオンの理屈を聞き、セレストは少し考えてから、小さく頷いた。
「なるほど。そういうことなら、そうですね。わかりました、マリオンさん。一緒に行きましょう。貴方が一緒だと本当に心強いです」
そう言うと、セレストはすっと右手を差し出し、マリオンがそれを取って、二人は固く握手を交わした。
「……ああ、ですが、先に断っておかなければならないことがあります」
「何にゃ?」
「ひとまずの目的は、パール・ブルームたちに追いついて彼女たちを改心させることですが……もしそれが長引いて、竜の黄金のある場所までたどり着いてしまったら……わたくし、どうしても竜の黄金が欲しくなってしまうかもしれません。その場にアメリア様やケネスさん、マリオンさんのご友人がいたとしても、もしかしたら、みんななぎ倒してでも独り占めしたくなるかも」
「それは大変な病気にゃあー……」
「はい……わたくし、お金のことになると我を忘れてしまうことがあるのです。その時のわたくしはとても凶暴だと、家族からは聞いていますので、マリオンさんも十分に注意してくださいね」
どうやら冗談ではないらしいと悟って、マリオンはぶるぶると肩を震わせた。セレストは静かに笑っていたという……。
「それから、マリオンさん。この先へ共に進むことに関しては、大きな危険が伴うことだと思うので、きちんとした契約のために正式な書類を作ろうかと思うのですが……」
「にゃあー!? いやいや、契約はしないにゃ! 書類は必要ないにゃあっ!!」
「ですが、意見の相違があった場合の意志決定権の所在を、正式な契約によって明確にしておいた方がお互いのためにも……」
「――心配しなくても、あたしたちは友達にゃ!」
マリオンの言葉に、セレストは「友達?」と首を傾げて聞き返した。
「そうにゃっ! 友達は――契約とか、お金とか、そういうのは関係なく、友達は友達を助けるものにゃ! 友情パワーに満ちあふれているにゃ! 心配御無用にゃ!」
「マリオンさんは、わたくしのことをそういう友達だと言ってくださるのですか?」
「そうにゃ。一緒に縛られた仲にゃ。あたしたちはもう友達にゃあ~♪」
「そうですか。……いいですね、友達……友達ですか……うふふ」
うきうきとした様子で呟くセレストを見て、マリオンは安堵の息を吐いた。
『だって、契約ってことになったら、一歩間違うとさっきの三人組みたいに違約金とか払わされるかもしれないしにゃあ』
マリオンは後にそう語った。……まあ、そんなこったろうと思ったよ。
*
「
ブルーム団の女魔術士三人組。元はセレストに雇われ、その命令でアメリアと俺を追っていたやつらだ。だが、竜の黄金の話を聞き、欲を出してセレストを裏切った。そして改めて、先に入った俺たちを追ってきている……。
……というようなことを俺が知ったのは、少し後になってからのことなんだが。
「やっぱりこっちへ来たんデスネ……この足跡の乾き具合からすると、カナリ先を越されているようデス……」
俺たちが水に押し流されて落ちた池のあたりで、パール・ブルームたちは俺たちの足跡を見付けた。こいつらはどうやら、上からロープを垂らして降りてきたらしい。
「しかし! オマエタチもブルーム団の精鋭にして〈
「ははーっ! 私たちは精鋭! 私たちはやれる! ブルーム団の精鋭はどんな状況にも決して慌てず、任務を確実に遂行する!」
「ソウ! イイヨ! その意気デスヨ!」
他の二人から
「うまいコト竜の黄金が手に入れば、野望の実現にまた一歩近付くデスヨ!」
「団員のローブをピンクのお揃いにできますね、
「借金も返せますよ、
「スバラシイことばかりデスネ!」
……借金の返済は俺たちも同じだから理解できるが、お揃いのピンクのローブって。もうちょっとマシな使い方は出来ないのか?
あー……ま、ともかく、俺たちはこんなのに追われていたわけだ。こいつも、ヘヴィだと言ってもいいだろ、多分。連携できる魔術士三人ってのが強敵なのは確かだからな。
この時は――俺たちはもちろん、こいつらもまだ、知らなかった。
こいつらよりさらに後ろから、もっと恐ろしい敵が迫ってきているってことを。