赤竜山の黄金伝説   作:雷神宮燦

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伯爵家の事情

「兄様! あのお菓子は、明日のお客様のためにマリオンが一生懸命作ってるものなんだよ! それを勝手に食べたらダメでしょ!?」

「だーかーらー!! 悪かったって言ってるだろー!? 勘弁してくれよ!」

 ……うるせえ。

 寝てる横で大声を出されて、俺は目を覚ました。……柔らかいベッドの上だ。

「あっ、起きた?」

 誰かが駆け寄ってきて、俺の顔を覗き込んだ。

 ふわふわした金髪の女の子だった。大きくてくりっとした目が、小動物みたいな可愛らしい印象を俺に与える。

 確か名前は……アメリア。

「よかったー。ボク、やりすぎちゃったかと思って心配しちゃった」

 ほっと胸をなで下ろした様子で、彼女は大きく息を吐いた。

 ……思い出してきたぞ。酷い目にあったんだ。樽を投げつけられた。あれは絶対死んだと思った。危ねえ。でも何とか生きてるみたいだ。とっさに出した〈力盾(フォースバリア)〉がちゃんと発動したかな。

「これに懲りたらもう樽なんか投げるんじゃねえぞー」

「兄様が真面目にやらないからでしょ! ちゃんと反省してる!?」

 アメリアが兄様と呼んでいるのは……視線を動かすと、俺に助けを求めてきた金髪の子が目に入った。さっきとは違う服に着替えていたが、相変わらず違和感のある男物だ。

「ま、何にせよ無事でなによりだ。えーっと……ケネス?」

 そいつがいきなり俺の名前を言い当てたから、俺の心臓がドキッと跳ねた。慌ててベッドから身を起こす。それを、あの金髪がにやにやと眺めていた。

「くっくっく。何で知ってるのかって顔だな、我が伯爵家の資金援助で魔術の勉強のため王都に留学してた、ケネス・リドルくん?」

「このきれいな黒い髪、ソフィーとそっくりだもん。間違いないよ」

「おー、そういやそうだな」

 全部、言われた通りだ。俺の名前はケネス・リドルだし、伯爵家の資金援助で留学していたし、魔術士で、黒髪だ。

 でもさっき何て言った? 我が伯爵家? い、いや、それよりも――

「……今この時に戻ってきたのは何かのしるしなのかねえ」

 アメリアじゃない方の金髪がそんなことを呟いてから、俺に近付いて、手を差し出してきた。握手か? 俺はその手を取ろうかどうしようか、少し迷った。

「悪い悪い。そう警戒すんなよ。オレはサイラス・クルサード。伯爵家の嫡男だ。あんたに援助してたのは親父から聞いてたよ。よろしくな」

 サイラスと名乗ったそいつは、ほとんど無理矢理に俺の手を取ってがしっと握手した。

「……ってか、お前、男だったのか」

 伯爵家がどうとかより、まず先に俺を呆然とさせたのはやっぱりそこだった。

「オレが男以外の何に見えるって言うんだよ!?」

 うわ。いきなり豹変して俺に詰め寄ってきたサイラスから、俺は顔を背ける。

「いや、むしろ男以外にしか見えねえよ」

 男だったのか……本人がそう主張しても嘘だろってくらいなのに、そうか、男だったのか……。何て残念な奴なんだ。女に生まれていたなら相当の美女に成長したろうに。

「オレだって好きでこんな顔になったわけじゃねええええぇぇぇぇっ!」

 その絶叫からすると、本人は女に生まれたかったとは思っていないらしいが。

「ボクはアメリア。狼宴の領主の娘だよ。さっきは酷いことしてごめんね?」

 絶叫して転げ回るサイラスを無視して、今度はアメリアが俺に挨拶してきた。この子はちゃんと娘って言ったな? 言ったよな? よし。

「……?」

 俺が心の中で確認していた無言の時間を訝しんだのか、彼女はちょっと首を傾げた。

 女の子なら何の問題もない。誰に憚ることもなく言えるぞ。ふわふわした金髪、大きくてつぶらな瞳、きめ細やかな白い肌、ほんのり桜色の唇。なかなか可愛い子だ。

「あ、あの……そんなに見つめられたら、ボク、恥ずかしいよ……」

「おっと、ごめんな。俺はケネス……って、もう知ってるか」

「うん。ソフィーのお兄さんなんでしょ? あっ、そうだ。ボク、ソフィーにも知らせてくるね? ちょっと待ってて!」

 っと、アメリアは俺が引き留める間もなくぱたぱたと部屋を出ていってしまった。せっかく可愛い子と仲良くなれるチャンスだったのに、ちょっと残念だ。

「ケーネースーくぅーん? ウチの妹に色目を使わないでくれるかなぁーあ?」

 サイラスが俺を睨みつけてきた。男だとわかったらこいつに優しくする必要性は全くと言っていいほど感じない。

 ……が、伯爵にはお世話になった身だ。その息子であるこいつもあまり無下にはできない。仕方なく俺は両手を軽く挙げて降参の意を示した。サイラスは今にも噛み付きそうな顔のままだが、実際に噛み付く様子はないから放っておく。

 と、ようやく少し気持ちが落ち着き、余裕が戻った俺は、周囲を見回して気付いた。

「……本当に伯爵の館なんだな、ここ」

 壁に飾られていたのは伯爵家の、杖と金貨とワイバーンの紋章だ。爵位を詐称すれば死罪もあるんだから、こんなに堂々と飾る以上、本物だろう。

「正真正銘、狼宴にある伯爵家の本邸だよ。……今はまだ、な」

 ――? 何か引っかかる言い方だな。

 俺がそう思ったのに気付いたのか、サイラスは大きくため息をついた。

「なあ、ケネス。兄のオレが言うのもなんだが、アメリアは他じゃちょっと見ないくらいの美少女だし、頭も性格も良くて、気が利く、本当にいい子なんだ。わかるだろ?」

「……水の詰まった樽を持ち上げる腕力には言及しないのか? 大体、いきなり何だよ。色目を使うなって俺に言ったばっかりだろ?」

「まあ聞けって。……実はな、今ちょっとまずいことになってるんだ。これは嘘じゃないぜ? 明日、この館に客が来る。ランズベリー商会の会長だ。用向きは、オレとオレの婚約者の顔合わせってことになってる」

 婚約者。パッと思い浮かんだのは男で、花嫁衣装のサイラスがその隣に……

 ……違うな、逆だな、逆。サイラスが男なんだから、その婚約者は女だ。

「そりゃ結構なことじゃないか。……それが?」

「その婚約者が、ランズベリー商会の一人娘だ。親同士が決めた政略結婚ってことになるんだが……いや、それ自体はいいんだよ。オレも伯爵家の嫡男――貴族だし、そういう結婚をするんだろうとは思ってたさ。でも今はまずい。別の問題がある」

「もったいぶるなよ。何が言いたいんだ」

「借金だよ。……今、伯爵家はランズベリー商会に多額の借金があるんだ。王都にいたなら、あの王城はわかるだろ? 調度品を除いて建物だけって条件でだが、アレとそっくり同じものをふたつ建造できるくらいの額だ」

 ……そいつはヘヴィだな。

 王城はもちろん、王都に住んでいたから見慣れてるさ。あの街にいたら、大抵の場所からはその一部が見える。山みたいなもんだ。そのくらいでかいし、背が高い。

 あれと同じものがふたつ建つって……具体的な数字はわからないが、ともかくとてつもない額だってのは、わかる。

「何でそんな借金したんだよ。何に使ったんだよ」

 訊いてから、しまったと思った。軽い好奇心で踏み込むべきじゃなかった。こいつがこんな話をしてるのは、俺を巻き込むために違いないんだ。――が、すでに遅し。サイラスは俺に有無を言う隙を与えず、ぺらぺらと事情を語り始めてしまった。

「オヤジがな……オヤジがだぜ? 魔王討伐軍に出資したんだ。早く平和が戻るよう役立ててもらいたいってな。オレは最初、何を馬鹿なと思ったんだが、詳しく聞いたらそんなに割の悪い話じゃなかった。無事に魔王を倒すことができたら、魔王城にある宝物を出資額に応じて分配するって話だったんだよ。で、城にはとてつもない財宝があると言われていた。……しかし、しかしだ。魔王が倒された途端、その城が崩壊しやがってな。宝物も瓦礫と共に谷の底……」

「賭けに負けたってわけか」

 元も子もなくすような賭けに乗るからだ……と俺は心の中だけでそう思ったが、サイラスはその気配を目ざとく見付けたらしい。

「おっと、ケネス。あんたが留学できたのもオヤジのそういう出資癖のおかげなんだってこと、忘れんなよ?」

 ……そう言われると、真っ向から非難はできない。出資した伯爵に何も利益がないって点では、今の俺も、財宝を手に入れられなかった魔王討伐軍と何ら変わりない立場だ。

「でまあ、狼宴の町を含むこの伯領は財政的にかーなり逼迫してる。でもオヤジは税を上げるとはついに言わなかったんだ。馬鹿だけど憎めない奴だろ? で、そこにランズベリー商会が結婚話を持ちかけてきた。オレと商会の娘が結婚したら両家は身内。借金も帳消しにしよう、ってな。向こうは爵位とそれに付随する特権を欲しがってる。単純に商会にかかる税金が下がるだけでも向こうは結構な利益が出るしな。で、だ……このまま結婚の話が進むと、商会と伯爵家、どっちが上の立場になるか、言うまでもないだろ? そうなると、この町も今のままじゃいられない。……そしてそれだけじゃない」

 ここでふと、サイラスは廊下の方へ視線を向けた。近付いてくる足音があった。

 サイラスはオレに顔を寄せ、その先を、小声で続けた。

「……アメリアにも政略結婚を強いることになりかねないんだ」

 長く一緒に暮らしていると足音だけでわかるもんなのか、ドアを開けて入ってきたのは確かに、そのアメリアだった。

「ケネスが起きたって教えてあげたら、ソフィー、喜んでたよ。マリオンの手伝いが一段落したらこっちに来るって。……二人とも、どうしたの? 何か深刻そうな顔してる」

 サイラスはどうやら、その深刻な話をアメリアにはまだ話していないらしい。俺の方にも「話さないように」というジェスチャーを送ってきた。

「んー……オトナの話」

 ……けど、そのはぐらかし方はどうなんだ?

「えーっ! 二人だけでずるい! ボクももうオトナだよ? 来月には十六歳だもん。結婚できる歳だよ? オトナの話に混ぜてよー」

 ってことは、いま十五歳で、俺のひとつ下? ……もう少し下に見えるが。

「お前はまだお子ちゃまだよ。ぬいぐるみを抱かないと眠れないんじゃなー」

「むー。そんなことないよ!」

 本人は必死でそう訴えるが、そうすればするほど、逆に子どもっぽく見える。サイラスが借金や政略結婚の話に関わらせたくないと思うのも、まあ、頷けるな。

「そういうわけだからさ、ケネス。伯爵家に恩を返すと思って、明日のお客様に会うときには同行してくれよ。オレは王都の流行の話なんか振られてもわかんねーからな」

 サイラスがそう言うのはわかるんだが、何か裏がありそうな気がして、俺はすぐには返事をできなかった。……違うな、絶対に裏があると思ったから、返事を保留した。

 だけど――だけど、だ。

 そんな俺を、アメリアがじっと見つめているのに気がついてしまった。

「あっ、そういうこと!」

 アメリアがぽん、と手を叩いた。

「うんうん。明日のお客様は本当に大事なお客様なんだよ。兄様がちゃんとお相手できるか、ボク、すごく不安だったんだけど……王都の生活に慣れたケネスが一緒にいてくれれば安心だね!」

 ……一応、誤解のないように言っておきたい。王都で生活してたって俺みたいな庶民に貴族の作法は身に付かないぞ。

 ああ、でも言えなかった。アメリアが、期待のこもった目で俺をじっと見ているから。

 サイラスはどうでもいいと思っている俺だが、アメリアには助けてあげたくなるようなオーラがあるんだ。なんだか……雨の下で濡れている子犬みたいな感じの。

「うんうん。そういうことだから明日はよろしく頼むぜ?」

 サイラスが俺に片目をつむってみせる。そうされて改めて実感するが、やっぱりこいつは本当にどうでもいい……

 ……と、アメリアが廊下の方へと視線を向けた。すると俺にも、誰かがぱたぱたと早足で近付いてくる音が聞こえた。

「あっ、ソフィーも来た? こっちこっち!」

 アメリアに案内され、少し息を切らせて部屋に入ってきたのは、ソフィー……長い黒髪を耳の後ろで左右に束ねた、眼鏡の女の子。

 俺のひとつ年下の妹だ。と言っても、長いこと手紙のやりとりだけで、実際に会うのは十年ぶりなんだが。……こういうときは、何て声を掛けたらいいんだ?

「ほら、ソフィー!! せっかく久しぶりに会えたんだから、何か言いなよ!」

 アメリアがそう言って、ぐいぐいとソフィーの背中を押した。どうやら、妹の方も俺にどう声を掛けたものか決めかねているらしい。何か言おうと口を開きかけては閉じ、と繰り返している。

 ここは俺の方から声を掛けてやらなければ。と思ったが、俺もやっぱり何と言うべきかわからなかった。いや、手紙は交換してたんだ。その延長で話せばいいんだよな。そうだよな。よし。と、そんな風にあれこれ考えているうちに、ソフィーに先を越された。

「お兄ちゃん。……おかえり」

 うつむいたソフィーがためらいがちに発した、短い一言。

 一方の俺はまだ気持ちの整理がつかずに、それにもただ「ああ」としか返事ができなかったが、それでも俺たち兄妹の間には確かな絆のようなものが――

「ぷはっ! ソフィー!? お前が『お兄ちゃん』とか言うキャラかよ!」

 ……サイラス。こいつは本当に空気を読まない奴だな。俺とソフィーの二人から同時に睨まれて、それでもへらへらしてやがる。伯爵の息子でなければぶん殴ってるところだ。

「兄様はちょっと黙ってて!」

 アメリアがそんなサイラスの襟を掴んで、後ろからきゅっと絞めた。サイラスはたちまち青い顔になり、やがて白目を剥いて泡を吹いた。うん、いいざまだ。

「……兄さん、おかえり。これからは一緒に暮らせるんだよね?」

 と、ソフィーは俺の呼び方を変えた。まあ、その方が年相応という気もする。もう十五歳。充分に大人で……って、並ぶと同い年に見えないな、ソフィーとアメリアは。

 ともかく、ソフィーの言葉に俺は「ああ」と頷いた。

「王都で仕事を探すこともできたけど、わざわざ帰郷したんだ。少なくともしばらくは、そのつもりだよ」

 すると、ソフィーはもちろんのこと、アメリアも我が事のように喜んでくれた。

 

 ただそうすると、やっぱり気になるな。……さっきのサイラスの話。

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