俺たちの目の前にあるのは竜の黄金……ではなく、黄金の竜だ。あの巨大な竜の像の前に、俺たちは戻ってきた。
「あれ? こんな像もあったんだ」
アメリアが見付けたのは、黄金の竜に向かってひざまずく人間の像だった。身なりからすると地位の高い人物――例えば、司祭か、王か、そんなところだろう。ほぼ等身大。黄金の竜と比べれば、全く目立たない石像で、さっき気付かなかったのも無理はない。
ま、それはいい。問題はこの竜の像だ。
「いいか、地図にはこう書いてある……『捧げし物は時を司る物となる。正しき者は在りし日の姿を見るだろう』……実のところ、どう解釈すればいいのかよくわからないが」
俺が解読した古代語を頼りに、俺たちは手分けして周囲に気になるものがないか探して回った。
ほどなくして声を上げたのはソフィーだ。
「兄さん。この竜の像の足元、石碑がある。……意味ありげな窪みも」
ソフィーが示した場所に、その通りのものがあった。石碑にはどうやら、この像が伝説の竜〈
「……もしかして、これか?」
思い当たった俺は、懐から銀色のメダリオンを取りだした。
「あっ、それ……レイチェルの大叔父さんが持ってたメダリオンだね?」
アメリアの言葉に頷き、俺はそのメダリオンをその窪みに近づけてみた。……比べてみた感じ、大きさは、どうやらぴったりだ。
「合いそうだ。はめ込むぞ?」
一応、俺がそう確認すると、みんな頷いた。俺は手にしたそのメダリオンを、慎重に窪みへとはめ込む。
かちり。と、小さく音を立てて、メダリオンはその窪みへと収まった。
……だが、何も起きない。
「はめ込むだけじゃダメみたいだ。押すのか? ……ダメだ」
「回すんじゃない?」
ソフィーの指摘に、俺はなるほどと頷いた。確かに回せそうだ。
「いや、けど待て。待ってくれ。どっちに回す? 時計回りか? その反対か?」
どっちに回してもいいって可能性もあるが、甘い考えだろう。けど、どっちが正解なのか、目の前の石碑にはヒントらしい言葉はない。
「時計回り……あっ! わかった!」
俺の呟きに反応したのはアメリアだった。
「さっきのがヒントだよ! えと、『正しき者は在りし日の姿を見る』って、時間をさかのぼるっていうことだから――時計と反対じゃない?」
「捧げたものを時を司る時計に見立てて、それを過去の方向に回す……ってことか。なるほどな。きっとそうだ! よし、回すぞ!」
俺はメダリオンに手を添え、時計とは逆にぐっと回した。
――がちり、と何かが音を立てた。何か……思っていたより、不吉な音だった。
同時に、ざあ、と水音が聞こえた。そう、水音だ。これまでの仕掛けを考えると――
「な、なんだか……嫌な予感がする、ね」
アメリアがそう言って、俺の袖を掴んできた。アメリアだけじゃない。ソフィーとレイチェルまでも、俺の服の端を掴んで寄り集まった。……俺も同じく、嫌な予感がしているところだ。これでまた何か起きたら、俺は水の流れる音がトラウマになるな。
頼むから、何も起きないでくれ……。
俺のその願いもむなしく――ガキン! と決定的な音が耳に届いた。……そう思った瞬間にはすでに、俺の身体は宙に浮いていた。いや、俺だけじゃない。みんなもだ! 罠はあっさりと俺たちを呑み込んだ。
俺の判断は間違っていたんだ!!
足元の床が突然、パッと左右に開いたんだ。足場を失った俺たちは、下へ下へと真っ逆さまに落ちていった。その先に見えたのは……!!
「またプールーっ!? もうやだあ――っ!!」
アメリアが叫んだ。そう、俺たちはこれからまたずぶ濡れになるんだ!
その瞬間は、すぐにやってきた。
「……アメリアの意見に賛成だ……もうプールは嫌だ……」
ソフィーが、黒い髪からぽたぽたと水を滴らせながら呟いた。
「あっちに、上から降りてくる階段、あるね……」
呆然とした様子のアメリアが言った通り、階段はある。あるのに、俺たちはプールに落ちた。何かを間違えてしまったんだとは思うが、一体、何を間違っていたんだろう。俺にはよくわからない……。
「で、ですけんど、先には進めるみたいですだ」
レイチェルがフォローしてくれたが、ずぶ濡れなのは彼女も変わらなかった。みんなひどい格好だ。……まあ、俺も他人のことは言えないだろうが。
プールから上がると、道は奥へと続いていた。タイルの舗装は見える範囲で終わっていて、その先はまた自然の洞窟になっている。
「竜の黄金に近付いてるのは確かだと思う。服がもう少し乾いたら、奥に――」
と、俺がその言葉を言い終わらないうちに、誰かが俺の袖をくいくいと引っ張った。
「ねえケネス。あれ、なに? こっちに近付いてきてる気がするけど……」
アメリアだ。彼女が示す方向に、俺も視線を向けた。
確かに何かある。照らしてみるとそれは、妙に鮮やかな緑色の、ぶよぶよした塊で――
「――グリーンスライムかっ! かなりの数だぞ!!」
緑色の、粘液状の生物だ。学院にいた頃、研究室で見たことがある。床でも壁でもずるずると這い回り、手近な生物をその身体で包み込んでは溶かして自分の養分にしてしまうという……。知能はなく、当然、話してわかる相手じゃない。
「みんな散らばるな! 集まれっ! こいつらには冷気が効く! 俺が魔術を使う!!」
仲間達を背中に庇い、俺は、師匠からもらった杖を右手に構えた。
*
その頃――セレストの護衛の女戦士によって、狼宴にある伯爵の屋敷には、俺とアメリアが赤竜山に向かったという報せが届けられていた。報告を受けた伯爵は、謁見室で自分の椅子に座りながらも、終始落ち着きのない様子でいたそうだ。
「アメリアとケネス・リドルが赤竜山に? 目的は竜の黄金だと……? 何を馬鹿な、と言いたいところだが――……アメリアならあり得る……」
伯爵を慌てさせたのはそれだけじゃない。周囲を捜索していた部隊からも、緊急の連絡が入っていたんだ。赤竜山にレッドドラゴンの姿を見た、というものだ。
「しかも、セレスト嬢までもアメリアたちを追って遺跡に入ったと……」
そりゃあ、伯爵にとっては一大事に違いなかった。セレストにもしものことがあれば、伯爵家とランズベリー商会の関係が最悪の状態になるだろうってことは、素人の俺でも想像できる。
「……捜索隊を増員する。赤竜山監視砦の増員はひとまず保留としよう。その分の人員も全て捜索隊に配するのだ。誰か、衛兵隊長をここに呼んで――」
「――父上!」
と……慌ただしい謁見室に、一人の男が現れた。
「サイラス!? 何だ、その似合わぬ格好は」
伯爵が驚いたのは、サイラスは鋼鉄の鎧を身につけていたからだった。……そりゃ、確かにまあ、似合わないだろうなあ、あいつには。
そのサイラスが、キリッとした表情で、伯爵にこう進言した。
「捜索隊の指揮はオレが執ります! オレでは力不足かもしれませんが、妹のみならず婚約者までも行方がしれないというのに、一人でのんびりしていることはできません!」
……言ってることはまあ、いいんだが……俺には、それが本心とは思えない。
が、伯爵にとっては「我が息子も立派なことを言うようになったものだなあ」という感じだったんだろう。
「そうか。お前もいずれはワシの後を継いで次代の伯爵となり、人を導く身。ふらふらしてばかりいると思っていたが、どうやら自覚も芽生えてきたようだ。……よし、ならば此度の捜索はお前に任せる!」
「大船に乗ったつもりで吉報を待っていてください、父上」
さて、そう言って捜索隊の増援部隊を率いることになったサイラスだが……
「やれやれ……このまま夜が明けたらランズベリー商会の会長が来ちまうじゃないか。娘がいないとなったらあっちも何を言い出すかわかったもんじゃない。そんな場所に居合わせるのはごめんだね。ま、うまいこと抜け出せたし、面倒くせーことは親父に任せて、オレはのんびりやらせてもらうとするか」
……サイラスの野郎め。そんなこったろうと思ったよ。ああ、こいつに期待なんかしてなかったさ。期待の度合いで言うとマリオン未満だな、こいつは。
*
で、マリオンの方は……少しずつ俺たちに近付きつつあった。
「――って感じでにゃあ。セレストも事情はあるんだろうけど、サイラスだけは本気でやめておいた方がいいにゃあ。アレは男のクズっていうか、人間のクズだにゃ」
「そうなのですか……はぁ。少し憂鬱になってきました」
道中に何を話してるかと思えば、サイラスの悪口か。
「――マリオンさん。ケネス・リドルさんはどうでしょう?」
「ケネスー? うーん……ソフィーの話だと、もっと格好良かったんだけど、実際に見てみたらがっかりしたにゃあ。あたしから言わせれば、サイラスより少しマシかなって程度で、セレストに釣り合うような男じゃないにゃ。セレストはあんなのが好みにゃあ?」
……おい、あんなのとか言うな、マリオンめ。
「そうですか……わたくし、あの方とは以前にもどこかでお会いした気がするのですが」
「多分気のせいにゃ。セレストが行くようなところにアレがいるわけないにゃ」
マリオンはそう言って、セレストも一応は納得したようだが……俺もそれは思ってたんだよな。どこかで会ったことがある、そんな気がするんだが……