――話をしよう。ずっと昔の話だ。
当時、俺はまだ幼くて、自分に魔法の素質があることも知らずに、狼宴に暮らしていた。当時はまだ五歳だか、六歳だか……まあ、そんなところだ。
「……ねえ、知ってる? 世の中には、千人にひとりだけ『まほうつかい』がいるんだって。この町にもいるのかなあ。いたらどんなまほうを使うんだろう? 宝石を作るまほうかな? それとも、おいしいお菓子を作るまほうだと思う? あたまが良くなるまほうなんかもあるのかな? ねえねえ、まほうつかいだったら、どんなまほうが欲しい?」
女の子が――俺と二人で花園に寝そべって、雲の流れる青空を眺めながら、そんなことを訊ねてきた。
「僕が魔法使いだったら……そうだなあ。町のみんなが幸せになるような魔法かな」
そういえば、その頃の俺は自分のことを「僕」だと言っていた。……今の俺には似合わないな。なんかむず痒い。
「しあわせになるまほう、かあ……いいね」
女の子が笑ったから、俺は得意げな顔で「でしょ?」と言った。
それからそう日も経たないうちに、町を訪れた魔術士……後に俺の師匠となる人に魔法の素質を見出された俺は、狼宴を離れて王都に行くことになった。
あの女の子も、王都へ行く俺を見送りに来てくれた。
彼女は泣いていた。だから俺は、彼女を慰めようと、声を掛けた。
「僕はきっとすごい魔法使いになってみせる。そうしたら、この町に戻ってくる」
彼女は涙に濡れた顔を上げて「ほんと?」と俺に言った。
「本当だよ。僕は戻ってきて、僕の魔法でこの町のみんなを幸せにする!」
「うん……っ! きっとかえってきてね! やくそくだよっ!!」
それは、もう顔も名前も思い出せない誰かとの、だけど、大切な約束――
*
「――ケネス? 目が覚めた? 大丈夫?」
アメリアが、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
背中には硬い床の感触。俺は、手足を伸ばし、仰向けに寝ころんでいた。
「……あれ、俺……何で寝てるんだ」
「ケネスはね、魔法でぶよぶよの怪物を退治したあと、そのまま気を失って倒れちゃったんだよ。いきなりだったからボク、びっくりしちゃった」
……言われて思い出してきた。グリーンスライムには冷気属性の魔術が有効だ。数も多かったし、俺は冷気属性のうち広範囲に効果のある〈
「兄さん、すごい熱だった。何度も水をかぶったからだろうね。アメリアの薬もあんまり効いていなかったんだな。……もっと早く言ってくれれば良かったのに、無理したね」
そう言って、ソフィーが俺の額のタオルを持ち上げ、別の冷たいものに交換した。
「そうか……くそ、大丈夫だと思ってたんだけどな。魔術を使ったのが負担になったか」
「無理して起きあがらない方がいいよ。ボクたちも少し休憩しようって話してたんだ。いつもならもう寝てるような時間だし、みんな疲れてるから」
悪くない判断だ……と思うのは、俺も疲れているからだろうか。
ついさっきまで、何だか、身体をここに残してあちこち飛び回るような夢を見ていた気がする。サイラスやマリオンは今頃どうしているのか……
ああ、それに……遠い昔のことを夢に見た。
あの時の約束――『狼宴の人を幸せにするために魔法を使う』って約束を、俺は王都で魔法を学ぶ間も決して忘れなかった。……多分あの女の子は、そんな約束なんて覚えていないだろうけどな。ん、まあ、構わないさ。それでもあの約束が俺の根元であることに変わりはない。ただ――
「ケネスの魔法、すごかったね」
と、傍に座ったアメリアが声を掛けてきた。
「そうかな……俺は魔法使いとしてはまだまだなんだけどな。何か、思い描いてた魔法使いとは全然違うんだ。俺は学院では主に魔術を学んだんだが……少し残念だったな。他者を攻撃する術ばかり体系化され、発展してる。俺はもっと――」
もっと、困っている人を助けるような術を学びたかった。残念ながらそれは『魔術』と対になる『法術』が得意とする分野だ。そして、俺の法術の素質は強化支援の分野にしかなくて……傷を癒やす法術は結局一度も成功したことがない。
「……もっと法術の素質が欲しかった。怪我や病気を治す術を扱えたかもしれないのに」
俺は大きくため息をついた。と――その俺の両頬に、アメリアの手が添えられた。
「大丈夫だよ、ケネス。……ケネスの魔法で、ボクたちはさっきのぶよぶよにも何もされなかったし。怪我を治す魔法は確かに便利だけど……ケネスの魔法は、ボクたちを守るための魔法だった。……悪いことないよ。大丈夫」
うーん。何だか励まされてしまった。弱気になってるようにでも見えたのか? ……いや、そういえば熱もあるし、俺は実際、少し弱気になってたかもしれない。
「それにね、魔法を抜きにしても、地図の古代語を読めるケネスのおかげでここまで来られたんだから……ボクは感謝してるよ? きっと、ソフィーやレイチェルも」
そうかな。だったらいいけどな。
「……ねえ、ケネス。ちょっと訊いてもいい?」
ん? アメリアが、小さな声で俺に尋ねてきた。俺は「ああ」とアメリアに先を促す。
「えと……ケネスはどうして、わざわざ狼宴に戻ってきたの? ……狼宴に家族がいるのは知ってるけど……王都の方が物も豊富で華やかだって聞いてるし、ちょっとした里帰りじゃなくて、ずっとこっちで過ごそうと思ってる理由……」
どうしてそんなことを、と思ったのは少しだけ。すぐに思い出した。竜の黄金が見付からなければ、アメリアは王都に移り住むんだ。俺がどうして王都に残る選択をしなかったのか、つまり、王都の何が気に入らなかったのかを知りたいんだろう。
「……王都は、活気のあるところだよ。良くも悪くもな。人が多くて、多すぎて……」
俺は……王都にいた頃の俺は、あの古い約束を支えにする一方、絶望してもいた。こんなに人が多かったら、俺の力じゃみんなを幸せにはできない、ってな。
自分の魔術の力に酔って、道を踏み外しかけたこともある……。
俺は、だから……
そのまま王都にいたら、なりたかった『魔法使い』には絶対になれないと思って……
初心を見つめ直すために、故郷である狼宴に戻りたかったんだ。
けど、それは参考にはならないだろう。……アメリアの事情とは違うから。
「……俺、人混みにいると気分が悪くなるんだ。師匠にそう言ったら、故郷で頑張ってみろって。すごいんだぜ、王都の人混みは。大通りでも真っ直ぐ歩けないくらいで――」
王都のことなんか、噂程度に知ってれば充分だろ。
アメリアは、王都に移り住んだりしなくて済むんだから。
――その時だ。微かな……しかし、これまでとは明らかに異質な音が聞こえてきた。
誰かの……足音だ。しかも、複数。
「
「違う! 黄金の竜だ!! ですよね、
ブルーム団だ! 石造りの庭園に踏み込んできた、その声が微かに聞こえた。
俺は「助かった」と思った。マリオンが俺たちの危機をちゃんと外に知らせてくれた結果、救助隊が来たんだと思った。
だが――どうやら、そうじゃないらしい。
「ホホーゥ……コレは素晴らしいモノデスネ! しかし、コレでは簡単には持ち帰れないデス。ノンビリしていると、商会の追っ手がワタシタチを捕まえに来てしまいマス!」
商会の追っ手……だと? 俺は嫌な予感がした。
「あの商会のコムスメを裏切ってココに来たんデスカラ、確実に竜の黄金を手に入れなければイケマセン! コムスメが商会に連絡を取って追跡隊を差し向けてくる前に、何としても財宝を手に入れるのデス!! そのためには、コレは大きすぎデスヨ!!」
商会のコムスメ……セレストのことか? 裏切っただって? 竜の黄金のために?
俺はこの時、まだその詳しい事情を知らずに混乱していた。ただともかく、いまこいつらに見付かるのはやばいんじゃないかということだけは、直感した。
「……上に、追っ手だ。やつら、竜の黄金を狙ってる」
俺が起きあがりながらぼそぼそと呟くと、アメリアも頷いた。気付いていたらしい。
「ソフィー、レイチェル。その場を動くな。静かに」
俺がそう指示すると、二人もすぐに従った。俺たちに気付かずに、貯水池の方に行ってくれればいいんだが……。そう思いながら、俺は息を潜めて時が過ぎるのを待った。
だが――ほどなくして、上から「ンン?」と声が聞こえた。
「下に明かりが見えるデス! どうやら、先に入ったヤツラに追いついたようデスヨ!!」
明かり……しまった! ランプの火を隠してなかった!!
「見付かったぞ! 荷物をまとめろ! 奥に急ぐぞ!!」
俺がもう形振り構わずはっきりとした声でそう指示すると、みんなバタバタと動き出した。俺はランプを引っ掴んで、奥へ続く洞窟に踏み込んだ。
「俺が先頭を行く! なるべく俺が踏んだあとを踏んでこい!」
そう言ったのは、もしかしたら床に罠があるかもしれないからだ。けどそれをいちいち確認してる暇がない。奴らに先を越されたら、竜の黄金を奪われるだけじゃなく、もしかしたら、俺たちの命までも危ないかもしれないんだ!
「ケ、ケネっさん! 身体はもう大丈夫なんですだか!?」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ! けど、ああ、さっきよりは少しマシだ!」
俺がレイチェルにそう応じる間に、背後ではロープが下ろされた。俺たちはプールに落ちたのに、後から来る奴らは落ちないのか。不公平だ。くそ。
「何だか……奥から水が流れる音が聞こえるんだけど……」
アメリアが不吉なことを言い出した。まさか、もう何か罠を踏んじまったのか? それで何か動き出してるのか? ……だが、ゆっくり考えてる余裕もない。
「
「ひとまずオマエ一人で追うのデス! 絶対に見失ってはイケマセンヨ!」
一人目はもう降りてきたのか! くそ。体調が万全なら、追ってくる一人ずつ料理してやるところだが、またさっきみたいに気絶したらと思うと……
悔しいが、ここは逃げるしかない!!
だが、そんな俺たちの目の前にまた面倒なものが現れた。
「――ッ! 止まれ! 川だ! 激流だぞ!!」
俺たちが進んできた洞窟と交差して、地下水がごうごうと激しく流れていた。水音の正体はコレか! 水面は少し下にあるのに、ここまでしぶきが飛んでくるほどの激流。洞窟はさらに奥へと続いているが、そこへ進むにはこの川を越えないといけない。飛び越えられる幅ならよかったが、俺の身体能力だと、体調が万全だったとしても難しいか。
……こいつはヘヴィだぜ。