「ケネス! 橋がある!!」
アメリアが示した場所に、確かに向こう岸へと渡る橋があった。一応は。
立派な石造アーチ橋ではある。もし水面が穏やかなら、本体と鏡像できれいな円を見せてくれたかもしれない。祭壇の守護竜像や金色の竜の像と併せて、古代の造型技術のレベルの高さがうかがい知れるというものだが……
「一人分の幅しかないぞ!」
橋の前に立った俺はそう叫んだ。元々はこれで充分だったんだろうが、使われなくなって長いこの橋は、跳ね上がる水しぶきのためか苔に覆われて見るからに滑りやすくなっていて、手すりもない。慌てて進めば滑り落ちる可能性があった。それとも、そこまで考慮した上で造られた、罠なんだろうか?
「行くしかないよ! 私とレイチェルが食い止める。兄さんは先に渡ってくれ!」
「ソフィー!? 敵は魔術を使うんだぞ! 魔法戦の経験がないと……」
「兄さんだって今は魔法使えないだろう!!」
ソフィーの指摘に、俺はぐっと言葉を詰まらせた。確かに万全じゃないが、けどな……
「地図が読めるのは兄さんだけなんだから、アメリアと早く!!」
……そこまで言われたら、これ以上は反論できなかった。ソフィーの言い分には理があるし、言い争ってる場合でもない。
俺たちが早く渡れば、それだけソフィーとレイチェルも安全になる。
「わかった! 行くぞ、アメリア!」
「うんっ!」
まずは俺が橋へと足をかけた。慎重に、慎重に進む。それでも一瞬、足が滑りそうになってヒヤッとした。あっぶねぇ……。もし余裕のない最後尾だったりしたら、俺はそのまま激流に呑まれていたかもしれない。
だが、何とか渡りきった。俺は対岸から手を伸ばし、後に続くアメリアをフォローしてやる。すぐにアメリアも川を越えた。
「ソフィー!! レイチェル! 俺たちは渡ったぞ! 急げ!」
「はっ、はいですだ!」
レイチェルが返事をした。ソフィーはまだ背後を警戒している。
「レイチェルから先に行ってくれ。私に考えがある」
「か、考え……ですだか?」
「うん。みんなが渡り終えた後、橋に油を撒くんだよ。ランプの火のために残しておいたのがある。これを、ね」
そう言ったソフィーがニヤリと笑ったのが見えた。その笑顔に、レイチェルとアメリアは震え上がった。……相当のことをしてきたんだろうな、俺の妹は……。
ともかく、さすがに鍛えているレイチェルはバランスがいい。俺やアメリアよりも簡単に橋を渡り終えた。それを確認したソフィーも、ゆっくりと橋へ踏み込む。そして、小さなボトルのコルク栓をキュッと抜き、その中の油を橋へとぶちまけた。
……俺が渡る前にそれをやられてたら、橋から滑り落ちていただろうな。
「ハッハァーン! ようやく追いついたデスヨ!!」
ソフィーのさらに向こうから、追っ手の三人が姿を現した。
「竜の黄金はワタシタチが頂くデス! 観念して、ワタシに宝の地図を渡すのデス!!」
地図のことまで知ってるのか! 誰が……って、マリオン以外にないだろうな。しかしそうだとしたら、マリオンは……? まさかとは思うが、こいつらに……
「オマエタチ! 奴らを逃がしてはイケマセン!! 魔術で足止めするのデス!!」
どピンクのローブの女に命じられ、背後の二人が同時に詠唱を開始する。よく似た二人だ。姉妹か? 詠唱もほぼ同じタイミングで、火炎と冷気。ふたつの属性を同時に防ぐのは簡単じゃない。面倒な相手だ。
「ソフィー!! 急いでっ! 魔法が来ますだ!!」
レイチェルが伸ばした手をソフィーが掴んだ。これでみんな細い橋を渡りきった! 俺たちは敵の魔術が完成する前にと、洞窟の奥へ駆け込む。だが……っ!
「〈
魔術がふたつ、俺たちを狙って飛んできた! 発動した魔術は俺たちの足より早いっ!!
「先に行けっ! 魔術は俺が受けるっ!!」
俺はみんなにそう言って一人足を止め、右手に握った杖を前に突きだして敵の魔術を待ちかまえた。……大丈夫。魔術の攻撃は術力を高めれば軽減できる。
ふたつの攻撃魔術が俺の胸に炸裂した。俺は少し体勢を崩したが……
「……くく、大したことないな。この程度の使い手なら、学院にもごろごろいたぞ」
ハッタリじゃない。実際、俺はこれより強い魔術を何度も受けてる。
「ぐぬぬ……オマエタチ、何をしているのデス! ヤツラ、逃げてしまいマスヨ!!」
どピンクのローブの女が叫んだ。もちろん、逃げさせてもらうさ。
……ソフィーの罠の効果を見届けたらな。
「ではまずは私がっ! とうっ!」
部下の一人が橋に踏み込んだ。そしてその女が橋の半ばを過ぎて、もう俺に掴みかかろうという距離まで来て――
つるり。
「あっ、あれっ、あっ……あぁあ――――っ!」
橋に撒かれた油に足を滑らせ、すっ転んで橋から落ちた。激流に呑み込まれ……いや、流れは速いが、浅かったみたいだ。尻餅をついてばしゃばしゃと暴れながら、溺れる溺れるとわめいているが。
「こ、このぉ! よくもサファイアをーっ!!」
残ったもう一人の部下が、続けて橋に踏み込んだ。そして同じように、つるり。
「あ――――っ!」
先に落ちたやつとまったく同じように川に落ちていった。
「ルビーまで、何をしているのデス!? 遊んでいるヒマはないのデスヨ!?」
どピンクの女が上から叱りつけているが、すでに落ちた二人は下で水浴び中だ。俺たちが落ちたプールに落ちなかった報いだろう。
「兄さん! 早くっ!」
ソフィーが奥から俺を呼んだ。ああ、自分の姿をエサに敵を罠に誘い込むのはもう充分だろう。ソフィーの誘導に従って、俺も奥へと進んだ。
「上手くいったな、ソフィーの罠」
俺がそう褒めると、ソフィーはまたニヤリと笑った。
だが――その奥にはまた、難関が待ちかまえていた。
「ケ、ケネス! あれ、なに!?」
アメリアが奥を指差す。そこにあるものを見て、俺たちは例外なく絶句した……。
「祭壇――いけにえの祭壇だ……」
そうとしか見えなかった。