祭壇は人が一人寝そべって少し余裕がある程度の、石の寝台というような形で、その周囲の床に見るからに禍々しい魔法陣が描かれている。
そしてその床に、頭蓋骨を模した造型の石がごろごろと山のように積まれていた。
「い、いけにえ……っ!」
レイチェルが息を呑んだ。レイチェルだけじゃない。他の二人も同じだ。
俺はみんなの脇をすり抜けて祭壇に近付いた。……石とはいえ、頭蓋骨は踏みたくないな。なるべく踏まないようにした。
「祭壇に古代語が刻まれてる。……これは……」
「な、なんて書いてある?」
ソフィーが訊ねてくる。俺はその文字を目で追い、そして、口に出した。
「……『竜にいけにえを捧げよ。賢者と精霊の助けを得て四人の人間を選び出し、竜へのいけにえとすべし。竜が気に入ればその寝所へ招かれよう。さもなくば――」
「さもなくば?」
「――さもなくば、その場でたちまち、死を迎えるだろう』……ってことらしい」
「し、死ぬの? こ、ここの仕掛けで?」
「明確にそう書いてあるから、多分、そうだろう……」
その言葉に、みんなも少し絶望の表情を浮かべた。俺も同じだ。
こいつはヘヴィだぜ……。
「え、選ぶと言っても……わたしたちはちょうど、よ、四人ですだ」
「いや、いけにえだぞ? 竜に喰われるんだ。私らがいけにえじゃ意味がない。後ろから来る三人を捕まえて……いや、それだと一人足りないか……」
レイチェルとソフィーがそれぞれ自分の考えを呟く。
「……竜が気に入るって、どういうことかな」
首を傾げたのはアメリア。俺もよくわからない。わからないときには……と、俺は懐から地図を取り出した。後ろから追っ手が迫っているので、のんびりはできないが。
「地図には……これか? 『三人の賢者は五人の精霊と協議する。四人は精霊に抱かれて祭壇に登るべし』と書いてある」
「ヒント、なのかな?」
そう呟いたアメリアに、俺は頷いて見せる。間違いなく、ここのヒントだ。
三人の賢者と、五人の精霊が、四人の人間を選ぶ……か。
「……何か、これに関係のあるものがこの部屋にあるんじゃないか? 探してみよう」
「じゃ、じゃあわたしは追っ手を警戒しますだ!」
俺はレイチェルに「頼む」と言って、祭壇の周囲を見回した。
と、まずはここにも水が流れているのを見付けた。混じりっけのない透明な水が、岩壁から染み出してきて美しい泉をなしている。
しかし……どうも今回のことでは水にいいイメージがないぞ。
「兄さん。これはどう? 関係がありそうな気がするんだけど……」
ソフィーが俺にそう言って、端に置かれた何かを示した。金属製の……水瓶か?
「見て、ここ。外側に人の絵が描かれてる。長いローブと、長い髭、それに杖」
「……なるほど、賢者か。いち、に……三人だ」
「ケネス! こっちにも水瓶がある!」
アメリアだ。俺が目の前にしている水瓶とそっくりなものを、どこからか運んできている。……結構重そうに見えるんだがな、それ。並べて置いてみると、賢者の水瓶より明らかに一回り大きかった。
「こっちは……こっちの絵は、五人の精霊だ。ほら」
と、ソフィーが示した通り、大きい方の水瓶には、手を繋ぎ、水瓶の側面をぐるりと一周、輪になって風に舞う五人の精霊の姿が描かれている。
「何か宗教的な意味があるのかな」
「どうだかな。……仕掛けには関係あると思うが」
「ねえ、やっぱりこれ、水を入れるんじゃない? 水瓶なんだし」
アメリアが言ったのは本当にごく当たり前のことだが、……どうも、水に近付くのには不安があるな。いや、それでもやるしかないんだけどな。
「水を入れてみよう」
「どこまで?」
「ともかく、いっぱいにする」
俺がそう言うと、アメリアは頷いて、大きい方の水瓶をひょいと持ち上げた。……腕はそんなに太くないのになあ。何でこんなに怪力なんだ? ……ともかく俺はソフィーと二人で小さい方の水瓶を持って、泉から水を汲み上げた。
「……いっぱいまで汲んだけど、どうしよう?」
「流し込むところがあるんじゃないか?」
首を傾げるアメリアにソフィーが応じる。この水の使い道といったらそれしかないか。
「祭壇か? それとも、壁か? 床か?」
俺たち三人は手分けして怪しい場所を調べる。……だが、何もない。見あたらない。
「まさか、骸骨石の下に?」
ソフィーがぽつりと呟いた。……石とはいえ、骸骨を模したものは、あんまり触りたくないがなあ。
「ケ、ケネっさん! まだですだか!? 追っ手が橋の近くまで戻ってきましただ!!」
レイチェルの叫び声が聞こえた。まずい。さっき撒いた油がまだ効果があるとは思えない。急がないと追いつかれる。
けど、どうすりゃいいんだ? この石をひとつひとつどけて下を探すヒマはない。追っ手を倒してしまうのも、今の状況では現実的じゃない。
「三人の賢者と、五人の精霊の助けで……四人の人間を選んでいけにえに……」
あのふたつの水瓶が仕掛けを解く鍵なんだと思うが、あれをどうしろっていうんだ?
「ケ、ケネっさん!! はっ、はーやーくーっ!!」
ああ、くそ! そんなに急かされてもわからないもんはわからないんだよ!!
「……三人、五人、四人……あっ。これ、もしかして」
呟いたのはソフィーだ。
「な、なに? 何かわかったの!?」
「わかった、かも。……わかったかも! 兄さん。確か、いけにえの四人は精霊に抱かれて祭壇に、だよな?」
「ええと……そう。そうだ。それがどうかしたのか?」
「――解ける! この仕掛け、解けるぞ!!」
ソフィーが力強くそう言ったんで、俺は驚いてソフィーを見た。
……これは、相当に自信のある顔だ。
「兄さん! その小さい方の水瓶は中身を捨てて空にしてくれ!」
捨てるのか? これをどこかに流し込むんじゃないのか? ……いや、俺はよくわかってない。ここはソフィーに従おう。
「……捨てたぞ」
「じゃあ次はアメリアと二人で、大きい方の水瓶の中身を、小さい方が一杯になるまで注いで……あ、こぼさないようにしてくれ」
入ってた水を捨てたのに、そこにまた入れるのか? わけがわからない。
「――あっ! そっか! そういうこと!? ボクもわかったよ、ソフィー!!」
え。ちょっと待て。アメリアもわかったって? 何のことだ? これに何の意味があるんだ? 俺にはわからない……何がどうなってるんだ?
「はっ、早くしてほしいですだーっ! 奴らがもうすぐそこまで――」
「許さない! 絶対に許さないっ! 私たちはブルーム団の精鋭、コランダム姉妹!! ここまで馬鹿にされて、黙って引き下がるはずもなしッッ!!」
「って、すっごい怒ってるですだよーっ!!」
レイチェルが叫んでいる。追っ手はもうすぐそこだ!
「レイチェル! 剣だ! 剣を使えっ!!」
「で、ですけんど、わたしは魔法使いと戦った経験は……」
そう言って渋るレイチェルに狙いを定め、追っ手の魔術士たちが詠唱を開始した。後方から魔術の援護を受けつつ、安全に橋を渡るってわけか。
「大丈夫! 魔法と思うな! 矢と同じだ! よく見ればかわせる!! のこのこ橋を渡ってきた奴を叩き落としてやれっ!!」
「そんなの無理ですだーっ!! 矢だって無理ですだーっ!!」
……正論だが、ここはやってもらわないと困る。
「魔法で援護する! 怯むなっ!! 万物の根元たる
俺は高らかに呪文を詠唱する。〈
「あっ……ありがとうございますだ、ケネっさん! 力が湧いてきましただっ!!」
……ん? まだ術は完成していないが……
「やーっ!!」
「ギャ――ッ!!」
レイチェルが振り抜いた剣に驚いて、橋を渡っていた魔術士がまた橋から滑り落ちた。
「魔法はすごいですだー!! どんどん行くですだー!!」
……思いこみだけでも結構強くなるもんだな。