赤竜山の黄金伝説   作:雷神宮燦

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伝説の竜の巣へ

「ボクたちも急ごう! じゃあ次は、こっちの小さい水瓶の水を……」

「ああ。さっき大きい方から水を移していっぱいになったその水を……どうするんだ?」

「捨てるの」

 ……何だって? と俺が聞き返す間もなく、アメリアは水瓶の中身を全部泉に戻してしまった。わざわざ大きい方から移したのに、何でそれを捨てるんだ?

「アメリアもほんとにわかったんだな。ちぇっ、私の手柄かと思ったのにな」

「ふふふ。ボクだってたまには冴えてるときもあるんだよ。そしたら、大きい方に残ってる水を、空になったこれに移して……」

 中身がだばだばと移される。まもなく、大きい方に残っていた水は全て移されたが、これだと、小さい方も一杯にはならない。半分より少し多いか? そのくらいだ。

「思った通りだ」

 ソフィーが呟いて、アメリアが「うん」と頷く。

 ……どうなってるんだ。何が思った通りなんだ。

 アメリアとソフィーは俺の疑問に答えることもなく、空になった大きな水瓶にまた水をいっぱい汲み上げた。

「あとはここから……」

 アメリアがそれを持ち上げて、小さい方の容器が一杯になるまで水を注ぐ……

「……これでできた!」

「いや、ちょっと待て。待ってくれ。できたって、何がだ? 小さい……賢者の水瓶に水を汲んだり捨てたりしただけじゃないか」

 俺が訊ねると、ソフィーがニヤリと笑った。

「いけにえの四人が決まったんだよ。いい? 賢者の水瓶には三人が描かれてて、精霊の水瓶には五人が描かれてる。この人数はそれぞれの水瓶の容積を示してるんだよ。だからこの、三の容器と五の容器を使って、いけにえの四人を表す、四の水を――」

「――〈冷気(アイスブラスト)〉ッ!!」

 ゴウッ! と冷たい風が俺たちの足元を駆け抜けた。

「レイチェル!」

 追っ手の魔術士が放った〈冷気(アイスブラスト)〉の魔術を、レイチェルがまともに食らったように見えた。魔術としては初歩より一歩進んだ程度のものとはいえ、魔法に慣れていない人間には充分に脅威になる。

 ――気付くと俺は、レイチェルの横を駆け抜け、彼女と追っ手との間に立っていた。

「アメリア! ソフィー!! レイチェルを頼む!! 三人だけでも先に進め!!」

 杖を構え、俺は叫んだ。

「こっちで魔法戦の経験があるのは俺だけだ。……俺が食い止める」

「ケ、ケネっさ――」

「ホホーウ? オマエ一人でワタシタチの相手がデキルと思っているのデスカ?」

 凍傷の痛みに呻くレイチェルを、そして立ちはだかった俺を嘲笑うかのように、どピンクのローブを着たパールが言った。

「絶対に後悔するぞ」

 パールの部下の一人がそうやって俺を脅した。俺はそれに返事はせず、ただじりじりと位置を変えた。追っ手三人の姿がはっきりと見える位置だ。……全員の射程に入ると同時に、全員を射程に入れる位置。

「行け、レイチェル。――万物の根元たる霊気(マナ)! 我が内より出でて我が手に集え!!」

 詠唱する俺の後ろでアメリアとソフィーがレイチェルを連れ出す。いいぞ。早く行け。

 身振りと詠唱はせいぜい派手に。こっちに敵の目を引きつけるんだ。

 詠唱が進むにつれ、俺の意識ははっきりとしてくる。魔術は制御できてる。大丈夫。

「オマエタチ! まずはあの男を仕留めるのデス!!」

 パールの指示が飛び、姉妹が詠唱を始めた。……けど、もう遅い。仲間達はみんな離れた。もういいだろう、種明かしをしても。

 俺は、みんなが逃げる時間を稼いでただけだ。つまり……

 この魔術で戦うつもりはない。

「――〈火炎(フレイムアロー)〉ッ!!」

 叫んで腕を振り下ろした。俺の手を離れた炎の矢が地面に弾ける。たちまちもうもうたる砂煙が立ちのぼり、向こうは大慌てになった。

「アーッ! またヤツラが逃げてしまうデスヨ!? オマエタチ! 早く追うのデス!!」

「で、ですが首領様(ドーニャ)! これでは前が見えません!!」

 構わず撃ってくるなら面倒くさかったが、どうやらその気はないらしい。助かった。

「ケネスー!! 早く早く! 急いでーっ!!」

 アメリアが俺を呼んだ。振り返ると、祭壇の向こうに秘密の通路がぽっかりと口を開けていた。そして、アメリアたち三人はすでにその入口にいた。

「奥はどうなってる!?」

 言いながら俺もその通路に飛び込んだ。そこで目にしたものは……!

「――手押しのトロッコか!」

 トロッコは三台ならんでいた。線路は右と左、どちらも登り坂だが、片方はすぐ先から下りになっているようだ。そこまで押していけばその先は一気に行くわけだが――

「ど、ど、どうしよう。他には道もなさそうだけど……」

「乗るしかないだろ! みんな乗れ! 俺が押す!!」

「待って! その前に――アメリア! 先頭の以外は倒しておいてくれ!!」

 ソフィーの指示……なるほど、そうしておけば敵もすぐには追ってこられない!

「兄さんは先に乗って! 押すのはアメリアがやる! アメリアの方が兄さんより腕力あるから心配ない!」

 ……言われてみれば確かにそうだ。俺は邪魔にならないよう大人しく指示に従った。その間にもアメリアは後方のトロッコを横倒しにした。

「待つのデス! 待ぁーつぅーのぉーデェース!!」

 パールだ! 追いついてきた!

「待ってられないよ!」

 アメリアが俺たちの乗ったトロッコをぐいぐいと押した。三人乗ったトロッコが軋んだ音を立てて坂を登る。その背後で敵が詠唱を始めた。アメリアを狙っている。だが……

「大丈夫だ! この勢いなら奴らの詠唱よりこっちが早い!」

 俺の言葉を聞いたからか、アメリアはさらに力を込めてトロッコを押した。

 そしてそれが、坂の一番高いところを越える――

「逃がしはしないデスヨ!! 今こそワタシの大魔術が発動の時を迎えるのデス!!」

 パールが杖を持つ手を振り上げた。多分、暗黒属性の広範展開、〈黒炎(ブラックファイア)〉……ッ!

「――アメリアッ! 掴まれッ!!」

 俺が身を乗り出し、手を伸ばした。アメリアは頷き、俺の手を握る。隣からソフィーもアメリアの腕を掴んだ。二人の力で、一気に引き上げる……!!

「喰らうがいいデス――〈黒炎(ブラックファイア)〉ッ!」

 敵の魔術が俺たちに襲いかかってきた。ランプの明かりでかろうじて確保されてる視界を、黒い炎が広がり、浸食していく……

 けど、……ちょうどいい追い風だ! トロッコは坂を下る勢いを増し始めた!! ぐいっ、とアメリアをトロッコに引っ張り上げたら、敵はすぐには追ってこられない! 奴らが悔し紛れの大声を上げるのが、かすかにここまで聞こえた。

「……ははっ! やった! やったぞ!! これで――」

「ケ、ケネっさん!! 前っ!! 前にーっ!!」

 勝利のムードをぶち壊す、ひどく慌てた声で、トロッコの先頭にいるレイチェルが叫んだ。……かなり嫌な予感がする。しかしそれでもどうにか前を向くと、そこには……

「崖だ――――ッ!!」

 真っ暗な崖に向かって、線路が一直線に伸びている!! だが、勢いの増したトロッコはもう俺たちの言うことを聞きはしないだろう……

「ぎゃ――――――――っっっっ!!」

 俺たちの絶叫もむなしく、トロッコはそのまま崖へと突っ込んでいった。

 

       *

 

「……死ぬかと思った……」

 ソフィーが俺の傍で呆然と呟いた。……しかしまあ、そう呟けるのは死ななかったからでもあるわけだ。トロッコは崖に落ちたわけじゃなかった。ひどく急な下り坂を落ちるように猛烈な速度で下っただけだ。しかもそれで終わらず、その勢いのまま、急なアップダウンを繰り返し、俺たちを振り回した。

 それでもまあ、何とか生きてる……。

「えっ……あ、あの、ごめん……ボク、途中からちょっと楽しかった……」

 アメリアが申し訳なさそうにそう言ったら、レイチェルも「じ、実は」と呟いた。

「……私はもう嫌だ。またやりたいなら二人でやってくれ……」

 トロッコはまだすぐ傍にあるし、多分、その先の坂をさっきと同じように手押しで越えれば元の場所に戻るって感じだろうが、確かに俺ももう勘弁したいところだな。

「けど、ここは……」

 俺たちがいるのは白い石で作られた広間だ。白いばかりで何もない。

 ……両開きの鋼鉄の扉以外には。

「ぐずぐずしてると追っ手が来る。急ごう」

 尻込みする俺たちを、ソフィーが急かした。仕方ないか。明かりをソフィーに、まだ万全でないレイチェルをアメリアに任せ、俺が先頭に立って鋼鉄の扉に近付いた。

 扉に刻まれているのは竜の絵だ。炎を吐く竜……。扉へと伸ばす手に汗が滲む。のんびり見ている暇はない。俺は意を決してその扉を押し開けた。

 ごう、と風が吹き抜けた。

 視界に飛び込んできたのは、夜空。……外に出た。どのあたりかはわからないが……目の前は崖だ。けど、山肌に沿って上に行く細い道がある。

「月明かりがあって明るいけど、荒れた登り坂だ。足元には気を付けろ。ソフィー、先に行ってくれ。次はアメリアとレイチェル。追っ手は俺が警戒する」

 俺の言葉にみんな頷き、俺たちは山道を登った。道は険しかったが、幸い、敵に追いつかれることもなく、俺たちは……

「……大きい、洞窟だ。まるで、悪魔が口を開けているみたいだ」

 先頭を行くソフィーの呟きが聞こえた。

「竜の口じゃないのか?」

「さあね。どっちでもいいよ。ともかく恐ろしい感じがするって言いたかった」

 ソフィーがそう言うのもわかる。外は月明かりで明るいのに、中は真っ暗で何も見えないんだ。外の明るさに慣れたからかもしれないが……

「で、ですけんど、これなら……この大きさなら……」

「うん。竜が出入りできる大きさだよ!」

 レイチェルとアメリアが、興奮気味にそう言った。てことは……てことは、だ。

 

 ――これが、伝説の竜の巣か。

 

「入って……奥に行ってみよう。みんな、大丈夫か? 行けるか?」

 俺が訊ねると、まずはアメリアがぐっと拳を握った。

「もちろん行くよ。だって、ボクたちはここを目指してきたんだもん」

「ここまで来たら、行くしかないだろ」

「わ、わたしも大丈夫ですだ」

 ソフィーとレイチェルも頷いた。さすがに、ここまで来て反対する人間はいなかった。

 なんせこの先には、俺たちが探し求めた――竜の黄金があるはずなんだから。

 ここまでの苦労を思い出し、俺たちはみんなで顔を見合わせ、少しだけ笑った。

「竜の黄金はもう、すぐそこだよ! ――進めーっ!!」

 アメリアの号令が響いた。

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