赤竜山の黄金伝説   作:雷神宮燦

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金の魔力

「も、申し訳ないですだ……」

 ……ブルーム団に向かっていったレイチェルが、あっさり人質になってしまった。せめて俺とタイミングを合わせてくれればもう少し何とかなったんだが、さっき受けた魔術のダメージが残るレイチェル一人では、多勢に無勢だった。しかし、ずっと弱気だったレイチェルが、まさかこの場面でひとり突っ込んでいくとはなあ……。

「アーッハッハッハッ!! サァ、どうデスカ? 人質がいれば、大人しく言うことを聞いてくれるデスカ!?」

「……レイチェルのためには、大人しく従うしかない。今の俺の魔術じゃ、三人を守りながら戦うのは無理だ」

 冷静に分析すれば、そう言うしかなかった。俺にも強い法術の素質があれば、みんなを守りながら伝説の魔法使いのように戦えたのかもしれないが、現実はそうもいかない。

「早くするのデス!! オトモダチがどうなってもイイのデスカ!?」

「わ、わたしのことはもういいですだ!! み、みんなだけでも宝物を持って、に、逃げてくださいだ!!」

「お黙りナサイ!! オマエタチ!! 本当に逃げ出したら、その背中に容赦なくワタシの大魔術をブチ込んでやるデスヨー!!」

 ……確かに、冷徹な判断をするなら、レイチェルを見捨てるという手もある。パールはああ言っているが、逃げ切れる可能性は充分にある。

 けど……レイチェルの友達は、そんな判断はしないだろう。

 アメリアも、ソフィーも、そして……俺もだ。

 最初に動いたのは、ソフィーだった。手に持っていた大粒のエメラルドを、首に掛けていたネックレスを、指にはまっていた宝石の指輪を、全て財宝の山に戻した。

「……これでいいだろ? さっさとレイチェルを放せよ」

「他の二人も、同じようにするのデス!! 持っているモノは全部出すのデスヨ!!」

 そうわめいているパール一人なら何とかできるとしても、後ろに控える姉妹がすでにいつでも術を撃てるように準備している。これを突破するのは骨が折れそうだ。

 仕方なく、アメリアと俺もパールの指示に従った。

「……心配ない。まだチャンスはある」

 俺が小声でそう言うと、アメリアは「うん」と頷いた。

「それで全部デスカー? ……フゥーン、まあ良しとするデス。次は全員、そこから離れて縁に並ぶのデス!!」

 俺たちはそれにも表面上は大人しく従って、台地の端へと移動した。そこから下を見下ろすが、暗くてよく見えない。マグマ溜まりではないんだろうが……

「オーットォ、忘れちゃいけないコトがアルのデシタ! そこの男!! オマエは杖を足元に置くのデス!! 魔術を使われては厄介デスヨ!!」

 ……ちっ。忘れててくれりゃあいいのに。ともあれ、指摘されたからには仕方がない。レイチェルの安全のために、俺は杖を足下に置いた。

 大丈夫。魔術を使うにあたって、杖は必ずしも必要なものじゃない。あれば便利なのは確かだが、なくても魔術は使える。

 それより問題は不調と人質だ。そこさえ万全なら、この程度のやつらにいいようにはさせないんだがな。

「その杖をコチラに向かって蹴るのデス!! くれぐれもオカシナ真似はしない方がいいデスヨ!! その時はこの女の安全は保証できないデス!!」

 よく言うぜ。俺たちを生かしておく気かどうかも怪しいのに。

「ケ、ケネス……」

「心配するな。何とかなる」

 アメリアにそう言って、俺は、師匠からもらった杖を、パールの方へと蹴りやった。杖はころころと転がって、俺とパールとのちょうど中間あたりで止まった。

「いいデスヨー。いいデスネー。美しい友情デスネー」

 パールは小馬鹿にしたように俺を笑った。俺の杖は放置だ。部下の一人にでも取りに来させるかと思ったが、そこまでは警戒してないってことか。

 待っていれば、チャンスはありそうだ。

「それじゃ、よくデキタご褒美にオトモダチを返してあげるデス!」

 パールはそう言って、レイチェルを俺たちの方へと突き飛ばした。

「レイチェル!」

 ソフィーが声を掛けると、レイチェルは目に涙を浮かべながら、よろよろとした足取りで俺たちの方へと駆け寄ってきた。

 良かった。ひとまずのところは、みんな無事に――

「――コランダム姉妹!! やっておしまいデス!!」

 パールが、部下の二人にそう指示を出した。くそ! 警戒はしてたが、卑怯だぞ!!

 指示を受けた二人は、すでに準備の整っていた術をレイチェルの背中へ目がけて――

「――〈火炎(フレイムアロー)〉ッ!」「〈冷気(アイスブラスト)〉ッ!」

 ふたつの魔術が同時に飛んで、弾けた。灼熱と極寒の両方が、俺に、痛みを与えた。

「ケ、ケネっさん……っ!!」

 ……ああ、くそ。さすがに今の状態でふたつまともに食らうのはヘヴィだぜ。

「わ、わたしのか、かわりに……っ!?」

「貴様……我らコランダム姉妹の魔術をまともに受けてもまだ倒れないのか」

「抗術に関しては、師匠に随分鍛えられたからな」

「デスガ、ワタシの大魔術までも防げるとは思わないコトデスネ!! ――〈黒炎(ブラックファイア)〉ッ!!」

 くそっ! パールまで撃ってきた! 俺は咄嗟に両腕を広げ、迫り来る黒い炎を全身に浴びた。これで大魔術ってのは言い過ぎだろうが、広範展開はさすがに一人じゃ抑えきれない!! この魔術を完全には打ち消すことができない!!

「あっ……」

「レイチェルッ!!」

 呆然としたレイチェルの声と、彼女を呼んだソフィーの声が聞こえた。

「アーッハッハッハッ!! そのまま崖下に落ちるがイイデス!!」

 パールの嘲笑で、俺は背後の状況を悟った。レイチェルが今にもここから転落しそうになっている!! 下に落ちたらどうなるか、俺にはわからない。最悪には、転落死――

 振り返った俺の目に、レイチェルが台地の縁の向こう側へと落ちるのが……映った。

「レイチェル――ッ!!」

 ソフィーが叫んで手を伸ばしたが、魔術の衝撃で弾かれたレイチェルまでは、その手も届かなかった。レイチェルが、下へと落ちていく――

 ぎゅっ、と心臓を掴まれたような心地がした。心臓が凍り付くかのような、嫌な気分。

 そして、そんな俺の目の前で――さらに信じられないことが、起きた。

「レイチェル――――ッ!!」

 ソフィーが、暗い闇へと、レイチェルを追って、跳んだ。

「まっ……おいっ!! ソフィーまで何やってんだーっ!!」

 叫んだ俺の耳に聞こえてきたのは、落ちた二人が固い地面に激突する、嫌な音……

 ……じゃ、なかった。

 ばしゃん、という……水音だ。

「――ぷはっ!! 兄さん! 下は水溜まり……いや、温泉だ! 温泉になってる!! さっき、下に落ちた石が水音を立てたのを聞いてたんだ! でなきゃこんなことするわけないだろ!! レイチェルも無事だ! 大丈夫!!」

 ソフィーの声が聞こえた。……そうか、それなら一安心だ。俺と顔を見合わせたアメリアも、俺と同じようにほっとした表情を浮かべていた。

「運のいいヤツラデスネ!! まあ良しとするデス。三対二ではオマエタチに勝ち目はナイのデスカラネェー!! アーッハッハッハッ!!」

 パールが、自分たちの有利を確実なものにしたという優越感で、俺たちを嘲笑した。

 

「それじゃあ、あたしたちがケネスの方についたら……また三対四だにゃあー?」

 

 ……どこからか、聞き覚えのある声がした。ああ、確かに知っている声だ。多分、あいつだ……これは、喜ぶべきなのか、それとも、警戒すべきなのか……。

 その声の主の姿を見付けたのは、アメリアだった。

「あっ! マリオンだ!! マリオーン!!」

 やっぱりあいつか!! いつの間にか、ロープを結びつけた岩の上に立ってやがる!!

「にゃーっはっはっはっ!! 主役が登場するにはおあつらえ向きのシーンだにゃあー!!」

 ……おい、待て。誰が主役だ、誰が。

「オ、オマエはッ!! 確かに縛り上げて転がしておいたハズ……!!」

「いつまでもそんな常識に縛られているあたしじゃないにゃ! 甘すぎるにゃ! マロングラッセの百倍は甘いにゃ!!」

 ……甘さの基準がマロングラッセなのは何でだ。好物なのか?

「万物の根元たる霊気(マナ)、我が内より出でよ。出でては電光の如くなれ。電光となりては集い、集いてはその身を輝きと熱とに換えて――」

 と、マリオンのさらに向こうから涼やかな声が響いた。詠唱だ。空気が震えている。

「――〈閃光(ライトニング)〉ッ!!」

 暗闇の中で、光が弾けた。これは、稲妻属性魔術の広範展開か!!

 マリオンの他にもう一人、魔術士がいる!?

「ギャー!! 目が、目がぁーっ!!」

 ブルーム団の誰かが叫んでいる。そこへ、後ろの魔術士が声を掛けた。

「ようやく追いつきましたね、マリオンさん。ではさっそく、わたくしとの契約を一方的に反故にしたパール・ブルームとその部下のお二方に、違約金を支払っていただくことにしましょう」

 この声は……セレスト・ランズベリーか! マリオンと一緒に、ここまで来てしまったのか!!

「ぐ、ぐぬぬ……こうなったら仕方ないデス! 全面戦争デスヨ! サァ、コランダム姉妹! オマエタチもブルーム団の精鋭にして〈同盟(アライアンス)〉の一員! サッサとやっておしまいデス! ……って」

 パールが振り返ると、そこにはもう部下の二人はいなかった。二人はセレストと逆の方向……つまり、俺たちの方に走ってきて、そして、そのまま崖下の水溜まりに向かって飛び降りていった。……パールをひとり残して。

「アーッ! オマエタチッ! 何で! 何で逃げるデス!? ワタシ一人じゃ多勢に無勢デスヨ!?」

「……貴方が簡単に雇い主を裏切るような人だから、部下にも裏切られるのですよ」

 セレストはそう言って、パールに近付いていく。その手に持った杖に、ばちばちと電光が舞っている。詠唱なしでもこれだけ制御できるのは、なかなかの使い手だ。

「ま、待つのデス……ワタシはブルーム団の首領(ドーニャ)デスヨ……ワタシに何かあれば、我がブルーム団の総勢十人を超す精鋭タチが黙ってはいませんデスヨ……!」

「いま、目の前で逃げましたよね? 精鋭」

「ぐ、ぐぬぬ……!! ならば最後の手段デス!!」

 叫び、パールが走った。何をする気かと、みんな一斉に身構える。と――

「この、ブルーダイヤを差し上げるデス!! これで違約金の支払いは完了デスヨネ!!」

 ……最後の手段って、それか!

 パールは、竜の石像に埋め込まれていたブルーダイヤを掴み取って、セレストに掲げて見せた。それは、俺がアメリアに言われて取らなかったやつだ。

「あら……確かにそれはとても価値のありそうな宝石ですが……」

「モチロン、そうに決まっているデスヨ!! コレで万事オッケーデスネ!!」

「ですが、勘違いしないでくださいね? この竜の黄金は確かに大変な価値のある財宝の山ですが、それは、貴方のものではないのですよ、パール」

 セレストが、パールに向かって、ニコッと笑った。どこからか差し込む月明かりに照らされたその笑顔は……確かに、きれいだ。きれいではあるんだ。だが……

 ……何だ、この寒気は。

「いいですか? 竜の黄金は全て、宝石の一粒、コインの一枚に至るまで、全て……」

 セレストが、笑顔のままそう言った。

 振り上げた杖には……さらに勢いを増した、電光。

 

「全て――――この全ては、わたくしのものです!!」

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