赤竜山の黄金伝説   作:雷神宮燦

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あの時なりたかった『魔法使い』

「ソフィー!! まだ下にいるか!?」

 俺の声に、下からソフィーの声が返った。まだいるな。レイチェルもだ。

「何か仕掛けが動いてるのわかるだろ! 全員、外に逃げろ!! セレストと、それからブルーム団のやつらも連れて行ってくれ!!」

「わかった! 兄さんたちも急いで!」

 よし。これなら下は下でどうにかするだろう。

 あとはこっちだ。残された時間で一体どれだけの財宝を持ち出せるか……

 俺が自分に施した身体強化の術法ももう効果が切れる。あれだけ使ったのは久しぶりだから、反動が怖いけどな。

「――アメリア! マリオン! 何をぼーっとしてるんだ! 急げ! 財宝を背負い袋に詰め込むんだ!! 逃げる時間が無くなるぞ!!」

 動かないでいる二人に、俺は叫んだ。そしたらようやく二人もハッと自分を取り戻したように揺れて、竜の黄金に駆け寄った。

 と――俺の足元。パールの手から落ち、セレストの手からも落ちたブルーダイヤモンドが転がっているのを見付けた。

 俺はそれを拾い上げ、少し眺めてから……

 竜の石像の台座に、ぐっと押し込んで、元に戻した。

 それで仕掛けが止まることはなかった。一度動き始めたらもう止まらないようだ。

 ……まあ、期待してたわけじゃない。そんなこったろうと思っていたさ。

 けど……

「一番の宝物を持ち出そうとしたこと、俺が代わりに謝るよ。悪かったな、王様」

 それだけは、一応、言っておこうと思ったんだ。

 

「もう背負い袋はいっぱいだにゃあ!!」

 財宝を詰め込んでいたマリオンが叫んだ。その声さえも地鳴りにかき消されそうだ。

「背負えるか!?」

「ボクなら大丈夫っ!! いけるよっ!!」

 俺なら背負った瞬間確実に肩が抜ける大荷物を、アメリアがふんぬと背負いあげた。相変わらずとんでもない腕力。けど、今は背負えるだけじゃダメだ。これを背負ったままここを脱出しなくちゃいけない。

 この激しい揺れの中をだ!

「けど……やるしかない。マリオン! お前が先に降りろ! 次は俺だ! アメリアの万が一に備えて、俺たちが下で待つ!!」

「う、うんっ!!」

 と念を入れたが、その万が一もなく、俺たちは三人ともロープを降りきった。そもそもが二人分程度の高さ。ロープさえ無事なら、登るより降りる方が簡単な高さだ。

 だが、そうしている間にも揺れは大きくなっていく。

 ざあ、と不吉な水音がして、次の瞬間、どこかで蒸気が噴き上がった。マグマの熱で水が蒸発してるんだ!

 その蒸気で洞窟の中が一気に蒸し暑くなる。視界が悪くなる。

 これは偶然か? それとも、これも仕掛けの一部なのか?

「兄さん!! 急げ――っ!!」

 出口の方から、ソフィーの声が聞こえた。こっちからじゃ、その輪郭しか見えない。

 外が明るい。夜が明けたのか。暗闇に慣れた目にその光は痛い。

 けど……希望の光だ。

 俺たちは懸命に走った。

 水溜まりを踏み、でこぼこした坂を登って、俺たちはその希望の光を目指した。

 もう少し――あと少しで、外に出られる。

 外に出さえすれば、きっとなんとかなる。術士は俺だけじゃない。セレストも、ブルーム団の三人もいる。力を合わせれば出口を塞いでいた岩をぶち壊すこともできるだろう。

 ここから外に出られさえすれば……

「あ……っ!!」

 アメリアが短く叫んだのはその時だった。同時に、彼女は走る体勢を崩して……

 ……その場に倒れ込んだ。俺はとっさに手を伸ばしたが、間に合わない。

「アメリアっ!?」

「だ、だいっ、じょうぶ……!! ちょっと足を捻った、だけ、だから……っ!!」

 アメリアはそう言ったが、この状況で、その「ちょっと」は致命的だった。

 立ち上がれない!! アメリアが自分の荷物に押し潰されそうになっている!!

 怪我がなくてさえようやくしか持ち上がらなかった荷物は、今のアメリアには重すぎるんだ!!

「ど、どうしたにゃあっ!? 急がないとまずいにゃあ!!」

 少し先を行っていたマリオンが、立ち止まって俺たちを振り返っていた。

「アメリアが倒れた!! 戻ってきて手伝えっ!!」

 その声が届いたかどうかも確認せず、俺はアメリアを助け起こそうと手を伸ばした。

 ぐうっ――重い! やっぱりこの荷物だ! 持ち出した財宝が重すぎて、今の俺一人だけじゃ、これを動かせない!

「アメリアーっ!! 危ないにゃあっ!!」

 マリオンの絶叫!

 俺たちの頭上を指差している彼女を見て、俺は危機を悟った。

霊気(マナ)よ! 刹那の烈風となれ!! ――〈爆裂(エナジーバースト)〉ッッ!!」

 俺は目標物を確かめもせず、頭上に向かって魔術を放った。

 爆発音。

 砕けた岩が、それでもこぶし大の石の雨になって俺たちを打つ。

 術力はもう底を突きかけていた。その上、長々と詠唱をしている時間はなかった。

 それでも、俺が十年を掛けて研鑚した魔術は、俺たちの命を救った。……間一髪で。

「大丈夫にゃあっ!?」

「マリオン! アメリアを荷物の下から引っ張り出すぞ!!」

 俺の声にマリオンが素直に頷く。いくらマリオンでもこんな時だ。そうでないと困る。

「だ、だめだよケネス!」

 大荷物を足では支えきれずに、それでも這うように進んでいたアメリアが叫んだ。

「この荷物はボクたちに必要な、大切なものでしょ!? ボクたちの未来が詰まってるんだよ! ボクでないと運べない重さなんだから、ボクがしっかりしないと――!!」

「命の方が先だ!! 命が無くて未来があるかっ!!」

 俺とマリオンは二人がかりで荷物を持ち上げ、その下からアメリアを助け出した。すぐにでも足の具合を確かめてやりたいが――

 岩が、あちこちに落下してきている。のんびりしていられる状況じゃなさそうだ。

「マリオン! アメリアを頼む! 出口はもうそんなに遠くないだろ!!」

「ケネスはどうするにゃあっ!?」

 言われなくてもという様子でアメリアに肩を貸したマリオンが、俺に訊いてきた。

「俺がこの財宝を持っていく! 先に行っててくれ!!」

「ケ、ケネスじゃ無理だよ! 絶対に無理だよ!」

 間髪入れずにアメリアが俺に怒鳴った。

 ……確かになあ、俺の腕力なんてもう誰も信用してないだろうが……

「俺には魔法がある! 心配するな!! 俺を信じろ!!」

 そう叫ぶうちにも揺れは激しくなり、剥がれた岩ががらがらと落ちてきている。

「早く行ってくれ。でないと、お前たちのことが心配で、俺は力を発揮できない」

 真剣な声でそう言う俺には、マリオンでさえ、心配そうな視線を向けていた。

 アメリアがどんな顔をしているのかは、……怖くて見ることができなかった。

 ……見たら、俺の決意がしぼんでしまうかもしれないと思ったから。

 

       *

 

 二人は出口に向かった。ここに残っているのは俺だけだ。

 俺は激しい揺れの中で、杖を構える。立っていられないほどじゃない。大丈夫。

 深呼吸をして、心を落ち着かせる。

 俺の目の前には大荷物がある。財宝の詰まった、背負い袋。

 この財宝は、竜の黄金の一部。俺たちの……狼宴の未来。

 

 ――何とかしてみせる。

 

 俺は懐から魔晶石を取り出す。セレストとの戦いの後で、もうひとつ見付けておいたんだ。これがあるから、まだ望みはある。その石を絞るように握りしめると、そこに蓄えられていた霊気(マナ)が、俺の身体に染みこんでいく。

 精神が落ち着くにつれ、激しい地鳴りが……懐かしい喚声に変わった。

 闘技場の喧噪。

 俺は仮面で顔を隠してそこに立ち、挑戦者を前に、詠唱。

「万物の根元たる霊気(マナ)。風より分かれ、我が手に集え……」

 周囲に惑わされてはいけない。集中しろ――

「――〈増幅+増幅(スペルエンハンス改)〉ッ!」

 まず、ひとつ。これは、続く術法の威力を高めてくれる。重複詠唱で一気に二度。これで術力の向上は天井。

 即座に、次の魔法の詠唱。それもほどなく完成。

「――〈強化+強化(ウェポンオーラ改)〉ッ!」

 武器の威力を高める術法を、俺は自分へと施す。これもふたつ。

 今この場合の武器ってのは俺の腕だ。

 身体の底から、力が湧き上がってくる。

 俺の腕力は普段とは比べものにならないくらいに向上している。

 けど、それでもまだ足りないだろう。元が元だ。

 俺はさらに次を準備する……

 

       *

 

『この大馬鹿者ッ!! 儂が貴様に魔法を教えたのは、見せ物にするためではないぞッ!!』

 闘技場の仕事のことが師匠にバレたときだ。

 その時、師匠はこんな風に、俺を叱った。

『貴様は、そんなくだらない「魔法使い」になりたかったのかッ!?』

 師匠は無茶苦茶怒っていた。意外と熱血漢なんだ、あのじじいは。

 

『僕は戻ってきて、僕の魔法でこの町のみんなを幸せにする!』

 だけど、俺の学んだ魔法がもたらすのは、破壊ばかりで……

 

 ああ、けど――

 

『ケネスの魔法は、ボクたちを守るための魔法だった。……悪いことないよ。大丈夫』

 ……そう言ってくれる人がいるなら、俺の十年は、無駄じゃなかった。

 

       *

 

「あの時なりたかった『魔法使い』に、少しは近付いたかな」

 ただの独り言だ。

 最後の魔法は完成した。

「――〈覚醒+覚醒(アウェイキング改)〉ッ!」

 すでに二段階向上している術力と腕力が、〈覚醒(アウェイキング)〉によってさらに向上する。身体も軽くなった。

 ああ……今の俺なら、何だってできる。

 最高の気分だ。

 

(また、俺を喚んだな?)

 

 どこからか声が聞こえて、俺は笑った。

 ――久しぶりだな、〈仮面の魔人(マスクドデーモン)〉。

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