ランズベリー商会の馬車は、翌日の昼前には伯爵邸にやってきた。
その馬車は王都では見慣れた型のもので、俺が想像していたものよりはよっぽど大人しいものだった。ただしこれは最初の一台でしかなく、この後にも同じものがまだ四台も続いているらしい。馬車だけでなく、徒歩の使用人も大勢いる。となれば相当な規模だ。
曲がりなりにも貴族である伯爵家に失礼の無いようにと揃えたのか。
……それとも、商会の権勢を見せつける目的なのか?
サイラスとその妹であるアメリアだけでなく、館の使用人もほぼ総出で、その一団の到着を見守っている。
しかしこの使用人たち、ほぼ例外なく、異常な低賃金を提示されてもなお伯爵家に仕えようという酔狂な人たちなんだそうだ。事情はほぼ承知しているらしい。
かく言う俺もその酔狂な奴のひとり。結局、助言役は引き受けたんで、サイラスの隣に立っている。
俺の留学に多大な援助をしてもらった恩を返すべく、将来は伯爵家で働きたいとは思っていたが……帰郷早々にそうなってしまうと、こいつはなかなかヘヴィだ。しかも事情が事情だから、こっちからは給金の話なんて言い出せる雰囲気じゃなかった。よって、無給だ。な、ヘヴィだろ?
ちなみに、サイラスからの指示は非常に曖昧で……
『伯爵家がランズベリー商会より有利な立場になるように、知恵を絞ってくれよな』
……という無茶振りだけだったから、具体的にどうするとは、まだ何も決まってない。というかな、もう詰んでる状態だろ。どうしろってんだ。
と、サイラスにはそう言えるんだが、アメリアのことを考えるとな。放ってもおけない。
「狼宴の町へようこそ。……セレスト・ランズベリー嬢」
最初の馬車から降りてきた女の子を、正装のサイラスが館の玄関で出迎えた。貴族であるサイラスは本来、館の中で客を待っても問題ない立場ではあるが、そんな肩書きも金の魔力の前では非力だ。それでもさすがに伯爵だけは、館の中で待つことになってるが。
さて、セレストと呼ばれた女の子の方は……どこかで見た覚えがあるな。多分、王都でだと思うが。歳は俺と同じくらいか。長い髪はほとんど白に近い金。プラチナブロンドっていうのか? 肌も抜けるように白い。そしてその瞳は真紅。そして美少女。美少女だ。着ているドレスも見るからにいい生地で、仕立てもいい。
「わざわざこうして出迎えていただき、恐縮です。すでにご存じのようですが、改めて名乗らせていただきますね。わたくしはランズベリー商会会長コンラッド・ランズベリーの長女、セレスト・ランズベリーです。どうぞ、お見知りおきを」
「お待ちしていましたよ。……ところで、その、コンラッド殿はどこに?」
「それが、急な仕事が入りまして、父は到着を一日遅らせることになりました」
サイラスの問いに、セレストが答えた。……すごいな。貴族にこれだけの準備をさせて待たせておきながら、仕事を優先して、しかもその連絡は当日か。友達なら付き合いを考え直すとこだぞ。でも金を貸してる側の人間は強いから許される。ヘヴィだぜ。
「でもそのおかげで、わたくしは父の目のないところで羽が伸ばせます」
セレストはそう言って笑った。滞在を楽しみにしているのは嘘じゃなさそうだ。
「それはそれは。ぜひ、楽しんでいってください」
対照的に、サイラスの方はあまり乗り気じゃない様子だ。しかしまあ、彼女がここに来た理由と背景を考えれば穏やかでいられるはずもないか。それでも一応は、それを表に出さないように努力しているらしく、やんわりと笑みを浮かべてさえ見せた上で、サイラスは握手のための手を差し出した。
「はい。どうぞよろしくお願いしますね。アメリア・クルサード様」
セレストはそう言って微笑んで、サイラスが差し出していた手を握った。
……ん? それ、サイラスだよな? アメリアじゃないよな? だってアメリアは、サイラスを挟んで俺と反対側で、口をぽかーんと開けてる。
サイラスは……笑顔が凍り付いていた。
セレストの方はそれに気付かないまま……
「そして……お会いできるのを本当に楽しみにしていました。わたくしの思っていた通りの方で、安心しました。よろしくお願いします。……サイラス・クルサード様」
彼女は俺にそう言って、俺の手を両手で握った。とびきりの笑顔で。
……え? あっ!? いや、違う! 勘違いされてる!
こんな美少女にそんなことを言われればお世辞だって嬉しいさ。けど、この勘違いはまずい。伯爵家に恩返しどころか、俺のせいで婚約が破談になりかねん。俺は必死に否定しようとしたが、強い動悸がしてうまく言葉が出せなかった。
「いやいや! サイラス・クルサードはオレです! そいつはオレの従者のケネス!」
いつ俺がお前の従者になったんだよ! と言いたいところだが、ぐっと堪えて、俺はかくかくと頷いた。
言われたセレストは、俺の手を握ったまま、俺とサイラスを何度か見比べて――
「え、ですが、サイラス様はわたくしの婚約者なのですから……男の方ですよね?」
「オレが男以外の何に見えるって言うんだよ!?」
怒鳴るサイラスと、相変わらず俺の手を握ったまま首を傾げているセレストと、それを見て必死に笑いを堪えている館の使用人たちと……ああ、こいつはヘヴィだ。
……っと、セレストが俺の手を放してサイラスに近付いた。
ようやく納得したのか、と俺が安堵した、次の瞬間。
彼女はいきなり、その両手でサイラスの胸をわしっと掴んだ。そして揉んだ。サイラスが「あふっ!」と悩ましげなあえぎ声をあげた。それでもセレストはサイラスの胸を揉むのをやめない。一心不乱に揉んでいる。……なんだ、この図は。
館の人間に耐えきれず吹き出す者が出始める中、ようやく今度こそ本当に納得したらしいセレストが、ひどく申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「……確かに、男の方でした。すみませんでした、サイラス様。わたくし、とっても失礼な勘違いをしてしまって……」
「い、いえ、わかってくださったなら結構ですよ……ハハハ」
サイラスが息も絶え絶えに、その謝罪に応じた。危機は去った……のか?
「それから、……ケネスさん」
声を掛けられて、俺は姿勢を正し「は、はい」と微妙に情けない返事をした。
「貴方にもご迷惑をおかけしました。すみませんでした」
ぺこりと頭を下げられ、俺はどう言ったものかしばらく悩んだ挙げ句に、
「いや、気にしていませんよ」
と言った。気にしても仕方がないし。併せて微笑も返したが、これは残念ながら、にへらっ、と何とも締まらない笑顔だ……。
「……さあ、長い旅でお疲れでしょう。どうぞ館の中へ」
気を取り直したらしいサイラスが、セレストにそう声を掛けて奥へと誘う。セレストはそれに従い、その後ろに彼女が引き連れてきた商会の使用人達が続き、行列を作る。中に入ったら今度は伯爵が客を出迎えるはずだ。しばらくは任せて大丈夫……そのはずだ。
と、ここで俺は気が付いた。アメリアが真っ青な顔で震えている。
「ア、アメリア? どうかした? 大丈夫か?」
俺が声を掛けると、アメリアは今にも泣き出しそうな顔で俺を見上げた。
かなり深刻そうに見えるが、一体――
「あっ、あっ、あの方法で調べられたら、ボク、男の子だと思われちゃう……っ!!」
……アメリアは顔で女の子だってわかるから、心配しなくても大丈夫だろ。
ともあれ、裏にある思惑に加え、訪問者もまともなじゃな――こほん、個性的な人みたいなんで、絶対にこのまま平穏に行くはずがないと、俺はすでに確信していた。
まったく……こいつはヘヴィだぜ。