赤竜山の黄金伝説   作:雷神宮燦

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終わりの時

 ……ケネスと離れてからのことは、ボクが話すよ。

 マリオンと一緒に洞窟の外に出たら、もう朝日が顔を出してた。明るくて、眩しくて、ボクは目を開けていられなかった。でもすぐにその明るさにも慣れて、かわりに……洞窟の中は、全然見えなくなっちゃった。その真っ暗な中にケネスがまだいるって思うと、心配でたまらなかった。

 ボクたちは外でそのまま、ケネスが出てくるのを待っていたんだけど、そこも段々と揺れが激しくなってきて、それで……

「アーッ!! 上の岩が! グラグラしてて、このままでは落ちて来るデスヨ!!」

 ピンク色のローブのパールさんが上を見上げて叫んだんだ。ボクたちは大急ぎでそこを離れた。そうしたら、本当に岩が落ちてきて……

 ……落ちてきた岩が、洞窟の入口を塞いじゃったんだ。

 ケネスは、まだ、その中から出てきてないのに……

 

 ……えと、せっかく話し始めたけど、ごめん。実はボク、この後しばらくのことは、よく覚えてないんだ。ケネスのことが心配で、ボク、みんなの言葉が頭に入ってなかった。

 気が付いたら、ボクはレイチェルに肩を貸してもらいながら階段を登ってて、ちょうど、黄金の竜の像がある庭園に出てきたところだった。

 ボクたち……今は八人。ボクと、ソフィーと、レイチェルと、マリオン。それに、セレストさんと、ブルーム団の三人。みんな、疲れ果てた顔をしてる。でも、だからこそ、いさかいのあった相手でも一時休戦ってことになってた。喧嘩してる場合じゃないし、それに……ボクたちは、喧嘩する気力もなかった。

 ボクはずっと、頭の中がぐるぐるしてた。

 ボクが宝探しに行こうなんて言い出さなければ、こんなことにはならなかった。

 最初にレイチェルが止めてくれたあのとき、素直に従っていれば良かった。

 山の中に入る入口を見付けて中に入ったりしなければ良かった。

 最後の最後で、転んだりしなければ良かった。

 竜の黄金が手に入らなかったのは残念だけど、それより……

 ……ケネス……。

 ケネスがこの場にいないのが、一番ショックだった。

 泣きたい気持ちだったけど、でも、それは我慢した。だって、妹のソフィーが泣いてないんだもん。まだその時じゃないから、泣かずに我慢してるんだって、ボクは思った。

 でももしかしたら……

 ソフィーはまだ、ケネスの無事を信じてるのかもしれない。

 

「この隙間だ。アメリアは通れるはずだけど、他は……」

 庭園の水路の先にある出口まで、ソフィーがみんなを先導した。上はかなり揺れていたけど、この出口は前以上に塞がってるわけじゃなかった。さっきと同じなら、ボクはここを通り抜けられる。

「……うーん。ブルーム団の二人は? この先は川だから、泳げるとなおいいけど」

「野望は大きくても身体は小さい我らコランダム姉妹だが――」

「――泳ぎの練習をした覚えはなしッッ!!」

「威張って言うなよ……マリオンは?」

 ボクが何もできないから、この場はソフィーが仕切ってた。そうすると、何だか……うん。ソフィーとケネスって、やっぱ兄妹なんだって思った。よく似てる。

「流れの速さ次第だけど、服を脱げばいけるかにゃあ……」

「だったら脱げよ。向こう岸に着いたら服は丸めて投げてやるから。アメリアが」

 そんな風に話が決まったら、マリオンは「しょうがないにゃあ」って言ってもぞもぞと隙間に入っていった。

「マ、マリオンさん!」

 そう言ってマリオンを引き留めたのは、セレストさん。

「本当に行ってしまうのですか? わたくし、マリオンさんがいないと心細いです……」

「心配ないにゃあ。あたしの仲間たちはいいやつばっかりだからにゃー」

 マリオンがそう言って、セレストさんを励ましてた。でも、まだ何か気になることがあるみたいで……

「ですが、マリオンさん……わたくしは、あの竜の黄金に目が眩んで、そのせいで、ケネスさんが……ケネスさんが……っ!!」

「そのことなら、セレストが気にする必要はないにゃ。……ケネスが馬鹿だっただけだからにゃ。セレストのせいじゃないにゃ」

 マリオンがそんな風に言ったから、ボクは胸がズキンと痛んだ。さすがにそれは言い過ぎだと思った。ケネスはボクたちのために、あんなに頑張ってくれたのに。

「そ、それは言い過ぎですだ! マリオン! ケネっさんは……ケネっさんは馬鹿じゃないですだ!!」

 ……えと、怒ろうとしたボクより先に、レイチェルが怒ってた。レイチェルもボクと同じ気持ちだったみたい。

「大馬鹿だよ、兄さんは」

 その反対にマリオンの味方をしたのは、意外にもソフィーだった。

 ……妹なのに、どうして? ケネスのこと、心配じゃないの?

 そしたらソフィーは、ちょっと、悲しげに笑った。

「私らにこんなに心配させて……本当に大馬鹿だ、兄さんは……」

 そう言われたら、ボクたちももう何も言えなくなっちゃった。

 ケネスを心配してるのは、ボクたちみんな同じなんだ。

 

 下着姿になったマリオンはちゃんと向こう岸まで泳ぎ切ったから、ボクはマリオンの服を丸めて投げてあげた。あとは、マリオンが助けを呼んでくるのを待つしかない。

 隙間を抜けて中に戻ると、みんなはその場に座り込んで休憩する準備をしていた。

「途中、兄さんがグリーンスライム? かなんかを冷気の魔法で倒してた。あれって食べられるのかな?」

「ワタシはスライム料理なんか食べたことナイデスヨ。あんなモノ、煮ても焼いても食えそうにナイデスヨ」

「わたくしも食べたことはありませんし、食べたという話も聞いたことがありません」

「やっぱりか。じゃあ、今ある保存食を大事にしないとな。水が豊富なのは幸いだけど」

 グリーンスライムって、あの何だかぶよぶよした怪物だよね? 仮に食べられたとしても、ボクは食べたくないなあ。

 でも、そもそも、ちゃんとしたものでも、今は食べる気にならないかもしれない。

「お嬢様。大丈夫ですだか……?」

 レイチェルが、壁にもたれかかって座ってるボクの近くに来て、話しかけてくれた。ボクはレイチェルを心配させないように、笑って見せた。

「大丈夫だよ」

「……嘘ですだ。無理、してるように見えますだ……」

 すぐにバレちゃった。ダメだなあ。みんなケネスのこと心配してるし、この上、ボクのことまで心配してたら疲れちゃうだろうから、黙ってようと思ったのに。

 ボク、そんなに無理してるように見えるのかな……?

「ケネっさんは……」

 レイチェルが、ボクにだけ聞こえるように、小さな声で呟いた。

「……ケネっさんは、きっと無事ですだ」

 言われたのはそれだけだったけど、レイチェルが僕の手を握ってくれた。……その手は震えてた。レイチェルも、ケネスのこと、本当に心配なんだ。

「うん……きっと、無事だよね」

 その言葉が本当ならいいのにって、ボクは思った。

 

 ソフィーたちが予想したよりも早く、隙間の外に救助隊が来てくれた。ボクたちが赤竜山に来ているのを知ってて、このあたりを調べていたみたい。兄様が指揮を執ってたのには、ちょっとびっくりしたけど。……鉄の鎧、似合わないなあ。

 マリオンが話してくれてたからか、準備はよかった。

 道を塞いでる岩を削って通れる幅を広くする工具も、川を渡すロープもすぐに用意されて……

 これで生きて帰れるんだって思ったら、やっぱりちょっと、ほっとした。

 ほっとしたことに、少し、罪悪感もあった。

 ケネスはいまどうしてるのかって、思って……

 ……ケネスを残して、ボクは帰るんだ。ボクの家に……

 もうすぐ、ボクの家じゃなくなっちゃう家に。

 

       *

 

 屋敷に戻ると、心配顔の父様が出迎えてくれた。

「心配かけてごめんなさい」

 ボクがそう言ったら、父様は安心した笑顔になって、ボクを抱きしめてくれた。

 みんなの家族も、屋敷で待っていてくれた。ボクたちはそれぞれ自分の家族と無事を喜びあった。レイチェルは大叔父さんの剣をお祖父さんに手渡してた。マリオンはお母さんからクッキーをもらって早速食べてた。ソフィーは……喜べる雰囲気じゃないみたい。ケネスがまだ帰ってきてないもん。仕方ないよね……。

 セレストさんも、誰かと話してた。きっとお父さんだ。眼鏡を掛けた厳しそうなひと。

「……怪我はないか?」

 訊ねられて、セレストさんは「はい」って頷いた。そうしたら、セレストさんのお父さん――コンラッド・ランズベリーさんは大きくため息をついた。

「お前に何かあったら伯爵家との婚姻が破談になるところだった。それは我が商会にとって大きな損失だ。そのことは理解しているか?」

「はい。申し訳ありませんでした」

「……フン。ならばいい。これに懲りたら今後は大人しくしているのだな。お前が自分の判断で動くといつもろくなことにならん」

「はい、お父様……」

 しょんぼりしてるセレストさんをひとり残して、コンラッドさんは、部下の人と話しに行っちゃった。

「セレストー!!」

 あっ、マリオンだ。マリオンが、セレストさんに駆け寄っていった。

「マリオンさん……」

「こんな時にまで、セレストのお父さんは仕事とお金のことしか考えてないみたいだったにゃ。セレスト、どうして何も言い返さないにゃ!」

「……いいのです。お父様はランズベリー商会の全てを背負っていて、その傘下にある商人たちやその家族が路頭に迷わないよう、いつも力を尽くしているのです。わたくしの今回の振る舞いは、その努力を無に帰すかもしれないものでしたから、怒られるのも当然です。それに、わたくし自身……深く反省しているのです……」

「それでもっ!!」

 マリオンがセレストさんの腕を掴んだ。

「あの人はセレストのお父さんなんだから! もっとセレストを心配するべきにゃっ!!」

 そう言って、マリオンは、腕を掴んだままのセレストさんを引っ張って、コンラッドさんに向かっていっちゃった!

「セレストのお父さん!! セレストが、まだ話があるにゃっ!!」

 マリオンがそう声を上げると、コンラッドさんが振り向いた。

「……私に、何か言いたいことがあるのか、セレスト」

「は、いえ、その……」

「……用事がないなら呼ぶな。時間の無駄だ」

「セレスト!!」

 マリオンに背中を押されて、セレストさんはコンラッドさんの目の前に立った。

 二人はしばらく顔を見合わせて、そして……

「あ、あの……お父様……」

「何だ。言いたいことがあるなら早くしろ!!」

「…………何でも、ありません……」

 セレストがそう言ったら、コンラッドさんは「フン」って鼻を鳴らして、セレストさんから離れていっちゃった。

「……マリオンさん……お心遣いはとてもありがたいのですが、お父様に親子の情を期待してはいけないのです。あの人は、わたくしの父であるよりも先に、ランズベリー商会の会長なのですから……」

 そう呟いたセレストさんは、すごく寂しそうだった。

 

「――さて、マーカス・クルサード伯爵閣下。もう感動の再会はいいでしょう。サイラス様と我が娘セレストの婚約、そろそろ正式な書類にしましょう」

 コンラッドさんが、父様に言った。……とうとうこのときが来てしまった。

「……待ちたまえ、コンラッド君。今はまだこちらも混乱している。山に入ったまま行方がわからない者もいるし、ドラゴンの目撃報告にも対処せねばならん。正式な話はまた日を改めてだな……」

「今日、まさに今でなければ、伯爵閣下。伯爵家の借金にも追加の利息が発生します。元が元だけに、その額も莫大なものです。そうなれば、婚約によって我が商会の姻戚となった場合でも、全てを帳消しにするわけにはいかないかもしれません。……これ以上引き延ばすのは、お勧めできませんな」

 父様はまだ返事を渋ってるけど、コンラッドさんは、もう待つつもりはないみたい……

「……父様、ごめん。ボクが竜の黄金を持ち帰れなかったから……」

 ボクがそう言ったら、父様は少し笑って、ボクの頭を撫でてくれた。

「いや、アメリア。お前のせいではない。元はといえば借金などをした者が悪いのだ。お前はよく頑張った。命が助かったんだ。ワシにはそれで充分だよ。……コンラッド君。執務室へ行こう。書類を見せてくれ。熟読する時間くらいはあるだろう?」

「ええ。こちらとしても、後から文句を付けられては面倒ですからね。しかし、なるべく急いでください。明日も別の町で商談がありますのでね」

 

 執務室にはボクも一緒に行った。いつもの机についた父様は、コンラッドさんから一枚の羊皮紙を受け取って、その書面に目を通した。

 ボクも横からそれを覗き込んだけど……専門用語が多くて、ボクにはその全部は理解できなかった。……父様だって、どうだろう。一応、この婚約で借金は免除されるってことは書いてある。でも、但し書きが多くて、本当に全部免除されるのかはわからない。

 それに、いいのかな。その婚約する当事者のうち、セレストさんは表にいるけど、兄様は姿が見えないままだ。きっと、こんな場に居合わせるのは面倒だとか思って、ケネスの捜索を続ける振りなんかしてるんだと思うけど……そんな中で、二人の婚約を決めちゃっていいのかな。

 何か……いろいろ、不安。

「……わかった」

 と、父様が言ったら、コンラッドさんは「えっ」ていう顔をした。

「もうよろしいのですか? 本当にちゃんと読みましたか?」

「読んでもわからんということがわかった。もういい。よもや、息子の婚約者の親御殿がワシを卑劣な罠にかけるなどということもなかろう。……それに、ワシがこの内容に文句を言ったとしても、何も変わりはせん。どうせワシはこれに署名するしかないのだ」

「……わかりました。伯爵閣下がそう仰るなら、それで構いません。……では、署名を」

 コンラッドさんの言葉に、父様はひとつだけため息をついて、深く頷いた。

 父様が、ペンを取って、その先にインクをつける。そのペンで署名をして、印を押したら、契約書は正式なものになるんだ。

 ボクは遠くないうちに、この町を離れて……

 ……きっと、みんなとは、もう、会えない。

 父様が、ペンを片手に、テーブルの上に置かれた契約書を見ている。

 コンラッドさんが、契約書の端を指差している。そこに署名をしろって。

 頷いた父様が、ペンの先を、そこへ……

 

 ――そのとき。

 

 まさにそのときだった。

 執務室の扉が乱暴に開かれて、その人が入ってきたのは。

 

「――――待てっ!! 署名はするなッッ!!」

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