赤竜山の黄金伝説   作:雷神宮燦

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赤竜山の黄金伝説

 俺が執務室に踏み込んだとき、伯爵はペンを手にしていた。まさか、もう署名をしてしまったのか!? だとしたら……

「誰だ、お前はっ!! いきなり入ってきて、何の用だ!!」

 眼鏡をかけた、神経質そうな男が俺を怒鳴った。察するに、ランズベリー商会の会長だろう。執務室の中には、コンラッド会長とその部下らしい女が一人、それに伯爵と……アメリアがいた。

「ケネス!! 生きて……生きてたんだね!!」

 アメリアがそう言ったら、伯爵が目を丸くした。

「ケネス? ケネス・リドルか!! 生きていたのはいいが、いきなりなんだ。署名するなとは、どういうことだ!!」

「署名はまだなんだな?」

 態度からそれがわかって、俺はほっとした。努力が無駄にならなくて済みそうだ。

「署名は後回しにして、少し付き合ってくれ。表に、荷物を持ってきた。……俺たちが見付けた、竜の黄金だ」

「竜の黄金、だと……っ!?」

 みんな驚いた顔をしていた。……アメリアの驚きは、他の人たちのそれとは違ったかもしれないけどな。あの荷物をケネスが運べるわけがない、ってな。

 

 馬の背に積んでここまで運んできたその背負い袋。中身は大粒の宝石や高価な装飾品ばかりだ。しかも、古王国時代のものもある。骨董品としての価値も高い。

「確かに、ものすごい財宝だ……」

 コンラッド会長だけでなく、伯爵も唸っていた。これでも竜の黄金としてはほんの一部でしかないが、それでも、大商人と貴族の二人が言葉を失うほどの財宝だ。

「これが一体いくらになると思う? 俺は、いろんな問題が一挙に解決しちまう額だと思ってるんだが……どうかな」

 俺のその言葉に、コンラッド会長が、改めて俺の荷物を――竜の黄金を見た。

 ……だが、すぐに首を左右に振った。

「これでもまだ足りないってのか!?」

「いや、すまない。そうではない。そうではないのだ。確かにとてつもない財宝だが、その正確な価値が一目ではわからんということだ。直感でよければ、言えるが……」

「じゃあ、大商人の直感では、どうなんだ」

 俺が追求すると、コンラッド会長はあごに手を当てて少し考え、それから、絞り出すような声で呻いた。

「……伯爵家の借金を全額返済して、まだ余りあるほどの財宝に思える……!!」

 ああ、俺はその言葉が聞きたかったんだ。

 

       *

 

 俺は今、帰郷してすぐ寝ることになった、あの時のベッドの上にいる。

 最後の最後でまた水に濡れてしまっていたせいで、熱がぶり返したんだ。緊張が解けたらぶっ倒れた。みんなに運ばれて、ここってわけだ。

 ……そのみんなからせがまれて、俺はあの後のことを話した。

 

 あの時。魔法によって腕力を限界まで引き上げた俺は、あの大荷物も軽々持ち上げることができた。荷物を抱えてみんなと合流すれば、あとは大人数で運べば済む話だった。

 ……だが、ちょうど荷物を持ち上げたあたりで出口が塞がっちまった。

 明かりもなくなって真っ暗だし、さすがにヘヴィすぎると思ったが……

 そのとき、俺は、青い火の玉を見付けた。

 それがどうも、俺を導くように漂っていたんだ。俺は自分の直感を信じて、その火の玉を追いかけた。

 俺がそうやって崩壊を続ける洞窟を進むと、そこには……

 激流だ。激流があった。

 ……はっきり言って、今回のことでは水には全くいい思い出がなかったんだが、他に道もなかった。俺はその激流に乗って、地下水道の滑り台を流されるままに進んだ。

 やがて目の前が、ぱあっ、と明るくなって、俺は外に出たことを知った。

 ……けど、そこが滝だったんだ。俺はそのまま水の中にどぷん。

 背負った大荷物のせいでなかなか浮き上がれずに、あの時は本当に死ぬかと思った。

 何とか川岸まで泳ぎ切ったが、そこで俺の魔法も効力が尽きた。

 もう俺一人じゃ財宝の詰まった荷物を動かすことができないってことだった。

 俺は川岸で途方に暮れた。町がどっちにあるのかもよくわからない。

 というか、そもそも自分がいまどこにいるのかさえ、よくわからなかったんだ。

 けど、身体が重くてその場から一歩も動けない。

 そうしてしばらくの間をそこで、焦りだけを積み上げながら無為に過ごし……

 ああ。ちょうど太陽が真南に差し掛かった頃だ。

 ……まったく今でも信じられないんだが、誰のいたずらなんだか……

 そのとき、ちょうどそこに通りすがったやつがいた。

 

「なぁっ!? ケネスじゃねーか!! 大丈夫か!? こんなとこで何やってんだ!!」

 

 ……ああ、サイラスだ。

 話を聞けば、どうやら、山に入った俺たちを捜索する部隊に参加していたらしい。

「しかし、こんなとこでケネスかよ。もう少しオレの都合も考えてくれよ。この滝のそばで昼寝でもしようかと思ってたのによ。あーあ、ケネスが見付かったら捜索隊ももう不要じゃねーか。いま屋敷に戻るのイヤだなあ……」

 サイラスはそう言って頭を掻いてた。相変わらずこいつは適当に生きてるなと思いながら……けど、俺が見付かったら捜索隊が不要になるってことは、俺以外の仲間はもうみんな保護されてるってことだった。

 そして、いま屋敷に戻りたくないとこいつが言うのは、ランズベリー商会の会長が屋敷を訪れているからだと思った。

 もちろん、俺は屋敷に戻るつもりだった。

 急いで行かなくちゃ、サイラスとセレストの婚約が成立して、後戻りできなくなってしまうと思ったんだ。

 ……本人がここにいるのに婚約話が進むのかどうかは、よくわからなかったが、その時は最悪を考えて行動するのが一番だと思った。

 で、俺にとって運がいいことに、そこには昼寝したいと思っているサイラスがいて。

 

 ……サイラスを乗せてきた立派な馬がいた。

 

 そうと決めたら、すぐに二人がかりで荷物を馬の背中に乗せた。

 そして、俺はその馬に乗ってこの屋敷に戻ってきたってわけだ。

 

       *

 

「あれ、じゃあ兄様は……」

「まだ滝のそばにいるんじゃないか? 夜は冷えるだろうけど……ま、馬鹿は風邪引かないって言うから大丈夫だろ」

「あ、そっか。そうだね」

 俺の言葉に、アメリアもすぐ納得した。……俺が言ったことだが、さすがにサイラスのことが少しだけ可哀相にならなくもない。

 けど、もちろん――

 伯爵から「魔王討伐軍の出資話のために限度を超えた借金をしたのはサイラスだ」と聞かされた今は、いい気味だとしか思わないけどな。

 ……あいつが元凶だったんじゃねーか。くそ。

「でも、良かった……ケネスが無事で」

 アメリアがほっとした様子でそう言うと、他のみんなも頷いた。

「ほ、ほんとに良かったですだ……わたし、ケ、ケネっさんはし、死んでしまったと思ってっ……ほ、ほんとにほんとに心配で……っ!」

 レイチェルはそんな感じで、特に大げさに、涙まで浮かべながら言ってくれた。

「えー。あたしは心配してなかったけどにゃあ。ケネスは何だかああいう場面では死にそうにないにゃ。町で石につまずいたとかだと、通りすがりの馬車にひかれて死にそうだけどにゃ」

 それはどんな運勢なんだよ。マリオンめ。……いや、王都にいた頃はあながち冗談でもない感じだったけどな。あそこは何しろ交通量が多い。

「ま、何にせよ無事でなによりだよ。父さんと母さんも心配してたんだ。結局、こっちに戻ってからも会ってないんだよな? 捜索隊本部の片づけが終わったら来るって言ってたから、元気な顔を見せ……って、熱があるのか」

 ソフィーが少し笑いながら言った。

 けど、うーん。実のところ俺、両親とも十年会ってないんだよな。

 ソフィーと会うときもそうだったけど、どんな顔すればいいのかよくわからん。

「わたくしが、熱に効く薬をご用意しましょうか? すぐに熱が下がる強力な薬があるのですよ。そのかわり、お腹が痛くなるそうなのですけど……」

 と、セレストが言った。

「……なあ。セレストは、何でここにいるんだ? もうサイラスとの婚約はなくなるんだから、コンラッド会長と一緒に王都に帰るんだろ?」

「あ、いえ。しばらくここに滞在することになりました。ケネスさんが持ち帰った財宝の鑑定をしなければなりませんので」

 そうなのか。コンラッド会長も一目では正確には言えないと言ってたから、時間の掛かる作業なんだろう。しかしまさか、持ち帰った財宝をくすねたりしないだろうな……?

「……それに、ケネスさんにも興味があるのです」

「えー? セレスト、前にも言ったけどにゃあ。ケネスはやめといた方がいいにゃ。サイラスと大して変わらないにゃ。もっと相応しい男がいると思うにゃ」

「ケ、ケネっさんはいい人ですだ! サイラス様と比べるのは失礼ですだ!!」

「……なんでレイチェルが怒るにゃあー?」

「わ、わたくし、そういう意味で言ったのではなくて……ええと……」

 セレストがそう言いながら、俺の方を見た。

 ……多分、俺が王都でやってた仕事のこと、少しは知ってるんだろう。そのことはできれば話して欲しくないがな。……あんまり素行が良かったわけでもないし。

「……まあ、セレストがどうするのかは、俺が口を出すことじゃない。滞在するつもりなら、すればいいさ」

「はい。……みなさん、しばらくの間ですけれど、どうかよろしくお願いします」

 セレストとみんなの間にはもうわだかまりもなくて、特にマリオンがよくセレストの世話を焼いてフォローするから、みんな普通に受け入れていた。

 ま、この部屋の中で険悪になられても困るし、それならそれでいいんだ。

「……ね、ケネス。竜の黄金の残りは、どうなっちゃったんだろう」

 その疑問を発したのは、アメリアだった。きっと、そのことはみんな気になっているだろう。何しろ、そのほんの一部だけで、ものすごい大金になる財宝の山だったんだ。

 けど、残念ながら……

「俺にもよくわからないな、暗かったし、逃げるのに必死だったからな……ただ」

「ただ?」

「掘り返すつもりがあれば、見付けられるんじゃないか?」

 もちろん、もし挑戦するとしたら、かなり大変な作業になることは間違いない。今は周囲をドラゴンが飛び回っているし、なおさらだ。しばらくは、あの山の中で眠ったままだろう。そうして、そのうちに忘れられてしまうんじゃないだろうか。

 けど、それでいいんじゃないかという気がするけどな、俺は。

「……兄さん。あの遺跡の罠さ、水を使ったものが多かったのは、動力として水の流れを使って……つまり、水車みたいに、水力で動かしてたからだよな、きっと」

「そうだろうな。その理由は……」

「多分、再利用性だ。時間が経てば罠の全部が元に位置に戻るように、かなり綿密に計算して作ってあったんだと思う。時間が経って、雨が降って、地下水が溜まると、その力で元に戻る。そしていずれまた侵入者が来たら、同じように罠が動くんだ」

 きっとそうだろう。俺は頷く。俺もそう思ってた。

「でも、じゃあ……じゃあだよ。そうまでして計算してるのに、どうして最後の罠だけあんなに、全部ぶちこわしにしたんだろう。あんなことしたら、いくらなんでも元には戻せないはずなのに」

 それは、俺にははっきりとしたことはわからない。

 ……けど、想像することはできる。

「あの罠は、竜の石像から青いダイヤを取ると動き出すものだった。アメリアがな、あれを取ろうとした俺を止めたんだよ。それは王様のものだってな。……多分、それだよ」

 俺のその説明に、ソフィーだけでなく、アメリアも首を傾げる。

「つまり、な。罠を作った古代人たちにとって、竜は神だった。その神への敬意を持つ人間には、あの罠は働かないようになっていたんだ。そして逆に、竜への敬意を持たない人間がそこへ入り込み、欲を出して王様のものを盗み出そうとすると――」

「その盗人と一緒に竜の黄金も埋めてしまう、最後の仕掛けが動き出す、ってことか」

 竜を神として崇める時代は、もうずっと昔に終わっていた。

 竜の黄金は元々、その微かな残滓でしかなかったんだ。

「……残念だけど、仕方ないさ。少しだけでも分け与えてくれた王様に感謝して、もうこれ以上は欲を出さない方がいい」

「だけど、もしも……」

 アメリアが呟いた。

「もしも、竜の黄金の噂が広まって、住み着いてるドラゴンも恐れずに、掘り返して探そうって人たちが、大勢現れたら……」

 アメリアのその予想は、もしかしたら、そう遠くないうちに現実になるかもしれない。

 俺は今回の一件で、あることを思い知った。多分、みんなちょっとくらいは思い当たることがあるような、世の中の真理のひとつをだ。つまり……

 ……人間、金の魔力にはとことん弱い。

「もしそうなったら――」

 俺は、大きくため息をつく。

「――そのときは、この館をホテルにでもして、欲深い観光客からたんまり儲けさせてもらうことにしようぜ」

 その『冗談』に、みんなが苦笑した。

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