「あっ、兄さん! アメリア! こっちこっち!」
少し遅れて館に戻った俺たちを呼ぶ声があった。物陰にいたのは、ソフィーだ。
「どうしたんだ、そんなとこに隠れて。何かあったのか?」
「ちょっとね、手伝って欲しいことがあるんだけど。どうしても今でないといけないことで、兄さんの知識がどうしても必要なんだ。……こっちに来て、まずは話を聞いて」
ソフィーのその様子が妙に必死なので、俺もアメリアも、ぐっと興味を惹かれた。
「できればアメリアにも来て欲しいんだけど、お客様のところ行った方がいいのか?」
ソフィーが訊ねると、アメリアはまたサッと顔を青くした。
「……ボク、あの人、ちょっと怖い……」
さっきのことを思い出したのか。俺がいくら大丈夫だと言っても、アメリアはセレストに怯えてなかなか館に戻ろうとしなかったんだ。俺もそれに付き添ったから少し遅れてしまった。
どうも奥ではもう伯爵も交えた会合が始まっているらしい。俺もアメリアも関係者ではあるが、どうしてもいないと始まらないってほど重要な役どころでもない。必要になったらサイラスの方から呼びに来るだろう。……職務放棄じゃないぞ? 伯爵家のお嬢様を補佐するのも俺の役目だと思ったからそうしているんだ。ああ。
「じゃ、一緒に来て。二人から助言がもらえると、すごく助かる」
「けどソフィー。どこに行くつもりなんだ?」
俺が訊くと、ソフィーはにやっと笑って、懐から鍵を取りだして見せた。
大きな宝石の付いた、銀の鍵。
「これ、どこのだと思う?」
ソフィーが得意げに笑った。
「ソフィー!! 遅いにゃあ!」
「おっ、お兄さんもちゃんと連れてこられたんですだな。良かったですだー」
目的の部屋の前には他に二人が待ちかまえていた。昨日、町で俺を追い回した顔だ。
「一応紹介する。そっちの茶髪でにゃーにゃーうるさいのが、パティシエのマリオン」
「うるさいは余計にゃあ! ってわけで、マリオン・アーモンドにゃ。よろしくにゃあ」
「そっちの赤毛のポニーテールで喋りが訛ってるのが、警備兵のレイチェル」
「こっ、こんにちは! レイチェル・カーシュですだ! 昨日はソフィーのお兄さんとは知らずに、本当に申し訳ないことをしましただ」
マリオンに、レイチェルね。俺は人の顔や名前を覚えるのが得意な方じゃないが、さすがにあれだけの目に遭わされれば覚えるさ。できれば離れてた方がいい相手の顔は覚えやすい。覚えてないと危険だからだ。
「で、知ってるみたいだけど、この人がケネス・リドル。……私の兄さん……」
ソフィーが少し言いにくそうに、俺を二人に紹介した。
マリオンとレイチェルは俺をじっと見て、ソフィーを見て、そしてくすくすと笑った。
「……ソフィーから聞いてた通りの人ですだよ」
「そうかにゃあ? あたしはいまいち納得いかないにゃあ?」
「いっ、今はそのことはいいだろっ」
ソフィーが慌てて二人の口を塞ぐ。……まあどうせ、近くにいない兄を友達には美化して語っていたんだろう。悪かったな、案外平凡な兄貴で……。
「それより、早く部屋の中を調べよう。この宝物庫、きっと何かあるぞ」
ソフィーがそう言って、俺たちの前にある両開きの扉を示す。
そう、これは宝物庫だ。この伯爵家が保有している宝物がどっさり収められているらしい。どこから手に入れたのか知らないが、ソフィーはここの鍵を持っていた。
「父様は、この宝物庫には入らない方がいいって言ってたよ?」
伯爵家の人間であるアメリアは、そんな風に一応は反論した。ただ、本人も宝物庫には興味がある様子で、ソフィーたちの探検を強硬に止めようとする様子はない。
「ますます怪しい。絶対に何かある。これは徹底的に調べないとな」
俺とアメリアの役目は、学のない三人娘に代わって、中にあるものの価値を調べることだ。どうも、館全体の注意が来客に向けられるこの日を狙って、レイチェルが宝物庫番を引き受けていたらしい。もちろん、この中を思う存分に調べるためにだ。
なぜそんなことを、というのは、俺には心当たりがあった。伯爵家の借金のことだ。この宝物庫の中身だって、借金取りの気分次第でどうなるかわからないわけで、ここにあるうちに調べたいというのは知的好奇心からすればわからない話ではない。
でも、この面々は果たしてそこまで理解してるのか? それとも、たまたまなのか?
その辺のことは、俺にはまだ判断できない。
「じゃ、開けてみるぞ」
ソフィーがそう言っても、アメリアは止めない。この館はまだ伯爵家のもの。アメリアが一緒にいれば、多少の無理は通るはずだ。宝物庫をちょっと覗くくらいなら、咎められることもないだろう。……だといいな。
宝物庫の中は暗かった。そして埃のにおいがした。先頭で中に入ったマリオンが、手に持ったランプに火を点け、あたりを照らす。
「……案外、キラキラとはしてないもんなんだな」
ソフィーがぽつりと率直な感想を漏らした。
「確か父様は、この土地の歴史的に重要なものがいっぱいあるって言ってた。だから、いたずらで入っちゃだめだって。……けほ」
「咳出るなら、埃、吸わないように気を付けた方がいいぞ。これ使えよ」
俺は懐からハンカチを取りだして、アメリアに渡した。……ちゃんと洗ってあるぞ。
「あっ、ありがとう、ケネ……けほけほ」
「無理に喋らなくていいから」
アメリアはもしかしたら、こういうのに弱い体質なのかもしれない。だから伯爵は彼女をこの部屋に近付かせなかったのかもな。
……さて、他の三人は早速いろいろ見て回っているが……
ソフィーが最初に言った通り、一目で価値が明確な宝石や貴金属は見あたらない。宝物庫っていうからには、そういうものが何かあってもいいだろうと思うんだが、全く何もない。その意味では期待外れだ。あとは、その『歴史的に重要なもの』ってのに、どういう価値があるのかだが……
「兄さん、これは? 何かの地図みたいだけど」
「……見張り小屋の設計図だな」
何か意味ありげな印が付いているから少し期待したが、柱の位置決めをした跡だ。
「これは何かにゃ。おっそろしい顔の描かれた……仮面かにゃあ? でっかい……」
「盾だろうな。これはワイバーンだろ。伯爵家の紋章の元になってるんじゃないか?」
文化的にはなかなか重要なものだと思うなあ。金銭的な価値はなさそうだが。
ドンッ……と、床が揺れたのはその時だった。
急に抱きつかれた俺はその勢いで床に倒れ、大量の埃が舞った。これは俺でもきつい。
……揺れは一瞬だった。轟音から察するに、落雷だろう。しかし、客を迎えた頃は外も晴れていたように思ったがな。どうにも不吉な感じだ。まさか俺たちが宝物庫に入ったからでもあるまいが。
「大丈夫か? ……アメリア」
「う、うん。いきなり飛びついてごめんね? ボク、雷ってどうしても怖くて……もうオトナなのに、こんなことじゃダメだって思……けほけほ」
「気にするなよ。俺だって雷は怖い」
……まあ、俺が雷が怖くなった理由ってのは、学院での師匠が稲妻属性の魔術の使い手だったからなんだが。慣れないもんだ、あれは。かなりヘヴィだ。
「……いつまでくっついてるつもり?」
ソフィーがこっちを睨みながら言ったので、俺たちは慌てて離れた。別にいいじゃないか、ちょっとくらい。
「ケネっさん、これはもしかして、で、伝説の鎧とかじゃないですだか!?」
「……何の魔力も感じないな。ただの古い鎧だよ。けど、歴史的には面白いな。諸王国時代初期のやつだ。ある意味、伝説の鎧だな」
「にゃーっ! 金目のものなんて何もないにゃあっ!」
マリオンが一番に音を上げて、その辺にあった椅子にどんっと座った。そしてその椅子の脚がぼきっと折れて、マリオンは
「ぎにゃーっ!」
派手な音を立てて床に転がった。スカートがひらっとしたけど、この暗さじゃな。
「マ、マリオン!? だ、大丈夫ですだか!?」
「遊んでないで、ちゃんと探せよな!?」
ソフィーが少し苛立った様子でマリオンに怒鳴った。
「何か探してるものがあるのか?」
俺が小声で訊ねると、ソフィーは少し黙ってから、こくりと頷いた。
「金になるもの。……何でもいいんだけど、ここしかあてが無くて」
「金が必要なのか? どうして?」
「……兄さんだから話すけど、この伯爵家はランズベリー商会に多大な借金があって、そのせいで、今回の婚約話になったんだよ。このままだと、アメリアにも同じような話が絶対に来る。本人は、仕方ないって諦めてるけど、そんなの、良くないだろ……」
何だ、ソフィーは全部知っていたのか。それに……アメリアも。
「……それで、アメリアもこの探検を止めないわけか」
それは多分、口では覚悟していると言っても、心では納得していないということの表れなんだろう。それにいち早く気付いていたソフィーも、なかなか友達思いだ。
そういうことなら、俺も俄然やる気が出てきた。
俺にその話をしたのはサイラスだが、あいつは何かこう、わざわざ助けるのが馬鹿らしい感じがするんだよな。というか、政略結婚とはいえ相手があんな美少女なら、何の文句があるんだよって感じだ。その点、アメリアには何か守ってあげたくなる雰囲気がある。だからこそ、サイラスも彼女をダシに俺に協力させようとしたんだろうし。
「……いたずらじゃないんなら俺も手伝うか。確かに借金に関しては、返す金さえあればいいんだしな。ここに何かすごいものがあれば解決する」
「……うん。ありがとう、兄さん」
ま、少しくらいは格好いいところも見せないとな。