ただ、この部屋の状況はやっぱり、あんまり良くない。金目のものね……元からなかったってわけじゃないだろう。空の金庫もある。借金返済のために金目のものは引っ張り出して使った上で、それでもまだ城ふたつ分の借金が残ってるってことだ。
つまり、俺たちはここで伯爵が『すぐには金にならないと思った』もので、かつ『案外すぐに城ふたつ分の金になる』ものを探さなくちゃならないわけだ。
こいつはヘヴィだぜ。常識的に考えたら、そんなものは何もないだろう。
けど、この宝物庫には何だか、もしかしたら……と思わせる雰囲気はある。古いものばかりだから、骨董品としての価値があったりするんじゃないか?
「確か、伯爵家は諸王国時代の初期から続く由緒正しい家系だって聞いた覚えがあるな」
「うん。昔からこのあたりに領地を持っていたって聞いたよ。途中からは錬灯都市に味方して戦って、それで伯爵になったって、父様が言ってた」
ってことは、少なくとも二百年前か。家系の祖はもっと古いだろう。本当に由緒正しい骨董品がある可能性も残ってるな。
「これはどう?」
と言ってソフィーが持ってきたのは古くさいツボ。
「……かなり古いものには見えるけど、価値がわかる人を探すのは大変そうだな」
「この剣はどうですだか? も、もしかして伝説の剣じゃ……!?」
レイチェルから受け取って試しに鞘から抜いてみたら、すっかり錆びていた。魔力も感じないし、少なくとも戦いに使って強い剣ではないだろう。さっきの鎧や盾とセットなんじゃないか、これは。
「この絵はなんだろにゃー。何か見覚えある気がするけどにゃあ」
少しやる気が戻ったらしいマリオンが、何か眺めている。
「……ドラゴンに立ち向かう戦士の絵か。端が破れたから放り込んだみたいだな」
「それ破いちゃったの、兄様かも……」
何だか、他と比べると極端に新しい。見覚えあるって、実際に昔見たんだろう。で、破いたのはサイラスか。ほんと、ろくなことしねえな、あいつは。
「ケネス、これは?」
そう言って巻物を広げて持ってきたのはアメリアだ。かなり古い羊皮紙に見える。うろうろしていたマリオンから明かりを借りて照らしてみると、そこにはなかなか詳細に描かれた地図があった。
「このあたりの地図だな。……これが狐水の川。こっちが刃義の赤竜山。だから、ほら、これが狼宴。かなり古い地図みたいだが」
端には炎を吐く竜が描かれている。さっきの絵といい、竜に関係ある土地柄なのか。
竜――ドラゴンとも呼ばれる、巨大な、トカゲに似た生き物だ。コウモリに似た翼で空を飛ぶことができ、鋭い爪と牙を持ち、口からは炎や毒を吐く。そのウロコは硬く、人間の武器で傷付くことはない。その竜の属性によって、ウロコの色が変わるというから……炎を吐くなら赤。赤竜――レッドドラゴンだな。
「……これ、文字かな? ボクには読めない文字だけど、ケネスはどう?」
アメリアが指差したあたりには、確かに文字が書かれていた。古い文字だ。一応、学院で似たようなのを見た覚えがある。何とか読めるだろう。
「ちょっと待って。……どっちが上になるんだ? こう……違う、こうか」
俺はアメリアから地図を受け取って、くるくると回転させた。この地図を描いた奴に言いたい。南を上にするなよ。わかりにくいだろ。
ともあれ、これで何とか読める。読めるはずだ。
「……竜の黄金を求める愚かな冒険者たち、欲にまみれた盗人どもよ。お前たちは必ず後悔するであろう。お前たちを待ち受けているのは、恐ろしい『死』だけなのだから……何だこれ、警告か? 竜の黄金ってのは、何だ?」
「兄さん、アメリア。何か見付けたのか?」
「古い地図だよ、ソフィー。きっとこれ、宝の地図だよ!」
「宝の地図!?」
アメリアが発したその言葉に釣られて、ソフィーだけじゃなく、マリオンとレイチェルもこっちへ集まってきた。全員で、その地図を覗き込む……
……俺の背中に何やら柔らかい感触があるけど、誰だ。
いや、それより宝の地図だ。というか、これ、宝の地図なのか? 断定していいのか?
「間違いないよ! ボク、子どもの頃に父様から聞いたことがあるもん。父様も昔、宝探しをしたんだって」
「……それ、子どもの遊びか何かだろ?」
ソフィーの指摘に、アメリアはぷうと頬を膨らませて反論する。
「違うよ! 竜の黄金の話、ボク、知ってるもん! あれは……けほけほ。あれは、赤竜山の古い古い王様のもの。昔、このあたりにまだ人間が住んでいなかった時代に、あの山には赤い炎を吐く赤い竜が住んでいたんだ。それがあの赤竜山の王様。名前は……〈
そんな伝説のある土地なのか。やっぱり、郷土史の分野では、遠い王都で学んだ俺よりアメリアの方が強いな。……少し感心しつつ、俺はアメリアに先を促す。
「……それでね、この狼宴は、昔は〈
そいつはヘヴィだ。でも、そうしてでもこの土地を欲しがる理由が、当時の人たちにはあったんだろう。確かに、このあたりは今でも豊かな土地だ。もっとも、そこから逆算して、そんな伝説ができたって線もあるが。
「ちゃんとした史実だよ?」
俺の考えを見透かしたように、アメリアが言った。俺は笑って頷いておいた。
「……でね、その赤竜をどうにかできないかとみんなが思っていたところに、旅の勇者が現れたんだ。竜の牙で作られた竜殺しの魔剣を持ったその勇者は、困っているみんなのために、赤竜退治を買って出た。勇者は仲間たちと一緒に赤竜を巣のある赤竜山から平原へとおびき出して、すさまじい戦いを繰り広げた。赤竜に目がけて、勇者たちは攻撃を仕掛けた。火炎の〈
「財宝!」
それまで息を呑んで話に聞き入っていた俺たちも、さすがに、その言葉には一斉に反応した。
アメリアは、こくりと頷く。
「うん。カラスが光るものを好んで集めるって話があるでしょ? 同じように、竜にも宝物を集める習性があるんだよ。〈
なるほど、それが『竜の黄金』ってわけか。
「……でも勇者はその財宝を持ち帰らなかった」
「どうして?」
「長い間、赤竜に苦しめられていた人たちのために残したんだって。だけど、その話を聞いた当時の領主……まあ、ボクのご先祖様なんだけど、その領主は、やっぱり財宝は勇者のものだからって、手を付けなかった。かわりに、私財をなげうって、この土地の発展に尽くしたんだ」
……なるほど。他人に気前よく金をばらまいちまうのは、伯爵家の呪いかなんかだったのか。そんなんでよくこの時代まで生き残れたもんだと感心する。……それとも、そうだからこそ生き残ってきたんだろうか?
「それで、その財宝は?」
「本当に手つかずなら、まだ竜の巣にあるんじゃないかって父様は言ってたよ。父様自身は見付けられなかったとも言ってたけど。竜の巣があの山のどこにあるのかは、もう誰も知らないんだ。だって、この伝説を知ってる人自体、もうほとんどいないじゃない?」
そりゃまあ確かに、ここにいる五人のうち、詳しく話せるのはアメリアだけだから、そうなんだろうな。
しかし、その話が本当だとすると、とてつもない量の財宝が、町からそう遠くない山の中に今もまだあるかもしれないってことになる。その上で、この古地図が竜の巣の場所についてのヒントになっているなら……
それなら、これは確かに、宝の地図だ。
「兄さん。その地図、他には何か書いてないの?」
「あ、ああ。ちょっと待て……」
俺は改めて地図を見る。まだいろんなことが書いてある。古代語は得意じゃないし、これを全部読むのは骨が折れそうだが、今のところ、この地図以上に期待できるものはないんだ。やるしかない。
「えー……これが『まずは』だ。……もし、命を賭しても竜の黄金を得んと欲するならば、まずは……祭壇を目指せ。ひとつの山、ふたつの川、みっつの岩、よっつの柱。竜を讃えし古き民の祭壇はそこにある」
「やっぱり、竜の黄金がある場所へのヒントだよ!」
アメリアが、かなり興奮した様子で、俺が持つ地図を一緒に覗き込んでいる。
確かに、ここまで読んだ感じでは、そういう雰囲気はある。でも、誰かのいたずらって可能性も否定できない。これが作られた当時の人はジョークだとわかっていたとしても、今の俺たちには、古いってだけで本物っぽく見えてしまうからな。
アメリアがもう本物と決めてかかっているから、俺は少し慎重に見よう。
「……あーっ! おっ、思い出しましただ!」
レイチェルが突然大声を上げたので、俺たちはびくっとして彼女に注目した。
ってことは、俺の背中に乗ってるのはマリオンか。……いや、それは今はいい。
「何を思いだしたって?」
「竜の黄金についてですだよ! わたし、お祖父様から聞いたことがありますだ! 大叔父様……お祖父様の弟様が、冒険者として財宝を探しにあの赤竜山に挑んだことがあったんですだ! 自分は竜の黄金の在処を突き止めた、と言っていたそうですだよ!」
ほう。『探しに行く』でなく『突き止めた』とまで言えてしまうとは、かなり重要な手がかりを得ていたんだろうか? だとしたら――
「えっ、じゃあ、竜の黄金はもう、その人が?」
当然の疑問をアメリアが発すると、レイチェルは途端に言いにくそうな顔になった。
「そっ、そのう……そのまま、行方知れずになってしまったそうですだ……」
……そいつはヘヴィだな。一筋縄ではいかないだろうとは思っていても、確かに失敗した前例があると感じ方も違う。
「その人が突き止めた場所って、どこなんだろう? 何か言ってなかった?」
……失敗した前例を聞いても、アメリアはまだ竜の黄金に多大な興味があるらしい。
「そこまでは……赤竜山のどこかなのは間違いないと思うんですけんど……まっ、まさか行く気じゃないですだか!? きっ、危険ですだよ、お嬢様っ!」
レイチェルは真っ先に反対した。護衛の役を当てられてるんだろうし、当然だろう。
「大叔父様は冒険者としてかなりの経験を積んだ人だったと聞いていますだ! わたしなんかよりすごい使い手だったに違いないですだよ! そんな人でもたどり着けなかったほど危険な場所に違いないですだ!」
やっぱりそうだよなあ。隣を見れば、ソフィーもやはり不安そうな顔をしている。金は必要でも、それに命を賭けられるかどうかと訊かれれば、難しいところだ。
「でもっ! この地図が本物なら、レイチェルの大叔父様が知らなかった秘密の通路とかあるかもしれないじゃない!? ねえ、宝探しに行こうよ! 竜の黄金があれば父様の借金も全部返せるよ。ボクたちも今まで通りに暮らせるんだよ!」
それは、そうなんだろう。確かに、竜の黄金が手に入れば、伯爵家の問題は解決する。
「竜の黄金が本当にあって、私らがそれを手に入れられれば、ね」
ソフィーの呟きには「無理だろうけど」という指摘が隠されもせず含まれている。
「さすがに、冒険者でも無理だったならにゃあ……」
俺の背中に寄りかかっていたマリオンもそう呟いた。そろそろ降りろよ。
「そうそう、危ないですだよ。やめておいた方がいいですだ」
周囲の賛同を得てほっとしたらしいレイチェルも、改めてそう言った。
もちろん、アメリアはまだ納得していない様子だ。俺の方をじっと見ているのは、味方しろということなんだろうが……
「……しかし、宝物庫にはもう大した物はないですよ」
サイラスの声が聞こえてきたのはその時だった。
まさか、ここに入ってくるわけじゃないだろうな!? さすがにみんな慌てた。もちろん俺もだ。それでも、ともかくこれだけはと、広げていた地図を懐に仕舞った。他の四人は本当にただ右往左往するばかりだ。かなり動揺しているみたいだった。
「とにかく、どっか隠れろ! 急げ!」
俺が小声で指示すると、四人はそれぞれ部屋の端の方に散って身を隠した。俺も手近なソファの裏に隠れる。
「ええ。ですが、価値の無さそうなものでも全て確認して目録を作るよう、お父様から言われていますの。早速にでも取りかかろうかと」
この声は、セレストだ。サイラスと一緒に宝物庫を見に来たのか。しかし……目録を作るって、このがらくたどものか? そりゃご苦労なことだ……。
「ねえ、ケネス。見付かったら、怒られちゃうよね……?」
隣に這ってきたアメリアが、小声で俺に尋ねた。俺は頷いて返すほかない。アメリアはともかく、それ以外の四人は完全に盗人だ。
二人分の足音は、宝物庫の前で止まった。そしてそれから間を置かず、ギッ、と扉が押し開けられた。廊下の明かりが、宝物庫の中に差し込んで、少し明るくなった。はっと気付いて、俺は手元のランプの火を消す。危ない危ない。
「けど、目録を作る意味なんかあるかな? 見ての通り、がらくたばっかりですよ」
サイラスが言うと、セレストが笑った。
「でも、こういう倉庫ってわくわくしませんか? わたくし、埃っぽい倉庫の『何かあるかもしれない』っていう雰囲気が、とっても大好きなのです」
それは何だか、気持ちはわかるな。
「ははあ。けど、本当にもう何もないんですよ。オレはここから金銀財宝が運び出されるのを父と一緒に見ていましたからね。その後にも何度も何度も足を運んで、少しでも金になりそうなものは全部運び出しました。その挙げ句に残ったのが、このがらくたの山。一応、部屋の名前は宝物庫のままですが、宝物なんてひとつもない、ただの倉庫ですよ」
「えっ、兄様はそんなに何回も見に来てたの? ずるい!」
「アメリア、静かに」
サイラスに掴みかかっていきそうなアメリアを、俺は腕を伸ばして押しとどめた。いま騒ぎ立てるのはいかにもまずい。
「わたくしの父ならそのがらくただってお金に換えますから、構いませんよ」
「へえ。参考までに、どうやるのか聞いてもいいですか?」
「簡単ですよ。こう札を貼るのです。狼宴の伯爵が金銀財宝をなげうっても絶対に手放さなかった品々……」
……むう。そう言われると、この古ぼけたがらくたも、何かとてつもないもののように見えなくもないな。
「なるほどねえ。そりゃあいい」
サイラスがにやりと笑ったのが、俺からも見えた。あれは悪巧みの顔だ。どうせ、そのやり方で自分も小遣い稼ぎができるな、とかそんなことを思っているんだろうが。
「……ところでセレスト嬢。宝物庫は後回しにして、温室に行きませんか? あそこには南国の花もたくさんあって綺麗なんですよ。貴方にぜひ見てもらいたいんです。妹の友人たちが世話をしている花壇もあります。ささ、行きましょう行きましょう」
サイラスが突然そう言い出したのは、まあ、目録に入る前にこの倉庫のものをいくらかちょろまかそうという魂胆なんだろうが……今の俺たちには、あいつのその低俗さが非常にありがたい。
「まあ。そういえば、父が言っていました。伯爵家には『金のなる木』があるって。ぜひ見てみたいと思っていましたの。温室にあるのですか?」
……それは多分、文字通りのものじゃないと思うけどな。