サイラスとセレストが扉を閉めて出て行ったんで、俺はまたランプに火を入れた。
「……やれやれ。危ないところだったな」
俺が呟くと、隣にいたアメリアも大きく安堵の息を吐いて立ち上がった。
「ケネス……ボク、ショックだよ。やっぱり、商会の会長さんはボクたちのことを金のなる木としか思ってないんだよね?」
ああ、さっきセレストが言ったことか。……ランズベリー商会の会長ね。俺が王都にいる頃は別に悪い噂は聞かなかったが、何しろ儲かってるらしいから、真っ当でない商売もやってるだろう。それこそ、がらくたに詐欺同然の売り文句を付けたり、な。アメリアの言葉に反論するような材料は、俺にはない。
「父様が話してるの、聞いちゃったんだ。兄様が結婚したら、ボクたちは王都に引っ越して、この館はホテルになっちゃうんだって。火山に近くて温泉が出るから、そうなっちゃうんだって。そしたらボク、友達のみんなとも離ればなれになっちゃう」
そんな話まであるのか。確かに、ありそうな話ではあるが。参ったな。
下手な慰めはできなかった。
だけど、俺が伯爵家の……アメリアの味方だってことは伝えたくて、俺は、彼女の頭を軽く撫でてやった。
「あ……ありがと、ケネス」
どうやら伝わったみたいだ。
この後でどうなるかはまだわからないが、今は、アメリアの隣には俺がいる。ソフィーを始めとした友達もいる。きっとなんとかなる。
俺は、楽観的にそう思った。
そしてそれに勇気づけられたのか、アメリアは拳を握った。
「……竜の黄金がみつかれば、借金は全部返せる。そうすれば、ボクもみんなと一緒にこの町にいられる。ここを出ていかなくて済むんだ」
ああ。それに、アメリアが商会の都合で望まない結婚をすることもなくなる。
目の前にあるのはふたつ。
金があれば解決できる問題と、莫大な宝の在処を示す地図。
あとは、自分の命を賭け金にする覚悟があるかどうかだ。
「……ボク、竜の黄金を探しに行きたい。みんな、手伝ってよ!!」
最初にはっきりと意思を表明したのはアメリアだ。俺はもちろん……
「だったら、俺はアメリアを手伝う」
じっくり考えている暇はない。ランズベリー商会の会長は、明日にはこの館に来る。サイラスとセレストの婚約も、その場で正式に決まるだろう。そして、借金がなくなるかわりに、アメリアたちはこの家を失う。
伯爵家の借金を一気に返済するのに、俺にはこの方法しか思い浮かばない。アメリアが行かないつもりなら俺だけでも行くつもりだった。伯爵家にはそれだけの恩がある。
俺の言葉に、アメリアは少しほっとした顔を見せてくれた。
「……他のみんなは?」
「わっ、わたしは反対ですだ! 絶対、危険ですだよ!!」
そんな風にはっきりとアメリアの案に反対したのは、レイチェルだ。
「レイチェル……ボクがどうしてもって頼んでも、ダメ?」
「……おっ、お嬢様の気持ちはわかりますけんども……こればっかりは。だ、だって、宝を見付ける前に死んでしまうかもしれないんですだよ? 実際に、わたしの大叔父様は生きて帰ってはこなかったんですだ。もしお嬢様が死んでしまったら、ただ離れて暮らすことになるより、ずっと悲しいですだよ……」
レイチェルの言うこともわかる。彼女は決して、アメリアや伯爵家の将来を軽んじているわけじゃない。まず何より一番大事なのは命だろうっていう、そういうことだ。
どっちの言い分も間違っているわけじゃない。
レイチェルは危険を大きく、アメリアは見返りを大きく見積もっただけのことだ。
他の二人は、まだはっきりとは賛否を表明できないでいる。無理もない。命を落とすかもしれない冒険に行くんだ。その場の勢いだけで決めるにはあまりにヘヴィだろう。強制はできない。
……ただ、俺にもやっぱり不安はあるし、仲間がいると心強いなあとは、思う。
そのときまた、ドンッと足元が揺れた。落雷だ。どうにもさっきから、妙にでかい雷が落ちるな。……ちょっと不吉な予感を、俺は頭を振って振り払う。
「レイチェルの大叔父さんは行って戻らなかったかもしれないが、俺たちにはこの地図があるんだ。きっと、もっとうまくやれる」
俺は懐にしまっておいた地図を、もう一度、みんなの前に広げて見せた。そこには竜の絵と共に、山と積まれた財宝の絵も描かれている。ヒントらしき文章もたくさんある。
「そうだよね! そうだよ! ボクたちにはこの地図があるんだ!!」
アメリアは今にも飛び上がらんばかりに興奮している。俺は彼女と比べたらもう少し冷静だが、それでも、勝算のない賭けだとは思っていない。
「どうする?」
俺はもう一度、俺とアメリアを除く三人に問いかけた。
「……わかったよ」
大きくため息をついてそう言ったのは、ソフィーだ。
「他に方法もなさそうだし、私はその賭けに乗る。……それに、アメリアは言いだしたら聞かないしさ。だったら今どうしてるかって心配するより、手伝った方が気が楽だ」
「よくわかってる。さっすがソフィー!!」
「褒めてないからな?」
ソフィーはそう言っているが、アメリアにぎゅうっと抱きつかれて、まんざらでもない様子だ。
「しょーがないにゃあ。だったらあたしも行くしかないにゃあ」
マリオンもとっとっとっと歩み寄ってきた。口では渋々手伝う風に言っているが、その顔からすると、どうも本当は挑戦したかったみたいだな。
「アメリアとソフィーの二人が組むと、いつもろくでもないことになるからにゃあ」
「ろくでもないことになるのはいつもマリオンのせいだろ……」
ソフィーが疲れた声で言った。俺がどっちの言い分を信じるかは、言うまでもないな。
さて、あとはレイチェルだが……四対一になって気持ちが変わってないかな?
「み、みんな……本当に危ないですだよ。わたしはやっぱり反対ですだ」
翻意は無理みたいだ。それはそれで仕方がない。参加しない自由はある。
「仕方ないにゃあ……」
マリオンもそう言った。言って、笑いながら、彼女はレイチェルに近付いていく。
「そしたら、ごめんにゃあ。参加しないのは構わないけどにゃあ……」
レイチェルの傍に寄ったマリオンは、ゆらゆらとした足取りでゆっくりとその背後に回り、そして、レイチェルに背中から抱きついた。
その手には、いつの間にか、どこから見付けてきたのか、……縄が握られていた。
「あたしたちの邪魔をされると困るんだにゃああぁぁーっ!!」
「あひゃあ!?」
マリオンはその縄を巧みに操り、みるみるうちにレイチェルを縛り上げていく。マリオンの意図に気付いたアメリアとソフィーもそれに味方すると、他の三人よりいくらか背の高いレイチェルも抵抗しきれず、彼女は椅子に縛り付けられてしまった。
……この手際の良さは、なんだか怖いな。
「ふっふっふっ。しばらく大人しくしているにゃあ!!」
「マ、マリオーン!? ひどいですだよー!! おっ、お嬢様ーっ!? ほっ、本当に宝探しに行くつもりですだかー!?」
「ごめんねー!! レイチェルごめんねー!!」
レイチェルはガタガタと椅子を動かしているが、それが勢い余って後ろにばったりと倒れてしまった。……ちょっと可哀相だけど、ここで邪魔されると困るっていうマリオンの主張には一理ある。レイチェルごめん。
「よーし! みんなっ、行こうっ!!」
アメリアの宣言で、俺たちは宝物庫を後にする。
「……っと、鍵、掛けていこう。ここ、鍵がないと中からも開かないようになってるみたいだし、少しは時間稼ぎになるだろ」
「ソ、ソフィー!? それはあんまりですだよー!!」
宝物庫の中からレイチェルが叫んでいるが、彼女を自由にしておくとすぐに追っ手が来てしまうだろうから、仕方のない措置だ。自分にそう言い聞かせて、俺は耳を塞ぐ。
「あああああーっ! お嬢様ーっ!! お嬢様ああああぁぁぁぁぁ!!」
……やれやれ。あれなら、追っ手が付くのはどっちにしろ時間の問題か。
「っと、でも慌てちゃいけない。各自一旦部屋に戻ってちゃんと準備しよう。ソフィーは明かりも。マリオンは食糧お願いね。済んだら館の裏手にある厩舎に集合。そこから山までは馬車を使おう。ケネスはボクと一緒に来て手伝って。よーし、始めーっ!!」
ソフィーとマリオンはその指示に頷いて、すぐに別々の方向に走っていった。
「……手伝うって、俺は何をすればいいんだ?」
「毛布とかをね、馬車に積むんだよ。日が落ちたらうちに帰ろうってわけにもいかないでしょ? あっ、山登りならロープもだ! 長いの、どこにあったかな……」
……ああ、そうか。準備はちゃんとしておかなくちゃな。俺たちは冒険に行くんだ。
熱心に準備を進めるアメリアを見て、俺は改めてそのことを実感した。
*
さて、取り残されたレイチェルがどうなったか、俺は後で知ったんだが……
「誰かー!! 誰かいないですだかー!? お嬢様が大変なんですだー!! 誰かー!!」
鍵の掛かった宝物庫で椅子に縛り付けられたまま転がっていたレイチェルは、助けが来るまでそう叫び続けていたんだそうだ。廊下には人の気配があるのに、なかなか助けてもらえない……というのはもちろん、鍵が掛かってるせいだったんだろうが。
「どうした!? 何があった!?」
と、宝物庫に入ってきたのは……鍵を持ってる人となると限られるだろう。サイラスとアメリアの父親、現伯爵閣下であられるマーカス・クルサード様だ。俺の留学に援助をしてくれた恩人だな。
「レイチェル!? こんなところでなぜ縛られている!? 賊にやられたのか!?」
「だ、旦那様ー!! た、大変ですだー!! ア、アメリアお嬢様がっ、わたしが止めるのを振り切って、町の外にーっ!!」
レイチェルがそんな感じにアメリアのことを伝えると、伯爵はさっと青ざめて
「なんっ、何だとっ!? そういえば先刻から姿が見えぬとは思っていたが……町の外にだと? どういうことだ? 一体、何故だ……!?」
と、さらに問いただそうとした。……そこに現れたのがサイラス。
「……ははあ。父上、オレには大体わかりましたよ。この事件の全貌が……っ!」
「事件? 事件だと!? どういうことだ、サイラス! アメリアに何があった!?」
「簡単なことです、父上。アメリアはもう、この伯爵家が抱える問題に気付いていたんですよ。だから、行動に出たんでしょう……」
「行動……だと!? 何をする気なのだ、アメリアは……!?」
「これもまた簡単なことです。……駆け落ちしたんですよ。あのケネス・リドルとね」
……ああ。話を聞いただけなのに、名探偵を気取って得意げな顔をするサイラスの顔が目に浮かぶようだった。今すぐぶん殴ってもう少し男前の顔にしてやりたいよ。
「ケネス・リドル……ワシの援助で学院を卒業した後は狼宴に戻り伯爵家に仕えたいと申すから快く受け入れてやったものを、その恩も忘れて、我が愛娘をかどわかしたというのか? ……ゆっ、許さんッッッッッッ!! すぐに捜索隊を組織しろ! あの身の程知らずの若造を捕らえ、縛り上げ、ワシの前に引きずり出すのだッッッッッッ!!」
伯爵は顔を真っ赤にしてそう叫んだって聞いて、俺は逆に顔を真っ青にした。
……うう。しかも悪い話はそこまでじゃなくて、まだ続きがあった。
サイラスの後ろにいたセレストが、伯爵に、こう申し出たんだそうだ。
「――そういうことでしたら、わたくしの部下にも手伝わせましょう」
その隣には、趣味の悪いどピンクのローブを着た、長い金髪の女魔術士が一人。
「彼女はかつて魔王と戦ったこともある魔術士。きっとお役に立てると思いますわ」
……こいつは、いくらなんでもいろいろヘヴィすぎるよな?