――これは、死ぬかもしれないな……。
力が入らずに倒れていく身体。
「――――、―――っ!」
そんな俺の様子を見て必死な顔で駆け寄ってくるアイツ。
何かを叫んでいるけれどそれは酷く不明瞭で意味を理解できなかった。
耳がイカれてしまったのか頭が働いていないのか……。
俺の最初の記憶は母親が家から出ていくところだった。
何という事はない。暴力癖のある父親が浮気をし、それを切っ掛けに離婚して出ていったというだけのよくある話だ。もともと仲は悪かった、遅かれ早かれそうなっていただろう。そもそも俺も母親から愛情を受けた記憶がない。
そもそも本当の母親だったのだろうか?
力を振るえる相手がいなくなったためか、男の機嫌は日に日に悪くなっていった。そしてその暴力が俺に向かう事になるのは時間の問題だったのかもしれない。
毎日痛めつけられた。痛みで気を失う事すらあった。
そんな状況であっても、ただのガキでしかない俺にできる事は無かったのだ。
少しだけ時は流れ、俺は小学校高学年になっていた。
その頃にはできるだけ暴力を振るわれない様に、多少の知恵も回る様になっていた。
できるだけ家には居着かずに、学校が終わっても公園なんかで時間を潰す。そしてあの男が酔いつぶれた頃に家に戻る。
食事だって碌に出た事は無かったが、財布から勝手にくすねて買っていた。どうせ酔っていて財布の中身なんて覚えて無いのだから。
学校だって給食のために行く様なものだった。
学校にも味方はいない。
担任の方針なのか、学校の方針なのか……明らかな暴力痕があったにも関わらず俺に対して干渉してくる事は無かった。
俺はいつも一人だった。無理もない……教員が避けているのだ、機微に聡い児童が避けないはずもない。
そう……近付いてくるヤツなんかいなかったのだ――アイツの他には……。
アイツに初めて遭ったのは俺が公園で時間を潰している時だった。
日も暮れて小学生にとっては少々遅い時間にアイツは話しかけてきた「何してるの?」と。
当時人間不信に陥っていた俺は当然ソイツの事を無視した。しかしソイツは全く滅気なかったのだ。
纏わり付きながら質問し続ける姿に遂に俺は根負けしてしまったのだ。
それからの展開は早かった。
家に戻りたくなくて時間を潰している俺と、誰かと話していたいソイツとの利害の一致があり、小学校は違っていたのだが自然と公園で会うようになっていた。
そしてまた時は流れ、俺とアイツは同じ中学に入学したのだった。
中学でもアイツは変わらず俺に纏わり付いてきた。
そして最近では、俺に自分の好きなモノについて喋り続けている。
何ていったかな?少し前に世間で人気になっていた少年漫画だ。霊感の強い男子高校生がひょんな事から死神になり、なんだかんだあって世界を救うというストーリーらしい。あまり漫画に興味は無かったのだが、アイツが楽しそうに話しているので何度も聞くうちになんとなくだが内容を覚えてしまった。
アイツが話し、俺が聞く。それが俺たちの日常だった。そうやってずっと過ごしてきたのだ。
だがいつ頃だろうか?その事に気づいたのは……。
時間が経つにつれ、俺と関われば関わるほど、アイツは他の奴等から避けられる様になっていったのだ。
原因は言うまでもなく俺だろう。
傍から見れば俺は不良と呼ばれる存在だ。そうなりたかったわけでもなったつもりも無いのだが、絡んできた奴等を返り討ちにしているうちにそう呼ばれていた。
無愛想な態度がムカつくとか調子に乗ってるとか……知るかよそんなもん。俺は誰にだってこんな態度だ。
で、そんな俺と親しげに話しているアイツと関わりに行くヤツがいないのは当然の結果だったのかもしれない。
だが俺は、そんな分かりきっていた事に対して怒りを覚えていた。
解っているのかいないのか、そんな状況に甘んじているアイツに、レッテルだけを見てアイツ本人を見ようともしない周囲に、そして何よりそんな状況を招いてしまった俺自身に。
俺にとってアイツは平和な日常の象徴だった。
俺と違って家族に愛されて育ち、人の悪意や暴力を知らずに過ごしてきたのだ。
そんなアイツがコチラ側に来てはダメなのだと、そう漠然と思った事を覚えている。
気付けば俺は、アイツと距離を置く様になっていた。
学校へは行かず、あの公園にも立ち寄らない。
そうやってアイツとの関わりを断つ事でアイツが普通の日常で暮らしていけると、そう思っていたのだ……。
日常から離れた俺は非日常で生きるしかなかった。
補導されるのも面倒だったので自然と裏路地やらの人目に付きにくい場所で過ごしていた。だがそんな場所には似たようなのが集まるもので、新参者だった俺はすぐに目を付けられたのだ。
それからは喧嘩の毎日だ。
売られた喧嘩は全部買った。相手が一人だろうと複数だろうと関係無い。降りかかる火の粉は全て払うのだ。
そりゃ負けることも多々あったが、それでもガキの頃からあの男によって否が応でも鍛えられた根性で喰らいついたのだ。
そうやって喧嘩の仕方を覚えていき、街の不良全員と顔見知りになった頃には俺は狂犬なんて呼ばれる様になっていた。
そうやって喧嘩をしている内に、俺の中で手段と目的が入れ替わっていたのだ。
自分と相手との意地のぶつけ合い。
――奇しくもそれは俺が求めていた他者との繋がり、その在り方の一つだった。
喧嘩をしている時だけは自分が世界に存在している意味を感じられた。喧嘩は相手と自分が存在するから成り立つのだ。
俺は相手だけを見ているし、相手も俺だけを見ている。必要とされている高揚感……!
だからこそ、こんな喧嘩は間違っているのだ。
アイツを人質にとっての喧嘩なんて……ッ!
多分前にアイツが俺に話しかけているのを見たヤツがいたのだろう。
俺は不良達の間ではそれなりに有名なのだ。それでもそんな俺の知り合いを見たのは初めての事だろう。
たとえ俺が突き放す様な対応を取っていたとしても、アイツの方の必死な様子に人質としての価値を見出したのかもしれない。
そうして呼び出された俺を待っていたのは、ここらではそれなりに大きな不良グループだった。それもほとんどが得物持ちだ。
だが関係無い、俺にとっての日常の象徴であるアイツを巻き込んだ事は許せそうになかった。
俺は一人、そいつ等に突っ込んでいくのだった。
……どれだけの時間が経ったのだろうか?
殴り、蹴り、拘束されない様に立ち回る。引き伸ばされた時間感覚の中で何人もの相手を伸していく。
それでも流石に多勢に無勢で、何発ももらってしまっている。
頭から流れる血で視界の半分は赤く染まっているし、耳鳴りも酷い。それに骨も何本か逝っているだろう。
それでも止まるつもりは無い。
そうして最後には相手グループのリーダーすらも打ち倒した。
後はアイツを拘束している雑魚だけだ。
そいつに身体を向ければそれだけで雑魚は逃げ出していった。
……やっと終わりか。
そこで安心してしまったのがいけなかったのだろう。後ろから近付いてくるヤツの事を気付けなかった。
バットか何かによるものだろう、後頭部に強い衝撃が走った。
あ、ヤベェなこれ……いいのもらっちまった……。
堪えられず倒れていく身体。
地面に打ち付けられた感覚すら遠い。
これは……ダメかもしれねぇな……。
「――――、―――っ!」
そんな俺の様子を見て必死に何かを叫びながら駆け寄ってくるアイツ。
自分の事ながら無様だなぁ……こんな心配させちまうだなんて……。
――だがまぁ……コイツが無事で……よかったさ……。
――目が覚めた。
どうやら死にきれなかったらしい……。
痛む身体を庇いながら俯せから仰向けに転がる。周りを確認してみると林の中にいる事が分かった。
俺を殺してしまったと勘違いして山中に棄てて行ったのだろうか。
――アイツはどうなった?
一応警察呼んでから喧嘩に赴いたのだが間に合わなかったのだろうか?
ゾワリと背筋が粟立つ。
身体の具合を確認する事すらせずに無理に立ち上がる。
…………?
あれほどタコ殴りにされたのに普通に起き上がれた事に違和感がある。
今までの経験上、暫くは身動きすることすらしんどいはずだし、骨も何本か逝っていたはずなのにどういうことだ?
立っているにも関わらず何故か視点が低く感じる。下草や木々の高さから考えると自分がいつもより小さくなってしまっている様に感じる。少なくとも頭1つ分は。
「これじゃあ子供の、ガキの視点じゃないか」
空を仰ぎ見る。目に飛び込んできた光の眩しさからか、思わず掌を目前にかざした。
「は?」
目の前にある自分の手は、まるで子どもの様に小さく華奢だった。
おかしい。自分の手は殴り、殴られたせいかゴツゴツと節くれだった武骨な手だったはずだ。
身体も同じだった。
お世辞にも良い体格だったわけでは無いが、喧嘩をするのに必要な筋肉は確りと付いていた。
それなのに今は、筋肉など有りはしないようなほっそりとした子どもの身体になってしまっていた。
「どうなってんだよ……」
俺はやはりあの時、キッチリ確り死んだらしい。んでもって転生だか憑依だかしてこの身体に蘇ったと……。
「俺にどうしろっていうんだよ!?神様よぉ!!」
どうやら俺は、このどうしようもない人生をもう一度やることになってしまったみたいだ。
BLEACHは友達の家で見せてもらっていたため現在手元には無くうろ覚えのにわかです。設定に間違いがあるかもしれませんがコメント等で教えてくださると助かります。