「つまんねぇな……」
この村にはもう、俺の喧嘩相手になる様なヤツはいなくなっていた。
弱者には手を出さないと分かったとたんに尻尾振って媚びへつらってくる飼い犬に、気に入らないという眼をしておきながら吠えすらしない負け犬ばかり。
全くもって詰まらない。
「いっそのこと場所変えるか?」
来た道を戻る事にはなるが北へ行けば行くほど治安が悪くなるらしい。
一つ隣の草鹿、そのまた向こうの更木、そこまで行けば喧嘩相手には困らないだろう。
そうと決まれば行動するだけだ。適当にボロ布で作った背嚢に食料と飲み水を包み込み背負う。
俺が歩くだけで道行くやつらは端に寄ってしまう。いつもと違う装いをしているせいか、いつも以上に視線の数が多く感じた。
……まぁ、どうでもいいな。
そういった視線を無視して村を出る。
草鹿だったか? 先ずはそこの集落にでも向かおうか……。
草鹿の集落までの道程は特にトラブルも無く面白味も無いものだった。途中で猪に襲われる事もあったが、この肉体には多少の重量差など関係ない。その辺の石でぶん殴れば問題なく仕留めることができた。
食料も手に入って有り難い事だ。
そして――草鹿でも、結局は同じだった……。
初日に喧嘩を売った相手が中々大きなグループだったみたいで黙っていても向こうから喧嘩相手が来てくれたのだ。
そんな奴等の相手をしていれば、草鹿にいる悪党の殆どを平らげてしまっていたのだ。
そんな毎日を過ごす中、ある噂を耳にした。
隣の更木に餓鬼の姿をした悪鬼がいるという。何でも武装した賊を単身で皆殺しにしただとか、刃物で斬りつけても傷一つ負わないだとか。
喧嘩に明け暮れるだけの毎日、代わり映えのしない日常。前と何ら変わりやしない。
……それならばその悪鬼とやらに喧嘩を売ってみるのもいいかもしれない。
「止めておけ! あんたみたいなのが何人も返り討ちに合い、殺されているんだ!」
そんな事を言ってくる奴もいたが、正直この終わりの見えない日々に飽き飽きしていたのだ。姿形の変わらないこの身体に果たして寿命は在るのだろうか?
ならばその悪鬼とやり合って最後にするのも悪くないと、そう思ったのだ。
「だとっ! 思ってたんだがなぁっ!!」
何だこれは? 何だこれはっ!?
地面に這いつくばり吹き飛ばされそうになる身体を何とか支える。目前に見えるのは他人の喧嘩だ。だが、全てにおいて次元が違っていた。
ボロ一枚羽織っただけの餓鬼と黒装束に高そうな白い羽織を纏った女がとても楽しそうに斬り合っていた。
ボロを羽織った餓鬼は噂の悪鬼だろう。今の俺の見た目より二つか三つ上だろうか? 餓えた肉食獣のような荒々しさを身に纏い、楽しくて仕方がないと言わんばかりに刀を振るっている。その一刀一刀は正に一撃必殺。刀を振るう度に大地が砕け巨岩が断たれる。
対する女も愉しげに刀を振るう。相手の一刀をいなし、弾き、受け止める。確固たる理で以て相手の猛攻を捌ききり、切り返す。
まるで愛し合っている恋人同士がダンスを踊っているかの如き一体感だ。
……しかし永遠に続くとかとも思えたその舞踏もいよいよ終わりを迎える様だ。両者が示し合わせたかの様に、これでお仕舞いともいわんばかりの斬撃を振るったのだ。
ぶつかり合う刃と刃、その境界から生まれた衝撃は地面を捲り上げ、大木をなぎ倒す。
俺自身も例外ではなく、その衝撃によって吹き飛ばされ、あっけなく意識を失ったのだった。
………………
…………
……
俺が目を覚ました時には血溜まりと斬撃の刻まれた大地があるだけで、二人の姿は何処にも見つけられなかった……。
脳裏に焼き付いて離れない光景、本当に楽しそうに斬り合っていた二人。互いに相手を想い合い、相手が存在する感謝と悦びを刀に乗せて伝えていた。
――思ってしまった、俺もあんな喧嘩をしてみたいと……!
だけど今のままじゃ駄目だ。
今の俺があの二人に喧嘩を売ったところで一瞥をくれることもなく切り捨てられるだろう……そんなことは許せない。俺もあいつ等に必要とされるくらい、喧嘩相手に成れるくらい強くなりたいっ!
――ならばどうする?
二人は刀を使っていた。ならば同じ土俵に立つ為に俺も刀を持つべきだろう。
勿論それだけでは全く足りない。あの二人のパワーとスピードに着いていく為には身体を鍛えなきゃいけない。
こっちに来てからは喧嘩をしているだけでも、前世では考えられない速度で力が付いていった。だが、それだけでは追い付けそうにない。
それにただ鍛えたからといってあの餓鬼の様な化け物じみた身体能力が手に入る保証はないのだ。
やはりあの女の様に剣術を修めるべきだろうか?
前世でも武術をやっているヤツと喧嘩したことは何度かあった。そのため型の有用性は十分理解しているつもりだ。
だが俺は勝つためや強く成るために喧嘩をしていたわけじゃなく、ただ喧嘩をしたいから喧嘩をしていたのだ。そのため特に武術を学ぼうとはしていなかった。
だが喧嘩をしたいと思った相手とやり合うために必要ならば、死ぬ気で学んでやろうじゃないか。
嗚呼、視界が開けるような感覚だ!
思えば前世を含めてここまで明確な目標を持った事なんてなかった。
アイツ以外とは喧嘩でのコミュニケーションしか知らず、夢や希望を持つことも無く、成人する前に死んだ前世。
そして焼き増しの様に前世と同じ事を繰り返してきた今世。
……だがこれからは違う。
あいつ等と喧嘩をする事こそが目標だ!
初めての目標も喧嘩だというのは自分の事ながら少し笑ってしまうが、存外悪くない気分だ。目標を達成するために必要な事は全部やっていこうと思う。
先ずは刀、だがこんな場所ではまともな刀は手に入らない。喧嘩相手で刀を使う相手もいはしたが、横から殴るか蹴るか、上から踏み抜くかしたら簡単に折れるなまくらばかりだった。あの二人の様に斬り合うならもっと頑丈な刀が必要だろう。
しかし餓鬼が持ってた刀はボロボロだったはずなのにあの膂力に折れる事なく耐えきっていた。振り方にコツがあるのか、不可思議な力で強化でもしているのか……今は考えてもしかたがないな。
そして剣術。学ぶにしてもこの辺りの地区に道場ながあるとは聞いたことがない。独学でもいいが基礎を学んでおいて損はないだろう。
それに長い月日を経て磨かれてきた流派を学んだ方が余程効率的だろうしな。
ならば人が沢山集まる場所に行くべきだろうか? 大きな街ならば刀が手に入りやすいだろうし、道場の噂も集まるだろう。
さぁ出発しようじゃないか、初めての目標に向かって、出来る事は一つ一つ確りと!