提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第十話ー!怒涛の勢いで脳から湧いて出る妄想を毎日のように書いて早いもので第十話となりました。
本当に読んでいただいたり、お気に入りに登録、感想をいただいたり、誤字をご指摘いただいたりとたくさんの方に読んでいただき「え、マジ、これ嘘だろ?」ってなりました。
これからも暗い話ですが読んでいただけると嬉しいです

そろそろ戦闘も入れていこうかと思っております。描写がよくないとは思いますがかっこよく書けるようにがんばります!

それでは、第十話をごゆるりとお楽しみくださいませ

………

現実と被害妄想が一つになってしまい、限界点を突破して発狂してしまった翔鶴。その懐にしまい込んだ凶刃が玲司を狙う。玲司に命の危機が迫る。


第十話

ヒタ…ヒタ…

 

裸足で寮を本館、執務室へと向かう翔鶴の足音はゆっくりかつ、不気味だった。白い着物に銀色の髪。それはまさしく、現世に未練や怨念を残した悪霊か。幽鬼の類か。足取りはおぼつかず、よろよろと。しかし、一歩一歩ゆっくりと彼女は歩を進めた。

 

(コロス。そう、ていとくさまを…気持チよク。殺ス。ころさナキャ。瑞鶴守る、コロス)

 

狂気の笑みを浮かべてゆらりゆらり。その真っ白の亡霊は執務室を目指す。ヒタヒタと。

 

……

 

ゾクリ、と瑞鶴の背筋に虫でも這うかのような嫌な寒さが走る。昨夜はあまりのカレーのおいしさに食べ過ぎて満腹になり、気分がよかったまま寝てしまった。せっかく風呂に毎日入れるのだから、姉はいつ起きるかわからないから今のうちに入っちゃえ、と思い、息抜きをしていたところだった。

 

「翔鶴…ねえ?」

 

湯船から勢いよく立ち上がり、姉の名を呼ぶ。何か胸騒ぎがする。ゆっくり湯船に浸かるのは諦め、急いで服を着て自分の部屋に戻る

 

(お願い…。気のせいであって!!)

 

部屋はドアが開けっぱなしで中には誰もいない。そう、また…どこかへ行ってしまった。提督の下か?それとも何かを食べに食堂か?

 

(どこへ行くにしても、提督さんもだけどみんなも危ない!ごめん、提督さん。何とか逃げて!)

 

瑞鶴は食堂へと走りした。

 

食堂へ向かう最中、見慣れない誰かが前を歩いていた。慌てて止まり声をかける。

 

「か、艦娘?ええ、とその…」

「おーん?瑞鶴?何やえらい慌てとんなぁ。廊下は走ったら危ないで~」

 

「え、私のこと知ってるの!?ええと、誰?」

「うちは龍驤。軽空母の龍驤や。どないしたん?玲司…あーいや、司令官なら執務室やで」

 

「し、執務室!?提督さんは一人なの?」

「せやで。他のみんなは食堂で明石と話しとるよ。何や?司令官に伝言か?」

 

「翔鶴姉が部屋にいないの!どこに行ったかわからなくて…提督さんの場所だったとしても危ないけど、今の翔鶴姉に話しかけたらみんなも危ないからって伝えに!」

 

「司令官が危ない、ねえ。そりゃほっとけへんなぁ。瑞鶴、食堂のみんなのとこ行き。うちが司令官の様子、見てくるから」

「ありがとう、龍驤さん!!ほんとに、何するかわかんない!もしかしたら…提督さん、殺されちゃう!!!」

 

「…そうかい。はよ行き。うちも急ぐさかい」

「うん!ごめん!」

 

瑞鶴は大急ぎで食堂へ走っていった。龍驤はと言うとやや早足気味に執務室へと向かっていた。

 

(一日も経たんうちにこれかい。まったくお姉ちゃんちゅうんは大変やでえ)

 

一つため息をつくと、龍驤の周りを人の形をした紙が飛び交いだした。それが龍驤の周りから離れず、周囲を警戒するかのように飛んでいた。龍驤の武器となる「式神」。これが龍驤の力で艦載機に変化する。

 

(玲司がそう簡単に殺されるとも思うてへんけど、もし傷でもつけようもんなら…せやな、痛い目に遭うてもらおか)

 

攻撃準備を万全にさせ、鋭い目つきで階段を登っていると、女の悲鳴と男の大きな声が聞こえた。階段を登り終えるとこちらに走ってくる男。まぎれもなくかわいい弟分、玲司だった

頬に赤い一筋の傷。切られたような服。龍驤の表情が怒りに変わる。式神たちがまだかまだかと盛んに動き回る。

 

「龍驤姉ちゃん!」

「話は聞いとる。翔鶴やな?ひよこがうちのかわいい弟にようもまあやってくれるやんけ。玲司は瑞鶴呼んでおいで。うちが止めといたる」

 

「姉ちゃん、あんまりやりすぎんなよ…」

「玲司がそういうんやったら優しくしといたるわ。さあ、はよ行き」

 

慌てて玲司が階段を下りていくのと同時に、ゆらりと。白一色の幽鬼が現れた。狂気の笑みを浮かべ、ギギギ…と首だけをこちらに向けて嗤う。

 

(うちも陸奥姉やんと一緒でとんだブラコンやな…)

 

「……コロ、す」

「はん。やれるもんならやってみいや。お前、これが陸奥姉やんやったらブチ殺されとったで。何でもええからちっと大人しいしとれや」

 

翔鶴が走るのと同時に、龍驤の周りにいた式神が一斉に炎を纏って翔鶴へ飛んで行った。

恐ろしい殺気を纏い、原初の艦娘「炎の女王」龍驤がそこに居た。

 

/時は少し遡る

 

龍驤が部屋を去ったあと、とにかく食事もしたかったがこの書類の山をどうにかしたいと言うのもあり、昼食をゆっくり摂ろうと思い。書類を片付けることにした。大淀たちは明石たちの力を見せてもらうようなことを言っていたので、とりあえず自分だけでもやれることをやろうと書類を手に取って、サインをしたり判を押したりせっせと処理を進めた。

 

さて、お茶でも飲んで一息入れましょうかね…と席を立ち、急須を探していた時だった。

 

バァン!とドアが壊れんばかりに開かれた。そこに立っていたのは…夕立たちが見たら震えあがるであろう狂気の笑みを浮かべた…

 

「翔鶴…?っ!」

 

狂気の笑み。目は虚ろで口元からは涎を垂らしていた。ゆらりと動いたかと思うと懐から果物ナイフを取り出して、一層狂気に塗れた笑みを浮かべていた。

 

「イイイイイイイイイイイイ!!!!!!!」

 

構えるとすぐさま奇声を発して玲司めがけてナイフを持って突進をしてきた。身構えていた玲司はそれを回避。しかし、すぐに振り向き切り付けてくる。すんでのところで回避できたものの、服を切られてしまう。

 

「翔鶴!おい、どうした!?やめろ!!!」

「あああああああああ!!!!」

 

めちゃくちゃに切り付けてくる。ピッと間一髪でかわしたが頬に一筋赤い筋ができた。

 

「くっ!翔鶴!やめろ!どうしたんだ一体!?」

「フー!フーッ!あなたがいなクなれば…。瑞鶴は…ワタシハ…だから、シネ!!」

 

上から思いきりナイフを振り下ろす。しかし、大振りすぎてそれもかわされてしまう。ガァン!とナイフが机に刺さり、抜けなくなった。

 

「!?フンー!ンンンンンン!!!!」

 

(れいじさん、いまだよ、にげて)

(ここはわたしたちにまかせて)

(われられいじさんしんえいたい。でばんだ)

 

「妖精さん…クソッ!すまん!」

「邪魔をするなアアアアああああああ!!!!」

 

追いかけようとするが、足元で紐を伸ばしていた妖精さんに気づかず、思いきり転倒する。

 

(にげるがかち)

(てったいだー。にげろー)

 

10人ほどいた妖精さんは蜘蛛の子を散らすようにどこかへ飛んで行ってしまった。玲司のパートナーであり、護衛をしているショートランドからの頼れる相棒。数人で目の前を飛んで翔鶴の邪魔をし、足元を疎かにさせて転倒させ、時間を稼ぐ。

 

「グググ…待ってて…すぐ殺してあげるから!!クスクス…」

 

だが、翔鶴はこんなものでは止まらない。

 

……

 

廊下を走り、外へ逃げようとしていた先に龍驤がいた。

 

「龍驤姉ちゃん!」

「話は聞いとる。翔鶴やな?ひよこがうちのかわいい弟にようもまあやってくれるやんけ。玲司は瑞鶴呼んでおいで。うちが止めといたる」

 

龍驤の目は明らかに怒っていた。それも…激怒と言うレベルで。

 

「姉ちゃん、あんまりやりすぎんなよ…」

「玲司がそういうんやったら優しくしといたるわ。さあ、はよ行き」

 

龍驤の横を通り過ぎて階段を転がらんばかりに駆け下りた。食堂へ勢いよく飛び込んだ。

 

「て、提督さん!?」

「瑞鶴、翔鶴がやばいんだ、すぐに一緒に来てくれ!」

 

「わ、わかったわ!ごめん、みんな!」

 

大急ぎで龍驤の下へ戻ると…翔鶴はところどころが焦げボロボロになって蹲っていた。周りには燃え尽きた跡のような灰が散乱している。

 

「しょ、翔鶴姉…」

「えらい早かったなぁ。口聞いても話になれへんし、うちもやられるん嫌やったから大人しいしといてもろたで。よかったなぁ、瑞鶴。この相手をしたんがうちの陸奥やったら、原型留めてないで。頭にきたから黒焦げにしたろ思うたけど」

 

「ううう…ず、瑞鶴…だめ…逃げて…」

「翔鶴姉…もう…もういいよ」

 

「瑞鶴…にげ…私が…守るから」

「いい加減にしてよ!!!!」

 

瑞鶴の怒号に翔鶴を目を見開いて顔をあげた。瑞鶴は怒った顔をしていた。そして…泣いていた。

 

「もういい加減にして!!瑞鶴瑞鶴って、私は翔鶴姉の何なの!?何をするにも私の名前を呼んで私を引き留めて!自由に何かをできたはずなのに、全部翔鶴姉のせいでなんにもできなかった!!」

 

「…あ、う…ずい………、かく?」

「夜中に寝てるのに徘徊して誰かに余計なことをしないかわからないから寝る間も惜しんで探し回らさせて!叫んで!二言目には瑞鶴って、私はご飯をゆっくり食べたりも、お風呂に入れるようになったのにみんなと入る時間もほとんどない!!」

 

瑞鶴は泣きながらも今まで姉に溜め込んでいた全てを吐き出していく。何もかもを姉のために放り出さなくてはならず、自由はない。誰かに迷惑をかけないように目を光らせなくてはならない。その積もり積もった鬱憤が爆発した。

 

「返してよ!こんなことして私を裏切るなら返して!!私が今まで翔鶴姉に使ってた時間!!!提督さんはいい人って言ったのに!やめてって言ったのに!何も聞いてなかった!!!もう嫌!!!!」

「ずいか、く…ま、って?」

 

「翔鶴姉なんかもう知らない!!!勝手にして!!!!!」

 

そう言い残して瑞鶴は走ってどこかへ行ってしまった。魂が抜けたかのように、翔鶴はそこでへたり込んだままだった。

 

「玲司、瑞鶴を追いかけたり。あの子、誰か傍におってほしいやろうから」

「あ、ああ…」

 

「翔鶴はせやな。部屋にもどそか。ほんまやったら司令官に危害を加えたっちゅうことで営倉行きやけど、そんなんしたないやろ?」

「そりゃ…うん…」

 

「翔鶴は、もう。何もせえへんよ。何も、でけへん。うちが見とくから、はよ行ったげや」

「ごめん、姉ちゃん…」

 

玲司は龍驤に頭を下げると瑞鶴を追った。残るは二人。

 

「あ、あ…ずい、かく…ごめん…なさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」

「負い目を感じとったんやったらそう言えや。不器用なやっちゃな。ほれ、ここにおっても邪魔や。戻るで」

 

無理やり翔鶴を立ち上がらせ、ふらふらと歩きだす。翔鶴はもう、何もかもを失ったようだった…。

 

/中庭

 

「ううう…ぐすっ…グスッ…」

 

瑞鶴は泣いていた。ようやく言ったことへの安堵と、言ってしまったことへの大きな罪悪感が胸の中をぐるぐると竜巻のように渦巻いていた。

だが、このままでは自分もおかしくなってしまいそうだったのは間違いない。けれど、たった一人の大切な姉だ。突き放してしまったことへの罪悪感も大きい。

 

「瑞鶴!瑞鶴!どこだ!」

 

自分を探す声。ただ一人、鎮守府にいる男の人の声。玲司だ。追いかけてきてくれたのだろうか?少し、彼の声を聞くだけで安心ができた。

 

「て、提督さん…ここ…」

「瑞鶴!よかった…見つかった。大丈夫…ってわけじゃないよな…」

 

ポケットからハンカチを取り出し、瑞鶴の涙をぬぐう。そんなことより頬についた傷を気にしたほうがいいのに…とも思ったが。でも今は、玲司のその優しさがありがたかった。

 

「ありが、と…心配かけてごめん…」

「いいよ。それより、勇気を出したな…」

 

「わかんない…提督さんに傷をつけた翔鶴姉に、すごく頭に来ちゃって…でも、でも…翔鶴姉のこともわからないでもないの!提督さん、お願い。こんなことを言っても仕方がないけど、翔鶴姉を解体したりしないで…」

 

「解体なんざしねえよ。お前の大事なたった一人の姉だろうが。姉がいなくなったなんて、そんな辛いことはない」

「提督…さん…」

 

「ここまできたらもう翔鶴の問題だ。瑞鶴に突き放された今、何もなくなったからこそ、どうするのか。それを翔鶴自身が気づかなきゃダメだ。俺や瑞鶴が関われる問題じゃない。龍驤姉ちゃんなら、やってくれるかもしれんが…」

 

「ああ…とりあえず、時雨たちの部屋に行きな。あいつらの部屋、でっかいところに移動したからまだスペースがある。だから、な?」

「うん…ありがとう…提督さん…」

 

とぼとぼと駆逐艦寮へ歩いていく瑞鶴。その背中が見えなくなるまでじっと立って見送っていた。

 

(さて…翔鶴…馬鹿な真似するんじゃねえぞ…)

 

空母寮を見上げ、心配そうにさらには空を見上げて思った。

 

/夜 母港

 

(もう何もなくなってしまいました…)

 

とぼとぼと夜の海辺を歩く影。翔鶴だ。自分には何もなくなってしまった。守るべき瑞鶴にも拒否され、提督には刃を向け。もう鎮守府にはいられないだろう。どこへ行っても同じ。きっとそこには絶望しかない。

 

(この世には絶望しか…もうないのね…)

 

海は静かでちゃぱちゃぱと波の音がするだけ。ぼうっと…真っ暗な海を眺めていた。そこには何も見えず。しかし海を照らすまん丸い月は、波に揺られていた。考えてみれば恐ろしい行動を取り、そうして全てを失ったのは自分のせいだ。これはどうしようもできない。

 

提督には合わせる顔がない。解体してほしいと言いにくい。

ああ、そうか…ならば、この海に身を投げ、そうしてこの世から一人で消え去るのが自分にはお似合いだろう。もう、何もないのだから。

 

(ごめんなさい、瑞鶴…駄目なお姉ちゃんを許してね…)

 

そうして先端に立ち、ボーっと海に浮かぶ月を眺めていた時だった。

 

「おーおー、めっちゃええやん、ここ!お月さんがキレイやなぁ!」

 

ドキリと飛び上がった。まさかこんなところに夜に誰かが来るとは想像もしていなかった。振り返った先には、朝方自分を打ち負かした相手。軽空母 龍驤が陽気な声で近づいてきた。

 

「翔鶴も月見か?何や酒くらい持ってきてーやー。こんなええお月さん、酒でも飲んで眺めてなあかんて。あ、まだ自己紹介してなかったな。うち、龍驤って言うねん。軽空母の。よろしくな!」

「は、はい…正規空母の翔鶴です…」

 

「そりゃあうちは知っとるよ。大本営でごまんと見て来とる。まあ、よろしく!ところでさあ、翔鶴?」

「はい。何でしょうか…」

 

 

「何しようとしてたん?」

 

 

心臓を掴まれたような感覚が、した。翔鶴は冷静を装って返す。

 

「えっと。はい。お月様がきれいだったので…月見を」

「ちゃうちゃう。月見しとったんは知ってる。うちが聞きたいのは、今から、何しようと、しとったんか?って聞きたいのん」

 

「い、いえ…その…別に」

「えーほんまー?何や、うちには今から覚悟決めて、海に飛び込んで…()()()()()()()()()()()()()()んやけど?」

 

息が詰まった。そのたった一言に動揺が隠せない。

 

「無理無理。苦しい思いした挙句に海の底から怨念呼び寄せて、深海棲艦になるんがオチや。そしたらあんた、一生その胸の中にある黒いモンぶちまけて苦しむことになるで」

「な、そんな…」

 

「……当たりかい。やっぱうちの勘はすごいなぁ。百発百中や。ほーん。死にたかったんやぁ」

 

カタカタと翔鶴は震えていた。龍驤が教えてくれていなければ、楽になれると思っていた行為が永遠に終わらない苦痛と苦悩の時間になるなどと。考えたこともなかった。自分はそんな恐ろしいことをしようとしていたのか。そう考えると震えが止まらなかった。龍驤は笑っている。笑いながら恐ろしい事実を伝えようとする。

 

「何で?何で死にたなったん?玲司…司令官に刃物向けたから?それとも瑞鶴に拒否されたから?」

「……瑞鶴に拒否をされてしまっては…私はもう生きる意味など…あの子を守ることが私の生きる全てだったのに…提督にはあのようなことをしてしまいましたし、もう、私に居場所は…」

 

「お前、本気でそう思うとるんか?本気で居場所がないって言うとるんか?」

「………」

 

龍驤の言葉がやや厳しくなり、トーンが下がった。おどおどと顔を見ると…険しい表情をしている。

 

「なんやそれ。ふざんけんなや。瑞鶴を守ることがお前の生きる全て?笑わせんなや。そんなこと、微塵とも思うてなかったくせに」

「な、なぜそのようなことを言うのですか!?私は、私は瑞鶴を汚い男から守ろうと必死に!!」

 

「はっ、それが嘘なんやないかい!瑞鶴を守るって言うんが本心なんとちゃう。お前は結局、そうやって瑞鶴を必死に守って汚される自分を悲劇のヒロインぶって周りに同情してもらいたかっただけやろが!!!」

「!!!!!!」

 

「瑞鶴のあった権利をお前が全部縛り付けて、お前の側に押しとどめて、瑞鶴に面倒見てもらってド腐れ共から妹を健気に守るかわいそうな自分に酔いたかっただけや!!ちゃうんか!!」

「違う…違います!!私は…私は瑞鶴を…大切な妹を守りたかった!だから私が汚されればそれでいいと思ってた!!!」

 

「そんでお前は何か変えよう思って何か考えたか?いつまでもやられっぱなしでのうのうと時間無駄にして、この鎮守府の名取みたいに命がけで大本営に逃げてきて、横須賀鎮守府の実態を変えたろとかそんなんも考えんとただ犯されて瑞鶴守ってればええわとか、そんな甘い考えで逃げとっただけやろが!ずいぶん薄っぺらい信念やなあ!!」

「やめて…もうやめて!!」

 

龍驤の言葉が翔鶴の心に思いきり突き刺さっていく。心のどこかで違うと握りつぶしていた言葉を、龍驤が全て掘り起こしてしまう。

 

「挙句の果てに、最後は瑞鶴に拒否されたからもう生きる意味がないから死にますってか。お前何様やねん!ほんなら一つ聞いたるわ。お前が死んだ。もしくは深海棲艦になってもうたら、瑞鶴はどう思うんやろな?」

「っ!?そ、それは…」

 

「たぶん、瑞鶴は一生お前に負い目を追って生きていくことになるで。自分が拒否したせいで姉やんが深海棲艦になってもうたってな。お前がクソつまらんことで逃げたせいでな」

「あっ…ああああああ!!ううう…」

 

翔鶴の目から大粒の涙がこぼれる。そして、ようやく自分がいかに甘かったのかを知った。瑞鶴のことを第一に思いながら、結局は瑞鶴のことなど考えずに自分のことばかりを考えていた、その情けなさに涙が出る。

 

「翔鶴。お前に一つ聞くわ。お前は、何や?」

「あぐっ…うう…ぐすっ…な、なに?」

 

「…すまん、今のは適当すぎた。翔鶴。よう聞け。何もないって言ってたけど。せやったら聞く。お前は、男の性欲の慰み者になるだけの娼婦か?それとも、誇り高き五航戦の名を持つ、『翔鶴型航空母艦一番艦 翔鶴』。その魂を持った艦娘か?」

「私…私…は…」

 

「答え。逃げんと答え。お前の言葉で。お前の思いを。言え。その答えによっては、うちがお前の面倒を見たる。間違えたら、好きにせえ。知らん」

 

強い眼差しで龍驤が自分を見つめる。言ってもいいのだろうか…。私が…。私は…。

 

「私は…私は…あう…」

「落ち着いて言い。うちはいつまでも待ったる。言え。いつまでもあんなクソッタレた奴らに縛られんでええねん。何もないんやったらこれから詰めていけばええ。お前にはこれから無限の可能性があるんや。せやけど、間違うたらお前はもうそこで死んだと一緒や。さあ、言え翔鶴。娼婦なんか?それとも誇り高き五航戦か?」

 

カシャーン…と何か自分を縛り付ける何かが壊れる音がした。胸に『炎』が宿ったような気がする。違う…私は…私は人間の欲望を受け止めるだけの人形じゃない!!勢いよく立ち上がり、龍驤を睨みつけるかのようにして大きな声を出した。

 

「私は!私は…!人間にいいようにされるだけのおもちゃでも、人形でもない!!!!私は翔鶴!!!誇り高き五航戦!『翔鶴型航空母艦一番艦 翔鶴』の魂を受け継いだ艦娘、翔鶴です!!!!!」

 

ボロボロと大粒の涙を流し、しゃくりあげながらも、大きく。そして誇らしげに名を名乗った。

 

「…よう言うた。そうや。お前はあの誇り高い五航戦なんや。せやから、その誇りを捨てて深海棲艦になるやなんてアホなことは絶対したらあかんねん。お前はこれから、この鎮守府で。迫りくる深海棲艦からこの国を、人を、海を。そして、同じ五航戦の妹を守ればええんや。そのために、強くなればええ。お前はまだ海にも出たことがない雛や。せやけどな、うちが徹底的にサポートしてお前も。瑞鶴も。世界のどこの艦娘にも負けん最強で最高に美しい鶴にしてはばたかせてみせる!そのために、逃げんな。何かあったら、司令官なりうちに頼れ。見とれ、最強の五航戦姉妹にしたるからな!!」

「はい…はい!!よろしく…お願いします!!」

 

「よっしゃ。よっしゃ。…せやな。今は泣け。泣いて全部吐き出し…ようがんばったわ、翔鶴…あんたはほんまに頑張った」

「うう…うわああああああ!!!!」

 

泣き崩れていた翔鶴をそっと抱きしめ、頭を撫でる龍驤。その時の温かさは、翔鶴にとって初めてのことであった。色褪せた灰色の世界が消える。そこには龍驤の着ている燃えるような真っ赤服の赤。月の美しい銀色が見えた。そして、温かさを感じ、胸が熱くなり、しばらく翔鶴は泣いていた。金色の月と龍驤だけがそれを見ていた。

 

/執務室

 

「翔鶴姉…大丈夫かな、提督さん…」

「心配ない。龍驤姉ちゃんがいるからな。普段はいい加減だけど、こういう時に頼りになる」

 

不安そうに窓から港を眺める瑞鶴と、座って待つ玲司。どこかへまた行ってしまった翔鶴を心配する瑞鶴。拒否したとは言え、大事な姉。不安だった。どこかで沈んでしまったんではないかと…。

 

コンコン。と控えめにノックが聞こえたかと思ったが、龍驤がそれを無視して入る。

 

「はよ入りいや。遠慮なんかいらんやろ」

「姉ちゃん、ノックしてんだから…」

 

「ええやん、うちと玲司の仲やろー?」

「まあ、そうだけどさ…」

 

「……翔鶴姉!!翔鶴姉…ごめん…ごめんね…本当に、いつも私を守ってくれてたのに…」

「瑞鶴…私こそ…あなたのことを何一つ考えずに…ごめんなさい。私、今度は海であなたを守れるように。二人で出たなら二人一緒に帰れるように。守るように…頑張るから…」

 

「翔鶴…ねえ…うん…」

「だから、また私と一緒にいてくれるかしら…?」

 

「当たり前だよ…当たり前だよ…!!私には、たった一人のお姉ちゃんなんだもん!私も頑張る!一緒に、がんばろ!」

「瑞鶴…ありがとう…ありがとう…!」

 

「うん!翔鶴型航空母艦の力、見せてあげようね!!」

「ええ…!そして…提督。申し訳ありませんでした。提督にあのようなことを…罰ならどのようなものでも受けます。どうぞ、何なりとお申し付けください…」

 

「……わかった」

「て、提督さん!」

 

「翔鶴。お前を今後。横須賀鎮守府の空母代表に任命する。如何なる場合もお前が空母の代表だ。鎮守府のみんなのために、海から、空から。みんなを守れ」

「提督……。わかりました。翔鶴、謹んでお受けいたします。恥にならぬよう、懸命に腕を磨き、提督のご期待にお応えいたします…!」

 

「ああ。翔鶴と瑞鶴はしばらく、龍驤姉ちゃんに空母のいろはを教えてもらうようにするから。見せてやろうぜ。横須賀の五航戦。これこそが最強ってな!」

「はい!必ずや!」

「うん!任せてよ!!」

 

「うちの教育は厳しいでー?はよついてこれるようにしてや?」

 

しばらく翔鶴と瑞鶴は抱き合って泣いていた。その翔鶴の目にはもう狂気はない。ようやく、翔鶴は狂気から解放された。しばらくの後、横須賀鎮守府の五航戦の二人は空母最強の名をほしいままにする。

 

「いやー、うまいこといってよかったわぁ。めっちゃきついこと言いまくったからひやひやしたわ」

「姉ちゃんのことだから何とかなると思ってたよ…ありがと」

 

「んー、ええんやで。もっとほめてほめて♪」

「ま、明日はまた賑やかな晩飯ができるかな」

 

「あ、それやったらがんばったからお好み焼きにしてえや!豚肉たっぷりでよろしく!玲司の豚玉は最高やでなー♪」

「あれ?前はげそ玉がいいって言ってなかったか?」

 

「せやった?何でもええやーん!とにかく玲司のお好み焼きが食べたいのん!」

「えー、何それ!私たちも食べたい!ね、翔鶴姉!」

 

「そうね…とても気になるわね♪」

「へいへい、わかりましたよ」

 

「やったー!ありがとう龍驤さん!」

「ええねんええねん!あ、うち焼きそばもちゃんと乗っけてや♪」

「あ、いいな!瑞鶴も!」

 

「私もお願いします…」

「だー!姉ちゃん後から注文追加すんな!」

 

執務室に3人の笑い声と、ぶつぶつ文句を言う声。翔鶴の心は今夜の月夜のように雲一つない、とても晴れやかな気分だった。

 

 




翔鶴編終わりましたー。バッドエンドは書くと僕も病んでしまうのでハッピーエンドで…。

次回はちょっと戦闘パートでも試しに書いてみようか…と考えています。

次回も読んでいただきましたら嬉しいです。

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