何と遠路遥々、七原提督と涼風は電車でやってきたと言う。そもそも七原提督はハンドルを握らせると人格も運転もヤバいと言う理由を涼風から聞いた玲司。
「自転車相手に『車線に出てくるなって…私言わなかったっけ!?』とか言ってこええのなんのって…あたいや初霜、それから伊勢さんに車運転すんなって止めたんだよ。だから電車なんだ」
「す、涼風ちゃん!わたしの話はいいんじゃないかなぁ!?」
「だってさ、あたいマジで死ぬかと思ったんだぜ!?」
そんなケンカめいたことを玲司の車の後部座席でやっている。玲司は翔鶴を連れて横浜まで2人を送ろうと思っていた。七原提督は手と首をブンブン振りながら大丈夫です!と言って拒否しようとしたが、前日も横浜から公共交通機関を使って鎮守府まで来たのだとか。
経費節減とうるさいなか、それではうるさく言われそうだと言うことで玲司が送ることになった。付き人が翔鶴なのは瑞鶴や五十鈴、大淀が「翔鶴とどうせだから遊んでこい」と超強引に翔鶴をお供に抜擢。翔鶴もわけがわからないまま、松子のお店で「これを着な!」とかわいらしい服をもらったので、私服。
玲司も「みんな私服なのに制服で出かける気!?翔鶴姉とついでに遊んできなよ!」と強引に私服である。まあ、たしかに…とも思ったがそこまで目くじら立てて言わなくても…とは思うが。私服で街をうろつくと、ただでさえ艦娘がいる、と言うことで涼風も一応私服。ボーイッシュな服がよく似合う。
「あ、ありがとうございました!わざわざ!ご飯にお泊まりのお部屋もすごい豪華で…!ほんと!ほんとにありがとうございました!!」
「いえいえ。また遊びに来てください。また何か増えてるかもしれませんけど」
「また来るよ!あのお風呂がたまんねえの!ありがと、三条提督!」
駅の改札でひたすらペコペコやってるし、隣には綺麗な濃い青色の髪の涼風。とてもよく目立ってしまう。涼風に背中を叩かれてひゃあう!と変な声をあげながらホームへと向かっていった。
「さて、これでフリーだな。せっかくだ、瑞鶴や大淀達に遊んで来いと言われたし、どうすっかなぁ」
「ふふふ、お疲れ様でした。瑞鶴ったら本当に強引なんだから…でも、せっかくですから…」
せっかくだからと言っているが、実はこの状況をとても喜んでいる翔鶴。なんだかんだで玲司は激務だし、自分は艦娘。お互い、少し前に思いを明かして好き同士。ゆっくり2人きりになる時間がさっぱりなかった翔鶴にとって、これは絶好の機会だった。
「翔鶴と2人になる時間、全然なかったもんな。ごめんな、あんまり構ってあげられなくて」
「ふぇえ!?そ、そんな!わた、わたし、私は…その玲司さんは忙しいですし…」
「いや、俺たち恋人同士なんだからさ。俺だって翔鶴に甘えたいときもあるんだよ」
「あ、あう…あう…」
突然の恋人同士、自分に甘えたいと言う言葉に翔鶴の顔が赤く染まる。先制雷撃、直撃。一気に何を言おうか忘れてしまった。玲司はそんなことはお構いなしにさらに続ける。
「うん、やっぱり翔鶴とデートしたいな。横浜をブラブラしていきますか。遊んで来いって言われたわけだし、羽伸ばそうぜ。なっ!」
ニカっと笑って玲司が手を差し出してきた。その手を、恥ずかしそうに取る。玲司の手は大きく、温かかった。隣に並んで歩き出す。その瞬間、翔鶴の胸はもうこれだけで幸せでいっぱいだった。自然と笑みがこぼれる。
自分は玲司に愛していると言われてから、遠くで楽しそうに料理を作っている姿。雪風たち駆逐艦と楽しそうに遊んでいる姿。執務室で真剣に仕事をしている姿。どれを見ても、自然と笑顔になる。彼も自分と目が合うと柔らかい笑顔を見せてくれる。それがたまらなく嬉しい。ずっと側にいなくとも、ふと目が合うだけでいい。時々側にいられればそれでいい。
「乙女!!そんなわけないでしょ!?提督さんとラブラブしたいんでしょ!?五十鈴のラブラブマンガ読んで提督さんとこうしたいって妄想してんでしょ!?」
そう瑞鶴に言われた。違うなんて言えるはずもなく。はい、そうです。と素直に返し、ずっこける瑞鶴。もちろんだ。お出かけもしたいし、マンガであったように夕陽を眺めて今一度愛を囁き合いたい。夜は一緒の布団で温もりを感じて安心して眠りたい。彼と一緒に眠ったら、悪夢でうなされることもないだろう。
「じゃあ今度提督さんが出かける機会があったらデートしてきなよ!松子おばさんにかわいい服もらったんだしさ!」
それはいつになるやら…と思っていたら案外早くその機会は巡ってきた。瑞鶴と五十鈴にやいのやいの言われながら慣れない私服を着て、これまたちょっとかわいいカバンを下げて。村雨にはお化粧までしてもらって。全部松子さんからもらったものらしい。あのお店は大丈夫なんだろうか…。
化粧も服も出かける前に褒められた。一発で化粧してるなって言われた。きれいだな、と言われた。開幕航空戦、制空権喪失。デート開始の開幕雷撃も直撃し、もう何が何だか胸がいっぱいでわからなくなってきた。でも、デートはやっぱり楽しまなきゃ。せっかくの2人きりなんだもの!
/横須賀鎮守府
「あー、提督さんと翔鶴姉、うまくいってるかなぁ?」
「どっちも超がつくほどの奥手だもの。きっと2人でカッチカチになって歩き回ってるんじゃない?」
「わかる。きっと手も繋がずに手足揃えて歩いてたりして!」
瑞鶴と五十鈴が玲司と翔鶴のデートはうまくいっているだろうか、と言う会話をしている。2人が言うように彼らは超がつくほど奥手であると思っている。きっと2人揃ってカチカチになって帰ってきそうな気がしてならないとぷーくすくすしていた。少し前もわざわざ隣同士で座って夕飯を食べていて、コロッケにお互いの箸がぶつかっただけでシュバッと箸を引っ込め、2人してどうぞどうぞ。いえ、そっちが、いやそっちがと恥ずかしそうに譲り合っていたな。結局夕立が取っていってしまったが。
「結局なーんにもデートらしいデートをしないで帰ってきそう。ぜーったいどうだった?って翔鶴姉に聞いても覚えてないって言いそうだもん!」
「ま、それはそれでおもしろいからいいわよ。ふふっ、早く帰ってこないかしら!」
「あら、先ほど提督からお電話があって、遅くなるから夕飯は任されたわ。うふふ、どうせなら朝帰りしてきてもいいのに…翔鶴さんにいろいろ聞かなくっちゃ!」
間宮がにこにこしながら、何だかほくほくした顔で晩ご飯の支度を始めている。瑞鶴と五十鈴が2人顔を合わせる。なんと、夕飯前までに帰ってくるだろうと思っていたら夕飯はいらないと言い出すじゃないか!これはますます帰ってくるのが楽しみだ。
「翔鶴さんも安心して心を委ねることができるようになったのねぇ…よかったわぁ」
「それは、うん…そうだね…提督さんに襲いかかっちゃったこと、今でも忘れられないって言ってるからね」
「あいつから一番ひどい目にあっていたものね。女として」
「毎日毎日…提督さんがお風呂を解放してくれたとき、翔鶴姉に付き添ってお風呂入るとさ、内出血するまでずっと体を洗うんだよね。背中を洗うの頼まれたんだけどさ。きれいになったよって言ってもまだって。血が滲んでるのにまだ」
「…………」
「汚い。汚い。そうブツブツ言いながら…ずっと。あの時の翔鶴姉の目、ほんと怖かった。今は全然だけど…」
「それをこの短期間で変わった翔鶴さんは、よっぽど提督がお好きなんですね」
「扶桑さん!?」
「うふふ、わたしも女ですから…親しい方の恋の行方を応援したくなるじゃないですか」
扶桑が加わり、より提督と翔鶴の恋の行方に話の花が咲く。と言っても茶化すためではない。全ては翔鶴に幸せになってほしい。それだけだ。優しく、誰にでも平等で。戦闘時には勇ましく空を守り、攻める空母のリーダー。悲惨な過去を乗り越えて幸せに向かって前へと進む彼女。それを支える玲司の存在が大きい。2人で支え合って幸せになってほしい。そう思っていた。
「案外、とてもらぶらぶで街を歩いているかもしれませんよ」
「まっさかー。あの翔鶴姉だよ?」
「女はいざと言う時、大胆になるもの…と本で読みました」
「それ、摩耶の本ね。え?じゃあ大胆って…あの本の最後って……」
しばし3人で目を合わせたのち、きゃー!と叫び合う。そう、その最後は2人が…。
/横浜 中華街
お腹がすいたと2人の意見が合い、玲司と翔鶴は軽く食べようと言うことで中華街にやってきていた。手をしっかりとつないでいる。それも指をも絡ませて、いわゆる恋人つなぎだ。銀色の髪に美しい容姿。翔鶴は道ゆく人々の視線を思い切り集めていた。
何あの人すごいきれい。
美人だ。
外国の人?
その言葉と視線に、以前の翔鶴なら恐怖のあまり気を失っていただろう。時折感じるなめ回すような視線。そのねっとりとした視線はかつての男たちを思い出す。たまらなく、怖いと思う。そうして握った手にも力が入る。そうすると玲司が指と指の間に自分の指も絡めてしっかりと翔鶴の手を握ってくれる。
「玲司…さん?」
「大丈夫。陸でなら俺が翔鶴を守るから」
そう言って笑ってくれる。それだけで翔鶴の心から奴の下卑た顔が消える。恐怖も和らいでいく。翔鶴はちょっとだけ力を込めて手を握る。あなたの手を離したくないから。あなたの温もりと優しさを感じたいから。
ふふ、と嬉しさと恥ずかしさで玲司を見て笑うと…どこからかグゥ…と気の抜ける音が鳴り響いた。玲司が苦笑いを浮かべる。
「ははは…お腹すいたな」
「そうですね…ふふ、私もお腹が空きました」
「じゃあ、何か食べにいくか」
「はい!」
そうして今、中華街を歩いている。食べ歩きなんていいのかしら?と思っていたが、いろいろ目移りしてしまって肉まんが気になる…この小籠包ってなんだろう?おいしそうな匂い、喧騒に包まれた街。見ていて楽しい。留まっていたくない。そうして肉まんを買って街を歩く。1人ではいろいろ食べ切れないので2人で半分こにしたりして歩く。
「玲司さん、半分食べました。半分どうぞ」
「さんきゅ。じゃ、いただくよ」
「……あ、あーん」
「ん…?」
「で、ですから、あーん…」
「おう…あ、あーん」
「おいし?」
「うん、うまいな」
デートでこうするといい、みたいに読んでたマンガで見たことがあるのでやってみた。人前でこういうのをするって、マンガで見るのと全然ちがう。すごく恥ずかしい…。でも、楽しい。嬉しい。自然と笑顔になる。玲司も笑ってくれる。全てが輝いている。
「小籠包、これがまたうまいんだな。んぐっ!?あちゃちゃちゃちゃ!!!」
「大丈夫ですか!?お茶!」
熱かったらしく、思い切り火傷してしまったらしい。翔鶴が差し出したお茶を一気に飲み干す。
「ぶはぁ!あっちぃ!」
「もう、熱いから気をつけてって言われてたじゃないですか」
「いやぁ、うまそうだったからさ」
「ふふ、もう…玲司さんったら」
「はは、失敗失敗。翔鶴は気をつけて食べるんだぞ」
「まるで雪風ちゃんや夕立ちゃんみたいに言わないでください!」
もう!と頬を膨らませて怒る。子供っぽい怒り方に笑ってしまい、余計怒らせてしまった。手を合わせて謝り倒して何とか怒りを収める。最後には笑っている。こんな子供っぽいところもあるのか…かわいいな、と玲司は思った。
「翔鶴!翔鶴!」
玲司が目を輝かせて指差した先は、チャイナドレスを着ることができると言う写真館。つまり、それは…
「ええ!?私が着るんですか!?」
「そりゃそうだよ!翔鶴のチャイナドレス着てるところ見てみたいなぁ」
「だ、ダメです!私なんてそんな…!う、ううう!」
顔を真っ赤にしていやいやと繋いでいない手で顔を隠すが…玲司はにっこり笑っている。あ、これは逃してくれない笑顔だ。
「私に…似合いますか?」
「似合う似合う」
「笑ったり…しませんか?」
「しないしない」
「も、もう…しょうがない人…瑞鶴に見せたりしないでくださいね」
「やったー!」
子供のように喜んで中に入る玲司。ほんと、子供なんですから…と思うも笑う。この人は本当に飾らない。素直だ。うきうきしながら自分にはどれが似合うだろうかと真剣に選んでいる。
「丈の短いのはやめてくださいよ!?」
「わーってるって!」
丈の長いのを選んでいるようだが、横は…?横から足が丸見えじゃない?う、うーん、あれもダメこれもだめではいけないとは思うけど…。え、ええ、そんな色派手で…。
「これだ!!」
玲司が持ってきたのは真紅に金の刺繍が美しいチャイナドレス…。仕方がない…覚悟を決めて更衣室へその服を持っていく。
待つことしばらく。玲司希望のチャイナドレスに着替えに行った翔鶴を待つ。現れた翔鶴はシニョンをつけて、真紅のチャイナドレスを着た美人。恥ずかしそうに足元を気にしつつ、もじもじとしている。
「きれいだな」
「ありがとうございます…」
普段見ない姿に思わず見惚れる。髪をおろした翔鶴もいいが、こうしてお団子にした翔鶴もいいな。スラッとしたきれいな足。スタイルは抜群で、誰もが振り返る美しさ。純白の鶴。
「いやぁ、よくお似合いですよ。私、艦娘を撮影するのは初めてですよ!最高な1枚を撮らせて頂きます!さ、お連れ様もご一緒に!」
「え、俺も?」
「玲司さん、一緒に…」
「ん、んん…わかったよ」
「さ、いきますよー!はい、チーズ!!」
出来あがりの写真を見ると、翔鶴は恥ずかしそうだけど笑顔だった。玲司は緊張していたらしく顔が引きつっている。
「うふふふふ!玲司さんったら!」
「写真撮られんのは苦手なんだよ…」
大きく笑う翔鶴。そんな翔鶴を見るのも初めてだ。口を押さえているが、そんな大きな声で笑うところがかわいらしかった。玲司はちょっと膨れっ面をしながらも、翔鶴の笑顔を見ていた。そんな彼女と…ずっと一緒に、いたい。
ムスッとしているけど、怒っているわけじゃない。この写真の顔は恥ずかしいみたいだ。ふっ、と笑う。いつもの優しい笑顔。子供のようで。でも頼りがいがあって。私を支えてくれる。そんな彼と…ずっと一緒に、いたい。
………
中華街を堪能し、次はちょっと休憩しよう、と言うことで海を眺めて休憩。お茶を買い、ベンチに腰掛ける。
「よかったなぁ、中華街。いいところだった」
「でも少し、人が多くて疲れちゃいました」
「ああ…そっか…そりゃ、ごめん…」
「あ、いえ!いいんです!おいしいものがいっぱいでしたし、いろいろといつもの商店街では見れないものがいっぱいで新鮮でした。それに…」
「それに?」
「あなたが守ってくれるって言う言葉…信じていましたから」
玲司の手を取り、少しだけ力を込めて握った。やっぱり、彼の手は温かい。安心する。鎮守府でもみんなに見つからないように中庭で海を眺めて手を繋いでいたこともある。どうしても鎮守府では2人きりになれないから、こんなゆっくり手を繋いでのんびりすることはできなかった。みんなに見られるのもなんだか嫌だったし。特に、キャッキャと冷やかしてきてうるさい姉。師匠。
あちこちにあるベンチには自分たちのようなカップルもいれば、子供とソフトクリームを食べる親子、運動をしている人。のんびりとした自分の時間をそれぞれ楽しんでいる。
「平和ですね…」
「ああ。こうして平和に過ごせるのは、翔鶴や瑞鶴。艦娘のおかげだ」
「いえ、私たちは提督の方々のおかげで戦えるのであって…」
「いいや、戦っているのは翔鶴だ。この国を守っているのは、艦娘なんだよ。俺たちじゃない。安久野は自分たちが守ってやっていると言ってたみたいだな。だけどどうだった?その最期は」
あっとなった。単身で海に出て、なす術もなく…海の藻屑と消えた。艦娘がいなければ人は深海棲艦から身を守る術が何一つないのだ。合流場所へ逃げたはいいが、駆逐艦。吹雪達の力及ばず、安久野とその仲間は殺された。吹雪は練度が出撃をほぼしていなかった為に低く、最低練度のようなものだったし、経験もない。艦娘がいれば大丈夫と言う提督にあるまじき素人判断だった。
「だから、こうしていられるのは艦娘のおかげだっていつも言ってんだけどな。ま、そんな暗くなるような話はやめよう。せっかくのデートなんだしさ」
「は、はい…」
ポッと翔鶴の顔が赤く染まる。デート。2人きりのデート。そんな言葉をストレートに言われるのは慣れていなかった。恥ずかしさをごまかす為にちょこちょことお茶を飲んでは顔が熱くなるのをこらえていた。本心は…えへへ、デート…と非常に乙女であったが。
しばらく談笑をしたあと、さらに別の公園へ行き、そこでソフトクリームを食べる。象のような形をしていてかわいい。時間が過ぎ、夕陽が沈む。海に立って見る夕陽。母港で眺める夕陽とはまた感傷も違う。空を見上げないといけないくらい巨大なビル。その巨大なビルの海に沈む。それは海に沈む夕陽とは全然違う。
「すごい…大きな建物ですね」
「大淀なんかは見慣れてるだろうけどな。翔鶴は外に出たのは商店街だけだもんな」
「ええ…きれい…こんな夕陽を見るのも…いいですね」
「だろ?小さい時、父さんと母さんと、妹と。何度か連れて来られてきたんだ。だいぶ変わっちまったけど」
「へえ…」
「でも、根本は変わってない。こうして海も変わってないしな」
「でも、玲司さんの故郷は…」
「なくなっちまったなぁ。軍の前、自衛隊に父さんが入ったことで親戚も敬遠しちまって、身寄りがなくて。司令長官に引き取られて、艦娘とどっぷり暮らす生活だよ。親戚なんざ会いたいって思ってねえし」
身寄りのない人。家族との死別。そして龍驤と明石から聞いた、玲司の思い出したくもない過去。
「何で俺がこんな目にあってんだろうなって思ったこともある。誰か代わってくれよって思ったこともある。でも、俺はあそこで無限にも思えるような時間を、おやっさんに助けてもらうまで過ごした。おやっさんが俺の親戚に会ってやれないかって聞いたこともある。答えは『軍人の子供なんて知らない。そっちで勝手にしろ』だよ」
だから俺は人間は嫌いだよ。と付け足した。何とか学校にも行った。俺の父は大尉だ。中佐だ。くだらない自慢。実力はからっきし。演習で選ばれた艦娘を偉そうにこき下ろし、俺が日本の将来を背負ってやるだのと、同年代の人間だって信じなかった。孤立していじめられもした。ぶん殴って総一郎に迷惑もかけた。司令長官の養子のくせに。うるせえ。艦娘をこき下ろすんじゃねえ。雑魚のくせに。
「負けてもいい。手を抜くな。全力でやろう!楽しくやろう!」
そう言って演習で集まった艦娘に声をかける玲司。俺は大尉の息子だ。負けたらお前たちはクソだ。士気が違った。大破も中破も出た。最後の一撃はこっちがブチ込んだ。勝てばさすが司令長官の子。そうもてはやされた。自分を三条玲司として見る教官も生徒もいない。荒れた。正当に評価してくれたのは艦娘だった。
「テートクのおかげで勝てたヨー!サンクス!ワタシ、初めて勝てましタ!」
腰が折れるんじゃないかってくらいのタックルを食らってめちゃくちゃ抱きつかれた。
「それがショートランドにまで無理やりくっついて行った、戦艦『金剛』だよ。最期の最期まで…俺を守ろうとして…散った。お姉さまがいくならとついてきた、霧島も。みんな、大事な相棒だった」
玲司の過去。人間を一切採用せず、妖精さんと自分と、私たち艦娘とで生活をする理由。ショートランドでさえ人は雇わなかったと言う。そのために彼は苦労している。執務、艦娘との触れ合いの時間。料理。大和が厨房でお手伝いをしているので幾分負担は減っている。みんな相棒。そう言う。
「みんな相棒だよ。今はそうだなぁ、みんなで同じ釜の飯を食う家族かな」
「家族…ふふ、いい響きですね」
「そんな中でもさ。特別な存在ってのがいるんだ。陸奥姉ちゃん達でも、ショートランドのみんなでも、金剛でもない」
玲司はまっすぐ翔鶴を見つめていつもの柔らかい優しい笑みを浮かべていた。
翔鶴。翔鶴だよ。俺の…俺の癒しだ。翔鶴がいなけりゃ、俺はもうダメだ。
「は?」
そんな声しか出せなかった。翔鶴?翔鶴って…私?
「私…が?」
「そうさ。翔鶴は俺がいなくなったらもう壊れる。そう言ってくれたよな。俺も、翔鶴がいないとやってけなくなっちった」
そう言って笑う玲司と、巨大なビルの谷間に消える夕陽がとても美しいものに見えた。手が、震える。足も震える。口が乾く。なんだって?私が…いないと…?そんなの…そんなの…!
「私だって!!私だってダメなの!そうよ!玲司さんがいないともう生きていけないの!私も…私もあなたが好き!ううん、私本で読んだことある!」
ーーーー愛してる…愛してる!!
「翔鶴!!」
「玲司さん!!」
腕を広げた玲司に翔鶴が同じく腕を広げて飛び込む。お互いに強く。強く抱きしめる。そして、夕陽を背景に…2人は長い時間。唇を重ね合わせていた。この日を玲司と翔鶴は一生忘れられないだろう。
「翔鶴。ずっとそばにいてほしい。翔鶴だから、いてほしい」
「玲司さん。私とずっといてください…あなただから…玲司さんだから!私を…離さないで…」
「誰が離すもんか。翔鶴には…ずっと俺だっていてほしいからな」
そう言って再びキスをした。日は沈み、夜がやってくる。空母が苦手な夜だったが、光があった。それだけで怖いものなんてない。
「さ、夕食にいこっか」
「え?間宮さんには…」
「言ってあるよ。今晩は遅くなるってな」
「もう…強引なんですから。もう少し…いいわよね」
2人は夜の喧騒の街を歩き出した。もう少しだけ。この2人きりの幸せな時間を堪能させてください。そう心の中で翔鶴は神様にわがままを言った。
一話きりと思いましたが思ったより長くなったのでここで。翔鶴とのデートはもうちょっと続きます。ようやく心が1つに…まあ、もっと前から繋がってたと思ってますが、正式に「恋人」となったと思います。
翔鶴との初々しいデートの続きを次回もお楽しみください。
それでは、また。