提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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優しさって何?
友達って何?
仲間って何?
ご主人様って何だっけ?

ご主人様様はぶっ殺す対象だよ。
笑うって何だっけ?ああ、私は笑顔じゃない?

え?笑顔って…何だっけ?
わかんないや。だから、笑ってよ。


第百六話

「あれれれ?潮、どったのー?」

「う、ううん…何でもないよ」

 

「あはは、変なの。そっかー。ここのご主人様はとりあえず様子見かな。潮にそう言われたらね。ねー」

 

潮を見ているようで、見ていないように思う。潮の隣、虚空を見つめて語りかけているようにも見える。笑っているが目は笑っていない。ただし、変なことをしたり言おうものならそのねっとりと…コールタールのように粘ついた視線が潮を捉え、何をされるかわかったものではない。正直、潮は今すぐ逃げ出したい。胃が痛い。

 

「漣ちゃんは…提督が嫌いなのかな?」

「うーん、ここのご主人様は好きになれるかも!ぬいを保護してくれた人だしね」

 

「ぬ、ぬい?」

「ぬいはぬいだよ。ぬいぬいって呼んでる。駆逐艦「不知火」だよ。漣のたった1人の…友達」

 

「そ、そうなんだ…」

「うん!タウイタウイから一緒!ね!」

 

「そう…なんだ…」

 

わからない。また漣は虚空を見て誰かに同意を求めている。明らかに潮ではない誰かを見ているのだ。怖すぎる。

 

「漣ちゃんとぼの、ああ、駆逐艦『曙』と…ぼろさん。駆逐艦『朧』。それからぬい、『不知火』はタウイタウイから一緒なんだ。仲良しカルテットー!ってね。潮がいるから第7駆逐隊が結成できるね!キタコレ!」

 

「え、えっと、曙ちゃんと朧ちゃんは…」

「死んだよ。タウイタウイの提督の命令で、大破してるのに進撃してね。馬鹿だよねー、ダメコン積み忘れちゃってたからぼのは戦艦の砲撃でドッカーン!ぼろは空母の爆撃でグチャー。ウゲーって感じ。もうどっちもぐっちゃぐちゃ。ご主人様、これがぼのです。これがぼろですって、ぼののかろうじて残った腕と、ぼろの肉片持って帰って机にぶちまけてやった」

 

震えが止まらない。漣から張り付いた笑顔が消え、無表情で語り出した。じゃあ、じゃあ…。虚空と思った先にいるのは…朧と曙…なのだろうか?虫が全身を這うようなゾワゾワとした嫌な感触に鳥肌が立つ。だが逃げるわけにはいかない。それこそ何をされるかわからない。潮は震えながら漣の話を聞く。

 

「でもさでもさ!帰ってきてくれたんだ!潮の後ろに立ってるよ!いやぁ、ちゃーんと腕とか持って帰ってきてよかったよね!あはは!沈んだ艦娘が帰ってきたー!ってご主人様に言ったのに、このプリティな漣さんを頭がおかしいだなんて、ねぇ?ねー、潮、聞いてる?」

 

ドロリ…と潮に視線が戻る。ひっ!と言ってしまったが聞こえていないようだ。

 

「き、聞いて、るよ」

「鹿屋のご主人様も頭おかしいんじゃねえかだって。頭イカれてるのはそっちだよ!ぼのとぼろはいるのにね!」

 

「う、うん…それで、不知火ちゃんは…」

「あー、ぬいぬい?ぬいぬいは漣のマブダチだよ。ぼのとぼろが沈んだ時に生き残った駆逐艦ズってことで!どんな敵も漣たち4人がいれば問題なし!これで潮が加われば無敵だね!もうマジメシウマ!」

 

「そ、そうだね。でも…提督は殺したらダメだよ…」

「えー!?なんでー!?まあ、タウイタウイのご主人様は失敗したし…鹿屋のご主人様は別にひどいことしなかったし…でもさ、どうせみんな最後には漣たちを沈めるんだよ。だったらやられる前にやれじゃない?」

 

「提督はそんなことしない!」

 

大きな声で反論をする潮。潮はまだ期間は短いが知っている。この鎮守府の出来事も。昔からいる時雨や村雨、雪風達。村雨に顔の傷のことを聞いて教えてもらった、自分が大号泣した話。村雨は「いーのいーの!気にしてないから!」っていたが…聞いて後悔はしていない。

 

「潮ちゃんも大切な村雨達の仲間だからね。潮ちゃんはこんなことにならないから。もう、絶対ないって思ってるから、今の提督はそんなことしないです!」

 

古参の村雨が言うなら、と信じている。初対面で悲鳴をあげちゃって失礼なことをしちゃったけど、笑って許してくれて…いつも練習でクタクタになって食堂へ行くと…。

 

「お疲れ、疲れたろー。はちみつレモンっって言って疲れにきくのあるから食べな」

「おっし、今日は頑張った潮のリクエストを聞こう」

 

そう言って優しくしてくれる。他の駆逐艦の子やみんながワイワイと提督と雑談し、笑ったり怒ったり忙しい。けど、本当に楽しい。ここに生まれてきてよかった。そう思えるから。殺すだなんて協力は絶対にできないし、止めなきゃ。

 

「わっかりましたー。潮がそこまで言うなら様子みるね。ただ…少しでもおかしなことしたらぶっ殺すから。ぼのもぼろも言うんだ。早く殺せって。あんなクソ提督って」

 

「ほんと、なのかなぁ、それ…」

「何?ぼのとぼろを悪く言うの?それちょっとカチーンとくるんだけど」

 

「え、えっと…潮には、曙ちゃんと朧ちゃんのこと、見えないし…声も聞こえないし…潮には漣ちゃんが言ってることがわかんないよ…」

「まーたまたご冗談をー!あははは!ほら、そこで笑って立って……笑って…」

 

空を指差す漣。その目は泳いで…ギョロギョロと…手は震えている。漣には、いったい何が見えているのだろう?潮にはわからない。しかしまずいことを言ってしまった。しかし…。

 

「なんで……ってんの…どうして…ってくれてないの…?」

「漣ちゃん?」

 

「う、ううううう…ひひ、ヒヒヒヒ…ってよ……笑ってよぉ!!」

「漣ちゃん!」

 

狂った笑い声を浮かべ、頭をかきむしり出した漣。腕を取ってやめさせようとしたが潮の力では止められなかった。どうしよう…どうしよう!?

 

そう困っていた時にガチャリとドアが開いた。漣と同じようなピンクの髪の少女。その姿を見るやピタリとかきむしるのをやめ、何事もなかったかのように笑顔で少女に近寄る。

 

「ぬい!!ぬいぬい!!無事でよかった!もー、心配させないでよ〜。まったく漣ちゃんがいないとぬいは…」

 

「本日をもって三条玲司様を新たな司令官と認識し、三条司令に忠誠を誓い、配備された陽炎型駆逐艦2番艦『不知火』です。司令の命により、本日はこちらで休息せよという指示を頂きましたので待機とします」

 

漣が彼女…不知火の身を案じていることなど気にもしていない様子で部屋の者、つまり潮と漣に語りかけている。不知火には…漣の声が耳に入っていない…?

 

「提督の…命令で?」

「はい。不知火は司令の忠実な駒です。休息とします」

 

「でさー、ぬいが来てくれたからもうぼのもぼろも安心してるよ」

 

とてつもない爆弾がやってきた。異質すぎる空間に潮は耐えきれるはずもない。

 

「ちょ、ちょっと提督のお話を聞いてくるね」

「………」

 

部屋の隅で正座し、潮の声も聞こえているのかどうかわからない不知火と、その置き物のようになっている不知火にひたすら話しかけている漣。もう潮は恐怖でしかない。潮はゆっくりとドアを閉めた後、泣きながら執務室へと走って向かうのであった。無理だ。でも、できるなら漣と不知火をなんとかしたい。

別のところで生まれたとしても、漣は大事な第7駆逐隊の一員。魂がそう言っている。不知火は漣の仲間。なら、どちらも助けたい。私でもきるかなぁ。提督ならきっと協力してくれる。そう信じて。

 

 

「ぬい?ぬい?」

「何でしょう」

 

事務的と言うか感情のない声が部屋に響く。漣と不知火。鹿屋、その前はタウイタウイで一緒だった2人。漣は自分と不知火が切っても切れぬ死戦を生き抜いた硬い絆で結ばれていると信じている。一方の不知火は、もはやそんなものを信じている感情などない。

 

「無事でよかった」

「司令の作戦を全うできませんでした。不知火が無事であろうと、作戦が失敗したのなら、私は無事で生還するなどと言う事自体が失態です。艦娘は人間を勝利に導く兵器です。失敗はありえません」

 

「そんなことないよ〜。人間なんてクソだよ。あんなクソ提督たちなんか…従わなくていいよ」

「司令の命令は絶対です。目的を果たしてこそ艦娘の存在意義があります。命令を遂行できないこの不知火は、不要と言われても当然でしょう」

 

「じゃ、じゃあさ!ここのクソ提督を追い払って、漣ちゃん達で艦隊を作るってどう?そしたら、不要とか、役立たずとか、そう言うのも言われなくて済むじゃない!そしたらメシウマだよ、メシウマ!」

 

「司令の存在は必要です。命令を下し、艦隊を指揮し、それを忠実に艦娘は従う。それこそが正しいものです。我々艦娘では不可能なことです。それでしたら、不知火は人間が指揮する司令のもとへ行きます」

 

「どうしてそう言うことを言うの…?私はぬいがこれ以上無茶しないように考えて!!」

「不知火は使役される存在。深海棲艦を滅ぼすことが艦娘の本懐です。無茶だとは思っていません。腕がもげ、例え沈もうと司令に勝利を。それ以外は頭にありません」

 

ギリ…と漣が歯を鳴らす。タウイタウイにいた時にそこの提督にやられたこと。

 

「あなた方は兵器です。戦い、深海棲艦を倒し、深海棲艦をこの海から廃絶することで存在する価値があるのです。深海棲艦を徹底的に、肉片ひとつ残さずに殲滅なさい。海を守り、国を守り、そして我々人間を守りなさい。人と同じ姿をしていてもあなた方と私たち人間とは違うのです。人の心など不要。人と同じ生活ができるなどと思わぬことです。行きなさい、この国、ひいては私の兵器」

 

演習や遠征、出撃。それ以外の時間はそう言ったいわゆる「洗脳」であった。戦艦、空母、駆逐艦問わず、どこにでも飾られている文字を読む。

 

一、私たちは人間ではない。

一、私たちは兵器である。

一、私たちは感情を持たぬ。

 

夢見るな。人と同じ生活など夢見るな。私たちは艦娘。人にあらざる物。ただ深海棲艦を討ち滅ぼす兵器。

 

毎日復唱させられる言葉。そうして建造されたばかりの艦娘も1週間も経たないうちに感情を消す。艦隊のアイドルを目指した巡洋艦も。できれば全員助けたいと誓った駆逐艦も。陽気に読書を楽しみたいと言っていた潜水艦も。みんなみんな、目の光をなくし、あの男の忠実な兵器となった。撃沈されても何も言わない。悲しまない。大破をしても痛いなどとは言わない。

 

泊地は静寂が支配する。皆感情を破壊されているだけに私語はない。出撃から帰ってくると空気を震わせる大きな声。先ほどの言葉を言わされている時だけ泊地は騒がしい。静寂を好み、規律を大事にするあの提督にとってはいい場所であろう。長く生きればそれだけ艦娘がほかの兵器と違う大切な物「感情」を破壊されていく艦娘を見ていくことになる。

 

漣はその中でも異質だ。洗脳に屈さず、復唱することを拒み、忠実に命令をこなし、沈もうとする艦娘を食い止めてきた。その中で沈むことを防ぐことができた数少ない艦娘。それが不知火だ。

 

「不知火と漣をセットで出さないなら毎日やかましくしますよ」

 

無視した時は徹底的に騒いでやった。あまりのうるささに、艦娘の訓戒を読ませている以上の騒がしさはいらない提督は漣と不知火をセットで出した。それでもうるさかったが。漣の大切な仲間。特に「第7駆逐隊」の記憶がある曙と朧もいた。朧は感情を壊されてしまったが曙はかろうじて自我を保っていた。漣が建造されてすぐに拒むように仕向けた。朧は仕向けたがダメだった。

 

「漣…ごめんね…」

「漣…ありがとう」

 

曙と朧は守れなかった…。撤退していれば…進撃せず撤退していれば沈まないで済んだと言うのに!!

 

「あそこで仕留めずに撤退すれば再び強大な兵力を整えていたことでしょう。あそこまで兵力を削るのに苦労したのです。今叩かずにいつ叩くと言うのですか?」

 

「その兵器を勝利のためならば簡単に捨てちゃうんですね」

 

「駆逐艦2隻の轟沈でこちらは勝利。戦艦や空母は無事。こちらの損害は軽微でしょう。長引けば貴重な戦艦空母を潰してしまうことの方が損害が大きい。違いますか?」

 

言っても無駄だ。ならば自分も口うるさい兵器を演じよう。せめて不知火だけでも守ろう。私は兵器なんかじゃない。確かに人間じゃない。なら、何だ?

 

「人でも兵器でもねえ。お前らは艦娘だ。それ以上でもそれ以下でもねえ。忘れんな」

 

そう次の提督…いや、ご主人様は言った。あまりうるさいので耐えかねたのか、漣は大破ばかりするも解体しようと言い出すと騒ぎ立てられてしまう不知火と共に大本営へと移された。

 

「へえ、こりゃおもしろそうだ。こいつらもらってくわ」

 

そうして新規で佐世保鎮守府のバックアップのために建てられた鹿屋基地に、能面みたいに表情を変えないタウイタウイのクソ提督とは正反対に性格がねじ曲がって捻り切れそうなくらい悪いクソ提督のもとへと連れてこられた。

 

「あー、うるせえ」

「テメエは指示がなきゃなんもできねえのか。ロボットじゃねえんだからテメエで考えてテメエで行動しろ」

 

ここでは胸糞の悪い変な言葉を復唱しなくていい。燃料と弾薬だけでなく、ご飯も出た。ありがたく頂いた。漣は。

 

「不知火は兵器です。兵器が人間と同じものを口にするなどありえません」

 

そう言って頑として譲らない。置いておいても一口も口にしない。提督が食えと言っても同じことを繰り返す。ため息をついて渋々提督が折れた。

 

「そうかよ、好きにしろ。その代わり、食わねえならテメエの出撃はないと思え。一生ここに座って、テメエが言う『兵器としての役割』は一生ねえぞ。ま、俺はそれでも構わねえ。いい置物ができる。お残し厳禁って貼り紙も貼っておいてやんよ」

 

何を言っているんだこいつは…と思った。不知火は戦いたいと言っているのに!

 

「ここでは俺が、あいつが言うには司令だ。俺の命令が絶対なら、絶対なんだよ。協調性のないやつを海に出すわけにはいかねえ。あいつの協調性のなさで艦隊全滅なんざ笑えねえよ。飯ひとつほかの艦娘と食うこともできねえ奴が、海でみんなで戦って戦えんのかよ?」

 

「それでもタウイタウイでは戦えましたよ?」

 

「そりゃあ艦娘が忠実なあいつのおもちゃなんだから戦えんだろ。なんも考えずにヤツの指示に従ってりゃいい。仲間が沈もうが腕がもげようが顔色ひとつ変えずに突き進み戦う気持ちわりい艦隊だ。ここではそんなんは通用しねえ。自分で考え、自分で動くんだからな。それができねえから困ってんじゃねえか、あのクソッタレんとこの艦娘はこれだから困るんだよ」

 

この男の言い方はいちいち腹が立つ。あの本当に機械のように淡々と喋る男も腹が立ったがこいつはより腹が立つ。気に入らない。人間なんてどいつもこいつも…。

 

「漣。テメエは兵器か?人間か?艦娘か?」

「何言ってるんですかー。漣ちゃんは艦娘ですよ、ご主人様」

 

そう言うとご主人様はヘッとバカにしたような笑い方をした。本当にバカにされているようで本気で腹が立ってきた。わかってんじゃねえか、と言って続けた。

 

「そうだよ。人でも兵器でもねえ。お前らは艦娘だ。それ以上でもそれ以下でもねえ。忘れんな」

「はい?」

 

「テメエらにゃあ考える頭もありゃ誰かの身を案じる心も持ってんだろうが。それを見失うんじゃねえぞ。それくらいコオロギみてえな小さな脳みそでも考えれんだろ」

 

それからこんなに会話をした覚えはない。あーうるせえ、用事思い出したからと言って関わろうとしない。しかし、不知火は大破が続く。大破をしても進撃をしようと提案する不知火とそうはさせまいとする漣と、提督の揉め事が増える。漣の希望通り、撤退をするが不知火は納得しない。むしろ撤退したことで苛立った提督は不知火に冷たい。

 

「これでスリーアウトだ、不知火。今後、この海域についてはテメエの出撃はねえ。部屋で待機してろ。クソの役にも立ちゃしねえ。いいな」

 

「わかりました。それが司令のご命令であれば。ですが、不知火より練度の高い駆逐艦はいないと認識していますが」

 

「自惚れんな。練度だけが全てじゃねえ。テメエみてえに練度だけ高くても大破ばっかりするデクとはちげえんだよ。俺の命令に従えないならテメエの出番は2度とねえと思え」

 

「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか。ご主人様、ぬいぬいは粉骨砕身で毎回頑張ってるんですよ?」

 

「余計な口出しすんじゃねえ。ごちゃごちゃぬかして意見するくらいなら、いつも心配してる相棒を無茶する前に止めて見せろよ。それをせず心配してるだけならいるだけ無駄だ。俺は面倒が嫌いだっつってんだろうが。その面倒ばっかりかける落ち度さんを止めろ。テメエも出番は落ち度さんと一緒でなしだ」

 

「不知火に落ち度でも?」

「落ち度だらけだバカ。何がいけねえかちったぁ考えろ。テメエ艦娘だろ。脳詰まってんのか?」

 

「チッ…いちいちうるさいなぁ…」

「言われたくなきゃしっかり不知火の言う艦娘としての使命を果たしてから言え漣、テメエもできてねえんだからよ」

 

追い出された。不知火は命令と出撃がないとひどくストレスになるらしく、ガリガリと爪を噛む癖がある。命令が長いことでないと血が出るまで齧っている。そのうち指が骨になるまで齧っているのではと思う頃、出撃命令が下る。そしてまた大破を繰り返す。そのたび、生気のない機械的な目でじっと提督を見つめている。そして今回、鹿屋基地を追放され、横須賀鎮守府へとやってきた。山城と共に。

 

「ここでも出て行けって言われたらどうしようね。まったく困ったよねぇ」

 

漣は話し続ける。生気がない目と不知火のことを言うが、漣もまた生気のない目で壁に話しかけるかのように、話しかけても何の反応も示さない不知火に語り続けていた。不知火は壁を見つめながら爪を噛み始めていた。

 

 

「マジか…それめっちゃやばいな…」

「うーん、それってすっごいヤバいやつじゃない?」

 

泣きながら執務室にやってきた潮だったが、玲司はおらず、なぜか提督の座る椅子に座っている龍驤と川内しかいなかった。体調不良で代わりに話を聞くと言うことだったので漣と不知火の顛末を話した。あの空間にいては胃に穴が空く。

 

「漣は違うけど間違いなくタウイタウイの大府の仕業や。あいつ、自分に忠実な人形作るん大好きやから」

「沈もうが何だろうがお構いなし。『氷の提督』大府提督。演習でやったこともあるけど、マジ不気味。感情がないからやりにくいのなんのって」

 

「まあそれはさておき、朝潮…荒潮の問題が済んだら今度はこれか。山城はどうなんやろな」

「扶桑さんがどうにかしてんじゃないの?うーん…」

 

「潮、お疲れやったね。潮はあの部屋行くんしばらくやめるか?」

「えっと…その…やっぱりその…不知火ちゃんも心配ですけど、漣ちゃん…漣ちゃんはやっぱり、『第7駆逐隊』としての記憶がありますから…」

 

「放っとかれへんってかー。まあせやなぁ。第8駆逐隊や第6の電と響のこともあるしな。大丈夫か?」

「…わかりません。だけど…だけど、困っている人を放っておけないんです。だから…」

 

「よっしゃ、うちらも協力できることは協力するからな。けど…無理しなや。玲司にも言うとくでな…」

「はい!よろしくお願いします!」

 

お辞儀、90度。潮は気づいていないが、雪風や名取、時雨たちの話を聞いて、自分でも何か役に立てることはないか。それを探していた。温かい、本当に毎日を楽しく過ごせているここで、自分も雪風や提督のように、困っている人がいたらそっと手を差し伸べることができる優しい人になりたい。怖がってばかりいないで勇気を出して誰かを守りたい、助けたい。そんな思いが芽生えていた。その思いはきっと自分を強くしてくれる。そう信じて。

 

「潮。人を…まあこの場合は漣と不知火か。あの子らを助けるんは…優しいだけじゃ無理やで。時に厳しく言うんも大事なことや。潮は優しい子や。優しすぎて怒ることができんかもしれん。せやけど、怒るのも優しさのうちやで。忘れたらあかんで」

 

「えっと…わ、わかりました」

「あーっと、潮。困ったらちゃんと誰かを頼るんだよ。兄さんなり、姉さんなり、時雨や…そうだね、吹雪なんかがいいかもね。吹雪はいいよ〜、あの子と雪風の優しさは底無しだよ」

 

「吹雪ちゃん…雪風ちゃん…」

「なんやぁ、えらい吹雪推すやん」

 

「みっちり目を逸らさないでおしゃべりする練習にずっと付き合ってくれたんだよ。いっつもどんだけ疲れてても、はい!お話ししましょうって。ちょっと悪いことしちゃったなぁって。眠そうにしてたりとか疲れてるの丸わかりだったから」

 

「無理させなや…あの子は何があっても笑顔で受けるからなぁ。まあ、眠いときゃ眠いってちゃんと言いよるし、嫌なもんは顔に出るからかわいらしいて、晩酌の時の話し相手に付き合うてってよう言うとるんやけど」

 

「うっわ、吹雪かわいそ…」

「あははは…龍驤さん、川内さん。ありがとうございます。きっと、漣ちゃんと不知火ちゃん、元気にしてみせます」

 

「ん、頑張って。あたしたちもいるからさ!」

「せやで、潮は一人ちゃうからな!」

 

「はい!」

 

………

 

「あー、潮もええ子やなぁ。祥鳳や古鷹、みんな。ほんま、ここ来てよかったなぁ」

「兄さんの鎮守府だからね。ショートランドもいいとこだったんだなぁ」

 

「青葉も言うとるもんな。できるなら、玲司のもとでやりたいってな。さーて、潮と…玲司とであの3人、うまくいくかなぁ」

「何言ってんの。どうせ姉さんも考えるくせに」

 

「ケッ、泣き言ぬかしたら玲司なんか蹴っ飛ばしたるわい!」

「素直じゃないんだからなぁ。ま、あたしたちも頑張りますか」

 

「おうよ。うちらも横須賀の一員やでな!ほれ、辞令きたで!」

「やったね!高雄姉さんや陸奥姉さんも早く来ないかなぁ」

 

「陸奥姉やんはやめて…」

「なんでやねん!」

 

新たに横須賀の一員に強制的にとは言えなってしまった漣たち。彼女たちの闇は深い。不安は多いが、潮ならきっと彼女たちを引っ張り上げられる。そう、なぜか確信する龍驤であった。

 




潮の決意。彼女の頑張りはきっと漣たちに温もりを与えると信じて。

一方の山城はどうなったのかを次回追いかけて行こうと思います。

それでは、また。

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