提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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冷たくていい。
甘やかさなくていい。
優しくなくていい。

艦娘と仲良くなるな。

そうすればもうあんなことになっても。悲しまなくていい。

もうたくさんだ。


第百八話

山城が市松人形のような髪型になっている頃、鹿屋基地。また机に足を乗せて鋭い目つきで何か想いにふける刈谷提督。

 

「漣ちゃん達が気になるのかしら〜?」

「んなわけあるか。うるせえの、暗いの、命令無視する奴。いなくなって清々するぜ」

 

「そうなの〜。三条提督は、アイツらと違うのよ」

「わかってるよ、うっせえな。わかってるから送ったんだ」

 

「宿毛湾の駆逐艦の子達、みんな元気になったらしいわよ。提督のおかげねぇ」

「………そうかよ」

 

(口が笑ってるわよ〜)

 

宿毛湾の実態を明かしたのは刈谷提督である。「宵闇」川内に頼み、良からぬ噂を聞きつけた彼が、金目当てにとんでもない実験をやっていると言う研究所へ朝潮達を送ったことを古井司令長官に伝えたのだ。

 

彼は彼の正義の名の下に暴行事件を起こした時点で提督を辞めてどっかで漁業でもやるか、と考えていたのだが、なおもまだ提督を続けている。その理由が「他提督の問題行動の把握」であった。なぜか、彼の下には問題を起こす提督の話が舞い込んでくるのだ。

 

散々冷たくあしらい、バカにまでして激昂されたり、関わりたくもないと言ってここから異動だ、と言われて出て行った艦娘達から。一宮提督と九重提督を高く評価しているのも、彼が異動させた艦娘からの連絡であった。実際の彼の評価はボロクソであったが。

 

「何笑ってやがる。気色悪いな」

「素直じゃないわねぇって」

 

「フン…」

「し、失礼致します…」

 

「あら〜能代ちゃんいらっしゃ〜い」

「何か用か?」

 

「あの…みんなで…ケーキ、焼いてみたんです。よかったら…と球磨さんが」

「あらあら、おいしそう♪ほらぁ、提督も食べなきゃダメよ〜」

 

「し、失礼します…」

 

能代は怯えた表情で退室していった。ちょっと崩れたショートケーキ。

 

「球磨のやつ、また余計なこと吹き込みやがったな」

「球磨ちゃんと多摩ちゃんは提督がだぁい好きだもんね〜」

 

「お前が余計なことを言うからだ。一生ついていくとまで言われてんだ。いい迷惑だぜ」

「でも、今鹿屋が回っているのは実質あの子達と…」

 

「提督!ケーキ食べた!?」

 

バァンと勢いよくドアが開かれる。刈谷提督が嫌いなやつだ。いつもいつも人のことをお構いなしにノックもせず入ってきては嵐のようにドタバタして帰っていく、龍田並みに嫌いな奴。

 

「何だ葛城。持ってきて3分も経ってねえのに食えるか」

「私と球磨さんと多摩さんとでしっかり愛情込めて作ったんだからちゃんと食べてよね!いっつもご飯食べてるのかさえ謎なんだから」

 

「うるせえな。テメエらに心配されなくとも自分で作って食ってる」

「え、うそ!?提督料理できたの!?」

 

「うふふ、これがまたおいしいのよ。一流シェフも顔負けよ〜」

「余計なこと言うんじゃねえ」

 

「じゃあ今度作ってね!」

「やなこった。間宮が作ってんだろ。それ食っとけ」

 

「えー…球磨さん達も呼ぶからさぁ」

「やめろ。めんどくせえだろうが」

 

えー…としょんぼりする航空母艦「葛城」をよそにケーキを食べる刈谷提督。黙々と。龍田もおいしそうに食べる。艦娘がまさか持ってくるとは思っていなかった。何だってこんなこと…と思うが葛城もまた、刈谷提督がよそから引っ張ってきた艦娘だ。

葛城は横須賀からやってきた。貧相な体つきと言われ、使い道がないと安久野に過度な出撃を繰り返し行われ、ボロ雑巾のようだったところを彼の艦隊が発見し保護した。横須賀の悪事は裏に大本営が黙認していると突き止めて暴こうとしたが、刈谷提督自身と、その艦娘にも被害が及ぶために渋々引き下がった。そっと沈んだことにして引き取った。

 

葛城は横須賀にいたことを覚えていない。たまたま別の海域で見つけたと処理している。過激派に目をつけられたがなんとかごまかせた。あらゆるものに怯えたが、刈谷提督が直々にカウンセリング。洗脳に近いことをして横須賀の記憶を全て飛ばした。ただ、ボロボロだったことの記憶は忘れたフリをしてうっすらと覚えているため、彼に感謝して葛城は刈谷提督に何と言われようと懐いている。

 

「どう?おいしいでしょ?」

「あめえ。胸焼け起こす」

 

「え〜…その割にはパクパク食べてるじゃない」

「捨てるのはもったいねえからな。仕方なくだ」

 

「ふふ、そう言うことにしといてあげるね♪」

 

嬉しそうな葛城。葛城は知っている。自分の提督が実は甘党でいろんなお菓子を隠していること。時々龍田から球磨に手渡され、駆逐艦のおやつになっていることも。彼は心底不器用で優しさを上手に伝えられないこと。艦娘なんか好きじゃねえよと言うけど、そうして大事にしてくれているのだ。

 

刈谷提督の考えを知っている艦娘は龍田、球磨、多摩。そして葛城と、鹿屋基地の艦娘のリーダー的存在、長門くらいしか知らない。長門は大人な対応だ。刈谷提督の嫌味から情報を汲み取り、球磨達のように提督には必要最低限しか話はしない。長門が刈谷提督と仲良くしているともなると、この基地の秩序が崩壊しかねない。

球磨達は提督と仲良くしているが、艦娘と仲が悪いわけではない。球磨曰く「さすがに誰も提督のとこに行かないとなると運営に支障が出まくるクマ。しょうがないから用事を聞きに行ってやってるクマ」とのこと。実際はおやつを集りに行ったり、雑談をしに行ったりなのだが。球磨や多摩には艦娘達は申し訳ないと言う気持ちが強いが、気にするなクマと笑っている。

 

「あ、そうそう。さっきメールが来ててね。タウイタウイから。内容は『伏龍をお返しします』って」

 

葛城が何気ない会話のように葛城が言うが、その言葉に龍田の表情が変わった。刈谷提督もケーキを食べながら軽く舌打ちする。

 

「……バレたか」

「さすがねぇ…大府提督。ほんと、ムカつくわね〜」

 

「ちょちょ…龍田さん落ち着いて…私のお気に入りのフォークが曲がっちゃう…」

「で、いつだ」

 

「え?」

「そのメールが来たのはいつだ。さっきか」

 

刈谷提督が葛城を睨みつけるように見ると、葛城は目をそらした。

 

「何日前だ。そのメール」

「え、ええっと…さっき…だよ」

 

「嘘つけ。本当なら目を見て言え」

「うう…ごめんなさい…実は5日前…」

 

立ち上がると葛城の頭を軽くはたいた。いたっ!と非難するが、反論はしない。

 

「テメエ何回目だ。メールは毎日こまめにチェックしろっつってんだろうが。忘れんならオラ、デコ出せ。マジックで書いておいてやるからよ」

「いやああ!ごめんなさい!許して!」

 

「ったく…チッ…めんどくせえな。葛城、球磨と多摩に伝えろ。飛龍が帰ってくるってな」

「う、うん!」

 

「メール見逃したから俺の飯はなしだ。いいな」

「うー…しまったぁ…」

 

しょんぼりしながら出て行った。はぁ…とため息をついた。

 

「飛龍ちゃん、大丈夫かしらねぇ」

「………」

 

「心配じゃないの〜?」

「うるせえ。黙ってろ」

 

空母「飛龍」。葛城と一番仲がいい空母。彼女は中破した状態で艦隊から落伍し、仲間を探していたところ、たまたまタウイタウイの艦隊に出会い、助けを求める()()をしたのだ。そうしてタウイタウイ泊地に潜入し、情報収集を任せたのだった。

 

 

「ダメだ。そんな話、お前に任せられるわけがねえ」

「でも!この基地を潰そうとしているなら放っておけません!」

 

「でも、飛龍ちゃんが生きて帰ってこれないかもしれないのよ〜」

「ま、潰れたら潰れただ。気にするこっちゃねえ。お前らはまとめて横須賀、大湊、幌筵行きだ」

 

「嫌ですね。私の提督は提督だけです。どこへ行こうと一生ついていきますよ」

「変わったやつだなお前。俺のここでの評価は知ってんだろ。処刑者呼ばわりだぞ。笑えんだろ」

 

「……私はそうは思いません」

「葛城に何吹き込まれたかしんねえけど、やめとけ。せっかく拾った命だ。テメエにゃ無理だ」

 

どうにもこちらの情報がどこかで漏れている気がしてならないと感じた刈谷提督は、どうにかこちら。「艦娘共存派」の情報を手に入れて何かとこちらの作戦の邪魔をしようとしているように思う。三条提督達の時もそうだったが、工作員が大府提督の名前を吐いたおかげでちょっとは前に進むことができたように思う。ならこちらも情報を手に入れようと思ってはいるのだが、隙がなく、思うように踏み入れられないでいた。ならばとうまいことそちらの泊地に入り込めないか、と考えていた。

 

「………」

「葛城ちゃんったらちょっとお喋りが過ぎないかしらね…」

 

「チッ、余計なこと言いやがって…まあいい。テメエらのことはどうでもいいけど、あのクソ野郎にいいように言われるだけってのもムカつくからな。おい、いいか。やるなら徹底的にやんぞ。よく聞けよ」

 

そうして飛龍が言い出して聞かなかったので行かせて約3週間弱。時間は稼げたと思う。有力な情報は手に入っただろうか。わからない。葛城はぎっちり絞られた。

 

 

しばらくして葛城に連れられて飛龍が帰ってきた。長旅だっただけに、やや疲れた顔をしているが早く報告がしたかったらしい。

 

「おかえりなさ〜い。無事に帰って来れてよかったわねぇ」

「ただいま。提督、戻りました」

 

「ああ」

「それで、さっそく報告なんですが…まず、大府提督が『刈谷提督に()()()()()よろしくとお伝えください』って言ってました…」

 

「フン、そうかよ。こっちはよろしくしてやる気なんざサラサラねえよ」

 

シュンとしながらも飛龍はタウイタウイでのことを話した。恐ろしいところだと震え上がった。艦娘全員が機械のようで、朝昼晩と艦娘は兵器であるなどと復唱し、雑談は1つもない。食事もない。轟沈前提の出撃は自分がいた時はなかった。解体は何度かあった。おそらく、必要な装備などを外した後に艦娘自体は必要がないので解体。いわゆる「牧場」はやっていた。自分は鹿屋基地はどう言った所なのかを聞かれた。ありのまま話したと言ったら提督は笑っていた。

 

「で、うちのことは何て言ってたんだ?」

「ぬるい場所ですねって…」

 

「ハハハ、聞いたかよ龍田。ナメられたもんだぜ」

「あら〜。おもしろいこと言ってくれるわね〜」

 

葛城と飛龍は冷や汗が出た。龍田の目が笑っていない。提督の目も笑っていない。提督のうすら寒い笑顔と、殺気立っているのがわかる龍田に恐怖する。葛城はタウイタウイの大府提督が死ぬほど嫌いなことは知っている。ここまでとは思っていなかった。「狂犬」の異名は伊達ではない。

 

「あ、う。その…横須賀鎮守府のことをかなり気にしているようでした」

「横須賀のね…」

 

「はい。刈谷提督と横須賀鎮守府の三条提督とは何か付き合いはあるか、とか何か協力をしようとか言っていないかって、横須賀鎮守府との繋がりを聞かれました。その辺はわからないですって答えておきましたけど…」

「それで正解だな。何か言ってましたとか言ったら解体してやろうかと思ったぜ」

 

飛龍が身震いした。提督の目は本気だった。本気で解体する目だった。飛龍には本当にわからなかったのだ。何せ提督のことは本当にわからないから。ただ、思っていたよりはひどい提督ではない、と葛城の話を聞いて思ったのだ。提督が怖いと言うのは事実だが、環境はいい。自分は刈谷提督の手で建造され、ここにいるが、よそからやってきた艦娘は布団がなかったり、食事がないところから来た子もいる。球磨や多摩の話などを聞いていると、自分のいるところは提督はさておき、恵まれているなと思っていた。

 

そこを葛城がもしかすると解体して全員離散の可能性がある、と聞いて、そこでその張本人のような存在、タウイタウイ泊地の情報を仕入れて事実かどうか確かめたいと言う話が降ってきた。居心地のいいここを壊されたくない。みんなの為に何かしたい。そう考えた飛龍が提督の無理と言う話を押し切って、タウイタウイに潜入したのであった。

 

「あらかた聞けたな。お前、もう下がっていいぞ」

「おつかれさま、飛龍ちゃん。しばらくゆっくりしていいからね〜」

 

「え、も、もういいんですか?」

「だいたい理解した。もういい。葛城、飛龍を休ませてやれ」

 

「うん、わかった」

「ああ、おい」

 

振り返った飛龍は自分に何かが飛んでくるのを咄嗟にキャッチした。何をするんだ、とちょっとカチンときたが、文句を言うと怖いので飲み込んだ。受け取ったものを見ると「伊良湖甘味引換券」の束だった。20枚くらいある。これさえあれば1枚で1つ、伊良湖の甘味が食べられる時々1人1枚もらうことはあるが、それを20枚!?

 

「て、提督!?」

「えー!?いいなー!」

 

「報酬だ。とっとけ」

「あらぁ、いいわね〜♪」

 

困惑しながらもぺこりとお礼をして出て行った。

 

「これでますます提督が白い目で見られちゃうわね〜……何が目的?ここを解体したいからってわけじゃなさそうね〜」

「ケッ、こんなとこ解体したって痛くもかゆくもねえ。佐世保のジジイが小躍りして喜びやがる」

 

「ええ。上郷提督は提督に佐世保を継いでほしいんだものねぇ」

「とっとと引退して釣りして昼寝してって人生満喫すんだってよ。矢矧が悲しむってのによ」

 

「ふふふ、あそこの矢矧ちゃん。文句を言いながらもおじいちゃんのお世話大好きだもんね〜」

「そう言うこった。解体すんならやれよ。その代わり、そんときゃ阻止もできねえまま、俺が、佐世保の提督になるかもなぁ?大府提督?」

 

机の上に置かれた小型の機械に話しかけてそのあと、龍田がそれを放り投げて薙刀で切り落とした。それは…。

 

「盗聴器なんて、ずいぶんと私たちのことを気にかけるのねぇ」

「ちげえよ。そいつは俺への宣戦布告だ。わかってて仕掛けたんだよ。まあ、俺もいい加減鬱陶しいからわざと飛龍を送り込んでやったんだ。飛龍が情報収集のために送り込まれたやつなんざ、1分で見破ったろうよ。俺は奴の泊地の情報を仕入れた。気づいてないフリして俺も奴にちっとだけ情報をくれてやった。そんだけのことだ」

 

「へえ…ずいぶんとお互い、大胆なことするのね」

「へっ、お互いやるならとことんまでやろうってこった。昔から好かねえんだ。俺が徹底的に潰して、大本営ででけえ面させられねえようにしてやるよ。艦娘使って汚え真似はさせねえ」

 

「………」

 

彼の最後の言葉は本気だと龍田は思った。口が悪く、とことん艦娘に冷たいのかと思えば、伊良湖券を渡したり、おやつを用意していたり、冷たい言葉の裏腹に隠れた自分たちを心配している言葉の数々。艦娘は嫌いだよと言いながら、絶対に轟沈はさせない。大破をすれば即撤退。高速修復材だって惜しみなく使う。彼の優しさを龍田が一番知っている。そして、彼が昔は、艦娘に囲まれて笑っていたことも。その写真の幸せそうな顔は、いつになったら私に見せてくれるのか。

 

「提督は…艦娘が好き?」

「…嫌いだよ。馬鹿みてえに真面目で…馬鹿みてえに人間に忠実な艦娘なんざ…」

 

「好きなのね」

「嫌いだっつってんだろ」

 

「素直じゃないわねぇ…」

 

………

 

「作戦は成功です。お疲れ様でした」

「人の艦娘沈める命令出してよくもまあそんな態度取ってられんな」

 

「あなたの艦隊がいてくれたからこそ、勝利できました。一隻沈んだ()()()()勝利を得たのなら安いものでしょう」

「な…に…?」

 

「では、私はこれで。失礼します」

「待ちやがれ大府!!!テメエ!人の大事な艦娘沈めた責任取りやがれ!!!」

 

「ああ、彼女ですか?ではうちで建造してお送りしますよ」

「そう言う問題じゃねえ!!あいつは物じゃねえんだぞ!!!取っ替えて終わりじゃねえんだ!!!」

 

「では装備と練度も同じようにしてお返ししましょう」

「テメエ…!!!」

 

「刈谷君!やめなさい!!」

「…………ッッッ!!!」

 

「では、後日お送りします「いらねえよ!!!!テメエのところで作った艦娘なんざ!!!!」

「そうですか。では」

 

荒れた。酒を馬鹿みたいに飲んで。意味もなく怒り散らして。あいつにとっては「一隻」の艦娘なのかもしれない。だが、刈谷提督には大切な艦娘の「一人」だった。合同作戦。指揮権は大府提督だった。刈谷提督の艦娘が1人、大破した。刈谷提督は撤退を指示したが、決定権は大府提督にあり、彼は進撃を命じた。命令違反は刈谷提督にも罰が及びますよ、と脅し付きで。散々止めたが彼女たちは逆らえなかった。結局、進撃先で彼女は沈んだ。

 

 

提督と飛龍と…みんなと一緒に。日本一。ううん、世界一の艦隊を目指しますね!だから、提督も世界一の提督になってくださいね!

 

 

そう約束したのに。彼女との約束も、海と共に沈んでしまった。世界一の艦隊。提督。全部消えた。俺は今世界一クソみたいな提督だといつも言い聞かせて。万が一また轟沈させた時が怖いから。艦娘とも距離を置いた。でも、彼女たちは守りたいから。彼女たちに嫌われる態度を取りながらも、彼女たちを守る為にいろんな手を尽くした。俺はどうなってもいい。あいつらの安全と日常が守られるなら。

 

艦娘を蔑ろにする提督をボコボコにした。謹慎処分を受けた。駆逐艦は使い捨ての盾だ。消耗が利く。そういった若い提督を病院送りにした。事態はもみ消されたが、刈谷提督には処罰が下された。クビか…まあそれもいいか。もう疲れた。そう思っていたのに。

 

「お前の艦娘への想いは知っている。俺の右腕になれ。艦娘と離れられないくせに強がるな」

 

虎瀬提督の話を聞いて、わかったと言ったら謹慎は解けた。手を色々回したらしい。そうして、彼は虎瀬提督の指示「悪事を働く提督の監視」を任され、さらに上郷提督にも拾われ、こうしてまだ提督を続けている。笑顔を殺し、艦娘に嫌われながらも、艦娘を守る為に。

 

………

 

「俺が宣戦布告を吹っかけたから、奴は必死になるぜ。目ぇ離せなくなる。そしたら、三条んとこの監視も甘くなんだろ」

「それが目的?」

 

「お前にだけは言っとくぞ。三条を潰されたら困るんだよ。アイツは俺がいなくなった後の後釜なんだよ。艦娘と共にある為には三条の存在は絶対なんだよ。その下に一宮や九重、あと新米の七原。こいつらがいればいい。この先、大府は絶対に三条を潰しに来る。司令長官や虎瀬のおっさんが今はいるけど、いなくなったら間違いなくな」

 

彼の目は真剣で、いつものやる気のない、濁った目はしていなかった。初めて見る、光の灯った、真っ直ぐな目だった。龍田の心にも光を灯す目だった。

 

「俺は見てみたい。あいつが、あいつらが、艦娘と一緒にこの先どんな困難も乗り越えて、このクソみてえな腐った海軍を変えたその先の海軍を。そのためには三条が中心になるんだ。だから、潰させたらいけねえんだよ」

「……ほんと、提督は艦娘が好きねぇ」

 

「嫌いだっつってんだろうが」

 

嫌い嫌い。彼なりの艦娘への感情表現。本当に嫌いなら自分たちは大事になんかされていない。ふわふわの寝心地のいい布団。おやつ。伊良湖を着任させてのご飯。自由時間。大破撤退。彼が鹿屋基地に来てから轟沈してしまった艦娘は…ゼロ。そんな彼だから、惚れて、そして一生ついていこうと思ったのだ。

 

自分は老いないからな…ああでも、その方が彼はずっと楽しめるか。指輪も「戦力向上のためだ。勘違いすんな」と言っていたが、大本営支給の指輪ではなく、本物のプラチナリングをもらった。

 

「龍田」

「はぁい、なーに?」

 

「お前の命、俺が預かるぜ」

「どういうこと?」

 

「これから先は出撃もだが、危険が増えるぜ。アイツはどんな手を使ってでも。殺してでも俺を追いやるだろうかんな」

「………それなら私だって、提督をお守りするわよ〜?未亡人なんて嫌だもの〜」

 

「……テメエなんざ都合の良い駒だ。妻にした覚えは…んっ」

「ぷはぁ。その言い方は禁止されています♪」

 

「…チッ。やっぱお前嫌いだわ」

「はいはい。私は好きですよ〜♪」

 

そっぽを向いて嫌いを連呼する刈谷提督とニコニコとだぁい好き♪と言う龍田。これが彼なりの愛情表現だ。本当に嫌いならここに置いておきもしない。むしろ本当に解体でもしている。龍田だけをそばに置いているのは…どういう理由かはわかるだろう。

 

「死んだら恨みますからね〜」

「あいつに一杯食わされて死んでたまるか。龍田も死ぬんじゃねえぞ」

 

「はぁい♪」

 

そう言って提督の上に座り、ニコニコと満面の笑みを浮かべる龍田であった。

 

(ほんと、不器用なんだから。死なせたりしないわ。もちろん、私も)

 

 

後日。刈谷提督はうきうきした表情で電話をしていた。ソファーで寝そべりながら球磨が呟く。

 

「呼び出されたと思ったらまーた何か企んでる顔してるクマ」

「横須賀鎮守府と共同戦線を張るんですって〜」

 

「……うわぁ、横須賀の提督、ご愁傷様だクマ」

「実際、データにない深海棲艦が現れた報告もあるしね〜」

 

「ああ、あの空母棲鬼みたいな奴か。たしかに手強いクマ。たしか、横須賀は北方海域の前にも沖ノ鳥島で新種の深海棲艦やっつけてたクマねぇ。大和もいるし。ただなぁ…こっちの提督があれだからクマなぁ…」

 

そう言っていると提督は電話を切った。心底悪そうな笑顔を浮かべて。

 

「で。オーケーしたクマ?」

「ああ。半ば強制的にだけどな。あいつはこれからちょっとした教育が必要と思っただけさ」

 

「うげぇ、それやってどれだけの提督がやめてったクマ?」

「根性なしにゃ無理だな。あいつはやるさ。そんでもって、壁なんか軽々飛び越えていくさ」

 

「ま、提督ご期待の『元ショートランドの英雄』のお手並、見させてもらうクマ」

「ああ。総旗艦は球磨、お前だ。思い切りコキ使ってやれ」

 

「了解だクマ。球磨の指揮は厳しいクマよ。ついてこれるかクマ?」

 

龍田も笑っているが球磨も悪そうな笑顔を浮かべていた。

 

「三条、大人の戦い方を勉強していけ。それが、お前が将来海軍で生きていくためにゃ必要さ」




突然ですが刈谷提督のお話でした。最悪の印象しかない刈谷提督が玲司とすぐさま共同戦線を張った意味は?まだ不知火、山城、そして漣の解決も何もできていない情態に、さらに刈谷提督からの打診。刈谷提督の思惑を知らない玲司の反発は必至でしょう。

次回は横須賀鎮守府の視点です。山城と西村艦隊のお話です。

それでは、また。

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