提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百九話

「は?ど、どういうことですか?」

『俺の補佐をやってもらうんだよ。西方海域の深海棲艦討伐のために。佐世保が今別の任務で動けねえし、新米の七原んとこはまだレベルが低すぎる。大和がいんだろ?そいつの火力がいるだろうし、お前と組む」

 

刈谷提督に怒鳴った翌日、体調は微妙に優れないが不知火達が気になる玲司は執務を再開していた。どうにも解決策が見当たらず、刈谷提督の先日の電話の件もまだ腹の虫が治らないのでイライラしていた。そんな中での刈谷提督の再度の電話に機嫌が余計悪くなった。

 

『データリストにない新種もいる。うちも艦娘が少ねえからな。穴埋めに必死だ。お前んとこのスキルアップにもなる。悪い話じゃねえだろ?俺が嫌だろうけどよ』

「………」

 

『いいね。そんなことはありませんって言ったら何言おうか考えてたけど、それでいいよ』

「……わかりました…」

 

『フッ…指揮は俺がする。時には俺とお前で分かれて行動もあるだろうけど、そん時はお前が指揮だ。細かいことは追って指示する。ま、ひとつよろしく頼むわ』

「はあ…」

 

漣たちのこともまだあると言うのに…しかし、深海棲艦が異常発生したとあればこちらもケアしつつ、と言うのも難しい。何だって漣たちを送りつけておきながら身勝手な…と悪態を吐きたくなった。

 

『三条、漣たちはどうしてる?』

「漣は部屋で待機させてます。山城は砲撃演習をしています。不知火は要望があって出撃させました」

 

『へえ、山城をねぇ。ま、うまく使え。あと、漣は不知火と出すな。トラブルになるからな。それから、不知火は首輪でもつけといたほうがいいぜ』

 

「不知火は犬でもなんでもないんですがね」

『提督の言うこと聞かねえ駄犬だ。首輪とリードつけて旗艦に言うこと聞かねえなら引っ張ってでも帰投させろ。そうでねえと、大変な目に遭うぜ』

 

「駄犬だの首輪だの、あんたは艦娘を何だと思ってんだ!」

『テメエにゃ関係ねえよ。ああ、出撃させてんだったな。帰ってくる頃にゃ俺の言ってる意味が理解できんだろ。ミミズの脳みそしか持ってねえ奴とは違うだろ?お前は』

 

「くっ…わかりましたよ!」

『へっ、それでいい。じゃ、またな』

 

ぶつりと電話は切れた。反論はほとんどさせず、自分のことはまるで聞いていない。ますます玲司の怒りのボルテージがあがる。本当に苦手な人だ。話が合わない。気も合わない。こんな人と組むのは気が引ける…。ガックリうなだれる。ノーとは言えないのでやるしかない。

 

「提督、大丈夫ですか?」

「あー、うん。しょうがねえな。大淀、チカラを貸してくれ。カリカリしたってしょうがねえや」

 

「はい。紅茶でもいれて、ちょっと休憩しましょう」

「やったー!休憩だー!……あっと…へへ、すいません」

 

「もう、霧島さんったら」

「ふふ、私もちょっと小腹がすきました。ちょうどよかったです」

 

「よーし、大淀!間宮羊羹を持てい!」

「「「やったー!」」」

 

執務室は頭脳派艦娘たちの歓喜の声があがった。

 

………

 

「あちゃー、刈谷のおっさんと組むんかー」

「みたいですね」

 

龍驤と赤城は玲司のことで話していた。明石も加わっている。ここは明石の工廠。姉妹だけの秘密の話し合いの場。主に、玲司のことが主となる。玲司のことを父に報告するためのまとめを考えたり、玲司への愚痴など様々だ。

 

「大丈夫なのかなぁ?玲司くん、刈谷提督と絶対合わないと思うけど…トラブルになりそうだなぁ」

「それが目的やろ。刈谷のおっさん、人の嫌がること大好きやでな」

 

「これは課題でしょう。刈谷提督から玲司君へ」

「課題?」

 

「この先、お父ちゃんや虎瀬のおっさんがおらんようになったら目の敵にされるで、玲司。お父ちゃんが目をかけてるって言うんと、何より大和を持っとる。嫌がらせされるんは間違いない。現に、北方海域でいらんことされたやろ?」

 

「もう、姉さんったら私が言おうと思ったのに…」

「へへ、そらすまん」

 

「ですから、刈谷提督はあれでもマシなんですよ。刈谷提督の言うこと成すことにめくじらを立てていては、この先どんな嫌なことをされても、言われても、相手に負かされてしまうでしょう」

 

「まあ、よそは嫌な人多いからね。島風ちゃんは大嫌いって言ってるし、磯風ちゃんはまるっきり相手にしてないしね」

「駆逐艦の分際でって言われて、そこんとこの空母の艦載機全部落としよったもんな。あれは大笑いやったわ」

 

「そっかぁ。精神的なステップアップってやつ?」

「えげつないでぇ、あのおっさん、言うことめっちゃきついし、相手の心理を読むんが抜群にうまいから、怒らせんの大の得意やから」

 

刈谷提督のことはよく知っている龍驤たち。彼の過去も。長くいるだけに。そして、今彼がどうしてあのように嫌われる態度を取りながらも玲司に接触するかの理由もなんとなくわかっている。不器用なやっちゃ。と何度も龍驤は言う。

 

「玲司は艦娘のことになるとすぐカッとなるからなぁ。その辺をうまく取られてグダグダにされそうやね。たぶん、大失敗するんちゃうかな」

「ああ、それ陸奥姉さんに怒られるやつね…昔それで軍学校の生徒と取っ組み合いの喧嘩をしてたものね」

 

艦娘を道具と言った生徒と取っ組み合いのケンカになり、親を呼び出せと言われて古井司令長官が学校にやってきたこともある。そこから古井司令長官の養子と言うこともあり、浮いていたのだがよけいに孤立。艦娘には慕われていたが人間との付き合いはまるでない生活だった。彼はそれでいいと言っていたが、陸奥はそれをよしとせず、人間とももっと仲良くなりなさいと言ったが拒否。大喧嘩となった。

 

「今後艦娘だけと生活なんて無理なのよ!?お友達を作らないと、艦娘がいなくなったらどうするの!?」

「そんなことあるはずがない!」

 

「あなた、じゃあこの戦いがずっと続けばいいと思ってるわけ!?それこそ私たち艦娘を使い潰すために存在しろって言ってるのと一緒じゃない!!」

「そうは言ってないだろ!!!」

 

とにかく玲司は艦娘に執着していた。陸奥といつも同じようなケンカを繰り返す。宿毛湾の朝潮たちのときも。今回の不知火たちの時も。感情をむき出しにして怒鳴ったり、声を荒げる。龍驤達は知っている。艦娘第一の思考のため、艦娘にとっては嬉しい存在だが、人間にとっては付け入る隙になるのだ。そう、実に単純に付け入られやすいのだ。

 

「大府や清州、あとはようわからん呉のやつかな。ま、お父ちゃんらと対抗してる連中からしてみたら、大和は持ってる。横須賀鎮守府っちゅうええとこにおる。お父ちゃんや虎瀬のおっさんの援護がある。玲司は言うたら針の筵なんよなぁ。お父ちゃんと言うよりは、虎瀬のおっさんがみんな怖いねん。おっさんおらんようになったら?即食われる」

 

「玲司君が鎮守府でやっていくには最大の武器であり、1番の弱点だね…陸奥お姉ちゃんがどれだけ言っても譲らない…それが一番ダメだね…」

「龍驤姉さんも散々言ってきたんですけどね。お父さんも言ってました。そこを克服しないことには先はないと。刈谷提督はよく見てるんですね」

 

「あのおっさん、玲司をえらい気に入ったんやなぁ。どの提督もまるで興味なかったのに。ああ、あの山城の前の提督はボッコボコにされたらしいな」

「あはは…刈谷提督もなんだかんだで艦娘が好きなんだね」

 

「玲司には内緒やで。あのおっさん、龍田と熱々やで」

「うっそ!?マジ!?」

 

「あらまあ…意外とやるんですねぇ」

 

玲司の話から刈谷提督の恋愛話へ。なぜ知っているのかわからない龍驤。けど、そんなことよりよその艦娘の恋模様や恋愛話にやっぱり女の子。そんな話は大本営にいた時から聞くのが好きなのだ。事務の女性の誰々さんが付き合い始めただの、結婚しただの。赤城たちだってそういう話は大好きなのだ。

 

 

「不知火ちゃん!もうやめてぇ!!」

「やめろ不知火!!もうそいつは終わってる!」

 

海面が海の色とは違う、言うなれば青色1号を水にぶちまけたような真っ青な海。それは深海棲艦から流れ出た血液である。夥しいその血液は言うまでもなく深海棲艦から流れ出たものであるが、その血の出方は異常であった。

 

それと同時に不知火を制止するように吹雪が不知火を駆逐イ級から引き剥がすようにし、摩耶も怒鳴りながら吹雪を引っ張る。それはなぜか…。

 

………

 

「おっしゃ!作戦完了!これで今日の近海の斥候隊はおしまいだ。放っておくとジャンジャン呼ばれるからな!」

 

鎮守府近海の様子をうろうろし、放っておくと戦艦や、最悪姫級を呼ぶかもしれない水雷戦隊の斥候部隊。倒しても倒してもどこからともなくやってくる奴らを警備がてら排除した摩耶率いる討伐隊の手によって今日も問題なく排除された。残骸は放っておけば泡沫となり、海の底へ消える。

 

「お疲れさまでした!今日もそこそこな数がいましたね」

「ああ。またちょっと増えてきた気がするな、提督が西方海域で異常に増えてるって言うのがなんかあるのかもな」

 

「ちょっと警戒を強くした方がいいですねぇ。阿武隈もがんばります!」

「そうだな。ちょっと提督に相談してみるか。ま、今日はこれで終わりだ。不知火!初出撃お疲れさん!」

 

この日、不知火の強い希望により出撃をさせたのである。その動きは洗練されており、無駄な動きがない。的確にイ級の目やホ級の頭を撃ち抜き、大ダメージを与え、敵をよく倒したのだ。横須賀の艦娘たちが言っている「いちばん敵を倒したで賞」。ほかではMVPと言われている賞は、今日は不知火で決まりだった。

 

「よっし!初陣で一等賞はすげえなぁ。じゃ、まあ帰りますか!」

 

はーい。と阿武隈や吹雪、電、皐月が言ったところだったが、不知火はそれに背を向け、敵の残骸が浮かんでいる方へと歩き出す。

 

「おい、不知火、何やってんだ?帰るぞ」

「いいえ。敵はまだそこに残っています。解体します」

 

「は?んなもんほっときゃ沈んで消えるっての」

「息を吹き返したら?死んだふりをしていたら?敵は徹底的に始末するものです」

 

ガン!ガン!と動かない死んでいるであろうイ級に向けて砲を撃つ。嫌な音をあげて青い血しぶきが飛び散る。弾薬が尽きるまで撃つつもりか。海に浮かぶ深海棲艦に何度でも。穴を何度空けようと撃つ。摩耶が「おい!」と言っても聞いていない、さらに穴が空いたところに砲を突っ込み、撃つ。内部で爆ぜたモノが辺りに飛び散る。この時点で皐月は気分が悪くなり、しゃがみ込んだ。

 

「う、うぇっ…」

「皐月、見るな!」

 

摩耶が皐月を抱き寄せ、不知火のほうを見せないようにする。不知火は気にもせず、イ級の口を限界までこじあげ、さらにそのまま口を割いていく。メリメリ、ブチブチ。グシャ。摩耶たちの耳には嫌な音が響き渡る。引き裂いた口の中に魚雷を突っ込む。その不知火の目は、あまりにも機械的で、イ級のように感情が見えない。その無表情で、作業を続ける。

 

「し、不知火ちゃん…」

「何でしょう」

 

「な、何してるの…?」

「今このイ級が動きました。仕留め損ねていたようですので、始末します」

 

「どうしてそこまで…」

「深海棲艦は根絶するべき。目の前に深海棲艦がいたならば、消えるまで破壊し尽くせ。これが命令です」

 

砲は使わず、イ級の目に手を突っ込み、かき混ぜる。不知火の手袋は真っ青に。手も真っ青になる。目をつぶし、体内をかき混ぜる嫌な音がする。

 

「う、うげえ!!」

 

その音に耐えられず、皐月が嘔吐する。阿武隈は顔面真っ青で硬直していた。あまりの異様な光景に摩耶も固まっていた。

 

「不知火ちゃん!もうやめてぇ!」

 

吹雪が不知火の腕を掴み、止める。顔に生臭い深海棲艦の血がついて気持ちが悪くなり、吐きそうになったがなんとかこらえた。ハッとなった摩耶が皐月を阿武隈に預けて走りだし、吹雪が止めてもなお止まらない不知火を羽交い締めにする。

 

「やめろ不知火!そいつはもう終わってる!」

 

すごい力で摩耶と吹雪が止めても引き剥がしてなおも深海棲艦を破壊しようとする。

 

「深海棲艦はまだそこにいます。沈めなくてはいけません。完全に殲滅すべきです」

「うるせえ!もういいんだよ!提督!提督!不知火を止めてくれ!」

 

『どうした?不知火に何があった?』

「仕留めた深海棲艦をさらにぶっ壊してんだ!もう不知火、体中真っ青だよ!目がイッちまってる!!」

 

『不知火。それ以上深海棲艦を破壊するのはよせ。これは命令だ』

「………!」

 

その言葉に不知火はピタリと行動を止めた。そのまま直立不動になり、動かなくなった。深海棲艦はブクブクと海の底へと消えていった。不知火は表情一つ変えず、玲司の言葉を待つ。

 

『不知火。斥候部隊は殲滅したか』

「はい。水底へと消えました。殲滅は成功です。このまま続けての戦闘も可能です。何なりとご命令ください」

 

『作戦は終了だ。これ以上の破壊活動は禁ずる。旗艦摩耶とみんなと帰還しろ』

「不知火はまだ航行できますが?」

 

『命令だ。摩耶たちと帰還しろ』

「了解しました。司令の命令に従います。命令違反をしようとしました。どのような罰でもお受けします。何なりと申し付けください」

 

『………』

「何なりとご命令ください。不知火は司令の剣。司令の盾。司令のための道具です。道具が命令に反する行為は許されることではありません。何なりと罰を申し出てください。不知火、どのような罰もお受けします」

 

『ない。それはない。気をつけて帰還しろ。以上だ。摩耶、頼む』

「あ、ああ…帰るぞ!!」

 

重苦しい雰囲気が流れる。摩耶は以前の提督の時のような空気に感じた。重苦しい、一言も発したくない。いや、発せられない。こんな空気でおどけたところで空気は変わらない。最悪だった。皐月は泣いているし、阿武隈も顔が青い。吹雪は不知火の後ろで何かしないかを見張っているかのように険しい顔で唇を一文字にキュッと結んでいる。鎮守府に戻っても、今までのように「おう!帰ったぜ!」と明るくは言えない。嫌な帰投だった。

 

 

ほぼ完全勝利で帰ってきたと言うのに、大失敗をして帰ってきたかのように意気消沈しながら帰ってきた摩耶たち。摩耶の呼びかけの無線でなんとなく事態を把握したが、不知火は体中青い返り血を浴びて服も、顔も髪もべったりである。不知火の異様な状態に大淀も息を飲む。

 

「帰ったぜ…作戦は成功したし、小破した奴さえいないけど…疲れた…悪い提督、皐月を風呂に入れたら、頼めるか?参ってんだ…」

「あ、ああ。おかえり。ちょっと摩耶の部屋にいさせてもらえないか?不知火と話がしたいんだ」

 

「わかった。んじゃあ皐月を風呂に入れてくるよ。皐月、今日はご飯が食べられないと思う」

「……ごめんね…司令官…ボク…」

 

「今日はゆっくりしな。今日は一緒に寝ようか」

「うん…司令官、ボク待ってるね」

 

「ああ。みんなもお疲れ様。不知火、血を洗い落としたら執務室まで来てくれ」

「……?汚れているだけで問題はありません。傷も負っていないのに入渠は貴重な水の無駄です。司令、次の出撃命令をどうぞ。不知火、出撃可能です」

 

「出撃はない。経費なんざお前が気にすることじゃない。とにかく服も着替えてきてくれ。生臭くてたまらん」

「うっぷ…!うげえええ!!」

 

「皐月!?」

「す、すまん…!摩耶、頼む!」

 

「おう!行こう、皐月。よしよし」

 

玲司が生臭いと言ったことでいろいろと思い出してしまったようで、また気分が悪くなってしまった皐月。吹雪や電も早足で皐月を追いかけて行った。不知火の手を吹雪が取って。

 

「提督…」

「ああ。まずいな。まさか、ここまでとは…刈谷提督に相談しよう」

 

横で聞いていた龍驤は「ほう」と息を漏らした。とりあえず何も口を挟まず、玲司と大淀についていった。うーん…と唸る玲司に頭を抱えている大淀、不知火の初陣はとてもよくないものであった。

 

………

 

『へえ、出撃させたのか。で、何が聞きたいんだ?』

「不知火の過去です。何があったんですか?あれはもうなんて言うか…機械と喋ってる気分なんですが」

 

『だろうな。俺だってそう思う。で、俺がやったとでも言いたいのか?』

「そうは言っていません。ただ、あそこに至るまでの過程が知りたいだけです」

 

『フン。その言い方は及第点ってとこだな。いいぜ。教えてやる。まず、不知火を壊したのはタウイタウイの大府だ』

「大府提督…司令長官を目の敵にしてる人ですね」

 

『とんでもねえクソ野郎だよ。アイツはまず艦娘の自尊心、自我。そんなもんを一切破壊して自分の命令を忠実に聞く人形を作る。絶対に命令をノーと言わない。腕がもげようがハラワタが飛び出ようが泣き叫びもしない。そうなっても沈む最後の瞬間まで奴の命令を遂行し続けるようにする』

 

「何だ…そりゃ…」

『深海棲艦を徹底的に壊せって頭に刷り込んである。大方、死にかけやもう死んでる深海棲艦を撃ったりえぐったりしてドン引きさせたんだろ。うちでも何度駆逐艦にゲロ吐かせたか』

 

なんだか楽しそうに語る刈谷提督。受話器を持つ手にチカラが入る。刈谷提督でないことにホッとする反面、大府提督への不信感が募る。それと同時に刈谷提督が気前よくスラスラと話してくれたな…と驚いていた。

 

『三条。どうだ?不知火についちゃもうギブアップか?』

「これしきで言いません。ありがとうございました。不知火への対応を考えます」

 

『へえ。出撃させないつもりか?それこそ何しでかすかわかんねえぞ』

「出撃はさせます。ですが、考えはあります。不知火を可能なら元に戻してあげたい。心が壊れたわけじゃないんなら。洗脳が解けたらあるいは…」

 

『甘い奴だな、テメエは。アイツの洗脳はちょっとやそっとじゃ解けねえぞ。奴に勝てんのかよ?』

「………わかりません。わかりませんが、やれるところまでやってみたいです」

 

『ククク、大府は呉の堀内と並ぶ最強の頭脳を持ってるって言われてんだぞ』

「別に大府提督と戦うわけはないでしょ。俺は不知火を解放してあげたい。それだけです」

 

『生半可にやったら不知火は廃人になるぜ。そこだけだな。ま、がんばんな』

「はい。そうします」

 

『ああ、それから。使ってねえ施設とかあるか?宿泊施設とか』

「……?それがどうしたんですか?」

 

『めんどくせえからイエスかノーで答えろ。ごちゃごちゃ聞くんじゃねえ』

「………あります」

 

『そこに明石いんだろ。そいつに徹底的に調べさせろ。おもしろいもんが見つかるかもしれねえぜ』

「は、はあ…」

 

『じゃあな。西方海域の作戦についてはまた連絡する』

「わかりました…」

 

ブツリと電話は切れた。ハァ…と大きくため息を吐く。やっぱり何考えてるかよくわからない。ただまあ、冷静でいられたのは自分を褒めてやりたい気はする。

 

「なんやぁ、刈谷提督にブチギレると思っとったのに」

「……いや、あの人に毎回キレてたらこっちの身がもたねえよ。大府提督の名前聞いて一気に怒りも醒めたよ」

 

「ほっほう?そりゃなんで?」

「大府提督はまあ…おやっさんを目の敵にしてるってのは知ってるし、頭が切れるってのも知ってる。大府提督んとこのってなったら、なんかわかんないけど、冷静になった。はあ…大府提督かぁ。こりゃややこしいなぁ」

 

頭をかいてどうすっかなぁ…と悩んでいた。

 

「大府提督相手ってなったら刈谷提督にブチギレてたら大府提督になんかコロッと負けるよ。そうなったら不知火も漣も。それどころかここの子達みんな、やられちまう」

 

龍驤は驚いた。2日ほど前にあれだけ刈谷提督に怒鳴っていたのに。艦娘のこととなると感情を剥き出しにして、と赤城と川内と心配していたところだったのに、この2日で何があったのか?冷静に不知火のことだけではない。横須賀鎮守府の艦娘全員のことを考えていた。

 

「れ、玲司。何があったんや…明日は槍でも降るか?」

「しっつれいな姉ちゃんだなー!俺だってここの鎮守府の提督なんだぞ。って言いたいところだけどさ…おやっさんに怒られちまってさ」

 

「なーんや!お父ちゃんのおかげかい!!しょうもな!!うわっ、玲司が成長してお姉ちゃん嬉しいなぁ!って思ったのに!何やそれ!アホくさ!感動して損した!あーなんやー!」

 

「うっせえなぁ!いいじゃねえかよ!別に姉ちゃんを感動させるために冷静になったわけじゃありませんー!」

「成長したなぁ!って感動させえや!ケッ、いつまでもお父ちゃんに甘えてんと自立せんかい!」

 

「あー、わかりました!そのうちなそのうち!」

「うーわ適当!めっちゃ適当!」

 

突然姉弟ケンカが執務室で始まった。大淀はいつものこと…と知らん顔をしていたのだが…。

 

「うるさーい!!執務の邪魔です!司令も龍驤さんもハウス!」

「「犬か!!!」」

 

霧島が怒る。鳥海は苦笑い。こういう賑やかな雰囲気も悪くはないと鳥海は思っているのだ。摩耶や瑞鶴のやりとりなんかも好きだ。霧島も加わってギャーギャーと騒いでいると不知火がノックして入ってきた。

 

「失礼します。司令、ご命令を…」

「龍驤さん!司令とケンカするなら部屋に戻ってください!」

 

「なんでやー!うちは今玲司と一生懸命不知火のことをやなぁ!不知火かてうちらの仲間になるんやで!?」

「仲間になったのは私も嬉しいですけどうるさいんですって!」

 

「ああ…不知火さん、ごめんなさい。もう少々お待ち下さい…こーらー!提督!」

 

不知火を無視して続く痴話喧嘩。最近ますます執務室の緊張感がなくなってきたな…と大淀は頭を悩ませるのであった。

 

「…………」

 

不知火は仲間、と聞いたときに、何ががチクリと痛んだような気がした。




不知火の話でした。洗脳をされた不知火は今後、自分で考える能力などが司令の命令を遂行すると言うことしかありません。この先そこをどう変えていくかが課題になるでしょう。

次回も不知火の話です。

それでは、また。

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