提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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「炎の女王」龍驤

原初の艦娘の一人。生まれた順番としては二番目。玲司を弟と見てかわいがっている。自覚はないが、結構過保護。陽気な性格で誰にでも親しげに話かけて仲良くなれる。好きなものは玲司が作るお好み焼き。
人間(艦娘)観察が好きで隠し事を見抜くのが得意。心の闇や狂気を見抜くことも多々。放っておけずに世話を焼き、その人の問題を解決するまでとことん付き合うおせっかいなところもある。
性格は温和に見えて好戦的。特に軽空母を馬鹿にする者には容赦がない。あんた呼ばわりがお前に変わったらそれは激怒している証拠。
艦載機発艦時の式神が炎に包まれ、そのまましばらく空を滑空する。さらに艦載機に変化した後も炎を纏ったまま敵に攻撃をしかけるので、見た目のまま「炎の女王」と呼ばれるようになったが、それだけが能力でもないらしい。


第十一話

翔鶴が狂気から目を覚ました翌日、緊張に包まれながら艦娘は食堂に集まっていた。慌ただしく出ていった瑞鶴と、頬に傷をつけてやってきた提督を見る限りとんでもないことになっていたようだが…

 

「おはようさん。ん?なんだなんだ?そんな神妙な顔して。そんな顔して飯食ったってうまくねえぞ」

 

何事もなかったかのようにやってきた玲司。頬には絆創膏が貼ってあるが、特にそれ以外はいつも通りであった。

 

「おはよー…ふぁあ…」

「おはようございます…」

 

大あくびをしながらやってきた瑞鶴。おどおどとどこか落ち着きがない翔鶴。まるで緊張感がない。昨日の朝の緊張感はどこへやら…。まるでわからない。

 

「おっはよーん!玲司ー!ごーはーんー!」

「わかったから待っててって!もうできっから!」

 

………何だろう、拍子抜けである。何があったかはわからないが、とりあえず問題は解決したのだろうと目配せをして納得することにした。

 

「あの、皆さん。昨日はご迷惑をおかけしました…。これからは心を入れ替え、皆さんとともに海を駆け、空から皆さんを守れるよう努力していきます。また、改めてよろしくお願いします…」

 

翔鶴の謝罪と決意。これだけを見聞きしても、もう翔鶴が以前のような死んだような目をした状態ではないとわかった。

 

「みんな、これからは私と翔鶴姉、空母として頑張っていくからよろしくね!」

 

瑞鶴も続く。二人の言葉にパァッと皆が笑顔になる。こうして鎮守府の雰囲気が明るくなっていくことは誰もが喜ばしいことだ。強力な正規空母、翔鶴と瑞鶴がいれば安心もできる。そして鎮守府の闇も消えていくのは、かつての提督の爪痕が消えていくこと。

 

玲司による新しい風が鎮守府に吹き込み、澱んでいた空気が入れ替わって新鮮な空気が鎮守府に入り込む。それにより、過去と決別する艦娘も増え、しだいに鎮守府はよくなっていくだろう。

 

「はいよー。挨拶が終わったとこで朝飯だ。今日はシンプルにアジの開きと味噌汁と卵焼きな」

「卵焼ききたー。はい、玲司、また食べさせてあげるねー」

 

さっそく出されたほかほかの朝ごはん。湯気が立ち上る味噌汁に口をつける翔鶴。昨日まではまるで味など感じず、無味で味気などない食事であったが今日は違った。香る味噌の匂い。出汁のよく出た味。シャキッとしたわかめと豆腐。薄揚げ。どれもが美味だった。

 

「おいしい…。こんなにおいしかったのね…」

「うんうん!提督さんのご飯は最高だよね!」

 

感動で泣きそうになっている翔鶴と満面の笑みの瑞鶴。みんなも笑顔になる。

 

「あ、そういえば、昨日はお見せできなかったんで今日こそは私の力をお見せしますよー」

 

味噌汁をすすりつつ、明石が言う。翔鶴の騒ぎで明石の力を見せることがうやむやになってしまっていた。本当に明石一人で艤装の点検と修理ができるのか?半信半疑だった大淀も、気になっていたようで。

 

「そうです、本当に明石一人に工廠を任せてもよいのか…心配でして」

「言ったなー大淀!私に任せなさいってば!」

 

「そうだな。この際だ。艤装を明石に見てもらって直してもらったら、リハビリで演習場に行って海に立ってみな。扶桑や皐月、文月、霰、神通、それに翔鶴は初めてだろうし、時雨や村雨も長期間海に出てないから心配だろ」

 

「確かにそうだけど…僕や村雨の艤装は結構破損がひどいよ?」

「まあまあ、この明石さんにお任せあれ!」

 

「と、言うわけだ。そのあと、ちょっと龍驤姉ちゃんにいろいろ教えてもらいな。参考になるだろうから」

「まあ、初日やしそんなビシバシいかへんって。安心し!」

 

そうして、久々に海に出られる。もしくは初めて海に出ることに大きな期待を胸に、ご飯を食べ終え、工廠へと向かった。

 

/工廠

 

「うわー!すごいですねー!ボロボロの艤装がいっぱい!これはやりがいがあるなー」

 

明石は普通の整備士が見たら発狂しそうな数のボロボロの艤装を見て、逆に目を輝かせていた。どれもこれも、多少の整備はしていたのだろうが杜撰だったのだろう。ひどくボロボロである。

 

「これ、ほんとに整備士の人が整備したんです?おもしろいくらいめちゃくちゃですねー」

「え、そうかな。それ、あたしんだけど。見たところどこも悪くなさそうじゃん」

 

「ダメですよー。これ、中の機関にクラックが入ってます。たぶん、これで出撃したら艤装が爆発して北上さん、ただじゃ済みませんね」

「マジ…?ってかよくわかるね。見てもないのに」

 

「???見てますよ。ここにあるもの全部。これは夕立ちゃんのかな。これもネジの締めが甘すぎて出力が落ちてます。見たところ6割程度かな。んー、これからやってこうかなー」

 

ブツブツと明石が言い出すと同時に背中からクレーンやら工具やらが飛び出してきた。ルンルンと歌を歌いながら夕立の艤装を整備し始める。明石が艤装のドライバーのようなもので突いた瞬間、夕立の艤装はバラバラに分解されてしまった。

 

「ぽ、ぽいー!夕立の艤装がー!」

「あ、ごめんね!大丈夫大丈夫!すぐ元に戻すから!」

 

大淀や夕立は目を皿にしてそれを見ていた。一瞬でバラバラになったかと思ったらものすごいスピードで組み立てていく。「ここはこのネジの絶妙な締め方がコツなんだよ」とか「こんなとここれで留めたらダメじゃん!」とか独り言が多いが、正確さも凄まじい。

 

「私は生まれ持ったものなんだけど、見るだけで内部の構造までしっかり見れる目を持ってるんだよ。そして、私のもう一つの力は、私が見た艦娘はね。どんなクセを持っててどんな使い方をするかを一目でわかっちゃうんだ。

だから、艤装を使ってる艦娘の特徴を全部艤装に盛り込んじゃうの。その艤装はその子だけの艤装になるんだよね。これはもう夕立ちゃん専用だね。その12.7㎝砲は夕立ちゃんじゃないと使いこなせない」

 

何を言っているのかさっぱりわからない。明石の整備能力は元々は原初の艦娘専門のものであり、何かとクセの多い姉達の注文がとてつもなく多く、それを一つ一つ解決していった結果が、艤装の専用装備化。

 

「はい、夕立ちゃんのできたよ。これはもう夕立ちゃんにしか使えないからね。時雨ちゃんが使ってもいいけど、本来の半分くらいしか力が発揮できないかもね。夕立ちゃんが使えば100%。その気になれば120%くらいいけるんじゃない?」

 

「何だかすっごい手になじむっぽい。軽い…これ、ほんとに夕立のかわかんないっぽい。んー、早く海に出たいっぽい!」

 

「んー、時雨ちゃんの艤装もあちこちひどいね。ここにいた人ほんとに整備士?北上さんのと言い、時雨ちゃん村雨ちゃんのと言い中はボロボロ、奥のネジさびてるし!」

 

「え、今ちょっと触っただけじゃ…」

「あれ?ここ、ほらさびてない?」

「ごめん、見えない…」

 

「明石ー、そこ見えてんのは明石だけや。明石はな。頭に瞬時にこの艤装の構造が全部『視え』てまうねん。どこにどんな部品があって、どこが壊れとるかもバラさんでもわかる。そいでもって、完璧に仕上げてその艦娘だけのために調律するんや。それが明石の「契の女王」の能力や」

 

もうわけがわからない。原初の艦娘と言うのは未知の力を持つ者だと言うことだけがわかったような…。なおも明石の勢いは止まらず、午前中にはすべての艦娘の艤装のメンテナンス、修理、調律を終わらせた。もちろん、全員の固有装備化まできっちりやり遂げた。

 

「んー!お姉ちゃんたちみたいに無茶な注文がないからやりやすかったー!ここでなら100%で仕事しちゃう!」

「ほー、ほなうちの艦載機もよろしく!」

 

「ぎゃー!龍驤お姉ちゃんの艦載機、手が込みすぎていやー!」

「何でや!うちも横須賀の一員やで!面倒みんかい!」

 

………

 

昼食を済ませた後、演習場へとやってきた面々。各々が海に立つ。初めて立つ者、久しぶりに立つ者。それぞれ心境は違う。

 

「久しぶりだけど、何とかなるものね、時雨?」

「うん…。足も問題はない。嬉しいな。また海に立つことができるなんて思ってもみなかった」

「3人でまた存分にあばれるっぽい!」

 

「うん、そうそう、翔鶴姉。大丈夫、すぐ慣れるって!」

「え、ええ…。そうか…これが海…」

 

「わー!わー!ボク達初めて海に立ってるよ!すごいね!」

「すいーって、楽しいな~♪」

「いい…。これが…海」

 

「お、大淀さん、て、手を放さないでくださいね…」

「扶桑さん…手が握りつぶされそうなんですが…」

 

「海…これが海…。神通、いきます!」

「神通ちゃん、落ち着いて…」

 

「おー、艤装が軽い。明石さん、いい仕事するねー。ね、雪風」

「はいっ、すごいです!軽いです!」

 

(よう考えたらこんだけしか面子がおらんのか。横須賀言うたら昔は100人以上がひしめいとったんやけどなぁ…)

 

どこかの警備府でさえ、数十人はいるだろうにここでは10人程度。その数はあまりに少ない…。

 

(駆逐艦も少ないけど重巡がおらへんねんな…。何や玲司が言うにはどうやっても言うこと聞かへんって言うとったな)

 

一応この鎮守府にも巡洋艦はそこそこいる。航空巡洋艦最上。重巡洋艦鳥海。そして摩耶。軽巡洋艦五十鈴。阿武隈。

しかし、彼女たちは人間に対して猛烈な拒否を示し、玲司の指示に従う気はないと言う。全ては安久野達のせいなのだが、玲司に対しても激しく抵抗している。

 

(アホくさ。その結果が艦娘としての責務放棄かい。早めに聞くようにさせんと、あとからやと手遅れになるで)

 

そう考えていると、ズカズカと摩耶が怒りの表情を浮かべてやってきた。

 

「お前ら何やってんだよ!提督の命令か!?何で人間なんかの言うことを聞いてんだよ!」

 

海に出ると言うこと。それは何らかの命令でしかないと思い込んでいるらしい。摩耶のあまりの迫力にたじろぐが、北上と瑞鶴が食って掛かる。

 

「まーたそうやってキーキーとうるさいなー。あたしらは艤装をメンテしてもらったから試しに浮いてるだけだけど。命令って何?」

「いきなり何よ摩耶。別に、提督さんの命令ってわけじゃないわよ。いきなり怒鳴らないでよ、文月ちゃんたちがびっくりするじゃない!」

 

「北上、てめえ本気で裏切りやがって…。瑞鶴も人間なんか嫌いって言ってたじゃねえか!」

「裏切るも何も、あたしは摩耶たちにつくなんて一言も言ってないんですけど?何言っちゃってんの?」

「人間は嫌いだけど、提督さんは違う。翔鶴姉だって助けてくれたし、悪い人じゃない。頭ごなしに否定だけなんかしないよ」

 

「まあまあ落ちつきいや。そうカッカしたらあかんて。ちょうど巡洋艦と話ししたかってん。うちは軽空母の龍驤や。ちょっち穏便に話しようや」

「ああ?軽空母がずいぶんと偉そうだな?」

 

「おーおー、軽空母やからってずいぶんなめられとんなぁ。軽空母やけど、あんたらよりは強いで?間違いなく」

「はっ、たかが軽空母じゃねえか。てめえなんざすぐに大破させてやんよ。あんな奴に尻尾振ってずいぶんと調子いいじゃねえか?」

 

明石の顔が青くなる。そう、今摩耶は踏んではいけない地雷を踏んでしまった。龍驤の顔が険しくなる。

 

「お前、今うちに言うたらあかんこと言うたな?上等やんけ。その人間が嫌いな巡洋艦集めえや。後ろで何やうちにガン飛ばしとる五十鈴、最上。お前らもうちのこと弱い思てるんやろ?おもろいやん」

 

「へえ…ずいぶんとおもしろいケンカ売ってくれるじゃないか。僕たちとやりあう気?」

「言ってくれるじゃない!きっちり後悔させてあげるわ!」

 

「ま、摩耶、もうやめて…」

「五十鈴お姉ちゃん…もうやめようよ…」

 

鳥海と阿武隈は消極的だ。どちらかというとこの二人は摩耶と五十鈴の暴走に疲れている様子に龍驤は見えた。だが、それでもそちらに加担している時点で龍驤は敵とみなす。

 

「鳥海、阿武隈。お前らはそうやって止めてても、そいつらから離れてへんねやったら同類や。お前らもやるか?うちは1対5でも全然ええで。捻りつぶしたる」

「わ、私は…」

「阿武隈的にはそれは…」

 

「姉に強う言われてがんじがらめにされとるだけか…。かわいそうやのう。ほんならその姉、今からけちょんけちょんにしたるけど、文句言いなや。負かしたらそいつらも強う言えんわ。そしたらこっちに来たけりゃ来たらええ」

 

「てめえ…今更謝っても許さねえぞ…」

「馬鹿ね。こっちだってそれだけ馬鹿にされてただで済むと思わないことね!」

 

「おもしろいやんけ。きっちり後悔させたるわ」

 

………

 

「あーあ、こうなっちまったか。摩耶達とぶつかったらこうなるんじゃないかって思ってたんだよ」

「よ、よろしいのですか?提督…このままでは…」

 

「まあ、摩耶達も知ったほうがいいだろ。自分たちの実力を。練度50くらいで強いと思いあがってるほうが問題だ。もっと上に行けるチャンスを自分たちが潰しちまってる。メタメタにやられれば、現実を思い知るいい機会だ」

「ですが、龍驤さん一人と言うのは…」

 

「大淀、龍驤姉ちゃんは原初の艦娘。まあ見てな。摩耶達には悪いが、いい勉強だと思ってくれりゃいいけど…」

 

/演習場

 

「あたしと五十鈴で潰せるだけ艦載機を潰す。そしたら最上、頼むぜ」

「任せてよ。一撃であんなの中破させて、艦載機飛ばせなくしてやるからさ」

「そうね。そしたら徹底的にやってやるわ!」

 

作戦とも呼べない作戦。軽空母の艦載機の搭載数は少ない。かつて共に戦った加賀とは違う。自分たちが見てきた軽空母の艦載機の数はどれも少なかった。彼女たちは楽勝で勝てる。だからこそ龍驤を甘く見ていた。井の中の蛙大海を知らず。知った時には遅すぎた、今回の相手の実態を。

 

鳥海と阿武隈は心配そうに摩耶達を見ていた。特に鳥海は龍驤が只者ではないだろうと言うことは見越していた。だが、摩耶は鳥海が何か言おうとすると、すぐに強い口調になり鳥海の言葉を封殺してしまう。阿武隈は五十鈴に怯えて物が言えない。

何も言えないまま、戦いは始まってしまった。

 

……

 

首をコキッと鳴らし、龍驤は戦闘態勢に入った。特にやる気があるわけでもないが、禁句を言われたからには容赦はしない。元々龍驤は非常に好戦的であり、1対6での勝負も平気でやってのける。安い挑発を今回のようにしたとある鎮守府の艦隊は、今では龍驤を見るだけで震えあがるほど痛めつけたこともある。

 

「しゃあない。ひよっこに現実を教えたげよか。さあいくで。攻撃隊発進!」

 

そういうと式神が燃え出し、空へと向かって飛び立っていく。周囲を燃え上がる式神が飛び交い、さながら龍驤が燃えているかのようだった。

 

「龍驤さんが燃えてる…」

 

そういったのは誰か。次々と飛んでいく式神。しかし、艦載機に変化する気配はない。燃えた式神はそのまま空を滑空し、摩耶達の方角めがけて飛行を開始。その姿は燃える彗星のようであった。

 

「なんだありゃ…」

「艦載機…って違うね。確か龍驤は式神を飛ばして艦載機に変化させるはずだよ。でも、あんなに燃えているのは見たことがないけどね」

 

「ボーっとしてないで摩耶!対空砲火の準備よ!」

「お、おう。わかってるよ!」

 

上空の敵を待ち構えていると、予想通り艦載機に変化した。待ってましたと言わんばかりに対空砲火をしかける摩耶と五十鈴。そしてその隙に瑞雲を発艦させる最上。あわよくば龍驤の巻物型甲板に傷でもつけてくれればと思い飛ばした。

 

「はっ、なんだあいつ!全然艦載機が少ねえぜ!」

「もらったわ!!これしきの艦載機、撃ち落としてやる!!」

 

対空砲が火を噴く。対空能力に長けた二人が撃てば、簡単に戦場で見る数より圧倒的に少ない艦載機を落とせるはず…だった。

しかし、艦載機はするりと対空砲火の雨を潜り抜けて摩耶達を狙う。その動きはまるで鳥のようであり、機械的な動きではない。

 

「ちょっと!摩耶!まじめに狙いなさいよ!」

「うるせえな!お前だってちゃんと狙え!」

 

「狙ってるわよ!あなたこそちゃんとしてよ!」

「やってるよ!」

 

(何や。結局そこまでの固い団結とは違うんか。しょうもな。仲間割れしてるくらいやねんからほんま大したことないわ)

 

はあ…と大きなため息をつく。よほどの信念があって玲司に盾ついていたと思ったが拍子抜けであった。何がなんでも抵抗し、鎮守府を内部から陥落させるのかとも思ったが、結局は子供の反抗期のようなもので、何にしてもただ反抗したいだけだったようであった。理由がバカバカしいので遊ぶのもやめることにした。

 

「正直もうちっとガッツがあってくれたほうがおもしろかったんやけどもうええわ。あほくさくてやっとれん。ほな、もう終いにしよか」

 

龍驤の艦載機、彗星が急降下を始めた。この間、摩耶と五十鈴は一機たりともこの彗星を撃墜させることはできなかった。急降下、その後爆撃が来る!それまでに何とか一機でも、と思ったその時だった。

 

艦載機から白い何かが分離した。それはひらひらと宙を舞う。それは何枚もが宙を舞い、やがて炎に包まれて燃え出した。やがては同じ彗星の姿に変わるが、彗星は炎を纏ったまま摩耶達へと急降下を開始した。

 

「も、燃えながら…突っ込んでいってる…」

 

瑞鶴は啞然とした。炎は艦娘にとっても艦載機にとっても忌み嫌うものだ。炎は自分たちを焼き、時に大爆発を起こして沈没を引き起こす。炎に包まれればその時点で死が待っていると言うのに…。

 

「龍驤姉ちゃんの式神は炎を纏い、見るものを恐怖させる。艦娘や深海棲艦に取っては炎は脅威だ。本気を出したら燃えた艦載機が列を組んで巨大な炎の塊になったように見えてた。いつしか『炎の女王』の称号を持ってた」

 

燃え盛る彗星がさらに増え、大きな火の塊が摩耶達に迫る。その恐怖は摩耶達を錯乱させた。

 

「あ、ああ…来るな…来るなあああ!うわあああああ!!!」

「何よこれ!?何なのよこれええええ!?!?!」

 

摩耶も五十鈴も恐慌状態になりながらでたらめに砲を撃つ。しかしそれは龍驤の巧みな動きでかわされ、でたらめに撃つので当たらない。

 

「くっ、こうなったら僕が突撃する!!」

 

しかし、茫然としていた時間が長すぎた。眼前に迫る炎の塊。そしてそこから放たれた爆弾が目に入った。

 

「もう遅いわ、アホタレ」

 

龍驤はそう冷たく言い放った。パチンと指を鳴らすと一斉に彗星が爆弾を投下する。恐怖に涙を浮かべた摩耶、五十鈴。無情にもその爆弾が彼女たちに降りかかる。

 

「うちに向かってたかが軽空母とかぬかした奴はな。例外なく痛い目にあうんや。覚えとけ」

 

言い終えると同時に轟音が響き渡った。海水が白い壁を作り、やがてはとける。晴れたころには爆撃で無残にもボロボロにされた摩耶たちがうずくまっていた。

 

「う、うう…グスッ…」

「ひっ…ひっ…」

「あ…うあ…」

 

恐怖と痛みで泣いてしまっていた。龍驤が近づくとさらに悲鳴をあげて恐怖に顔を歪める。立ち止まって摩耶達を見下ろした顔は修羅のようだった。阿武隈もその顔を見て腰を抜かし、鳥海も震えていた。

 

「どうや?まだやるか?人をコケにすんのも大概にせえや、わかったな?」

 

「「「……」」」

 

無言。恐怖にひきつって硬直していた。

 

「ケンカ売るんは相手よう見て言え。ここの連中でしか強さを測れんようなやつが。お前らとは潜ってきた修羅場がちゃうわ。わかったんかって」

 

「す、ずみまぜんでしだあああ!」

「う、うう…うああああ!」

「……っ!っ!」

 

龍驤の怒りを買った彼女たち。彼女たちはこれから、自分たちがどういう処分をされるのか。それすらもわからないまま、演習場のど真ん中で泣いていた。過ぎたるは猶及ばざるが如し。摩耶達は自分たちがやってきたことを深く反省することとなった。


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