提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

110 / 259
痛い。胸が痛い。
駆逐艦が楽しそうにしているとイライラする。
……?イライラって何でしょう。
私は兵器。私は兵器。兵器は痛みなんて感じない。

兵器。兵器。兵器兵器兵器兵器。
一切の感情を出してはいけない。

ああ、イライラする。
私は平気。私は兵器。


第百十話

「おほん。すまん不知火。で、お前を呼び出した用件だが」

「司令、申し訳ありません。少しよろしいでしょうか」

 

「ん?おう、どうした?」

「入渠し、傷を癒したはずなのですが完治していないようです。大変申し訳ありません。司令のご命令通り、万全を期した状態で出撃を行いたいのでもう一度入渠させていただきたく」

 

「どうした?どこか痛むのか?」

 

そう玲司が問うと突然ブレザーを脱ぎ、シャツまで脱ぎ始める。んん!?とか変な声をあげたところで大淀にバインダーで頭を思い切り叩かれ、そのまま霧島に頭を押さえつけられて不知火が見えなくなった。チラッと緑色のアレが見えてしまったが、今は大淀にぶっ叩かれて星が目の前を飛んでいた。

 

「不知火!あほぉ!こんなとこでいきなり脱ぎだすやつがあるかい!」

「そ、そうですよ!気軽に女の子が肌を見せてはいけません!!」

 

「不知火は兵器です。損傷箇所を見せるのは普通ではないかと」

「言いながらブラ取んなや!兵器やったらブラしたりパンツ履いたりするかい!う、うちよりある…やとぉ?」

 

「龍驤さん、それ以上はいけません」

 

どうやら裸になってしまったらしい。玲司は鳥海が目を押さえ、霧島が頭を押さえているため見えないんだが。と言うか、頭が痛い。ぐわんぐわんしやがる。

 

「司令、見ていただかないとわからないと思いますが」

「お、大淀に伝えてくれ。ちょっと今いろいろと…」

 

「……胸が痛みます。傷は見当たりません。内部が痛みます。砲撃などを受けてはいません」

「大淀、どうだ?」

 

「はい、外傷などは見当たりません。左胸を押さえています」

「………そうかい。不知火、わかった。服を着てくれるか?お前が服を着てくれないと俺の頭がスイカのように弾けそうなんだ」

 

「はい。お待ち下さい」

 

シュルシュルと衣擦れの音がして、霧島と鳥海が手を離した。首を捻るとゴキゴキと首が鳴った。

 

「玲司、大丈夫かいな…」

「姉ちゃん、俺の頭、へっこんでたり穴空いてたりしない?あとすっげえ頭痛い」

 

「あははは…あんたら、ほどほどにな…」

「うう…すみません…思わず…」

 

「今日の晩飯、茹でただけのパスタにすんぞ」

「司令、それはあんまりではありませんか?」

 

「ごめんなさい…」

「いって…ま、まあ不知火。痛むならドックに行って来な。ああ、露天風呂でボーッとしててもいいぞ。今日はもう出撃はない。ゆっくりしな」

 

「………ですが、艦娘は出撃して深海棲艦を殲滅することが役目です。回復したら出撃するのは当然です。出撃命令を下さい」

 

ギュウ…と胸に当てた手を強く握ったことを玲司は見逃さなかった。

 

「今日は不知火には出撃はない。夜間哨戒は古鷹や村雨に任せてあるから、今日は休め」

「……不知火は艦娘です。艦娘に休みなど…」

 

「いいか。艦娘だって疲れる。無理をすればその分効率が落ちる。それに、これから西方海域というちょっち厄介なところへの出撃もある。無駄な出撃で入渠者が出たり、資材を無駄にできない。だから、不知火。今日は休め」

 

「了解しました。不知火、入渠して参ります」

 

静かに出て行った。大淀、鳥海、霧島は、はぁ…と大きなため息をついた。いろいろと疲れる…。目が離せない艦娘だな…と目で語った。

 

「いや、しっかし…すんごいやっちゃな。いくらうちもスタイルがええからっておいそれと男の前で傷のチェックとは言え脱げんわ」

「お、おう」

 

「何や玲司。しばくぞ」

「理不尽すぎませんか、お姉さん」

 

「じゃかあしい。せやけど、どうなんやろな、あれ」

「可能性は無いわけじゃない。さっきの不知火を見てそう思った」

 

「え、なぜですか?」

「痛むのは傷じゃない。きっと、痛んでいるのは心さ」

 

そう言って自分の胸をトンと叩いた。妙高に傷がないかどうかを確かめられながら。心。提督曰く、艦娘に必要なもの。大切なもの。そう言っているものだ。艦娘は兵器であって人である。そう説く理由は、深海棲艦をも助けたいと思う電の考え。仲間を助けたい一心で戦った北上。壊れた霞を見て泣いた朝潮たち。

 

助けたい。仲間を傷つけられて怒る。意見がぶつかり合ってケンカする。それは「心」がなければできない。ただの兵器なら、助けたり、守ろうと動こうとはしない。艦娘と呼ばれるお前たちには、みんな心があるんだよ。そう教えてくれた。それを聞いてから、大淀も鳥海も胸が温かくなった。霧島もうんうんと頷いていたくらいだ。

 

(艦娘にある心を説く。それは司令官として大事なことや。人と艦娘が心を通わせることができれば、艦娘はいくらでも強うなる。現に、神通…はわからんけど、夕立や雪風はそんじょそこらの駆逐艦のレベルを超えとる。高練度の駆逐艦と戦っても、遜色ない戦いどころか勝ちよるかもしれへんな)

 

別に大府提督たちのやり方が悪いとも龍驤は思わない。提督のやり方はそれぞれだ。まあ、玲司のやり方の方が好きと思うが。暴力や暴言を吐く奴はクソと思っている。ただ、兵器として扱うよりも、心を通わせていた時の方が、思いもよらないチカラを発揮することがあると思っている。

 

(あの方のためにも、ここで誰一人として沈めるわけにはいかないの!!)

 

たった1人の親友。鳳翔が見せた提督と仲間を思うが故に見せた、限界以上の動き。それは血塗れで動けなかった中、じっと見惚れていたもの。美しく、それでいて比類なき強さ。自分の身を犠牲にしてでも、というやり方は納得できない。2度と海に立つことも、弓を引くこともできなくなった親友の姿を見て、聞いて、あの時以上に泣いたことはない。それでも、あの時の鳳翔の輝きは目を閉じればすぐ思い浮かぶ。

 

(龍ちゃん。泣かないで。私はこうなってしまったこと。一片たりとも後悔はないわ。みんな生きているんですもの)

 

あの時、一片の後悔もないと言った鳳翔の笑顔は一生忘れられない。笑う、怒る、泣く。兵器として戦う艦娘になぜ感情と心が与えられたのか。龍驤は生まれてから今までさっぱりわからない。けど、大切だからこそ与えられたんだよ。と父は言った。確かに、家族を守ろうと思ってからの戦力は大きく変わったと思う。玲司もそれを大切にし、艦娘と心を通わせようと努力しているし、事実。ショートランドでも横須賀でも心を通わせたことで思いもよらないチカラを艦娘は発揮した。

 

ショートランドでは友軍が駆けつける前に1000を超える深海棲艦を100の艦娘ではねのけた。特に伊勢、金剛型、雪風のチカラが凄まじく、金剛1人で数十の相手を壊滅させたとか、榛名も鬼神の如き動きを見せたとか。霧島も比叡も、余裕と思っていた深海棲艦が総力を上げてショートランドをつぶしに来るくらい焦りを見せたらしい。

青葉が口で言い、高雄が書いた報告書をよその提督たちは架空の物語だと笑った。あれを見て、父は震えが止まらなかったし、虎瀬も目頭を押さえて読んでいた。もう1人。どうしてもとうるさかったので読ませた男も震えながら読んでいた。

 

「すげえな。まあ、戻って来んだろ。絶対にな。そしたら、俺が面倒みてやるよ」

 

それが1年前。刈谷提督が言ったことだった。そうして今、刈谷提督が直々に玲司にコンタクトを取った。全部あのおっさんの目論見通りかい…と若干腹が立った。

 

「漣のおかげなのかな。不知火はまだ壊されてないよ。たぶん、最後の一歩ってところで踏ん張ってる。漣も、そこから先の戻し方がわかんないんだろうな。まあ、タウイタウイや鹿屋では無理だったろうな…」

 

「どうすんねん、こっから。また出撃したら暴走しよんで」

「出撃はさせる。それを止めたら壊れる。ま、いろいろ抑えるからストレスは溜まるだろうな。それが目的なんだけどさ」

 

「ほっほう?玲司なりの策があるんや」

「バクチだけどなー。失敗すりゃほんとに。霞よりやばい壊れ方すると思う」

 

「え、そ、それって…」

「息してるだけの人形になるだろうな。霞みたいに泣きもしない、子供のようになるでもない。何もしない人形になる…と思う」

 

「そんな…」

「玲司、そいつは…」

 

「ならないようにはする。気をつけるったってどう気をつけたらいいのかわかんないけど…」

「綱渡りやのう…最終的にどうしたいねん」

 

「家族になってもらうさ。みんなと飯食って、みんなで風呂入って寝る。うちの艦娘じゃ当たり前の生活をして、みんなで遊ぶ…ってのは性に合わないだろうけど、まあ、うちで普通の生活ができるくらいにまでは」

 

「提督…」

 

大淀も、鳥海も妙高も。今の生活が自分たちにとってどれだけ幸せなことかを噛みしめている。朝潮たちも。吹雪に雪風…。霞。霞は毎日楽しそうにしている。雪風と絵を描いたり、吹雪に絵本を読んでもらったり。文月や皐月と庭で遊んだり。不知火はまだ間に合う。そう玲司は確信していた。

玲司は横須賀がどう思われているか知っている。

 

最終処分施設。

精神病院。

隔離施設。

 

だったらなんだ。お前んとこより優秀な艦娘が揃ってる。神通の強さを味わってみろ。夕立の猛攻を止めてみろ。北上の魚雷は音もなく来るぜ?翔鶴、瑞鶴の航空攻撃を受けてみろ。扶桑の気迫に怯えろ。大和の砲撃を喰らえ。摩耶と吹雪の対空射撃に全部撃ち落とされちまえ。

 

うちの子らは、強いぜ。

 

そこに不知火って言う駆逐艦が加わるだけだ。漣も。山城も。新しい仲間さ。ただ、それだけさ。

 

「さーて、忙しくなるなぁ。細かい指示出さなきゃなんねえし。刈谷提督が出てくるし。不知火に漣に。漣だって1つ間違えりゃシラヌイと同じだ。あいつだってギリギリのとこで綱渡りしてるんだろうさ。あの子らが笑っていられるようにするのが俺のここでの役目でもある。朝潮たちや、吹雪のようにな。ああ、そうそう。解体寸前だった三隈を引き取ることにした。ひっでえよな。重巡なんざいらねえだって。航空巡洋艦の未来があって、すんげー助かるのにな」

 

「この期に及んでまた艦娘引き取るんか!?」

「そりゃあな。そんなの書類で回ってきたらさぁ。ほら、この書類」

 

「うえ、マジやん…」

「一宮も引き取ろうとしたらしいんだけど、俺が立候補したって聞いたら即そっちで任せたほうがいいって。別に良かったのに」

 

「ま、まあ玲司がええんやったらええわ…まー賑やかになってええわ」

「だろ?いててて!あー、なんか頭痛えな」

 

「提督、それは…」

「風邪かなぁ?ぐわんぐわんすんなー」

 

「提督、氷をお持ちしましょうか?」

「すまんな妙高。大丈夫。もう治るだろ」

 

「提督は意地悪です…」

 

鳥海と霧島がしょうがないなと言う顔で見ていた。こうしたやりとりはまあ、うん。割といつものことだ。

 

 

駆逐寮に戻り、もう一度入渠する準備をして廊下を再度ドックへ向けて歩く。チクチクと何かが痛む胸。楽しそうにしている艦娘をみているとチクッとした痛みが不知火を襲う。さっきの執務室での司令と龍驤のやりとり。見たことのない司令と艦娘があんなにも騒々しく言い合っているところなんて見たことがない。言い知れない不安。わけのわからない苛立ち。兵器がそんなことでは良くない。

 

(兵器があんな…あんな楽しそうに…)

 

「くっ…」

 

チクリとまた刺すような痛みが。錯覚なのだが、鋭い痛みに廊下で膝をついて胸を押さえる。

 

「あなたはすぐ壊れないでくださいね」

「痛い?あなたに痛みなどありません。あなたは兵器です」

「兵器としての務めを果たしてください。その程度しか期待などしていません」

 

痛くない。私は兵器だ。痛いはずがない。私は兵器。私は兵器。私は…。

 

「いたいの?」

 

顔を上げると誰かが覗き込んでいた。自分よりちょっと小さな体。駆逐艦だろう。揺れる銀色の髪。膝に手をついてかがんで覗き込んでいた。心配されているのか。

 

「どうしたの?どこかいたいの?」

「……いえ」

 

「おむねがいたいの?おふろにいくの?かすみもおふろいくから、いっしょにいこ?」

 

手を差し出してきたかすみと名乗る駆逐艦。ああ、駆逐艦「霞」か。前にいたところの霞とは全然違うが。一体なんだこの駆逐艦は。隙だらけで、今ここで手を出したらすぐに壊せそうな。

 

「いこ?かすみがつれてってあげる!」

「…ええ。感謝…いたします」

 

うん!と言って不知火の手を取って、こっちだよーと引っ張る。正直不知火はドックの場所を知っていたので別に案内してもらわなくてもよかったのだが、なぜか断れなかった。前のところでは遠慮できていたのに。なぜか()()()()()()()()と言う考えが頭の中をよぎった。かわいそうって、何だ?突然現れた言葉にズキン!と今度は頭が痛くなった。誰かの笑顔が思い浮かんだ気がした。すぐに消えてわからなくなった。頭痛も一瞬だったので霞に知らせずに無視した。

 

……

 

脱衣場に行くと不知火は新たな問題にぶつかった。それは…。

 

「ねえねえ、かすみ、おようふくがぬげないの。ぬがせてー」

「……?」

 

手を広げて服を脱がしてほしいときた。そんなことを言われたことは生まれて初めてだったのでどうすればいいのかわからない。

 

「ぬがせてくれないとおふろにはいれないよー。おねえちゃん、おねがい…」

「…戦闘に関係のないことはできないのですが」

 

「ふぇえ…おねえちゃぁん…」

「……不知火にはわかりません」

 

「あうう…おふろ…」

「霞ちゃん…じっと、しててね…」

 

スッと気配もなくやってきて、テキパキと霞の服を脱がせていく霞と同じくらいの背丈の子。また駆逐艦か。どうなっている。わからない。

 

「できた」

「ありがとうあられちゃん!」

 

「待って…霰も行く、から」

 

そう言うと「はーい!」と元気よく待つ。タオルも巻いてもらっていた。

 

「あなたも、行こ?おまたせ、しました」

「はあ」

 

霰。不知火の脳の艦娘データベースからあられ、と言う名を検索する。朝潮型駆逐艦「霰」か。能力的には高くない。霞の方が能力が高かったと記憶している。今は関係のないことであるが。

 

「ふんふんふーん♪」

「かゆいとこ、ない?」

 

「うん!きもちいいよ〜」

「よかった。流す、よ」

 

「んー!」

 

ドックに入りながら霞と霰を見る。霞の笑顔。霰の一生懸命な姿。ドックに入っているはずなのに、胸はまたチクリとし、頭がまたズキン!と痛み出す。

 

(ぬいぬい!かゆいところはございませんかー?◯ちゃんのテクで骨抜きキタコレ!)

 

誰だ?私の頭を楽しそうに洗うのは誰だ。楽しそうって何だ。なんなんだ。私は艦娘。艦娘は兵器。艦娘に余計なものは不要だ。出撃して、深海棲艦を沈めるそれだけが存在意義。それだけの存在。こんな艦娘が暇を持て余し、遊ぶなどと。

 

「不知火ちゃんも…頭、洗う?」

「いいえ。汚れてもいないですから必要はありません」

 

「だめだよ、ちゃーんとまいにちあらわないとくちゃいよ!」

「うん…かゆく、なります」

 

「ほら、はやくはやくー」

 

霞に引っ張り上げられて座らされる。座ったと同時に湯を頭からかけられる。何というか強引すぎないだろうか。言っても聞かないだろうが、とも思う。

まあ、たしかにここに来て2日。ムズムズはした。誰かがいつも洗ってくれていたような。覚えがない。いや…あるはずなのだ。不知火が感情と同時に記憶も封印してしまっているだけで。思い出してはいけない。そう強く封じているだけで。温かい湯を頭からかぶる気持ち良さも。洗ってさっぱりした感じも。作戦には必要ない。そう思って蓋をした。気持ちいいなんて思うな。邪魔になる。

 

しばらくして再び頭から湯を浴びて、終わった。

 

「終わり、ました…」

「あられちゃんのわしゃわしゃはきもちいいの♪」

 

「じゃあ、お風呂に入って…あったまろう」

「はーい♪」

 

なすがまま、霞に手を引かれ、ドックではないほうの大きな風呂に入る。霞はキャッキャッと何が楽しいのかわからないが泳いで楽しんでいる。迷惑にならないなら泳いでもいいと言うルール。それほどにこの風呂は広い。高速修復材を入れたドックなら10秒もかからない入浴。いや、不知火は入浴と言う意味さえ、わからない。

 

「傷もないと言うのに湯に浸かっていて、出撃などをせずとも良いなど、ずいぶんと腑抜けた鎮守府ですね」

「はふぅ…」

 

霰は不知火の言葉が聞こえていなかった。よくわからないが不知火は不愉快、と言う気持ちだった。戦いもせず、遊んで、湯船でこうして時間を無駄にして。

 

「休む暇などありません。1分1秒たりとも無駄にせず深海棲艦を滅ぼし続けなさい」

 

戦え。戦え。休むな。滅ぼせ。戦え。倒せ、倒せ倒せ。戦え沈むまで戦え。

 

「生きて帰ってきたのならすぐさま修理して出撃です。あなたの役目はそれしかないのですから」

 

うるさい。私は…違う。

          何が違う?

私は兵器だ。

          違うよ。

兵器が痛いなど。

          痛いよね。

痛くない。

          痛いんだよ。

          痛いから。

痛くない!

          泣いてるんだよ。

泣いていない!

          嘘だよ。泣いてるよ。

 

          痛いよ。痛いよ。

          痛いよ。痛いよ。

……めろ。

          助けて。助けて。

やめろ…

          誰か、助けて。

やめろ!

          私を、助けて!

 

「いたいの?」

 

さっきも聞いたような声に、不知火は真っ暗な世界から戻ってきた。辺りを見回すと、さっきまで泳いでいたはずの霞が見上げるように見つめていた。自分はいつのまにか立ち上がっていて、それを霞が覗き込んでいる形だ。

 

「なに、を…?」

「おねえちゃん、いたいの?」

 

「どこも、いたくは…ありません」

「そうなの?じゃあ、なんでないているの?」

 

          たすけて、たすけて

 

「なんで、たすけてって、いっているの?」

「………」

 

不知火は答えない。頭がジワァ…と白くなっていく感覚。何もわからない。何も考えられない。なぜ?なぜ、私は…?

          

          たすけて。

          いたいよ。

 

「何も、ありません。痛い、などと言う意味がわかりません」

「でも、さっきからね?おねえちゃんからきこえるの。たすけて。いたいよ。ないてるこえがするの」

 

「霰には、聞こえ…ません。でも、霞ちゃんが、言うなら…きっと、痛い…んだと思い、ます」

「なにも…痛くなど…痛くなど……ありません…」

 

「おねえちゃん、いたいときは、いたいっていわないとだめだよ?あとで、もっと、もーっといたくなるんだよ〜」

「………下らない…」

 

そう言って不知火は逃げるようにドック、いや大浴場を後にした。霞がついてくる。霰も霞と一緒に。髪の毛など濡れてもそのままで今まで出撃をしていた不知火だが、司令の命令で出撃がないので待機と言うことで、何をして良いのかがさっぱりわからず、脱衣場で固まっていた。

何もしなくていい。それは不知火にとって苦痛だった。暇は無味無臭の劇薬とはよく言ったもので、それが不知火を苦しめた。考える時間が長くなっていくのだ。戦いのことだけを考えていればいいだけだったタウイタウイと鹿屋とは違う。戦わなくていい。部屋でジッとしている時間ができた。これが、不知火を苦しめる。

 

たすけて

たすけて

 

私を外に出して

ここから出して

 

パキ

パキパキ

パキ  パキ

 

ドォン!と凄まじい音と共に我に帰った。テーブルに自分の手の形に凹みができていた。考えれば考えるほど周りが見えなくなり、聞こえなくなり。内側から誰かが話しかけてくる。それがひどく苛立たしかった。そうして無意識に机を殴りつけたみたいだ。不知火は怖いと感じ始めていた。

自分の中から何かが出てきそうな、何かが破れているような。ただ、それこそが不知火が求めているものであるとは、まだ気がついていない。それこそが、不知火の救いの手である。それを邪魔なものとしてずっと振り払い続けていた。

 

たすけて

    たすけて

私は不知火。私を解放して!!本当の私を解放して!

 

「ぐぅ!?」

 

またしても強烈な頭痛に頭を抱え込む。メリメリと何かが出てきたかのような、そんなイメージ。

 

(不知火。いつか不知火の笑顔を見せてえな…ごめんな…こんな目に…遭わせてしもうて…)

 

なんだこれは…この記憶は…一体?

 

思い出して。それは不知火に大切なこと。

だから、わたしをだして。

 

「たっだいまー!あ、ぬいぬいいたぁ!いやぁよかったよー、ぬいぬい出撃したって言うしさぁ。漣ちゃんも出さないなんてどういうことだっての!あたしたちは無敵のコンビなんだからさぁ!ちゃんと出してほしいっすよねぇ!……ぬい?」

 

漣が帰ってきた。そのおかげで胸の内の声から意識を逸らすことができた。うるさいが、この方が助かる。自分の今の状況を見ずに済む。

 

(おねえちゃん、いたいときは、いたいっていわないとだめだよ?あとで、もっと、もーっといたくなるんだよ〜)

 

霞の声が脳裏を過ぎる。うるさい、不知火をかき乱そうとするな。

 

「ぬい?ぬい、どうしたの?」

「いえ、なんでもありません」

 

「そっかー。いやぁ、お腹すいたー。ここの演習、激烈ハードなんだよ…ぬいも参加してみたら?」

「実戦でないのなら興味はありません」

 

「わお、クール!それでこそぬいだね!」

 

胸の内のチクチクが消えない。漣に気づかれないようにしている。気付づかれるとうるさいから。ああ、気をつかう。

 

そうして不知火は自分が少しずつ何か変わっていくことに、まだ気づけていない。チクチクとイライラが不知火を苛んでいく。それこそが、今の不知火に大切なものだと気づかないまま。

 

いたいの?

 

霞の声がいつまでも頭から離れなかった。




遅くなりました。新しい環境、新艦娘の掘りが思うようにいかずになかなかな間隔が空いてしまいました。

掘りはあとは平戸を残すのみ。厳しいですがなんとか邂逅したい…。ちょいちょいとこれからは間隔が空いてしまうかもしれませんが気長にお待ち下さい。

少しずつ変化していく不知火、漣。おそらく衝突してしまうでしょう。大切なことなのですが。

それでは、また。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。