提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

111 / 259
第百十一話

「うっそ…マジで…」

 

膝をつき、べったりとインクに塗れた漣が息を切らせて呆然としていた。

 

「あ、あのぉ…大丈夫?」

 

それを心配そうに呼びかけるのは名取だ。それを遠巻きに冷めた目で眺める北上。北上は声を荒げたりはしないが激怒するとかなり攻撃的な口調になる。北上はそう言う性格だ。好き嫌いは激しいし、口も悪い。安久野時代の生活が、そうさせたのだろう。おかげで以前はよく摩耶や五十鈴と衝突したものだ。

 

「朝潮が弱そうだなんてバカだよねー。名取がいるからあたしや神通が本気でやれるんだって」

 

漣に吐き捨てるように言う。

 

「ここの子達は、みんな強いよ。練度だけで中身を見てないからそうなるのさ」

「くっそぅ、グゥの音も出ねえぜ…」

 

「北上ちゃん、言いすぎだよ」

 

「あんたはよくてもあたしが腹立つんだよ。一生懸命やってるうちの子を目の前でけなされたんだ。それも、自分の実力を見てもらいたいから戦わせてくれ?で、選んだ相手が朝潮だよ。冗談じゃないね。あたしがギッタンギッタンにしてあげようか?ってか、鹿島。あんたはしばく」

 

「ひぇっ!?ご、ごめんなさい…」

 

睨みつけた目は漣を氷漬けにした。恐ろしい殺気。すぐにでも魚雷が飛んできそうなくらいに。さりげなく名取が射線上に立って北上の動きを止めていたが。チッと舌打ちが名取の背後から聞こえた。

 

そもそもどうしてこうなったのか?それは数時間前に遡る。

 

 

漣は出撃命令などもなく、演習に参加してみんなと早く慣れるようにしてみてはどうか?と言う玲司の案でボンヤリと演習を眺めていた。が、やっている内容が初歩中の初歩なことしかしていないのだ。直進、蛇行、制動。移動の基礎しかやっていない。こんなもの、練度表を見せてもらったが大体の艦娘より練度が高い漣としては今更そんなことをしても…と見学だけしている。

 

(つーか改二になってたり改二になれるレベルなのにこんなことしてどーすんのかねぇ…仲良く基礎練習なんかメシマズ…)

 

一番練度の低い朝潮型の「第八駆逐隊」と暁型駆逐艦、響ももうほぼ問題無く水上を走れているのに、聞いたところここ3ヶ月ほど、鹿島が着任してからずっとこれであると言う。そもそも今の提督が着任してから1年も経っていないと言うし、4大鎮守府の艦娘が仲良く基礎練習?こんなんで大丈夫なのだろうか?と思う。そして、鹿屋の提督まで馬鹿なんじゃないかと思う。

 

「横須賀は学ぶことが多いだろうな。ここやタウイタウイよりはな」

 

(何も学ぶことなんかないねぇ…)

 

はぁ…とわざとらしく大きなため息を吐いた。見られて聞かれてしまったのか、鹿島が近寄ってきた。

 

「見学は退屈ですか?」

「うぇっ、あは、あははは…そっすね、基礎練習はねぇ」

「ふむふむ。では、ちょっと実戦でもしてみますか?」

 

「はあ。いいですよ」

「ふふ、わかりました。まずは駆逐艦の子がお相手しましょう。駆逐艦の中で一番()()()()子を指名してください」

 

「はい?」

 

漣は素っ頓狂な声をあげた。いやいや、じゃあ夕立か雪風あたりに揉んでもらおうかと思っていたのだが、一番弱そうなのときた。まあ、実戦体験は大事だ。しょうがない、気乗りはしないがちょっと体験させてあげよう。泣かせたらかわいそうだなぁと思ったが。

 

「じゃあ、朝潮っちでおなしゃーす。泣いても謝んないからネ!」

「朝潮さん、ではお願いします」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

正直第八駆逐隊はみんな一緒のような練度だったが、やるなら1番艦をやってやろう。それだけだ。ちょっとかわいそうな気がしたが、文句なら鹿島さんに言ってちょうだい。

 

………

 

ルールは簡単。漣は攻撃。朝潮は回避。制限時間は10分。漣が3発朝潮に命中させるか、10分間朝潮が逃げ切れば勝ち。自分の条件が楽勝で、朝潮のほうがキツすぎやしないか?とも思う。楽なもんだ。ちゃちゃっと終わらせてボロクソに言ってあげようか。そのほうが朝潮にいい気がする。

 

「朝潮ねえさ〜ん、がんばって〜」

「姉さん!ファイトー!おー!」

 

大潮と荒潮はのんきに応援している。満潮は心配なのか負けを悟っているのか、静かに見守っている。応援されてかわいそうに…すぐ終わらせてあげよう!

 

「それでは、いきます!レディ……ゴー!」

 

バッと朝潮が走り出す。何だ、読みやすい。走る先を予測して狙いを定め、撃つだけだ。鹿島さん、これほんとかわいそうだよ。そう思いながら朝潮が来る地点に砲を構えて待つ。

 

「姉さん!」

「!!」

 

待て待て待て。ガン!と朝潮を狙った砲は水面に水柱を立てるだけで朝潮には当たらなかった。なぜなら、朝潮がフル制動をかけたからだ。いや、フル制動をかけたからと言って朝潮はスピードが乗りすぎていた。制動をかけたとしても、漣の予測通りに直撃をさせられる計算だった。が、それよりもはるか手前で朝潮は止まり、針路を変えた。強烈なエネルギーなため、大波でもきたかのように朝潮は水を撒き散らす。

 

「はぁ!?」

 

ありえない。そんなめちゃくちゃな制動をかけたら足がもたない!筋肉が断裂し、骨も砕ける!朝潮は動け…てる!?ってか何その走り出し!もうトップスピードじゃない!?なになに!?この鎮守府の人ら、なんか特別な改造でもされてんの!?この鎮守府の艦娘は特別な改造をされています。真似をしないでくださいって!?冗談じゃない!

 

当然特別な改造なんてしていない。確かに艤装や水上ブーツは「契の女王」明石の特別製だ。明石は1日、朝潮なら朝潮の走り、砲撃などを見、そこから走攻守、すべての癖、弱点などを見極め、その艦娘のためだけの艤装にチューニングする。その艤装はその艦娘のためだけのものになり、艦娘の能力が向上する。若干。

 

艤装のオリジナルチューニングでは若干なのだ。極端に向上するのは原初の艦娘だけだ。ただ、これがキッカケで艦娘の奥で眠る潜在能力を引き出すこともある。朝潮はそれである。強力な夕立でさえ舌を巻いた能力に朝潮は目覚めた。それがゼロからいきなりトップスピードに。そしてマックスからゼロへ。凄まじい瞬発力と制動力。

 

ゼローマックスーゼロ。そのエネルギー変換は足腰に凄まじい負担を与えるが…。

 

……

 

「朝潮ちゃんを見させてもらったけど、うん、虎瀬のおじさんのところの水無月ちゃん、知ってる?あの子みたいなんだよね。筋繊維の密度がすごい高いんだよ。普通の艦娘でも、ゼロから百へチカラを発揮させるのはできるけど、脚が壊れる。それこそ、一生車椅子生活になるんだけど…朝潮ちゃんやその水無月ちゃんはそのチカラをうまく吸収しちゃうんだよ。私はそう言う科学はあんま勉強してないからうまく言えないけど」

 

龍驤はほう、と驚き、鹿島は「???」を頭に浮かべて聞いていた。明石は楽しそうに喋っている。

 

「まあ、限界はあるけどね。極端な話、ゼロから百、またゼロと途中の過程をすっ飛ばしたチカラは神通さんもやってるんだけど、やれる回数、やり続ける時間は少ない。朝潮ちゃんは何倍もそのチカラを駆使できる。そんな感じ。ただ、メンテナンスはかなりこまめにやるよ。神通さんには車椅子生活になりたいの?って何度も言ってるけど」

 

「あいつはそんなんでやめるタマちゃうやろ。戦闘バカなんやから。反面、朝潮は楽でええ。1日にそれやってええんは3回までやって言えばきっちり守るから。神通はなんぼそれで名取に明石んとこ担ぎ込まれて怒られたか数えたらキリがない」

 

「あはは、確かにね。練習禁止!って言った時の顔、かわいいよ、神通さん。朝潮ちゃんはちゃーんとメンテに来てくれるから助かってる。いつもありがとうございます!ってお礼付き。いい感じになってきたね」

 

「横須賀は見たこともないチカラを発揮する艦娘が多くて私も追いつかない時があります…」

 

「勉強なってええやろ。あんなんうちかて必死や。朝潮、夕立、神通。最近は摩耶や吹雪も花咲いてきた。ええこっちゃ」

「うん。私たちも安心して世代交代できるね」

 

「アホ言えや。負けてられるかい。赤城や川内、やる気やでおもろいわぁ。陸奥姉やんにも言うたらやる気やで。原初の艦娘がガチンコで勝負できる艦隊になってきたって言うたらな」

 

「へえ、おもしろそう。じゃあ私は全力でここの子たちのメンテ、やろうかな」

「ほっほーん?おもろいやんけ」

 

「ふふ、私の本気の調律、見せてあげるよ」

 

龍驤と明石がバチバチと闘気を顕にし、ビキッと空気が凍る。非戦闘艦でも原初の艦娘。並の艦娘とは違う。鹿島の息が詰まり、口が渇く。金縛りのように体は動かない。これが原初の艦娘。いや、これが川内や赤城になるともう鹿島の心臓が凍るくらいの殺気になるだろう。まだ明石だから金縛りだけで済む。

 

「ま、あの優等生朝潮にそんなチカラがねえ。期待しとこか」

「うん。メンテは私にお任せー」

 

………

 

そう言っていた時を思い出した鹿島は朝潮の動きをずっと見ていた。回数も制限した。朝潮に勝機はあるか?

 

「そこです!」

「うおっ、あぶなっ!はっはーん、こりゃおもしろい、かな!?」

 

朝潮の攻撃をすんでのところでかわした。くっ、と朝潮が狼狽えたような気がするが、すぐさま眼前の漣を鋭く見つめる。

 

「ちょちょちょ、マジになりすぎじゃない!?」

「演習と言えど、敵は敵です!全力でお相手する所存です!」

 

「うへぇ!そんな真面目に生きてるとはげちゃうよ!」

 

朝潮は攻撃をしてはいけないとは言っていない。攻撃は可。ゼローマックスーゼロは3度まで。やるからには全力で。と玲司と龍驤は言ってある。

 

「どうや、玲司?朝潮がリードや」

「それはどうかな」

 

龍驤の問いに異議を唱える玲司。玲司は笑っている。玲司には漣の何かが見えている。

 

「漣の戦い方は響と似ているな。朝潮がもっとも嫌うタイプだ」

 

そう玲司が言ってからしばらくして、漣の攻撃が激しくなった。すでに1発、朝潮は漣から攻撃をもらってしまっている。

 

「くっ!?」

「はい、2発目〜。これは漣ちゃんの勝ちがキター!」

 

「まだ、まだこれからです!」

 

「お、えらい押されてんなー」

「戦いには型ってもんがあると思う。移動のタイミング、攻撃の瞬間。何にせよリズムがあり、それを全て一連の動きとしてそれぞれの『型』がある。朝潮には朝潮の。神通にも。摩耶にも。それはある。けど、時々、本当にわからないのがいる。型がないんだ。夕立や最上なんかがそうかな」

 

龍驤は深く玲司の話を聞き入っている。そんな話を玲司から聞くのは初めてだ。

 

「夕立は本能で動いているからな。その瞬間で変わる。最上は普段もふわふわしてるからな。ま、あるにはある。ないのは響。攻撃の瞬間も、移動の方法もでたらめ。対して朝潮はガッチガチの型にはまっている。だから合わない。苦手である。漣はこれまでの勘から、朝潮のリズムを掴み取ったんだな。型にはまれば朝潮はめちゃくちゃ強い。ただ、その型を読み取られたら極端に弱い。一長一短だな」

 

漣の猛攻をなんとか避ける。わずかな攻撃の気配を察知して避けている。囚われるのも時間の問題か。朝潮も強うなったんやけどな…とガックリした龍驤であったが。

 

「けど、響とケンカしながらも真面目にやってきた努力は、決して朝潮を裏切らない」

「なに?」

 

「にゃははは!おっしまーい!」

 

漣は砲撃の衝撃とは別に、腹部に強烈な衝撃を受けた。数度海面をバウンドして、立ち上がろうと思ったがゴフッ!と胃液を吐き出した。凄まじい衝撃だ。ゼロからマックスへ、そこからさらにゼロへ。その運動エネルギーを一気に放出して繰り出された蹴り。その威力はとっさにバランスを崩しながらも避けて掠める程度だったにもかかわらず、内臓に凶悪なダメージを受けた。直撃していれば12.7cm砲を直撃した時よりもひどい、たぶん20.3cm砲か、戦艦の砲撃を喰らった時のようなダメージだっただろう。内臓が壊れていただろう。

 

「……やるじゃん。じゃあ、本気モードで行くよ!!」

 

漣が痛む腹部のことは無視して朝潮への砲撃を始める。これで朝潮の必殺はあと1回。朝潮の必殺、先程の見たこともない戦い方は3回までしか使えないことはこっそりと情報を入手していた。情報収集だって勝つための作戦なのYO!そう思っていた。

 

「さって、切り札はもう使わなくていいの?ほーらほら!」

 

ドンドンと砲撃を開始。切り札が使えないなら砲撃で囲い込んでジワジワと最後の1発をお見舞いにすればいい。それで終わりだよ。遊びは終わり!!トドメの一撃を与えようとした時だ。

 

 

シッ

 

 

奇妙な音と共に漣の頬を朝潮が放った砲弾が掠めていった。朝潮は顔色一つ変えず、闘志を消すことなく漣を見つめていた。睨みつけているようにも見え、ゾクリとした。完全にこっちが撃つタイミングで狙ってきた。

 

「このぉ!!」

 

砲撃を繰り出すと同時にシッシッと音が聞こえ、徹底的に攻撃を妨害された。まさかとも思ったが確信が持てない。ならば…と1発撃ってみた。が、そこでは音は聞こえない。が、確固たる意志を持って動くと同時にシッとまた聞こえ、思うように移動もできない。

 

(どういうことなの…)

 

いや、このカラクリを解かないと一方的にやられる。朝潮の動きと同時にシッと言う音の解明を始める。しばらくして…。

 

(そっか、そう言うことか。なら、これならドーダイ!?)

 

シッと言う朝潮のテンポがズレた。朝潮の眉が動いた。

 

「!!」

 

ああ、やっぱり。漣は早くも朝潮のクセを見抜いた。そして、漣も戦い方を変えた。

 

「………」

「……!」

 

無言でのやり取り、凄まじい緊張感だ。無言だがお互いに必死に戦い方を変える。

 

(おおっと、この子もか、参ったなぁ)

 

漣が少し狼狽えた。漣の考えは「自分の戦い方のリズムを崩されると即座にとっ散らかる」と思った。が、すぐに朝潮はそれを読み取って朝潮もスタイルを変える。

 

朝潮の順応性は、彼女が最も苦手とする自称「ハラショーな親友」と言ってくる彼女にあった。彼女もふわふわとした戦い方をし、まったく持ってタイミングが最初は合わなかったが、逆にそのおかげで1つの枠にはまった戦い方を脱却。さらにぽいぽい言うこれまた動きが見えない子も相まって、すっかり戦い方を変えるやり方を覚えた。いや、覚えざるを得なかった。

 

朝潮の順応性の高さは大潮や荒潮にはない。ガッチガチな頭の固いイメージがあるが、響や仲間、妹のおかげで変化したのだ。

 

(私を支えてくれる明石さん。私の体の様子をいつも細かくみてくれる満潮。大潮や荒潮。妹のため。姉としてのお手本を見せるため。信頼できる司令官!それから…)

 

「負けないよ、朝潮には。ウラー!」

 

(あの人に追いつきたい!あの人に負けたくない!ここで…負けていては追いつけない!)

 

「姉さんの艤装は明石さんがみているけど、体の調子は私が毎日見てる」

 

満潮が朝潮をじっと見つめて語り出した。様子を見にきていた明石が耳を傾ける。満潮は北上や玲司に話しているのだが。

 

「姉さん、あの走り方をやり始めた頃、ここでは何もない風にしていたけど、部屋で泣いてたのよ。痛い。痛いって」

「無理もないね。あれは足に負担がかかるから。最初のうちは筋肉もほとんど眠ってたのばっかりだろうから、いきなり酷使したら激痛では済まないよ」

 

「自分は朝潮型長女として、みんなの前で痛いって泣いてたらダメだって言ったから、バッカじゃないの?って言ったわ。姉だからって痛いのをガマンして体を壊したら何にもない。痛いなら痛いって言いなさいって。そしたら姉さん、また泣いちゃって大変だったわ」

 

満潮は真剣に朝潮のことを考えた。自分なりに図書館に通い詰め、時雨がドン引きするくらい人体の筋肉の構造を覚えて、艦娘も一緒だろうと筋肉の疲労の抜き方、ストレッチの方法。とにかく朝潮に試した。間宮にお願いをしてはちみつレモンなんかを作ったりもした。

 

「満潮?疲れたでしょう?もう大丈夫だから」

「姉さんの大丈夫は信用できないわ。まだ痛そうにしてるくせに」

 

「うう…」

「甘えてよ。自分に厳しすぎてもダメでしょ。妹にくらい甘えてよ。大潮姉さんも荒潮も姉さんが泣いてるの見て心配してるんだから」

 

「……うん」

「そ。そうやって大人しく私に任せなさいな。で、ここをこうして…」

 

「いひっ!あはは!み、満潮!あははいひひひ!くすぐった!!」

「ちょっと!じっとしててよ!」

 

………

 

「そこから姉さん、自然にできるようになってきたかな。日頃の鍛錬のおかげで体力もだいぶついたしね。朝潮型の強さを姉さんが証明してくれるわ。明石さんと私のメンテナンスがあれば、朝潮姉さんは強いんだから」

 

(なるほど。体の調律者がいたかぁ。そりゃ強いわけだ)

 

いくら明石が艤装を最高にメンテナンスし、調律したところで艦娘自身が艤装とシンクロがズレると艤装が壊れたり、体に異常を来したりすることもある。体と艤装。どちらもがしっかりとシンクロすることで真価を発揮する。朝潮は明石が艤装を。満潮がしっかりと勉強した上で朝潮の体をメンテナンスしていた。そうしてぴったりと歯車が噛み合い、朝潮固有のチカラが発揮できるのである。朝潮は体の調律者がいるからこそ、100%が発揮できる!

 

(ありがとう、満潮。お姉ちゃん、頑張るから!)

(頑張って、姉さん。蹴散らせ!)

 

(こうなりゃなるようになれー!)

 

ヤケになったような気配を察知した。目が一瞬動いたのを朝潮は顔色を一つも変えずに気づき、動く。

 

(かかったな!もう一回アレを見せたら終わりだよ!)

 

砲を構え、一気にスピードを上げた朝潮を狙う。このスピードならまたアレを見せてくるだろう。もう騙されないぞ!ゼロからマックスは狙えないが、またゼロになったタイミングを撃ち抜いてやる!

 

「ふっ!」

 

そう言った瞬間朝潮が視界から消えた。どこだ、どこへ消えた!?

 

「うまく、できるようになりましたね」

「ぽいー、朝潮もできるようになったっぽいー」

 

神通と夕立が褒めている。ふと少し空が暗くなったな、と呑気に思った漣が空を見上げると。そこに宙を舞う朝潮がいた。朝潮はゼローマックスーゼロのチカラを前へ押し出すのではなく、飛ぶためのチカラに使ったのだ。やろうと思ったが今まではどうしても前にしか出せず、転んだり中途半端だったのだが。満潮の調律もあり、そして、姉として失敗してはいけないと言うプレッシャーから満潮が解放してくれたおかげで肩のチカラが抜けて自然にチカラを自由に発散できるようになっていた。とは言え、今回が初の1発勝負だったのだが。

 

完全に反応が遅れた漣は照準を合わせられず、みすみす背後を取られ…てたまるか!もう直感で後ろへ振り向き、着水したと同時に朝潮に漣撃!が、バランスが悪く、せっかくのチャンスを失った。しかし、着水の練習はほぼしていないのでバランスを崩してしまう。チャーンス!もらった!もらった!キタコレ!漣ちゃんの勝ち!!

 

「そこまで!時間です!」

 

「はあ!?」

 

妖精さんの制御により、トリガーを引いたが弾は発射されなかった。漣、まさかのタイムアップに変な声を出してしまう。

 

………そうして北上達にグゥの音も出ねえぜ、となったのであった。

 

ハァハァと大きく息を切らし、膝に手をついている。朝潮の予想外の戦法、スピード。緊張感からか気づかなかったが、猛烈な疲労が止まったと同時に襲ってきた。予想以上に体力を消耗していた。

一方の朝潮はまだ立てるほど体力が余っている。息は少し上がっているようだが。

 

「な、なんで朝潮っちは…はぁ…そんな元気…なのさ」

「私は…まだやれます。あれは明石さんからチカラを抑えて使うように指示されました。なので、全力ではありません」

 

「な、何それ…」

 

ガックリうなだれる漣。結局自分はこの鎮守府の1番低い練度の艦娘にも及ばなかったのか…。

 

「大丈夫ですか?」

「へーき。ちょっと休めば大丈夫」

 

そう言って朝潮を見ていると、スッと朝潮が大きく頭を下げた。その行動にまた漣は驚いた。

 

「ありがとうございました」

「はい?」

 

「漣さんは強かったです。戦い方がコロコロと変わって、とても戦いにくかったです。ですが、私もおかげで弱点も見出せました。私のチカラの加減も掴めませんでした。いい感じに仕上がったと思ったのですが…全然ダメでした。とても勉強になりました。また、私のお相手になってください。ありがとうございました!」

 

真っすぐな目で漣を見つめ、再び礼を言う。なんだよ、こんな捻くれちゃったあたしを真っすぐに見ちゃって、お礼なんか言ってくれちゃってさ。あたしなんかそんなまっすぐにいろいろしちゃダメだよ。もっとちゃんとした子と練習しなきゃ。でもなぁ…こんなさ、あたしをさ。まっすぐに見てくれる子なんて、久しぶりだなぁ。はは、ちょっと恥ずかしいね。

そっかぁ。もっとふざけないでまじめに相手したほうがよかったなぁ。ははは、これじゃ失礼だったな。誰にも相手にされず、ふざけてばかりいて。そっか、こんなんじゃ誰も相手にしてくれるはずがない。でも、朝潮はちゃんと見てくれてたんだ。ごめんね。

 

「漣さん!?どうしたんですか!?どこか、当たりどころが悪かったとか!」

「違うわよ。そっとしといてあげたほうがいいわ。姉さん、姉さんはほら、足、ほぐすわよ」

 

「え、ええ…」

 

突然泣き出した漣にオロオロする朝潮であったが、満潮に連れられてメンテをすることに。

 

「あんたも、泣いてないでお風呂行くわよ。疲れてるんでしょ?」

「ひぐっ…」

 

「漣さん、行きましょう。露天風呂などもあります!疲れを一緒に癒しましょう!」

 

手を差し出して一緒に行こうと言う。自分を認識してくれるだけでも嬉しいのに。一緒にだなんて…。

 

「うん!」

 

漣は朝潮の手を取って立ち上がった。朝潮の手は温かくて柔らかくて、ちょっと嬉しいやら恥ずかしいやら。複雑な気分になった。




朝潮と漣の一騎討ちでした。朝潮の開花したチカラはまだまだ未熟ですが、今後はみんなのため、司令官のために成長していくことでしょう。
漣は心を入れ替え、いろいろなことに向き合うことでしょう。次回は朝潮と満潮にポツリと自分の心を吐露するお話になります。

それでは、また。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。